オカンの店

柳乃奈緒

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真夏の夜のオカンの店

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◇◇◇◇◇

少し時間を戻して、夏の暑い日の
『オカンの店』の出来事なんやけど…。

その日もオカンは、仕込み前に
『黒猫』へ寄ってから、店で仕込みをしていた。

私はというと、絵美里が風邪気味やったから
病院へ寄ってから、絵美里を連れて店へ行った。

私が絵美里を抱っこして
店の戸を開けて中へ入ると
珍しい人がおったから、凄く驚いた。

「お帰り~絵美里どない? 大丈夫か?」
「うん。夏風邪らしいから、大丈夫やわ」
「そうか~。それなら、良かったわ♪(笑)」

私とオカンが、カウンターに座ってる
オトンの兄貴=私の伯父を無視して会話してたら、
さすがに気不味かったのか、伯父は咳払いして
自分の存在を、アピールしていた。

「ヤス伯父さんやん。どうしたん? もうかれこれ
10年ぶり位になるんちゃう?」
「17年や! 今まで、何処でどないしとったんか知らんけど。
朝、店の前で丸くなって待ってたんよ。仕方ないから中に
入れたってんけどな!」
「…………」

すごい剣幕のオカンに、伯父は何も
言えない様子で、下を向いてしまった。

オカンが怒るのも、無理は無いんやけどね。
だって、伯父が17年前にギャンブルと
キャバクラで、借金を作って行方知れずになった為に
オトンとオカンは、一緒に保証人やった借金を
最近、やっとの思いで返し終わった所やし、
そんな伯父の顔なんて、見たくないやろうからね。

「よ、陽子ちゃん…ほんまに長い事すみませんでした。
少しずつでも返せるもんは、返して行くので、…すんません!」
「返してくれんでええからな! もう、2度と顔出さんといて!」

オカンらしくない。
冷たい言葉を伯父に叩き付けて、
オカンは、そのまま黙ってしまった。

(オトンのおらん時に難儀やなぁ~)

私が、頭を悩ましていたら、
めっちゃええタイミングで、店の戸が
開いて、こうちゃんが入って来た。

「おはようさん! あれ? お客さん? なんかオカン…
機嫌悪そうやけど…なんかあったん? もしかして…俺
もの凄く、タイミング悪かった?」

こうちゃんは、ふざけて笑いながらも
オカンが、物凄い機嫌が悪くて
私が困ってることに、気付いてくれたみたいで
持って来た野菜を保管庫へ入れてから
オカンにいつも通りに話しかけてくれていた。

「オカン! 何があったか知らんけど? オカンが
そんな顔してたら、比奈ちゃんが気不味そうやし
店の福の神さんも、逃げ出してしまうで! 商売人は
スマイル、スマイル! スマイルやで♪(笑)」

こうちゃんがふざけた振りして、
上手いことオカンに、こうちゃんらしい事を
言うたら、流石にオカンも吹き出して笑っていた。

「ほんまやな! こうちゃんには、負けるわ~! (笑)」
「そやで! 私、ほんまに気不味くて…絵美里連れて
帰ろかな~って、思ってたもん!」
「ワシが…何時迄も、おるからアカンねん。今日の所は帰ります…」

伯父が頭を下げて、荷物を持って
帰ろうとすると、オカンはカウンターを叩いて
伯父のことを引き止めていた。

「ちょっとちょっと! 帰らんでええって! これまでの話も
聞きたいし、もう少ししたら仕込みも落ち着くから、
ちょっとだけ待ってて!」

慌てて私も伯父を引き止めて、座敷に座らせた。

がんもとミケは、伯父が気に入ったらしく
2匹で伯父の側で甘えている。伯父は
少し泣きそうな顔をしていたけど、がんもと
ミケに絆されて、大人しく待っていた。

こうちゃんは、まだ少し配達が
残っているからと言って帰って行った。

「お待ちどうさん! ヤッちゃん。オトンは、今な自由で
気儘な放浪の旅に出てるから、連絡したら多分、近くに
おったら帰ってくるやろけど…。たまに、海外とかへ
行ってたりもするから。まずは、何処でどうしてたんか
私らに話してくれるか?」

