54 / 71
奏と田中と その2
しおりを挟む 数ヵ月に一度のペースで招集がかかる、職場の女子会。
現場で汗を流す女性社員数名だけで構成され、割とキャッキャッした楽しい飲み会になる。
仕事柄、誰かかれかが夜勤や夜遅くまでの勤務で顔を出せないでいるが、今夜のメンバーは、私的にベストに近い布陣なのだ。
「大月さん、こっちー」
って!
おい、待てーーーぃ!
早目に切り上げて帰りたい時に限って、朝から水分も満足に摂れないほど忙しかったりする。
今日もバタバタとノンストップで動き回り、その煽りを受けて事務仕事にも手間取った。
初めて足を運ぶ居酒屋への道のり。もちろん迷い彷徨って、集合時刻より数分遅れでの到着。
遅れるのは好きじゃない。
ふぅと少し荒くなった呼吸を整えながら自転車を置き、暖簾を潜ってガララララッと引き戸を開ける。
心地良い好きな音だ。カランカランっと鳴る喫茶店も好きだが、このタイプもまた捨て難い。
自然と鼻の穴が膨らみ、むふぅと気持ちの高まった鼻息が出てくる。
店内はまだ活気に溢れていないようだった。
「いらっしゃーぃ」と活気ある声が響く中、皆はどこだと左から右へ視線を動かしてみる。
「大月さん、こっちー」
右手にある御座敷タイプのような区切られた箇所から、見慣れた笑顔がひょっこりと顔を出すのが見えた。
えっ・・・
「大月さん、こっちこっちー!」
いや、おい待て田中!
なんでお前がいるんだ!
・・・めちゃくちゃ笑顔で手ぇ振っとる。
今夜は女子会だ!
じょ・し・か・い・だ!
その見覚えのある顔は、店員さんが気付いて近づいてくるより少し早く、声を掛けてきたのだった。
『あれ? なんで田中さん・・・』
「付いて来ちゃってさぁ」
「あ! 宮田さん、その言い方はないっすよ」
「お前がいたら、大月さんが松岡を独占できないだろうが」
疲れた下半身を引き摺るようにとぼとぼと近寄ると、向かって左手の最奥に久保さんがちょこんと座り、小さく手を振りながら会釈をしてくれている。
「お疲れさまです」
次いで宮田さんと田中さんが、凄く楽しそうにこちらを見ている。
「まぁ上がりなよ」
『はい、お疲れさまです』
右手の奥には、これまた小っこくて可愛い李っちゃんが「ここ座れやァ」とパンパン座布団を叩いていた。
「かなでん、お疲れー。おゥ、前髪ィ!」
『へへぇ、上げちゃいました。松岡さんまだなんですね』
私がここに座るということは、隣に松岡さんが来る。思わず『おぉ!』と声に出しそうになった叫びを呑み込む。
おでこをぺちぺちしてくる李っちゃんと、松岡さんに挟まれる癒し。これだけで今夜はパラダイスじゃないかっ!
この後に訪れるであろう幸せに妄想の膨らみが止まらなかった。
「とりあえず乾杯しましょう」
なのに田中よ・・・
まだ全員揃ってないのに先陣まで切って飲みだそうとするなんて。こういう時だけ張り切りやがって田中!
幸せムードをぶち壊してくるクラッシャーに、心の中で舌打ちの連呼が止まらない。
田中さんは悪い人ではない。
現場では数少ない男性社員だし、意見を言う時は、気持ちが良いくらいズバッと突っ込んで白黒ハッキリしてくれたりする。
良いことは良い、悪いことは悪いと、現場には出ない上司たちにハッキリと言ってくれる頼れる一面は、先輩ではあるが私的に一目置いている。
問題は、会議をサボる癖だ。それと何度も言うが、松岡さんの心を射止めた事実。
先週なんか、二人っきりでディズニーランドに行きやがって、くそーーーーー!
「これ食べちゃっていいのかなァ?」
「李ーちゃん食べちゃいなよ」
「田中うるさい、一応女子会だ」
『宮田さん、もっと言って下さい』
松岡さんがセッティングしてくれた、掘りごたつっぽいテーブルの居酒屋さん。
本人はまだ未到着だが、すでに料理とドリンクが運ばれてきている。犯人の目星は付いているが、宮田さんもいるから、きっと先にやっちゃうかってなったんだろうな・・・
『松岡さん、遅くなりそうなんですか?』
「もうすぐ来るけどね。いいよ、李ぃ食べちゃえ」
趣味はお酒と仏像グッズ集め。
仏様が描かれていたりするアイテムなら基本喜んで受け取ってくれるし、最近はガチャガチャで販売されている仏像グッズ収集に余念がない。
私の指導係に付いて下さった時から、優しさと鬼軍曹になる厳しさと、意外とあっさりテンパって泣きそうになる一面も持ち合わせている、阿修羅的スナックのママ。宮田さんは、そんな大好きな先輩だ。ハスキーボイスは酒焼けではない。
「かなでん、取り分けてあげよォか。どれがいィ」
『その炒め物みたいなの美味しそうですね』
んじゃ、と勢いよくお箸を進める小さい女の子。女の子なんて言うと失礼か。
私も含め、ほとんどの職員が李ーちゃんや李っちゃんと呼ぶマスコット的存在。久保さんよりも小柄で、明るく楽しく、いつも笑ってる印象で、ひたすら可愛いアニメオタク。
久保さんと合わせて「ミニオンズ」なんて言われてる李っちゃんが、コスプレしている姿は言うまでもない。可愛い!
