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29.祝福あれ
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白く細い指先が器用に動き、金属の形を変えていく。
いびつな金が、彼女の手の中で繊細な薔薇に生まれ変わっていくのを、師たる赤毛の女性は、満足げに見つめていた。
「まったく、ここまで腕を上げるとはねえ」
まいったもんだよ、と。アダルバード訛りの公用語で呟くと、二代目オルトルートを名乗る赤毛の女性・ティルデは、一番弟子と認めた金髪の貴婦人に
「あとは、あんたの好きにやりな。そこに色々、宝石があるだろう」
棚に並べた貴石を、指で示す。
師から思わぬ言葉をかけられた、そう思ったのか。
「わたくしの思い通りに、作成してよろしいのでしょうか」
貴婦人は、淡い緑の瞳を大きく見開き、それから。花が綻ぶような、艶やかな笑みを浮かべた。
彼女……カルノリア第三皇女にして、現在は神聖皇帝の妃の一人となったソフィアは、数年前からオルトルートのもとで金細工を学んでいた。心を病んでしまった彼女に、なにか没頭できるような趣味を、と、アグネイヤ四世がティルデを紹介したのである。カルノリア皇女でありながら、アインザクトの中で育てられた彼女が歩んできた道は、まさしく茨のそれだった。出自を知り、姉や兄と思ってきた人々のその後を知り、数多の現実を突きつけられたのち、一時期は廃人同然で離宮に閉じこもっていたのだが。
皇帝に巫女姫。
彼女と入れ替えられた真実のツィスカを始めとする、神聖皇帝の妃たち。
宰相。
アーシェルの民。
それから……
様々なふれあいの中で、徐々に心を取り戻してきた。
今では、従妹でもあるシェラと、時々剣の手合わせを行ってみたり、真実のツィスカの統治するエランヴィアに旅行をしたり、皇太后の住まうアシャンティを訪れたりと、他者との交流も盛んに行っている。
駄目押しが、この『弟子入り』だった。
アグネイヤは、ソフィアの住まいである小宮に、オルトルートの工房を作ってしまったのだ。
「いくらなんでも、そりゃ強引でしょうよ」
最初は不平を漏らしていたティルデも、この新たな弟子の意外な成長ぶりに、
「オルトルートの名前、譲ってもいいと思ってるよ」
こっそりとアグネイヤに、漏らす始末である。
「鴉の娘を、弟子にするとはねえ……」
先代の面影を心に描き、ティルデは苦笑した。先代は、カルノリアを忌み嫌っていた。神聖皇帝を暗殺し、国を滅ぼしたカルノリアを。
師が存命中であったら、ソフィアを預かるなど、許されたかどうか。
とはいえ、皇帝と巫女姫の命令とあれば、悪態を付きながらも従ったであろう。
「はじめから、あたしのところに来ていたら、とっくに抜かされていたねえ」
「ティルデ殿、そんな」
「いや、他の細工師のところに行かれなかっただけ、よかったね。商売敵になられたら、これほど怖いものはない」
「褒め過ぎです」
若干ばつが悪そうに、目元を伏せて。ソフィアは、完成品を師に渡す。ティルデは受け取った指輪を見つめながら、「うん」と小さく頷いた。これならば、下級貴族の所領一つ、申し受けることができる。それだけの出来栄えだった。
「これを作ったのが、神聖皇帝のお妃様だなんてねえ。買い取る方は、夢にも思わないだろうね」
「どなたかが購入されるのですか、この指輪を?」
「ああ。フィラティノアの、ヘルムート伯爵、いやさ、今は父上の跡を継がれて、エルンスト侯爵か。その方からの注文だよ。ご子息の婚約者に送る品だそうだ」
「そんな重要な品を、わたくしに? 先に仰っていただければ……」
「言っていたら? もっと気合い入れたかい? それとも、断っていたかい? あんたの場合、後者だろうけどね」
きしし、と、ティルデが笑う。
「そろそろ売り物作ってもいいんじゃないか、と思ってね。あたしも隠居を考える年頃だし」
これは嘘ではない。
いい加減、長く細工師オルトルートで在り続けた。細工は好きだが、第一線で活躍するには、体力気力ともに衰えてきている。技術者としての腕も、自身で満足できなくなっていた。頃合いを見計らって、後進に道を譲る。ソフィアとの邂逅は、その決心を固めてくれた。