さっきと打って変わって
落ち着いた様子のオカンに、少し
ホッとした伯父は、目の前の冷たい
麦茶を飲み干すと、ぽつりぽつりと話し始めた。

「借金から逃げ出して、阿呆なワシは…あっちこっちを
転々としとった。一番長くおったんは、東北の岩手なんや。
 震災にあって、命からがら2年前に大阪には戻っとった。
こんなワシやから、結婚もしてへん」

伯父は、オカンに冷たい麦茶のおかわりを
コップに注いでもらって、一口飲んで
またゆっくりと話を続けた。

「ワシな…仕事で世話になってた人と、津波で一緒に流されてな。
運良く浮いてた看板に掴まって、2人で流されてる時に、
ワシのこの阿呆な話をしたらな。 逃げ出したまんまで、人生
終わったらアカン! ってその人に怒られたんや!」

その時の事を思い出したみたいで、
伯父の目からは、涙が溢れていた。

「そんなにあちこちを、転々としてたんやね。そら、
探しても見つからんはずやわなぁ…(笑)」

オカンはオトンと、伯父が自殺とかしてたら
どうしよう言うて、心配して最初の数年は
伯父のことを、一生懸命探していたのを私は憶えている。

「ほんまに、申し訳ないことをしたと思ってる。 許してくれとは
よう言わん。でも、少しでも償いをさせて欲しいんや! 」
「償い言われても。私もオトンも、今は凄く充実してるし…
ヤッちゃんが、しっかりやっててくれたら、それでええんやで!」

オカンは伯父に、冷蔵庫に作っていた
杏仁豆腐を出して、食べてみてくれと勧めていた。

「傑作やから食べてみて。こんな事しながら、楽しく毎日やってるんよ!」

伯父は、出された杏仁豆腐を口にして
凄く驚いた様子で、声を上げていた。

「ほんまや、上手いわ~! 店で、売ってるやつより上手い!」
「そやろ? ヤッちゃん、こんなん好きやったもんなぁ。
店で美味しいもん作るたびに、どないしてるんやろ?って
心配しとったんやで!」

オカンが、目頭を押さえながら伯父に話すと
伯父は、下を向いて鼻を啜っていた。

「ワシな、少しずつでも…陽子ちゃんに嫌や言われても、
借金は返そうと思って、ここに来たんや。生きてる内に
全部返したいて思ってる。その金は、陽子ちゃんが好きに
使い道を考えてくれたらええんや!」
「そやなぁー。返してくれる言うんやから、返してもらっとこうか? これから、絵美里になんぼでもお金かかりまちゅしね~♪(笑)」

(なんでそこで絵美里なん? しかも赤ちゃん言葉やし…)

何とか伯父とオカンの話は済んで、
険悪な空気は、一瞬で何処かへ行ってしまった。

伯父は伯父で、あの大震災がキッカケで
生きるいうことを、真面目に考えたみたいやった。

目の前で、津波に流されて行く人を
沢山、呆然と看板に掴まりながら
見ているしか出来なかった伯父は…
生き残れたら、絶対にオカンとオトンに
償ってから、死ななアカンって思ったと
目に涙を浮かべながら話していた。

そして、伯父は働いている会社の寮のある
東大阪へ笑顔で帰って行った。

◇◇◇

その日の夜

いつものように、仕事を終わらせた
面々が、オカンの店に集っていた。

「オカンって、いつもニコニコしてるから、怒ったら
何倍も迫力あるんよな。ヤス伯父さん、オカンに死刑宣告
されてるみたいな感じやったで!」
「ほんまに? そんなオカン見たこと無いから、見てみたいわ!」

今日のオカンの怒ってる様子を
こうちゃんが、身振り手振りで話してたら
美花ちゃんが、そんなん信じられへんわ~と
がんもとミケに顔を近づけて笑っていた。

「オカンが怒るってどんなん? がんももミケも見とったん? 」
「もぉ~! こうちゃん! また、皆に変なこと教えてる! 
杏仁豆腐あげへんで!!」
「ごめんごめん! それだけは勘弁して! 俺は杏仁豆腐を
楽しみに来たんや~!」