「で、何から愚痴る?」
おい田中、活き活きしてんじゃねぇよ。
現場で汗を流す女性社員数名だけで構成され、割とキャッキャッした楽しい飲み会になる。
仕事柄、誰かかれかが夜勤や夜遅くまでの勤務で顔を出せないでいるが、今夜のメンバーは、私的にベストに近い布陣なのだ。
「大月さん、こっちー」
って!
おい、待てーーーぃ!
早目に切り上げて帰りたい時に限って、朝から水分も満足に摂れないほど忙しかったりする。
今日もバタバタとノンストップで動き回り、その煽りを受けて事務仕事にも手間取った。
初めて足を運ぶ居酒屋への道のり。もちろん迷い彷徨って、集合時刻より数分遅れでの到着。
遅れるのは好きじゃない。
ふぅと少し荒くなった呼吸を整えながら自転車を置き、暖簾を潜ってガララララッと引き戸を開ける。
心地良い好きな音だ。カランカランっと鳴る喫茶店も好きだが、このタイプもまた捨て難い。
自然と鼻の穴が膨らみ、むふぅと気持ちの高まった鼻息が出てくる。
店内はまだ活気に溢れていないようだった。
「いらっしゃーぃ」と活気ある声が響く中、皆はどこだと左から右へ視線を動かしてみる。
「大月さん、こっちー」
右手にある御座敷タイプのような区切られた箇所から、見慣れた笑顔がひょっこりと顔を出すのが見えた。
えっ・・・
「大月さん、こっちこっちー!」
いや、おい待て田中!
なんでお前がいるんだ!
・・・めちゃくちゃ笑顔で手ぇ振っとる。
今夜は女子会だ!
じょ・し・か・い・だ!
その見覚えのある顔は、店員さんが気付いて近づいてくるより少し早く、声を掛けてきたのだった。
『あれ? なんで田中さん・・・』
「付いて来ちゃってさぁ」
「あ! 宮田さん、その言い方はないっすよ」
「お前がいたら、大月さんが松岡を独占できないだろうが」
疲れた下半身を引き摺るようにとぼとぼと近寄ると、向かって左手の最奥に久保さんがちょこんと座り、小さく手を振りながら会釈をしてくれている。
「お疲れさまです」
次いで宮田さんと田中さんが、凄く楽しそうにこちらを見ている。
「まぁ上がりなよ」
『はい、お疲れさまです』
右手の奥には、これまた小っこくて可愛い李っちゃんが「ここ座れやァ」とパンパン座布団を叩いていた。
「かなでん、お疲れー。おゥ、前髪ィ!」
『へへぇ、上げちゃいました。松岡さんまだなんですね』
私がここに座るということは、隣に松岡さんが来る。思わず『おぉ!』と声に出しそうになった叫びを呑み込む。
おでこをぺちぺちしてくる李っちゃんと、松岡さんに挟まれる癒し。これだけで今夜はパラダイスじゃないかっ!
この後に訪れるであろう幸せに妄想の膨らみが止まらなかった。
「とりあえず乾杯しましょう」
なのに田中よ・・・
まだ全員揃ってないのに先陣まで切って飲みだそうとするなんて。こういう時だけ張り切りやがって田中!
幸せムードをぶち壊してくるクラッシャーに、心の中で舌打ちの連呼が止まらない。
田中さんは悪い人ではない。
現場では数少ない男性社員だし、意見を言う時は、気持ちが良いくらいズバッと突っ込んで白黒ハッキリしてくれたりする。
良いことは良い、悪いことは悪いと、現場には出ない上司たちにハッキリと言ってくれる頼れる一面は、先輩ではあるが私的に一目置いている。
問題は、会議をサボる癖だ。それと何度も言うが、松岡さんの心を射止めた事実。
先週なんか、二人っきりでディズニーランドに行きやがって、くそーーーーー!
「これ食べちゃっていいのかなァ?」
「李ーちゃん食べちゃいなよ」
「田中うるさい、一応女子会だ」
『宮田さん、もっと言って下さい』
松岡さんがセッティングしてくれた、掘りごたつっぽいテーブルの居酒屋さん。
本人はまだ未到着だが、すでに料理とドリンクが運ばれてきている。犯人の目星は付いているが、宮田さんもいるから、きっと先にやっちゃうかってなったんだろうな・・・
『松岡さん、遅くなりそうなんですか?』
「もうすぐ来るけどね。いいよ、李ぃ食べちゃえ」
趣味はお酒と仏像グッズ集め。
仏様が描かれていたりするアイテムなら基本喜んで受け取ってくれるし、最近はガチャガチャで販売されている仏像グッズ収集に余念がない。
私の指導係に付いて下さった時から、優しさと鬼軍曹になる厳しさと、意外とあっさりテンパって泣きそうになる一面も持ち合わせている、阿修羅的スナックのママ。宮田さんは、そんな大好きな先輩だ。ハスキーボイスは酒焼けではない。
「かなでん、取り分けてあげよォか。どれがいィ」
『その炒め物みたいなの美味しそうですね』
んじゃ、と勢いよくお箸を進める小さい女の子。女の子なんて言うと失礼か。
私も含め、ほとんどの職員が李ーちゃんや李っちゃんと呼ぶマスコット的存在。久保さんよりも小柄で、明るく楽しく、いつも笑ってる印象で、ひたすら可愛いアニメオタク。
久保さんと合わせて「ミニオンズ」なんて言われてる李っちゃんが、コスプレしている姿は言うまでもない。可愛い!
「で、何から愚痴る?」
おい田中、活き活きしてんじゃねぇよ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる