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触手祭り
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教室の机の中に、宿題のノートを置きっぱなしにしてきてしまった。そのことに四条くんが気づいたのは、八月も半ばを過ぎたころでした。
「あーちくしょう、いっそ思い出さなきゃよかったぜ。そしたら出さずに済ませたのによー」
ぶつぶつ文句を言いながら教室に向かう四条くんの隣で、僕はくすくすと忍び笑いをしました。普段の彼は、決して素行がいいとは言えない生徒です。今日みたいに夜中にも平気で出歩くし、時には教師に楯突くことだってあります。それでも宿題に気づいてしまったからには、そのまま忘れたふりをすることもできないし、出さずに放っておくのも気持ちが悪い。彼のこの、変に生真面目で小心なところを、僕は以前からとても好ましく思っていました。
そしてまた僕は、密かに嬉しさを覚えてもいました。普段の学校はどこもかしこも人がいて、四条くんと二人になれる機会なんて滅多にありません。だけど今夜は、僕と四条くんは二人きりです。夏休みの夜、二人で学校を探検するなんて、なんだか特別なイベントみたいだ。浮ついた気持ちに誘われて、足取り軽く歩みを進める僕の隣で、四条くんは相変わらず不機嫌そうな顔をしながら歩いていきます。
石造りの古い校舎です。昼間はかんかん照りの太陽に灼かれて、暑さで息ができなくなるほどです。けれども陽が落ちてずいぶん経った今の時間、校舎の中はすっかり涼しくなっていました。ひんやりした空気に肌を撫でられると、まるで違う世界に迷い込んだような気がします。四条くんも同じことを感じたのでしょう。ぶるりと身を震わせたかと思うと、シャツから伸びた生白い二の腕を、手のひらで二、三度擦りあげました。
「なんだよもう、薄っ気味悪ぃなあ……あー、早く帰りてぇ」
「えー? 僕はもうちょっと探検したい気分だけどなぁ」
「ノートだよノート、ノート探しに来たんだよ俺はぁ。おら、さっさと探してさっさと帰るぞ」
自分を鼓舞するみたいに強気に言い捨てて、四条くんはずんずんと速度を上げます。僕は慌てて後を追いました。青い月明かりが、大きな窓から差し込んでいます。二つの硬い足音が、共鳴りのように廊下に響いています。
そのときです。ふと何かに気づいたように、四条くんが振り向きました。どうしたの、と問いかけても、彼はぴくりともしません。その視線は僕を通り越し、廊下の奥へと向けられています。戸惑いつつもとりあえずへらへらと笑う僕をよそに、四条くんの表情が恐怖に歪みました。
「四条くん? どうし……」
「うあっ……うああああぁっ!!」
「え? あっ!?」
突然、四条くんは走り出しました。僕はわけがわからないまま、とにかく追いつこうと足を速めます。けれど三歩も行かないうちに、平らなはずの廊下につんのめってしまいました。
「あいってて……何、……っ!?」
何かが落ちてでもいたんだろうか。何気なく足元に目をやった瞬間、僕は凍りつきました。
窓からの月明かりに照らされて、廊下をまっすぐに伸びる僕の影。
そこから突き出した青白い手が、僕の足首を掴んでいました。
「うわあああああっ!?」
自分でも気づかないうちに、僕は叫んでいました。咄嗟に四条くんの姿を目で追います。白いシャツを着た背中は、もうずいぶん先にありました。今にも廊下の角を曲がって、一人だけで逃げていってしまいそうです。
「待って!! ねえ、待ってよ、四条くん!! 置いていかないで!!」
「くっ、来るなっ、来るなぁっ!!」
「四条くん!! しじょ、……っ!?」
喉を裂くほどに叫ぶ中で、僕は違和感に気付きました。四条くんの背中が、いつまで経っても角を曲がらないのです。いや、それどころか、彼が死に物狂いで手足を振るたびに、その背は逆再生の動画みたいに大きくなってゆくのです。
