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触手祭り

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 教室の机の中に、宿題のノートを置きっぱなしにしてきてしまった。そのことに四条くんが気づいたのは、八月も半ばを過ぎたころでした。

「あーちくしょう、いっそ思い出さなきゃよかったぜ。そしたら出さずに済ませたのによー」

 ぶつぶつ文句を言いながら教室に向かう四条くんの隣で、僕はくすくすと忍び笑いをしました。普段の彼は、決して素行がいいとは言えない生徒です。今日みたいに夜中にも平気で出歩くし、時には教師に楯突くことだってあります。それでも宿題に気づいてしまったからには、そのまま忘れたふりをすることもできないし、出さずに放っておくのも気持ちが悪い。彼のこの、変に生真面目で小心なところを、僕は以前からとても好ましく思っていました。

 そしてまた僕は、密かに嬉しさを覚えてもいました。普段の学校はどこもかしこも人がいて、四条くんと二人になれる機会なんて滅多にありません。だけど今夜は、僕と四条くんは二人きりです。夏休みの夜、二人で学校を探検するなんて、なんだか特別なイベントみたいだ。浮ついた気持ちに誘われて、足取り軽く歩みを進める僕の隣で、四条くんは相変わらず不機嫌そうな顔をしながら歩いていきます。

 石造りの古い校舎です。昼間はかんかん照りの太陽に灼かれて、暑さで息ができなくなるほどです。けれども陽が落ちてずいぶん経った今の時間、校舎の中はすっかり涼しくなっていました。ひんやりした空気に肌を撫でられると、まるで違う世界に迷い込んだような気がします。四条くんも同じことを感じたのでしょう。ぶるりと身を震わせたかと思うと、シャツから伸びた生白い二の腕を、手のひらで二、三度擦りあげました。

「なんだよもう、薄っ気味悪ぃなあ……あー、早く帰りてぇ」
「えー? 僕はもうちょっと探検したい気分だけどなぁ」
「ノートだよノート、ノート探しに来たんだよ俺はぁ。おら、さっさと探してさっさと帰るぞ」

 自分を鼓舞するみたいに強気に言い捨てて、四条くんはずんずんと速度を上げます。僕は慌てて後を追いました。青い月明かりが、大きな窓から差し込んでいます。二つの硬い足音が、共鳴りのように廊下に響いています。

 そのときです。ふと何かに気づいたように、四条くんが振り向きました。どうしたの、と問いかけても、彼はぴくりともしません。その視線は僕を通り越し、廊下の奥へと向けられています。戸惑いつつもとりあえずへらへらと笑う僕をよそに、四条くんの表情が恐怖に歪みました。

「四条くん? どうし……」
「うあっ……うああああぁっ!!」
「え? あっ!?」

 突然、四条くんは走り出しました。僕はわけがわからないまま、とにかく追いつこうと足を速めます。けれど三歩も行かないうちに、平らなはずの廊下につんのめってしまいました。

「あいってて……何、……っ!?」

 何かが落ちてでもいたんだろうか。何気なく足元に目をやった瞬間、僕は凍りつきました。
 窓からの月明かりに照らされて、廊下をまっすぐに伸びる僕の影。
 そこから突き出した青白い手が、僕の足首を掴んでいました。

「うわあああああっ!?」

 自分でも気づかないうちに、僕は叫んでいました。咄嗟に四条くんの姿を目で追います。白いシャツを着た背中は、もうずいぶん先にありました。今にも廊下の角を曲がって、一人だけで逃げていってしまいそうです。

「待って!! ねえ、待ってよ、四条くん!! 置いていかないで!!」
「くっ、来るなっ、来るなぁっ!!」
「四条くん!! しじょ、……っ!?」

 喉を裂くほどに叫ぶ中で、僕は違和感に気付きました。四条くんの背中が、いつまで経っても角を曲がらないのです。いや、それどころか、彼が死に物狂いで手足を振るたびに、その背は逆再生の動画みたいに大きくなってゆくのです。

