オカンの店

柳乃奈緒

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福の神とオカンの店

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ワシは、この店に住み着いてる福の神や! 

最近、連れの縁結びの神もやって来て
ここは居心地がええ言うてな、居座ってしまいよった。

たまに、この店の客に付いて来る
疫病神や貧乏神は、ワシがしっかり目を光らせて
追い払ってやってるんやで。そやから、
この店に貧乏神や疫病神を連れて
入って来た客は、この店を出る頃には
もう、貧乏神も疫病神もおらんようになってるんやで。

もしかしたら、

どんな神社やお寺に行くよりも
この『オカンの店』に、呑みに立ち寄るほうが
確実に厄落としが、出来るということやな。(笑)

ここのオトンも、あちこち放浪して
帰って来よるからな、いつも疫病神に憑かれて
帰ってきよる。そやから、ワシがすぐに
店からその疫病神を、放り出してやるんや!

◇◇
 
店の開店時間の1時間程前になって、
勢い良く店の戸を開けて帰ってきたんは、
絵美里ちゃんを連れた比奈ちゃんやった。
その後ろには、初めて見る顔の人間がおる。

男や! 誰やろか?

「ただいま~! 店に来る途中で、徳丸さんに会ったから
久しぶりやからオカンにも会って行ってやって言うて、
無理やり連れて来たったで!」
「ほんまや~! 久しぶりやん。徳ちゃん。何年振りやろ? 
多分…10年は会ってないで! 今までどうしてたん? 
元気にしてたんか?」

オカンの知り合いみたいや。
同じ歳頃やから、同級生か何かかな? 
そやけど、この男。めっちゃ陰気臭いと思ったら。
後ろに疫病神と貧乏神を連れてるやないか。
きっと、この男は不幸の真っ只中やな。

「久しぶりや…。かれこれ10年振りに親の介護から
開放されて、田舎からこっちへ帰って来て仕事を初めてんけど。
不幸続きで、情けないことに、失業中やねん。介護士の資格が
あるし、親の介護を経験してるから、雇ってはもらえるんやけど。
雇ってくれた施設が潰れてしまったり、経営者に問題があったり、
踏んだり蹴ったりなんや…(苦笑)」
「うわっ! そら、たまらんわ。でも、資格が有るなら
挫けずに今度こそ、ええとこ探して頑張り! それでまた、
うちに呑みに来てや!(笑)」

なんとも悲惨やなぁ…。
もう、何年もこの男は、幸せという物を
感じてないようやな。不幸続きは、男のせいやないで。
そこにおる、疫病神と貧乏神のせいや。

オカンの知り合いみたいやし、
ここはワシが、ガツンとやったるしか無いやろ。

『おい! そこの疫病神! 誰に断ってワシの住処に入って来たんや! 
さっさと出ていかんかい! 貧乏神もやで!』
『そないな事言われても。ワシらは、あの男に付いて来たんや、
出て行けって言われても、困ります。勘弁して下さい!』

ワシが疫病神と貧乏神に
怒鳴り声を上げて、出て行けと一喝すると
貧乏神は、額から冷や汗を垂らして、
両手をモジモジしながら、許しを請うて来た。

『アカン! すぐに出て行け! あの男は、ワシの宿主の
大事な知り合いらしいから。お前ら、また別の宿主を探せ!
 あの男は、今日からワシの弟子の小さい福の神の宿主にする。
そやから、早く出て行け! ほらほら!』



そしたらな、しばらくブチブチと
文句を垂れてたけど、ワシはそんなことは
全く聞く耳を持たずに。疫病神と貧乏神を、
半ば強引なやり方で、店から追い出してやった。

『もしもし? おう! 小さい福の神か? ええ宿主がなあ、
見つかったから、すぐにワシのとこまで来てくれるか? 
うんうん。そうやで、オカンの知り合いや!』
『ほんまですか? はいはい。それでは、すぐに荷物を
まとめて伺います! ありがとうございます♡』

近くの小さい神社で、寝泊まりしながら
宿主を探している。小さい福の神に連絡したら、
嬉しそうに、すぐに荷物をまとめて飛んで来た。

小さい福の神が店に入って来ると、
すぐに徳丸のスマホの着信音が鳴っていた。

「はい…徳丸です。はい。ほんまですか? 有難うございます。
はい。大丈夫です。頑張ります。宜しくお願いします。はい。
それでは、失礼致します!」

電話の様子からして、面接先から
採用の連絡をもらったみたいやった。

「やったで!  陽子ちゃん。総合病院とな、連携してる大きな
施設のヘルパーの社員の面接が採用やったわ。これでやっと
安心して落ち着いて働けるわ。良かった!」
「良かったやん。今度こそ大丈夫や。これで、落ち着いて
働けるなぁ♪  おめでとう! 徳ちゃん♪」