「なっ、何なんだよ、これ……何なんだよっ!!!」
ありえないその動きに、彼自身も気がついたようです。とうとう四条くんの背中は、動けない僕のすぐそばまで戻ってきてしまいました。振り向いた彼と目が合います。彼の顔はもうくしゃくしゃに歪んで、目尻には涙すら光っています。
そのとき僕の背後で、びゅっと風を切る音がしました。驚いて振り返ります。足首を掴む手の少し後ろ、またしても僕の影の中から、何か青白いものが何本も伸びています。
「うああっ!? なっ、離せ、離せぇっ!!」
前方で、四条くんの声が上がりました。再びそちらに目を向けて、僕は息を飲みました。四条くんの腕に、脚に、胴体に、幾本もの細長い手が絡みついていたのです。
「やめろって、てめ、このっ!! 離せっつってんだろぉっ!!」
「し、四条、くん……」
「うぁっ、畜生っ、なんだよ、これぇっ……あぐっ!?」
なめくじのように這い回る手の一本が、四条くんのシャツの中に忍び込みました。四条くんの表情に嫌悪の色が浮かびます。僕は何もできないまま、その光景に釘付けられるばかりです。
「くっ、そがぁ……なんなんだよ、なん、……っ!」
「ああ、四条くん、四条くん……っ」
服の中に入り込んだ手が、大きく外側に振られました。同時にシャツのボタンが弾け飛びます。今や四条くんの胸から腹にかけては、大きく露わにされてしまいました。夜遊びの癖を映してか、まるで月のように白い肌です。その胸で、ひときわ存在を主張する二つの突起。青い手はそこに向かって伸びていきます。
「……!? なっ、どこ触っ……、……っぐ……!」
骨ばった指先が、乱暴に四条くんの乳首を摘み上げました。くにくにとこね上げられたそこは、抗う彼自身の意思とは裏腹に、目に見えて尖り始めています。
「やめろっ、このっ、変態幽霊っ! 気色悪ぃんだよ、頭おかっ、……んぐっ!?」
彼の悪態は、口に突っ込まれた一本の手によって阻まれました。いや、もはやその手は手と呼べる代物ではありませんでした。滑らかに濡れた握り拳と、血管の張った腕で作られたその手は、今やぬらぬらと曲がりくねる、巨大な男性器へと変貌を遂げていました。
「んぉっ、むうっ、ふむうぅっ」
いっぱいに開かれた四条くんの口から、泡立つ唾液と一緒に苦しげな喘ぎが溢れます。それでも手たちは動きを止めようとはしません。胸を撫で回し、乳首を転がし、そして何本かの手は、とうとう四条くんのズボンに伸びていきます。
「んぐぅっ……!? ふゃ、んおぉっ!!」
拘束された四条くんの目が、いっぱいに見開かれました。股間に群がった手たちがズボンを剥ぎ取って、彼の性器を露わにしてしまったからです。恐怖に縮み上がった四条くん自身に、手たちはまとわりつき絡みつき、無理やりに快感を流し込もうとしています。
「んはっ、うっ、おぉっ……ん、ぉッ……!」
はじめ四条くんは、身をよじって必死に抵抗しようとしていました。当たり前です。僕の大好きな四条くんが、こんな化け物にやすやすと体を許すはずがないのです。けれど──信じられないことに、信じたくないことに。手たちがその部分をいじり回しているうちに、四条くんのそこに、少しずつ変化が現れ始めたのです。
「ふっ、ぉッ……んん、っ……、……は、ふぅ……ッ♡」
「し……じょう、くん……?」
立ち尽くしたまま動けない僕は、その光景を見つめていることしかできませんでした。群がる手たちの隙間から、四条くんの性器がはみ出し始めます。既にはっきりと色づいているそこに、血液が流れ込み膨らみが増すたびに、四条くんの声にだんだんと甘い息が混じり始めます。
「ん……っぷ、ぁっ……ふぁっ、……っあ、は……ぅッ♡ ……んぷぁっ!」
