オカンの店

柳乃奈緒

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3匹の猫と里親探し

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◇◇◇◇◇

太陽の日差しが、アスファルトに
照りつけて、暑いと言うよりも
焼けるように熱い夏のある日の事やった。

久しぶりに店に来て、
カウンターに座って何も言わずに
深刻そうな顔をして、溜め息ばかり
ついている。常連客の松爺の事が、私は
気になって仕方がないから、思い切って
何があったんかを、聞いてみることにした。

「松爺? なんか心配事でもあるん? 今日はえらい元気無いし
お酒も上の空で、呑んでるように見えるんやけど。こんな
場所では、話されへんことなん?」

私が、ほうれん草のお浸しを
小鉢に盛って、松爺の前に
そっと出して聞くと
我に返った松爺が、やっと
気をもんでる私の顔を見てくれた。

「すまんすまん! 気を使わせてしもたな。色々とな
考える所があってな、ついついボーっとしてしもたわ!」

松爺は、私の出したお浸しを
つまみながら、冷酒をぐっと呑み干した。

「お客さんも少ないし、話せることやったら話して
スッキリして帰ったほうが、ええ夢見れるで! 」

1つ席を空けて、横に座ってた健ちゃんが
松爺に、お酒を注ぎながら笑って言った。

確かに、店の中におる客は
松爺と健ちゃんとマスターに
座敷にこうちゃんと麻由美ちゃんと
比奈が絵美里と、ご飯を食べてるだけで
気兼ねする客は、おらんかった。

「そやなぁ~、ワシの事では無いんやけどな。
老人会で知り合った婆さんがおるんやけど、つい最近。
具合悪くなってしもて、入院してしもたんや」

あまり自分の事を、ここでは
語らん松爺が、ポケットから
一枚の写真を取り出して、
私と健ちゃんに見せてくれた。

「婆さんには身寄りが無くて、家族と言うたら
この3匹の猫だけなんや…」

その写真には、優しそうな
お婆さんと一緒に、ミケ柄とトラ柄と
真っ白の猫が写っていた。

「優しそうな人やね。だいぶ悪いん? 猫らは?
どないしてるん? 大丈夫なん?」

身寄りがなくて入院と言う事は、
今、この3匹の猫の世話を
誰がしてるんやろうって事が
私には、一番気に掛かる所やった。

「婆さんはもう長くないらしいんや…。そやから、
アパートの大家が、猫を保健所へ連れて行くなんて
言うもんやから、慌ててワシが引き取ったんや! 
考えてる間もなかったしな! でもなぁ~ワシかて
ええ歳やろ? 猫らの事考えると不憫でな…」

松爺はそう言って
写真を見て、大きな溜め息を吐いていた。

「そうや! 里親探そうや。 人慣れしてる猫なら、きっと
すぐにええ人が、貰ってくれるはずやで!」

健ちゃんは、席を立って
早速こうちゃん達に事情を話して、
里親探しの方法を相談し始めていた。

「健も浩二も、ほんま人がええのう。オカンも比奈も
ありがとうな。婆さんに言うたら、きっと涙流して喜ぶわ」

目に薄っすらと涙を浮かべながら、
松爺は嬉しそうに、写真を見つめていた。

「この子らは何歳位ですか? 皆、毛艶良さそうやし
老猫では、無さそうですね~」

マスターが、興味津々で松爺の横へ座って聞いていた。

「ミケは、これでも12歳位なんや。トラは10歳で、
シロは6歳位なんやて、婆さんは言うてたわ」

猫たちは、外には出してなかったから
ノミもおらんし、病気も無くて3匹とも元気らしい。

猫たちの話で、盛り上がってる時に
店の戸をゆっくりと開けて、帰って来たのは
若先生と彼女の由紀恵ちゃんやった。

「おかえり~! ええタイミングで来たやん。待ってたよ~!」

私が、冷たいお絞りを2つ用意しながら
ニコニコしていると、2人とも
キョトンとした顔をして、カウンターに座った。

「待ってたって? 何かあったんですか? 」

渡したお絞りで、汗を拭きながら
若先生は、がんもとクマを探して
キョロキョロしていた。

「ちゃうちゃう! うちの子らはピンピンしてるで!
 松爺が預かってはる3匹の猫の里親探しを、若先生に
手伝って欲しくて、相談に行こうって思っとったんよ!」

冷たいビールと酎ハイのレモンを
2人に出して、私が事情を説明すると
若先生はホッとした顔で、ビールをひと口呑んでいた。

「そうなんや! 良かった。がんもちゃんかクマちゃんが
具合悪なったのかと、私も一瞬ドキッとしたやん。
 里親探しなら、私も協力するよ!」

由紀恵ちゃんは、そう言うと
スマホを取り出して、誰かに
LINEを使って連絡してくれていた。

「由紀恵は、野良猫の保護活動をしてるボランティアさんと
繋がりがあるんです。きっと、頼りになると思いますよ」

若先生は、私にそう言ってニコニコしていた。


翌日から

早速、ミケとトラとシロを
店で預かることになった。

里親候補の人に、すぐに猫らと
会って貰うためにも、店で預かるのが
一番やろうって、比奈も賛成してくれて
朝から、松爺の所へこうちゃんが
配達の合間に、迎えに行ってくれていた。

店の戸を開けて、私が待っていると
キャリーを抱えたこうちゃんと松爺が戻って来た。

「おかえり~暑かったやろ? 冷たい麦茶を用意するから
ちょっと待っててな!」

そう言うて私は、冷蔵庫で
冷やしていた麦茶をコップに注いで2人に渡した。

店の戸をしっかり閉めてから
3匹をキャリーから出してやると、
ソロリソロリと出て来て、猫らは
あちこち匂いを、嗅ぎ回っていた。

「この子らみんな大人しくてええ子やわ。キャリーにも
嫌がらんと入ってくれたしな。ほんま、婆ちゃんと
ずっとのんびり暮らしとったんやなぁ…」

こうちゃんは、そう言うて鼻をすすっていた。

確かに、どの子もゆったりとしていて
3匹とも、座敷の上に上がって寝ているがんもの
匂いを嗅いでから、座布団の上で落ち着いて寛いでいた。

私は、猫トイレを奥の物置にしてる土間に
3つ用意してやって、水とご飯は裏口の側に置いてやった。

「何から何までほんまスマンなぁ~。 浩二もオカンも
ありがとうな。これから、婆さんに報告してくるわ」

松爺は、私とこうちゃんに頭を下げると
病院で、猫たちを心配しているお婆さんに
報告するために出かけて行った。

こうちゃんと入れ替わりに、
比奈が絵美里と一緒に来てくれたので
私は、せっせと店の仕込みをすることにした。

「里親が見つからんかったらこのまま店で看板猫してもらったらええんちゃう? 猫カフェ? ちゃうちゃう! 呑み屋やから、猫居酒屋やん! ええかもしれんな♪」

比奈が猫たちを眺めながら
1人で、ボケとツッコミをして笑っていた。

夜になると、こうちゃんから
事情を聞いた美花ちゃんと宗ちゃんも
来てくれて、亞夜子ママと高田さんも
3匹を見に来てくれていた。

「猫の里親って3匹一緒じゃないと、可哀想かなぁ~? 
菜々美ちゃんが、寂しいらしくてな。猫をどこかで
貰ってこようかなぁ~って、話ししててんけど…」

美花ちゃんが、座敷でミケの
頭を撫でながら、皆に相談していた。

「いきなり1匹になったら寂しいかもしれへんなぁ~…。
3匹は、無理なんか?」

こうちゃんが、美花ちゃんに聞くと
美花ちゃんは、溜め息をついて首を横に振っていた。

「2匹が限界やわ。菜々美ちゃんが、1人で世話するわけやし」

皆は、3匹の幸せを
一生懸命考えて、頭を抱えて悩んでいる。

「もし、2匹を菜々美ちゃんが面倒見てくれるんやったら、
うちに1匹置いてやることにしよか? がんもも、1匹より
2匹がやっぱりええみたいやし」

私が、夜定食を座敷に運びながら皆に提案したら
美花ちゃんが、私に抱きついて叫んでいた。

「ほんまに!? ほんまにええの? ええんやったら
菜々美ちゃんとパパに、今すぐ電話して聞いてみる!」
「ええよ! 電話して聞いてやって。菜々美ちゃんに
すぐに見においでって、言うてやり!」