「まあ、でも、あんたもまだ独り立ちは不安だろうし。注文が来ても、いきなり大国のお妃様に取り次ぐことなんてできないし」
「それは、そうですね」
ソフィアは喉を鳴らした。
数多の貴族や豪商が、ソフィアの作品を求めて、紫芳宮に詰めかけるところを想像したのだろう。
作業を終えたソフィアは、工房をあとにした。
上階の自身の部屋へと足を運べば、
「お客様がお見えです」
部屋付の侍女の報告に、
「お客様?」
ソフィアは首をかしげる。彼女の住まう離宮に訪れるものは、少ない。指折り数えるほどである。
皇帝夫妻かもしくは、宰相か。だが、その誰もを侍女が「お客様」と表現することはない。
もしやと思い、客間に足を運べば
「いやいやいやいや、ご無沙汰です。相変わらずお美しい。そして、ご機嫌麗しゅう」
亜麻色の髪と青灰色の瞳を持つ、女装の青年。エーディトである。
彼は大仰にソフィアを褒め称え、その足元に跪き、衣裳に口吻をしながら
「本日は、ご挨拶に伺いまして」
ソフィアが言葉を発するまもなく、一気に来訪理由をまくし立てた。
曰く、オリアへ向かうという。
皇帝命令とのことだった。
「若様……いえいえ、今はルクレツィア女王陛下ですね、あの御方のお傍に参ります。おそらく、一生」
「一生?」
ソフィアは、目を丸くする。
「はい。まあ、ですので、お暇乞いに伺いました」
にまっ、と笑う顔は、美しくも醜くもないが。どことなく愛らしく、そして、薄気味悪く見えた。
もともと、掴みどころのない男である。ここ十年ほど傍にあったが、未だにエーディトのことはわからなかった。アインザクトの姫君の名を持つこの奇妙な青年が、エルディン・ロウの一員としてよりも彼個人の意向で、皇帝に長く仕えている。また、皇帝も彼に対して絶大なる信頼を寄せていることから、ソフィアも彼に対しては過剰に警戒することはなかった。
だからといって、親しかったか、といえば。そうとは言えない。
オリアに赴くと言って、わざわざ挨拶に訪れるほど親密か、と言われれば、答えは否だろう。
「ルクレツィア陛下へのご伝言がございましたら、お伝えしますが。いかがでしょう」
にやり、とエーディトが笑う。
そこか。
ソフィアは、軽く唇を噛みしめる。試されている、と。多少不快な気分になったが、自分は天地神明に誓って疚しいことなどはしていない。だから。堂々と答えれば良い。
「おふたりとも、お元気に過ごされていらっしゃいます、と」
その一言だけで、ルクレツィアは理解するはずだ。
「陛下からの預かりものですからね。おっと、モノ扱いなんかしたら、おふたりともご立腹でしょうが」
きしし、と笑うエーディトは、彼の師によく似ていた。
「それから、こちらを陛下にお渡しいただけますか?」
ソフィアは侍女に目配せをする。と、侍女は小間使いに命じて、棚にある小箱を運ばせた。侍女を介してそれをエーディトに渡すと、
「ご笑納ください、と。お伝え下さい」
自身の手慰みに作った作品だと伝える。三代目オルトルートを名乗ろうとしている人物の作品、と、エーディトは軽く口笛を吹いた。かなりの希少価値である。
「下世話な話になりますが、何年か経つと法外な値段が付きそうなお品ですよねえ」
いや、今でも十二分に高値となるだろう。元カルノリア皇女にして、現神聖皇帝皇妃、神聖帝国の女公爵の手となれば、その名だけでかなりの価値となる。
「まさか、売り飛ばそうと考えていらっしゃるわけではありませんよね」
釘を差せば、エーディトは「とんでもない」と両手を振った。
「わたしも一時は、オルトルートの弟子を名乗ったことのあるものです。この作品の価値がどれほどのものか、重々承知しておりますよ。必ずや、陛下にお届けいたします。どうぞ、ご安心を」
いつになく紳士な物言いに、ソフィアは驚いた。と、同時に。エーディトの目の辺りに、寂しい影が過るのを見たような気がしたのだ。
彼とは、これが本当に今生の別れとなるだろう。
予感めいた思いを胸に、ソフィアは深く彼に頭を下げた。特に意味はなく、なぜかそうしなければならないような、そんな気がしたのだ。
「これから、出発いたします」