四条くんの口から、突っ込まれていた手が吐き出されました。もはや完全に男性器と化したそれは、唾液と恐らくは先走りの液体で、ぬらりと妖しい光を帯びています。目の前に突きつけられたままのそれを、四条くんは焦点の合わない瞳で見つめています。ひたすらにおぞましい形状のそれから、どうしてか目を逸らすことすらせずに。
「あっ、あ……、……ぁ……♡」
黒ずんだ蛇のような男根は、四条くんの顎を舐めるように二、三度撫で上げました。四条くんはうっすらと目を細め、あぁ、とため息のような吐息を漏らします。その先端がうねりながら向きを変え、四条くんの肌を這いながら下降して──たどり着いた場所に、僕は思わず声を上げていました。
「駄目! 駄目だよ、そこは……そこだけは……!!」
四条くんが、ちらりとこちらを見やります。一瞬だけ!目が合ったような気がしました。だけどすぐに四条くんの視線は、いつものように僕を通り抜けてしまって。その隙を狙うように、何本もの手が四条くんの尻を持ち上げ、割り開きます。
四条くんは、抗いませんでした。ついに到着した男根が、広げられた尻間に押し当てられても。そしてその濡れそぼった先端が、ぐいっと力を込めて、自分の肉孔に侵入を始めても。
「はぎっ……!!」
挿入された瞬間、四条くんはさすがに苦悶の表情を浮かべました。当然です。握り拳ほどもある太さのペニスに、お尻の穴を無理やり広げられたのです。苦痛を感じないわけがありません。
見せつけられるように大きく開かれ、持ち上げられた二本の脚。その間で硬く勃ち上がる四条くんのペニスと、裂けんばかりに伸び切って浅黒い触手を呑み込んだアヌス。見ていられないはずの、見たくもないはずの光景を、僕は凝視し続けることしかできませんでした。
「あぐっ、あ、あ、あ、あ! はっ! うっ、ぐっ!」
触手のまとう粘液が、広げられた穴の周りで光っています。容赦のないピストンを受けるたびに、穴のふちが伸び、無惨に形を変えていきます。
そうして極太の男根で突かれ続けるうちに、四条くんの表情には、またしても甘い変化が現れ始めました。
「あっ、ぐ、ぁっ、……はっ、あっ……、んぅっ! んぁっ、ん……っ♡」
きつく寄っていた眉間が、少しずつほどけていきます。硬く食いしばっていた歯の力が抜けて、口元がだらしなく緩んでいきます。そして締めつけるばかりだった括約筋が、抽送に沿うようにペニスにまとわりつき、中の肉壁をうねらせ始めたのです。
「あ、あぁ、うそ、嘘だろ……あ、はぁ、いい……んぁっ、こんな、あっ、いいっ……んぁんっ♡」
四条くんは身をくねらせました。でもその動作は子犬のくすぐりから逃れるような、甘ったるくかわいらしいものでしかありません。本気の嫌悪感とは程遠い、むしろ恋人を煽るようなしぐさ。それに応えて触手たちも、よりいっそう彼に絡みつき、肌の上に白濁した粘液を擦り込んでいきます。
「あっ、ふっ、んぉっ、はっ……あっ♡ あっ、あ、い、いいっ……んあっ、気持ちいい、きもちいぃっ♡」
「あ、あぁ……あああ……っ」
「ふぁっ、んぷっ!? んっふ、ぉっ、んおっ♡♡♡」
いつの間にかうねる手たちはすべて、四条くんの中に入っているものと同じように、グロテスクな男性器へと変化していました。口にねじ込まれ、乳首を先端の割れ目で弄ぶそれを、四条くんはもはや振り払おうとすらしませんでした。いや、それどころか何本ものペニスを自ら握り、身を擦り付け、舌を絡め、粘液に嬉々として身を浸してすらいるのです。
「んっ、おぶっ、んぉっ♡ っぷぁ、ちゅ、おぉんっ♡♡」
「うぅっ……あ、ああっ……」
「んぷっ、ちゅっ……はあ、ああ、はっ、はぁんっ♡ はぁっ、いい、いいっ、も、もっと、もっとぉっ♡♡♡」
「四条くん……四条、くん……っ」