私が了解したら、すぐに美花ちゃんは
電話をして、菜々美ちゃんに店まで
猫らを見に来るように誘っていた。

「菜々美ちゃん、パパと来るって~♪(笑)」

美花ちゃんが結婚してからやっぱり、
菜々美ちゃんは、寂しかったみたいで
本気で猫を飼うつもりで、色々と準備してたらしい。

「それにしても簡単に決まったな。もっと、
苦労させられるんかと、思ってたんやけどなぁー!」

こうちゃんが、少し残念そうに
トラの鼻を指の先でツンツンしていたら
麻由美ちゃんに、丸めた雑誌で頭を叩かれていた。

店の戸が勢い良く開いて
菜々美ちゃんと、旦那さんが帰って来た。

「おかえり~! 待ってたよ♪ 3匹ともええ子やで!」

私が2人を座敷にいる猫達の所に
案内すると、菜々美ちゃんが声を上げて
トラの側へ駆け寄っていた。

「私が子供の頃、実家で飼ってたトラにそっくり♪ 
このまん丸な目がよう似てるわ。たまらん~♪」

菜々美ちゃんは、そうっとトラに
手を伸ばして、頭を優しく撫でていた。

「この白い子は、オレの祖母さんの所におったシロにそっくりや!」

菜々美ちゃんの旦那さんまで、
シロを抱き上げて、子供の頃を懐かしんでいた。

「それじゃ~決まりやね♪(笑)トラちゃんとシロは
菜々美ちゃんのうちの子に決定やなぁ~♪」

冷たいお絞りを渡して、私が聞いたら
2人は、うんうんと頷いていた。

「ミケは、ちょうど良い感じにがんもと仲良く
なってるみたいやし、これも縁って奴なんかもね♪(笑)」

こうちゃんが、がんもとミケを見て私に言った。

運の強い子は、縁も良いんや! と

私も、猫達を見て笑った。

トラとシロは、その夜の内に
菜々美ちゃんと旦那さんが家に
連れて帰ってくれたので、松爺には
翌朝、連絡して報告しておいた。

若先生と由紀恵ちゃんにも
猫達の行き先を伝えると、凄く喜んでくれていた。


1週間もすると、ミケはすっかり
がんもと仲良くなって、親子みたいになっていた。
松爺も週に3日は、店にミケを見に来るし 
猫好きのお客さんが、また増えて来たから
店は、また少し売上げが上向きになっていた。

◇◇


あれは、

残暑が厳しい9月の最初の月曜日やった。

3匹の猫らの飼い主やったお婆さんが
亡くなったと、松爺から連絡を貰って私は
最後のお別れを、ミケにさせるために
お婆さんのお通夜へミケを連れて行った。

眠ったまま、目を覚まさないお婆さんの
棺の横で、ミケがちょこんと座って暫くの間
寂しそうに「ミヤーンミャーン」と鳴いているのを見て
私は切なくなって、目頭が熱くなってしまった。

私は、鳴いているミケをそっと抱き上げて
膝に抱っこしたまま手を合わせて、お婆さんに
3匹の猫たちのことを見守ってやって下さいと
頭を下げてお願いしておいた。

きっと私がお願いしなくても
3匹のことを、お婆さんはずっと
見守ってくれてるやろけどね。

そしてその夜、

まだ暑さが残っている季節にも関わらず、
がんもがミケに、そっと寄り添うようにして眠っていた。

私はそんな2匹を見て、しばらく涙が止まらへんかった。
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