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王太子の密約

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 シャイエ家の当主、つまり現バシュレ公爵たるひとは、色々と悪評の絶えぬ人であった。
 彼の出自は、正確にはわかっていない。もとは呼び売り商人だったとか、地方領主のもとで騎士をしていたとか。または、商隊の護衛をしていたとか。どれも真偽の程は定かではなく、公爵自身は、東方の豪商の息子だと称しているのだ。しかし、公爵の風貌は、どうみても商人のそれではない。

「坊主頭の大男。筋骨隆々で、誰が見ても『公爵』という柄ではないわね」

 実の娘にも、言われる始末である。
 リディスも幾度か公爵と対面したことがあるが、そうとしらなければ、悪徳商会の用心棒にしか見えない。

 そんな彼が表舞台に現れたのは、先代公爵の護衛となったときだった、と聞く。それまでの彼の経歴は、あくまでも本人の自称でしかない。が、何処をどうしたのか、先代公爵は彼を気に入り、常に傍に置いていた。戦の折には先陣を切り、多くの手柄を立て、家臣団の中では嫡男よりも人望が高かったというのだから。人心掌握の術にも長けていたに違いない。

 そのようなとき、嫡男が流行り病であっという間に亡くなり、彼の弟妹も相次いで儚くなった。頼りにしていた長男を失った先代は、気力を失ったか。政務を投げ出すようにして、領地に籠もってしまった。子を失い、夫まで気弱になってしまったことを嘆いた公爵夫人は、遠縁より養女を迎え、彼女と現公爵を娶せ後継としたのだ。それに対して口を出す者も少なくはなかったが、公爵は見事にそれらを黙らせた。

 先代からも後継に指名をされ、更には先代の愛妾であった美姫を与えられ、現公爵ハルトウィンは、めでたく爵位を継いだのだったが。
 先代の愛妾である舞姫・ミレーヌが、月足らずで男子を上げたとき。周囲は疑惑の目を向けたのだ。ミレーヌの生んだ子は、先代公爵の子ではないか、と。とはいえ、その確証はなく噂はすぐに立ち消えた。公爵夫人もまた、少し遅れて男子をもうけたのである。

 その、との折り合いが悪い。

「それは、本当よ。どちらかと言えば、長兄が一方的に父を嫌っているのだけれど」

 ジュリアスタは、あっさり肯定する。
「兄ふたりも、仲が悪い。これも事実だわ。父は、どちらを後継とするか名言はしていないけれど」
「それは、ははう……を後継に指名したかったからでは?」
 これも、噂ではあるが。
 公爵は娘を最も信頼している、と。ジュリアスタが男であったら、と。宴の席でぽろりとこぼしていたと、王太子が言っていた。正直、公爵はジュリアスタを嫁がせたくはなかっただろう。本来であれば第二王子と縁組して、彼を婿養子として公爵家に迎え入れようと考えていたのではないか。その想像は、あながち間違いでもないかもしれない。

「わたくしが、殿下との婚約を破棄して実家に戻れば。上の兄は殊の外喜ぶことでしょうね」

 それはどういうことだ、と尋ねようとして。リディスは、あることに気づいた。
 ジュリアスタの長兄が、自身が先代公爵の子であると信じているのだとしたら。当然自分が爵位を継承すると思っているだろう。更に、彼の父が先代公爵であるのだとすれば、ジュリアスタとは、赤の他人となる。
 それは、つまり。

「わたくしを妻として、公爵家を継ごうと考えているのだわ。あの『お花畑』は」
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