オカンがこうちゃんをからかって
怒りながらも、冷蔵庫から杏仁豆腐を出していた。

「そうや! オトンにヤス伯父さんの事は連絡したん?」
「したけどな! 今、オトン北海道やって! 」
「いいなぁ~♪ 北海道…私も、行ってみたい♪(笑)」

オカンにオトンに連絡したか聞いたら、
しっかり連絡しとったから、少しホッとした。

(それにしても北海道って? 夏やから北海道?)

「北海道やったら、涼しいかもって思って行ったらしねんけどな、なんかめっちゃ暑いって言うてたで! ほんま阿呆やな! フフフ」

確かに浅はかなオトンの考えそうなことやね。
それを笑うオカンも、凄いけどね。

その時、店の戸がゆっくりと開いて
初めて見かけるお客さんが入って来た。

「お帰り~今日は暑かったやろ? ゆっくり座って
のんびりしていってね~!」

オカンが、冷たいお絞りを渡して
空いてるカウンター席を勧めていた。

「た、ただいまです。暑かったです。えっと…生ビールを下さい」

20代前半に見える。身長は155cm位かな?
 綺麗な栗色の髪をしたOLっぽい子やった。
ちょっと固めの服装で、仕事帰りのようやった。

彼女は、オカンから受け取った生ビールを
一気に飲み干すと、すぐにおかわりを要求していた。

そして店の中をキョロキョロと見渡して
座敷のほうを見て、驚いて声をあげていた。

「うわっ!? ね、猫が2匹もおるんや! え? 猫カフェ?
  違う! 猫居酒屋や!」

座敷を見て、がんもとミケを見つけて
彼女は、ここが気に入った様子やった。

「私はオカンの娘の比奈って言うねん。座敷で寝てるんがうちの娘の絵美里で2歳になったばっかりやねん。今日はちょっと夏風邪引いてるから薬飲んで寝てしもたけどね。あ! 伝染ったらあかんからあんまり近くに行かんほうがええで!」

私から自己紹介したら彼女も
うんうんと嬉しそうに手を差し出して
自己紹介してくれていた。

「私はあかね萩原茜はぎわらあかねです。22歳です。向こうの筋に出来た新築のマンションへ、神戸から引っ越して来ました。初めての1人暮らしなんで、こんなアットホームなお店が近くにあって良かったです」

そう言って茜ちゃんは立ち上がって、
私の手を両手で握って、宜しくと人懐っこく笑った。

「うわぁ~! そしたら、毎晩うちにご飯食べにおいで~! 1人暮らしのお客さんにって、オカンが特別安くてヘルシーなご飯出してくれるから!」
「え~~!? ほんとに? それは、嬉しいです。もうお腹ペコペコや!」

生ビールを、すでに3杯平らげた茜ちゃんは
これからご飯やったらしい。

「そしたら、ご飯用意しよか? 今日はな、豆腐ハンバーグやけど食べれるか?」
「私! 好き嫌い無いんです。ヘルシー定食って言うんや! え!? 450円ですか!? 安い!」

茜ちゃんは、メニューの値段を見て
大きな目が更に大きくなって面白かった。

「生ビール3杯に、ヘルシー定食にハイボールを2杯で2000円で、お釣りが50円って!? 安すぎやわ~! もう~絶対、明日も来ちゃいますよ~!」
「ほんまに? 嬉しいわ~♪ 明日は油で揚げてないトンカツやで~!」

オカンも茜ちゃんに、店を
気に入って貰えて、嬉しそうやった。


茜ちゃんは満面の笑顔で、店を出る時に
明日の予約をして、帰って行った。オカンは
嬉しそうに笑って、茜ちゃんが
角を曲がるまで、見送ってやっていた。

この日は改めてオカンが、この店を
続けてる意味が、私にも何となく
わかったような気がした。

そんな、真夏の暑い1日やった。
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