気づけば僕の目からは、涙がとめどなく溢れていました。こんなはずじゃなかった。こんなこと、あっちゃいけなかった。僕の大事な、大好きな四条くんが、穢らわしい化け物に汚されて喜悦の声を上げている。いくら目を逸らしたとしても、それは今まさに繰り広げられている現実でした。そして──これも認めたくない事実ですが、僕自身もまた、目の前の光景にはっきりと興奮を覚えていました。
「うんっ、んくんっ、ふぁっ、はぁあっ♡ あっ、いいっ、それっ、それもっとっ、それ好きぃっ♡♡♡」
太いものが肛門を出入りするたびに、四条くんのペニスから、先走りの液体が溢れるように跳ね上がっています。男根型の触手に支えられた四条くんの腰が、杭を打つみたいに大きく前後しています。よく見るともはや触手の拘束はほとんど緩みかけていて、つまり腰を振っているのは触手ではなく、四条くん自身の意志なのです。あの四条くんが、いつも反抗的で生真面目な彼が、化け物がもたらす性の快楽に溺れて、みっともなく腰を振りたくっているのです。それに気づいた僕の心は、深い深い絶望にとっぷりと沈んでいきました。涙の滲んだ目で見透かす淫液にまみれた四条くんは、この世のものとは思えないほど醜悪で、綺麗でした。
「んっふ、おっ、あっ、あぁ、ああっ、らめっ♡♡♡ おっもうらめっ、いくっ、俺いくっああいくぅっ♡♡♡」
「……あぁ……」
「はっあ、ん、いい、いいよっ、いいからぁっ♡♡♡ 出して、出していいから、全部、ぜんぶっああっあっあっあーっ♡ あ゛っお゛あぁあーっ♡♡♡」
四条くんの睾丸が、きゅうっと引き上がりました。同時に触手が彼の最奥を穿ち、突き刺す位置でぴたりと停止しました。そして僕の瞳孔は、はっきりとその瞬間を目に焼き付けていました。
「……お゛ッ♡♡♡」
一瞬の間を置いて、四条くんのペニスから、物凄い勢いで精液が溢れ出してきました。さらに触手と肛門の隙間からもまた、決壊するダムのように白濁した精液が噴き出してきました。明らかに異常な量でした。まるで怪物の出した雄汁が四条くんの身体に染み渡り、彼の輸精管を通って
「……おっ……ほ……っ♡♡」
四条くんの眼球が、ぐるんと上を向きました。もはや彼には何も映っていません。おぞましい交尾の余韻に、ひくひくと震えながら身を委ねているだけの獲物。今の彼はそんな哀れな境遇に、身も心も満たされきっているようにすら見えました。僕の、取り返しのつかない絶望には知るよしもなく。
と、そのとき、触手たちがうぞりと蠢きました。四条くんに絡んだ何本かが、拘束を再びきつく締めつけ直します。
「……っ! 駄目っ……!!」
僕の言葉を聞きもせず、触手たちは四条くんの身体を包むように覆い隠します。顔と、陰茎を挿入されたままの肛門だけは、誇示するように残して。
余韻に身を任せたままの四条くんは、抵抗の気配すら見せません。いいえ──僕にはもう、わかっているのです。四条くんは自分の意思で、うっとりと触手に身を任せていました。
そうして触手たちは、ゆっくりと影の中に沈み始めました。四条くんと一緒に。お姫様をさらう怪物のように。そしてさらわれゆく当の四条くんは、王子様に迎えられたお姫様のように、愛おしげに目を閉じて全身を委ねています。
「ああっ……ああぁっ、四条くん……ごめん……ごめんね……っ」
「……」
僕の声がようやく届いたのでしょうか。四条くんが目を開けて僕を見ました。もうほとんど影の中に堕ちかけた彼の、見上げる瞳と僕の目が、確かに合いました。
とぷん、と。水面に石を投げるような音を残して。
影は、跡形もなくかき消えていました。触手も、飛び散った体液も、そして、四条くんも。すべては何事もなかったかのように元通り、夜の静寂を取り戻していました。
月明かりに照らされた廊下と、膝をつく僕だけを残して。
「あーちくしょう、いっそ思い出さなきゃよかったぜ。そしたら出さずに済ませたのによー」