「なっ、何なんだよ、これ……何なんだよっ!!!」

 ありえないその動きに、彼自身も気がついたようです。とうとう四条くんの背中は、動けない僕のすぐそばまで戻ってきてしまいました。振り向いた彼と目が合います。彼の顔はもうくしゃくしゃに歪んで、目尻には涙すら光っています。
 そのとき僕の背後で、びゅっと風を切る音がしました。驚いて振り返ります。足首を掴む手の少し後ろ、またしても僕の影の中から、何か青白いものが何本も伸びています。

「うああっ!? なっ、離せ、離せぇっ!!」

 前方で、四条くんの声が上がりました。再びそちらに目を向けて、僕は息を飲みました。四条くんの腕に、脚に、胴体に、幾本もの細長い手が絡みついていたのです。

「やめろって、てめ、このっ!! 離せっつってんだろぉっ!!」
「し、四条、くん……」
「うぁっ、畜生っ、なんだよ、これぇっ……あぐっ!?」

 なめくじのように這い回る手の一本が、四条くんのシャツの中に忍び込みました。四条くんの表情に嫌悪の色が浮かびます。僕は何もできないまま、その光景に釘付けられるばかりです。

「くっ、そがぁ……なんなんだよ、なん、……っ!」
「ああ、四条くん、四条くん……っ」

 服の中に入り込んだ手が、大きく外側に振られました。同時にシャツのボタンが弾け飛びます。今や四条くんの胸から腹にかけては、大きく露わにされてしまいました。夜遊びの癖を映してか、まるで月のように白い肌です。その胸で、ひときわ存在を主張する二つの突起。青い手はそこに向かって伸びていきます。

「……!? なっ、どこ触っ……、……っぐ……!」

 骨ばった指先が、乱暴に四条くんの乳首を摘み上げました。くにくにとこね上げられたそこは、抗う彼自身の意思とは裏腹に、目に見えて尖り始めています。

「やめろっ、このっ、変態幽霊っ! 気色悪ぃんだよ、頭おかっ、……んぐっ!?」

 彼の悪態は、口に突っ込まれた一本の手によって阻まれました。いや、もはやその手は手と呼べる代物ではありませんでした。滑らかに濡れた握り拳と、血管の張った腕で作られたその手は、今やぬらぬらと曲がりくねる、巨大な男性器へと変貌を遂げていました。

「んぉっ、むうっ、ふむうぅっ」

 いっぱいに開かれた四条くんの口から、泡立つ唾液と一緒に苦しげな喘ぎが溢れます。それでも手たちは動きを止めようとはしません。胸を撫で回し、乳首を転がし、そして何本かの手は、とうとう四条くんのズボンに伸びていきます。

「んぐぅっ……!? ふゃ、んおぉっ!!」

 拘束された四条くんの目が、いっぱいに見開かれました。股間に群がった手たちがズボンを剥ぎ取って、彼の性器を露わにしてしまったからです。恐怖に縮み上がった四条くん自身に、手たちはまとわりつき絡みつき、無理やりに快感を流し込もうとしています。

「んはっ、うっ、おぉっ……ん、ぉッ……!」

 はじめ四条くんは、身をよじって必死に抵抗しようとしていました。当たり前です。僕の大好きな四条くんが、こんな化け物にやすやすと体を許すはずがないのです。けれど──信じられないことに、信じたくないことに。手たちがその部分をいじり回しているうちに、四条くんのそこに、少しずつ変化が現れ始めたのです。

「ふっ、ぉッ……んん、っ……、……は、ふぅ……ッ♡」
「し……じょう、くん……?」

 立ち尽くしたまま動けない僕は、その光景を見つめていることしかできませんでした。群がる手たちの隙間から、四条くんの性器がはみ出し始めます。既にはっきりと色づいているそこに、血液が流れ込み膨らみが増すたびに、四条くんの声にだんだんと甘い息が混じり始めます。

「ん……っぷ、ぁっ……ふぁっ、……っあ、は……ぅッ♡ ……んぷぁっ!」

 四条くんの口から、突っ込まれていた手が吐き出されました。もはや完全に男性器と化したそれは、唾液と恐らくは先走りの液体で、ぬらりと妖しい光を帯びています。目の前に突きつけられたままのそれを、四条くんは焦点の合わない瞳で見つめています。ひたすらにおぞましい形状のそれから、どうしてか目を逸らすことすらせずに。