リディアやシェラへの挨拶も済んだという。勿論、ディークハルトやアデルにも。アデルは泣きながら彼を見送ってくれたそうだ。そう言われて、さもありなんとソフィアは思う。エーディトは、亡くなったアデルの連れ合いに似ているのだ。アデルは、エーディトにその姿を重ねていたに違いない。髪の色も瞳の色も、年齢も顔立ちも全く違うというのに、ソフィアでさえエーディトに時々エルナの影を感じたのだから。
(エーディトに縁付くものと思っていたけれど)
それはなかったらしい。
アデルは、生涯、双子とディークハルトのために生きると決めたに違いない。
いな。彼女の心には、いまだエルナが生き続けているのだろう。
古王国ミアルシァの失われた王太子と、かつて蛮族と罵られたフィラティノア辺境出身の娘。身分違い、といえばそうなるのか。本来なら決して出会うはずのない二人が、フィラティノアの王宮にて出会ったことは、奇跡でしかない。その出会いを大切な思い出として、亡き『夫』の忘れ形見すら、主君のために捧げているアデルに、別の男性と歩む未来は、存在し得ない。
そして、エーディトはルクレツィアだけではなく、アデルの愛し子セシルも守るために。かの国へ赴くのだ。
「気をつけて」
気の利いた言葉をかけることができぬ自分を恥じながら、ソフィアはエーディトを玄関まで見送った。
「本当は、国境まで送りたいところだけれども」
「いやいやいや、それは流石に」
先程ど同じように両手を振って、エーディトは一礼すると馬車に向かってあるき出す。
「ルクレツィア陛下に、お伝え下さい。あなたの大切な方々は、皆様、お元気です。と」
ソフィアのつぶやきは、風に散った。
いびつな金が、彼女の手の中で繊細な薔薇に生まれ変わっていくのを、師たる赤毛の女性は、満足げに見つめていた。
「まったく、ここまで腕を上げるとはねえ」
まいったもんだよ、と。アダルバード訛りの公用語で呟くと、二代目オルトルートを名乗る赤毛の女性・ティルデは、一番弟子と認めた金髪の貴婦人に
「あとは、あんたの好きにやりな。そこに色々、宝石があるだろう」
棚に並べた貴石を、指で示す。
師から思わぬ言葉をかけられた、そう思ったのか。
「わたくしの思い通りに、作成してよろしいのでしょうか」
貴婦人は、淡い緑の瞳を大きく見開き、それから。花が綻ぶような、艶やかな笑みを浮かべた。
彼女……カルノリア第三皇女にして、現在は神聖皇帝の妃の一人となったソフィアは、数年前からオルトルートのもとで金細工を学んでいた。心を病んでしまった彼女に、なにか没頭できるような趣味を、と、アグネイヤ四世がティルデを紹介したのである。カルノリア皇女でありながら、アインザクトの中で育てられた彼女が歩んできた道は、まさしく茨のそれだった。出自を知り、姉や兄と思ってきた人々のその後を知り、数多の現実を突きつけられたのち、一時期は廃人同然で離宮に閉じこもっていたのだが。
皇帝に巫女姫。
彼女と入れ替えられた真実のツィスカを始めとする、神聖皇帝の妃たち。
宰相。
アーシェルの民。
それから……
様々なふれあいの中で、徐々に心を取り戻してきた。
今では、従妹でもあるシェラと、時々剣の手合わせを行ってみたり、真実のツィスカの統治するエランヴィアに旅行をしたり、皇太后の住まうアシャンティを訪れたりと、他者との交流も盛んに行っている。
駄目押しが、この『弟子入り』だった。
アグネイヤは、ソフィアの住まいである小宮に、オルトルートの工房を作ってしまったのだ。
「いくらなんでも、そりゃ強引でしょうよ」
最初は不平を漏らしていたティルデも、この新たな弟子の意外な成長ぶりに、
「オルトルートの名前、譲ってもいいと思ってるよ」
こっそりとアグネイヤに、漏らす始末である。
「鴉の娘を、弟子にするとはねえ……」
先代の面影を心に描き、ティルデは苦笑した。先代は、カルノリアを忌み嫌っていた。神聖皇帝を暗殺し、国を滅ぼしたカルノリアを。
師が存命中であったら、ソフィアを預かるなど、許されたかどうか。
とはいえ、皇帝と巫女姫の命令とあれば、悪態を付きながらも従ったであろう。
「はじめから、あたしのところに来ていたら、とっくに抜かされていたねえ」
「ティルデ殿、そんな」