ぶつぶつ文句を言いながら教室に向かう四条くんの隣で、僕はくすくすと忍び笑いをしました。普段の彼は、決して素行がいいとは言えない生徒です。今日みたいに夜中にも平気で出歩くし、時には教師に楯突くことだってあります。それでも宿題に気づいてしまったからには、そのまま忘れたふりをすることもできないし、出さずに放っておくのも気持ちが悪い。彼のこの、変に生真面目で小心なところを、僕は以前からとても好ましく思っていました。
そしてまた僕は、密かに嬉しさを覚えてもいました。普段の学校はどこもかしこも人がいて、四条くんと二人になれる機会なんて滅多にありません。だけど今夜は、僕と四条くんは二人きりです。夏休みの夜、二人で学校を探検するなんて、なんだか特別なイベントみたいだ。浮ついた気持ちに誘われて、足取り軽く歩みを進める僕の隣で、四条くんは相変わらず不機嫌そうな顔をしながら歩いていきます。
石造りの古い校舎です。昼間はかんかん照りの太陽に灼かれて、暑さで息ができなくなるほどです。けれども陽が落ちてずいぶん経った今の時間、校舎の中はすっかり涼しくなっていました。ひんやりした空気に肌を撫でられると、まるで違う世界に迷い込んだような気がします。四条くんも同じことを感じたのでしょう。ぶるりと身を震わせたかと思うと、シャツから伸びた生白い二の腕を、手のひらで二、三度擦りあげました。
「なんだよもう、薄っ気味悪ぃなあ……あー、早く帰りてぇ」
「えー? 僕はもうちょっと探検したい気分だけどなぁ」
「ノートだよノート、ノート探しに来たんだよ俺はぁ。おら、さっさと探してさっさと帰るぞ」
自分を鼓舞するみたいに強気に言い捨てて、四条くんはずんずんと速度を上げます。僕は慌てて後を追いました。青い月明かりが、大きな窓から差し込んでいます。二つの硬い足音が、共鳴りのように廊下に響いています。
そのときです。ふと何かに気づいたように、四条くんが振り向きました。どうしたの、と問いかけても、彼はぴくりともしません。その視線は僕を通り越し、廊下の奥へと向けられています。戸惑いつつもとりあえずへらへらと笑う僕をよそに、四条くんの表情が恐怖に歪みました。
「四条くん? どうし……」
「うあっ……うああああぁっ!!」
「え? あっ!?」
突然、四条くんは走り出しました。僕はわけがわからないまま、とにかく追いつこうと足を速めます。けれど三歩も行かないうちに、平らなはずの廊下につんのめってしまいました。
「あいってて……何、……っ!?」
何かが落ちてでもいたんだろうか。何気なく足元に目をやった瞬間、僕は凍りつきました。
窓からの月明かりに照らされて、廊下をまっすぐに伸びる僕の影。
そこから突き出した青白い手が、僕の足首を掴んでいました。
「うわあああああっ!?」
自分でも気づかないうちに、僕は叫んでいました。咄嗟に四条くんの姿を目で追います。白いシャツを着た背中は、もうずいぶん先にありました。今にも廊下の角を曲がって、一人だけで逃げていってしまいそうです。
「待って!! ねえ、待ってよ、四条くん!! 置いていかないで!!」
「くっ、来るなっ、来るなぁっ!!」
「四条くん!! しじょ、……っ!?」
喉を裂くほどに叫ぶ中で、僕は違和感に気付きました。四条くんの背中が、いつまで経っても角を曲がらないのです。いや、それどころか、彼が死に物狂いで手足を振るたびに、その背は逆再生の動画みたいに大きくなってゆくのです。
「なっ、何なんだよ、これ……何なんだよっ!!!」
ありえないその動きに、彼自身も気がついたようです。とうとう四条くんの背中は、動けない僕のすぐそばまで戻ってきてしまいました。振り向いた彼と目が合います。彼の顔はもうくしゃくしゃに歪んで、目尻には涙すら光っています。
そのとき僕の背後で、びゅっと風を切る音がしました。驚いて振り返ります。足首を掴む手の少し後ろ、またしても僕の影の中から、何か青白いものが何本も伸びています。
「うああっ!? なっ、離せ、離せぇっ!!」