「あっ、あ……、……ぁ……♡」

 黒ずんだ蛇のような男根は、四条くんの顎を舐めるように二、三度撫で上げました。四条くんはうっすらと目を細め、あぁ、とため息のような吐息を漏らします。その先端がうねりながら向きを変え、四条くんの肌を這いながら下降して──たどり着いた場所に、僕は思わず声を上げていました。

「駄目! 駄目だよ、そこは……そこだけは……!!」

 四条くんが、ちらりとこちらを見やります。一瞬だけ!目が合ったような気がしました。だけどすぐに四条くんの視線は、いつものように僕を通り抜けてしまって。その隙を狙うように、何本もの手が四条くんの尻を持ち上げ、割り開きます。
 四条くんは、抗いませんでした。ついに到着した男根が、広げられた尻間に押し当てられても。そしてその濡れそぼった先端が、ぐいっと力を込めて、自分の肉孔に侵入を始めても。

「はぎっ……!!」

 挿入された瞬間、四条くんはさすがに苦悶の表情を浮かべました。当然です。握り拳ほどもある太さのペニスに、お尻の穴を無理やり広げられたのです。苦痛を感じないわけがありません。
 見せつけられるように大きく開かれ、持ち上げられた二本の脚。その間で硬く勃ち上がる四条くんのペニスと、裂けんばかりに伸び切って浅黒い触手を呑み込んだアヌス。見ていられないはずの、見たくもないはずの光景を、僕は凝視し続けることしかできませんでした。

「あぐっ、あ、あ、あ、あ! はっ! うっ、ぐっ!」

 触手のまとう粘液が、広げられた穴の周りで光っています。容赦のないピストンを受けるたびに、穴のふちが伸び、無惨に形を変えていきます。
 そうして極太の男根で突かれ続けるうちに、四条くんの表情には、またしても甘い変化が現れ始めました。

「あっ、ぐ、ぁっ、……はっ、あっ……、んぅっ! んぁっ、ん……っ♡」

 きつく寄っていた眉間が、少しずつほどけていきます。硬く食いしばっていた歯の力が抜けて、口元がだらしなく緩んでいきます。そして締めつけるばかりだった括約筋が、抽送に沿うようにペニスにまとわりつき、中の肉壁をうねらせ始めたのです。

「あ、あぁ、うそ、嘘だろ……あ、はぁ、いい……んぁっ、こんな、あっ、いいっ……んぁんっ♡」

 四条くんは身をくねらせました。でもその動作は子犬のくすぐりから逃れるような、甘ったるくかわいらしいものでしかありません。本気の嫌悪感とは程遠い、むしろ恋人を煽るようなしぐさ。それに応えて触手たちも、よりいっそう彼に絡みつき、肌の上に白濁した粘液を擦り込んでいきます。

「あっ、ふっ、んぉっ、はっ……あっ♡ あっ、あ、い、いいっ……んあっ、気持ちいい、きもちいぃっ♡」
「あ、あぁ……あああ……っ」
「ふぁっ、んぷっ!? んっふ、ぉっ、んおっ♡♡♡」

 いつの間にかうねる手たちはすべて、四条くんの中に入っているものと同じように、グロテスクな男性器へと変化していました。口にねじ込まれ、乳首を先端の割れ目で弄ぶそれを、四条くんはもはや振り払おうとすらしませんでした。いや、それどころか何本ものペニスを自ら握り、身を擦り付け、舌を絡め、粘液に嬉々として身を浸してすらいるのです。

「んっ、おぶっ、んぉっ♡ っぷぁ、ちゅ、おぉんっ♡♡」
「うぅっ……あ、ああっ……」
「んぷっ、ちゅっ……はあ、ああ、はっ、はぁんっ♡ はぁっ、いい、いいっ、も、もっと、もっとぉっ♡♡♡」
「四条くん……四条、くん……っ」