さっきまで、暗い陰気な雰囲気を
漂わせていた男が、パッと表情も
明るくなって、見違えるようやった。

『真面目な人間みたいで、私も安心しました。少しでも
幸せになってもらえるように。私も頑張ります!』

小さい福の神は、徳丸を気に入った様子で
嬉しそうに今後の意気込みを語っていた。

「今日は、私がご馳走するから、ゆっくりして行って♪ 
まさか、明日から仕事では無いやろ?」
「ありがとう! うん。切りがええからって、来週の月曜から
出勤するように言われたわ♪」

顔に明るい色が戻って、嬉しそうに
笑う徳丸を、オカンはほんま嬉しそうに
見て笑ってるわ。口には、出さんでも
この10年の間に、たまに思い出して
徳丸のことを心配してたんやろな。

オカンは優しい人間やから。

『ただいま~! 店に帰って来る途中で、悲壮感を漂わせた
貧乏神と疫病神が、ふらふら~っと歩いとったけど? 
もしかして…また、誰かが連れて来た奴をお前さんが無理やり
引き離したんですか?』
『おかえり~♪ そうや! あいつら、オカンの知り合いにえらい
長い間引っ付いてたみたいやからな! 速攻で追い出したったわ! 
ガッハッハッハッハッ!』

縁結びの神は、神社のアルバイトから
帰って来る途中で、徳丸から無理やり引き離して
店から放り出した、貧乏神と疫病神を見かけたらしい。

『気の毒かもしれんけど。ここへ来たんが運の尽きって奴や!
 また、あいつらも頑張って宿主探すやろ? 繁華街の裏の方に
行ったら、付いていけそうな奴がいっぱいウロウロしてるしな!』
『ああ! そやからな。ワシが、声掛けて駅の裏の路地へ案内
しといたった。これも、縁結びってことでな! ハハハ』

縁結びの神は、貧乏神と疫病神を
気の毒に思って、宿主になれそうな輩が
ゴロゴロしてる所へ案内して来たと笑っていた。

 
それから、開店の時間になって
店に最初に帰って来たんは、浩二と麻由美やった。

「ただいま~! そろそろ、ストレスが溜まって来てるから
2人で、夜定食を食べに来たよ! 理解のある親がおるって幸せ~!」
「ほんまやで! わざわざ親のほうから、孫を預かってくれて
息抜きさせてくれるんやから。ほんま、有難いでな!」
 
育児から、少しの時間やけど
開放されて、麻由美が嬉しそうにニコニコして
オカンに夜定食を頼んで、座敷に浩二と座って
夫婦水入らずで、楽しそうに話してる。

浩二に付いて入って来た
ワシの仲間の福の神も、それを見て
満足そうに笑って眺めてた。

『浩二も麻由美もええ子で、感謝の気持ちを忘れへんから、
ワシもこの2人にばっかり付いて回ってるわ。麻由美なんか
店の神棚に毎朝、新しい白飯と綺麗な水を供えてくれるしな!
 ほんま、居心地のええ宿主らや!』
『お前さんも、ええ感じにふっくらとして来たな~♪』

ワシの仲間の福の神も、前はワシより
2回り位小さかったのが、最近ではワシと
変わらん位にまで、ふっくらと大きく立派になった。

これは、人間の善意をワシらが毎日
お腹いっぱいに頂いてるお陰やねん。

そうこうしてるうちに

店は、客で一杯になっていた。

天井裏も、福の神やら縁結びの神やらで
賑やかな夜になって来た。

『小さい安産の神さんまで来てるわ。 誰に付いて来たんやろか?』
『あれは、ほら、桜絵の鞄に付いてるやろ? お守り。あれやわ!』

ここは、小さい福の神の寄り合い所なんや。
時期によっては、小さい学問の神さんや
安産の神さんも、客に付いて来て天井裏で
酒を酌み交わして騒いでいる。

「今日は満員御礼やな! 週末の夜だけに、ホッとした顔して
呑んでくれてるから、なんかそういうのが私は嬉しいわ!」
「陽子ちゃんは変わらんな! 来世は、もしかしたら福の神に
なれるんとちゃうか? フフフ」
 
オカンが客達を見て、嬉しそうに
ニコニコしてると、徳丸はオカンが福の神に
見えたらしくて、そんなことを口にしていた。

「あはは! もし、そうなら嬉しいわ。福の神さんになって、
もっとみんなを、幸せにしてやることが出来るしな!」
「冗談じゃないで! 俺な、ここへ来るまで…ほんま、不幸の
どん底やったのに。陽子ちゃんに会った途端、嘘の様に
身体がなんか軽くなって、前向きになったんや。もしかしたら、
ほんまにここには、福の神さんがおるんかもな!」

オカンは、徳丸に礼を言われて
嬉しそうに天井を見上げてから、
神棚に向かって、両手を合わせて目を閉じていた。

『人間も鋭いですね~。ワシらのこと。もしかしたら
見えてても、見えてない振りしてくれてるんかも知れませんよ!』

連れの縁結びの神にそう言われて、
ワシも、確かにそうかもなぁと
楽しそうに笑ってるオカンを眺めながら、
お供えの上手い酒をたっぷり呑んで、
その夜も、みんなで楽しく過ごした。

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