前方で、四条くんの声が上がりました。再びそちらに目を向けて、僕は息を飲みました。四条くんの腕に、脚に、胴体に、幾本もの細長い手が絡みついていたのです。
「やめろって、てめ、このっ!! 離せっつってんだろぉっ!!」
「し、四条、くん……」
「うぁっ、畜生っ、なんだよ、これぇっ……あぐっ!?」
なめくじのように這い回る手の一本が、四条くんのシャツの中に忍び込みました。四条くんの表情に嫌悪の色が浮かびます。僕は何もできないまま、その光景に釘付けられるばかりです。
「くっ、そがぁ……なんなんだよ、なん、……っ!」
「ああ、四条くん、四条くん……っ」
服の中に入り込んだ手が、大きく外側に振られました。同時にシャツのボタンが弾け飛びます。今や四条くんの胸から腹にかけては、大きく露わにされてしまいました。夜遊びの癖を映してか、まるで月のように白い肌です。その胸で、ひときわ存在を主張する二つの突起。青い手はそこに向かって伸びていきます。
「……!? なっ、どこ触っ……、……っぐ……!」
骨ばった指先が、乱暴に四条くんの乳首を摘み上げました。くにくにとこね上げられたそこは、抗う彼自身の意思とは裏腹に、目に見えて尖り始めています。
「やめろっ、このっ、変態幽霊っ! 気色悪ぃんだよ、頭おかっ、……んぐっ!?」
彼の悪態は、口に突っ込まれた一本の手によって阻まれました。いや、もはやその手は手と呼べる代物ではありませんでした。滑らかに濡れた握り拳と、血管の張った腕で作られたその手は、今やぬらぬらと曲がりくねる、巨大な男性器へと変貌を遂げていました。
「んぉっ、むうっ、ふむうぅっ」
いっぱいに開かれた四条くんの口から、泡立つ唾液と一緒に苦しげな喘ぎが溢れます。それでも手たちは動きを止めようとはしません。胸を撫で回し、乳首を転がし、そして何本かの手は、とうとう四条くんのズボンに伸びていきます。
「んぐぅっ……!? ふゃ、んおぉっ!!」
拘束された四条くんの目が、いっぱいに見開かれました。股間に群がった手たちがズボンを剥ぎ取って、彼の性器を露わにしてしまったからです。恐怖に縮み上がった四条くん自身に、手たちはまとわりつき絡みつき、無理やりに快感を流し込もうとしています。
「んはっ、うっ、おぉっ……ん、ぉッ……!」
はじめ四条くんは、身をよじって必死に抵抗しようとしていました。当たり前です。僕の大好きな四条くんが、こんな化け物にやすやすと体を許すはずがないのです。けれど──信じられないことに、信じたくないことに。手たちがその部分をいじり回しているうちに、四条くんのそこに、少しずつ変化が現れ始めたのです。
「ふっ、ぉッ……んん、っ……、……は、ふぅ……ッ♡」
「し……じょう、くん……?」
立ち尽くしたまま動けない僕は、その光景を見つめていることしかできませんでした。群がる手たちの隙間から、四条くんの性器がはみ出し始めます。既にはっきりと色づいているそこに、血液が流れ込み膨らみが増すたびに、四条くんの声にだんだんと甘い息が混じり始めます。
「ん……っぷ、ぁっ……ふぁっ、……っあ、は……ぅッ♡ ……んぷぁっ!」
四条くんの口から、突っ込まれていた手が吐き出されました。もはや完全に男性器と化したそれは、唾液と恐らくは先走りの液体で、ぬらりと妖しい光を帯びています。目の前に突きつけられたままのそれを、四条くんは焦点の合わない瞳で見つめています。ひたすらにおぞましい形状のそれから、どうしてか目を逸らすことすらせずに。
「あっ、あ……、……ぁ……♡」
黒ずんだ蛇のような男根は、四条くんの顎を舐めるように二、三度撫で上げました。四条くんはうっすらと目を細め、あぁ、とため息のような吐息を漏らします。その先端がうねりながら向きを変え、四条くんの肌を這いながら下降して──たどり着いた場所に、僕は思わず声を上げていました。