 気づけば僕の目からは、涙がとめどなく溢れていました。こんなはずじゃなかった。こんなこと、あっちゃいけなかった。僕の大事な、大好きな四条くんが、穢らわしい化け物に汚されて喜悦の声を上げている。いくら目を逸らしたとしても、それは今まさに繰り広げられている現実でした。そして──これも認めたくない事実ですが、僕自身もまた、目の前の光景にはっきりと興奮を覚えていました。

「うんっ、んくんっ、ふぁっ、はぁあっ♡ あっ、いいっ、それっ、それもっとっ、それ好きぃっ♡♡♡」

 太いものが肛門を出入りするたびに、四条くんのペニスから、先走りの液体が溢れるように跳ね上がっています。男根型の触手に支えられた四条くんの腰が、杭を打つみたいに大きく前後しています。よく見るともはや触手の拘束はほとんど緩みかけていて、つまり腰を振っているのは触手ではなく、四条くん自身の意志なのです。あの四条くんが、いつも反抗的で生真面目な彼が、化け物がもたらす性の快楽に溺れて、みっともなく腰を振りたくっているのです。それに気づいた僕の心は、深い深い絶望にとっぷりと沈んでいきました。涙の滲んだ目で見透かす淫液にまみれた四条くんは、この世のものとは思えないほど醜悪で、綺麗でした。

「んっふ、おっ、あっ、あぁ、ああっ、らめっ♡♡♡ おっもうらめっ、いくっ、俺いくっああいくぅっ♡♡♡」
「……あぁ……」
「はっあ、ん、いい、いいよっ、いいからぁっ♡♡♡ 出して、出していいから、全部、ぜんぶっああっあっあっあーっ♡ あ゛っお゛あぁあーっ♡♡♡」

 四条くんの睾丸が、きゅうっと引き上がりました。同時に触手が彼の最奥を穿ち、突き刺す位置でぴたりと停止しました。そして僕の瞳孔は、はっきりとその瞬間を目に焼き付けていました。

「……お゛ッ♡♡♡」

 一瞬の間を置いて、四条くんのペニスから、物凄い勢いで精液が溢れ出してきました。さらに触手と肛門の隙間からもまた、決壊するダムのように白濁した精液が噴き出してきました。明らかに異常な量でした。まるで怪物の出した雄汁が四条くんの身体に染み渡り、彼の輸精管を通って

「……おっ……ほ……っ♡♡」

 四条くんの眼球が、ぐるんと上を向きました。もはや彼には何も映っていません。おぞましい交尾の余韻に、ひくひくと震えながら身を委ねているだけの獲物。今の彼はそんな哀れな境遇に、身も心も満たされきっているようにすら見えました。僕の、取り返しのつかない絶望には知るよしもなく。

 と、そのとき、触手たちがうぞりと蠢きました。四条くんに絡んだ何本かが、拘束を再びきつく締めつけ直します。

「……っ! 駄目っ……!!」

 僕の言葉を聞きもせず、触手たちは四条くんの身体を包むように覆い隠します。顔と、陰茎を挿入されたままの肛門だけは、誇示するように残して。
 余韻に身を任せたままの四条くんは、抵抗の気配すら見せません。いいえ──僕にはもう、わかっているのです。四条くんは自分の意思で、うっとりと触手に身を任せていました。

 そうして触手たちは、ゆっくりと影の中に沈み始めました。四条くんと一緒に。お姫様をさらう怪物のように。そしてさらわれゆく当の四条くんは、王子様に迎えられたお姫様のように、愛おしげに目を閉じて全身を委ねています。

「ああっ……ああぁっ、四条くん……ごめん……ごめんね……っ」
「……」

 僕の声がようやく届いたのでしょうか。四条くんが目を開けて僕を見ました。もうほとんど影の中に堕ちかけた彼の、見上げる瞳と僕の目が、確かに合いました。

 とぷん、と。水面に石を投げるような音を残して。
 影は、跡形もなくかき消えていました。触手も、飛び散った体液も、そして、四条くんも。すべては何事もなかったかのように元通り、夜の静寂を取り戻していました。
 月明かりに照らされた廊下と、膝をつく僕だけを残して。
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