「駄目! 駄目だよ、そこは……そこだけは……!!」
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「はぎっ……!!」
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「あぐっ、あ、あ、あ、あ! はっ! うっ、ぐっ!」
触手のまとう粘液が、広げられた穴の周りで光っています。容赦のないピストンを受けるたびに、穴のふちが伸び、無惨に形を変えていきます。
そうして極太の男根で突かれ続けるうちに、四条くんの表情には、またしても甘い変化が現れ始めました。
「あっ、ぐ、ぁっ、……はっ、あっ……、んぅっ! んぁっ、ん……っ♡」
きつく寄っていた眉間が、少しずつほどけていきます。硬く食いしばっていた歯の力が抜けて、口元がだらしなく緩んでいきます。そして締めつけるばかりだった括約筋が、抽送に沿うようにペニスにまとわりつき、中の肉壁をうねらせ始めたのです。
「あ、あぁ、うそ、嘘だろ……あ、はぁ、いい……んぁっ、こんな、あっ、いいっ……んぁんっ♡」
四条くんは身をくねらせました。でもその動作は子犬のくすぐりから逃れるような、甘ったるくかわいらしいものでしかありません。本気の嫌悪感とは程遠い、むしろ恋人を煽るようなしぐさ。それに応えて触手たちも、よりいっそう彼に絡みつき、肌の上に白濁した粘液を擦り込んでいきます。
「あっ、ふっ、んぉっ、はっ……あっ♡ あっ、あ、い、いいっ……んあっ、気持ちいい、きもちいぃっ♡」
「あ、あぁ……あああ……っ」
「ふぁっ、んぷっ!? んっふ、ぉっ、んおっ♡♡♡」
いつの間にかうねる手たちはすべて、四条くんの中に入っているものと同じように、グロテスクな男性器へと変化していました。口にねじ込まれ、乳首を先端の割れ目で弄ぶそれを、四条くんはもはや振り払おうとすらしませんでした。いや、それどころか何本ものペニスを自ら握り、身を擦り付け、舌を絡め、粘液に嬉々として身を浸してすらいるのです。
「んっ、おぶっ、んぉっ♡ っぷぁ、ちゅ、おぉんっ♡♡」
「うぅっ……あ、ああっ……」
「んぷっ、ちゅっ……はあ、ああ、はっ、はぁんっ♡ はぁっ、いい、いいっ、も、もっと、もっとぉっ♡♡♡」
「四条くん……四条、くん……っ」
気づけば僕の目からは、涙がとめどなく溢れていました。こんなはずじゃなかった。こんなこと、あっちゃいけなかった。僕の大事な、大好きな四条くんが、穢らわしい化け物に汚されて喜悦の声を上げている。いくら目を逸らしたとしても、それは今まさに繰り広げられている現実でした。そして──これも認めたくない事実ですが、僕自身もまた、目の前の光景にはっきりと興奮を覚えていました。
「うんっ、んくんっ、ふぁっ、はぁあっ♡ あっ、いいっ、それっ、それもっとっ、それ好きぃっ♡♡♡」
太いものが肛門を出入りするたびに、四条くんのペニスから、先走りの液体が溢れるように跳ね上がっています。男根型の触手に支えられた四条くんの腰が、杭を打つみたいに大きく前後しています。よく見るともはや触手の拘束はほとんど緩みかけていて、つまり腰を振っているのは触手ではなく、四条くん自身の意志なのです。あの四条くんが、いつも反抗的で生真面目な彼が、化け物がもたらす性の快楽に溺れて、みっともなく腰を振りたくっているのです。それに気づいた僕の心は、深い深い絶望にとっぷりと沈んでいきました。涙の滲んだ目で見透かす淫液にまみれた四条くんは、この世のものとは思えないほど醜悪で、綺麗でした。
「んっふ、おっ、あっ、あぁ、ああっ、らめっ♡♡♡ おっもうらめっ、いくっ、俺いくっああいくぅっ♡♡♡」
「……あぁ……」
「はっあ、ん、いい、いいよっ、いいからぁっ♡♡♡ 出して、出していいから、全部、ぜんぶっああっあっあっあーっ♡ あ゛っお゛あぁあーっ♡♡♡」
四条くんの睾丸が、きゅうっと引き上がりました。同時に触手が彼の最奥を穿ち、突き刺す位置でぴたりと停止しました。そして僕の瞳孔は、はっきりとその瞬間を目に焼き付けていました。
「……お゛ッ♡♡♡」
一瞬の間を置いて、四条くんのペニスから、物凄い勢いで精液が溢れ出してきました。さらに触手と肛門の隙間からもまた、決壊するダムのように白濁した精液が噴き出してきました。明らかに異常な量でした。まるで怪物の出した雄汁が四条くんの身体に染み渡り、彼の輸精管を通って
「……おっ……ほ……っ♡♡」
四条くんの眼球が、ぐるんと上を向きました。もはや彼には何も映っていません。おぞましい交尾の余韻に、ひくひくと震えながら身を委ねているだけの獲物。今の彼はそんな哀れな境遇に、身も心も満たされきっているようにすら見えました。僕の、取り返しのつかない絶望には知るよしもなく。
と、そのとき、触手たちがうぞりと蠢きました。四条くんに絡んだ何本かが、拘束を再びきつく締めつけ直します。
「……っ! 駄目っ……!!」
僕の言葉を聞きもせず、触手たちは四条くんの身体を包むように覆い隠します。顔と、陰茎を挿入されたままの肛門だけは、誇示するように残して。
余韻に身を任せたままの四条くんは、抵抗の気配すら見せません。いいえ──僕にはもう、わかっているのです。四条くんは自分の意思で、うっとりと触手に身を任せていました。
そうして触手たちは、ゆっくりと影の中に沈み始めました。四条くんと一緒に。お姫様をさらう怪物のように。そしてさらわれゆく当の四条くんは、王子様に迎えられたお姫様のように、愛おしげに目を閉じて全身を委ねています。
「ああっ……ああぁっ、四条くん……ごめん……ごめんね……っ」
「……」
僕の声がようやく届いたのでしょうか。四条くんが目を開けて僕を見ました。もうほとんど影の中に堕ちかけた彼の、見上げる瞳と僕の目が、確かに合いました。
とぷん、と。水面に石を投げるような音を残して。
影は、跡形もなくかき消えていました。触手も、飛び散った体液も、そして、四条くんも。すべては何事もなかったかのように元通り、夜の静寂を取り戻していました。
月明かりに照らされた廊下と、膝をつく僕だけを残して。
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ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。
性欲悪魔(8人攻め)×人間
エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』
片思いの先輩に
如月 永
BL
片思いしている先輩に恋い焦がれて、毎晩毎晩妄想アナニー三昧。
妄想の先輩はドSで、ドMな僕はどんどんエスカレートさせていったら……。
スケベな僕と先輩の話。
<説明&注意>
相変わらずのぼんやり設定と、淫乱で変態なチョロい受けの話です。
文中の「」は会話、『』は妄想の中の会話で分けています。
誤字脱字等気にせず読める人向け。
<キャラクター覚書>
●宍倉 敦(ししくらあつし):僕。ドMで先輩に無理やり犯される妄想にハマってる。
●我妻 耀司(あがつまようじ):
バイト先の先輩。僕が大好きな人。
優等生の弟に引きこもりのダメ兄の俺が毎日レイプされている
匿名希望ショタ
BL
優等生の弟に引きこもりのダメ兄が毎日レイプされる。
いじめで引きこもりになってしまった兄は義父の海外出張により弟とマンションで二人暮しを始めることになる。中学1年生から3年外に触れてなかった兄は外の変化に驚きつつも弟との二人暮しが平和に進んでいく...はずだった。
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