「いや、他の細工師のところに行かれなかっただけ、よかったね。商売敵になられたら、これほど怖いものはない」
「褒め過ぎです」
若干ばつが悪そうに、目元を伏せて。ソフィアは、完成品を師に渡す。ティルデは受け取った指輪を見つめながら、「うん」と小さく頷いた。これならば、下級貴族の所領一つ、申し受けることができる。それだけの出来栄えだった。
「これを作ったのが、神聖皇帝のお妃様だなんてねえ。買い取る方は、夢にも思わないだろうね」
「どなたかが購入されるのですか、この指輪を?」
「ああ。フィラティノアの、ヘルムート伯爵、いやさ、今は父上の跡を継がれて、エルンスト侯爵か。その方からの注文だよ。ご子息の婚約者に送る品だそうだ」
「そんな重要な品を、わたくしに? 先に仰っていただければ……」
「言っていたら? もっと気合い入れたかい? それとも、断っていたかい? あんたの場合、後者だろうけどね」
きしし、と、ティルデが笑う。
「そろそろ売り物作ってもいいんじゃないか、と思ってね。あたしも隠居を考える年頃だし」
これは嘘ではない。
いい加減、長く細工師オルトルートで在り続けた。細工は好きだが、第一線で活躍するには、体力気力ともに衰えてきている。技術者としての腕も、自身で満足できなくなっていた。頃合いを見計らって、後進に道を譲る。ソフィアとの邂逅は、その決心を固めてくれた。
「まあ、でも、あんたもまだ独り立ちは不安だろうし。注文が来ても、いきなり大国のお妃様に取り次ぐことなんてできないし」
「それは、そうですね」
ソフィアは喉を鳴らした。
数多の貴族や豪商が、ソフィアの作品を求めて、紫芳宮に詰めかけるところを想像したのだろう。
作業を終えたソフィアは、工房をあとにした。
上階の自身の部屋へと足を運べば、
「お客様がお見えです」
部屋付の侍女の報告に、
「お客様?」
ソフィアは首をかしげる。彼女の住まう離宮に訪れるものは、少ない。指折り数えるほどである。
皇帝夫妻かもしくは、宰相か。だが、その誰もを侍女が「お客様」と表現することはない。
もしやと思い、客間に足を運べば
「いやいやいやいや、ご無沙汰です。相変わらずお美しい。そして、ご機嫌麗しゅう」
亜麻色の髪と青灰色の瞳を持つ、女装の青年。エーディトである。
彼は大仰にソフィアを褒め称え、その足元に跪き、衣裳に口吻をしながら
「本日は、ご挨拶に伺いまして」
ソフィアが言葉を発するまもなく、一気に来訪理由をまくし立てた。
曰く、オリアへ向かうという。
皇帝命令とのことだった。
「若様……いえいえ、今はルクレツィア女王陛下ですね、あの御方のお傍に参ります。おそらく、一生」
「一生?」
ソフィアは、目を丸くする。
「はい。まあ、ですので、お暇乞いに伺いました」
にまっ、と笑う顔は、美しくも醜くもないが。どことなく愛らしく、そして、薄気味悪く見えた。
もともと、掴みどころのない男である。ここ十年ほど傍にあったが、未だにエーディトのことはわからなかった。アインザクトの姫君の名を持つこの奇妙な青年が、エルディン・ロウの一員としてよりも彼個人の意向で、皇帝に長く仕えている。また、皇帝も彼に対して絶大なる信頼を寄せていることから、ソフィアも彼に対しては過剰に警戒することはなかった。
だからといって、親しかったか、といえば。そうとは言えない。
オリアに赴くと言って、わざわざ挨拶に訪れるほど親密か、と言われれば、答えは否だろう。
「ルクレツィア陛下へのご伝言がございましたら、お伝えしますが。いかがでしょう」
にやり、とエーディトが笑う。
そこか。
ソフィアは、軽く唇を噛みしめる。試されている、と。多少不快な気分になったが、自分は天地神明に誓って疚しいことなどはしていない。だから。堂々と答えれば良い。
「おふたりとも、お元気に過ごされていらっしゃいます、と」
その一言だけで、ルクレツィアは理解するはずだ。
「陛下からの預かりものですからね。おっと、モノ扱いなんかしたら、おふたりともご立腹でしょうが」
きしし、と笑うエーディトは、彼の師によく似ていた。
「それから、こちらを陛下にお渡しいただけますか?」
ソフィアは侍女に目配せをする。と、侍女は小間使いに命じて、棚にある小箱を運ばせた。侍女を介してそれをエーディトに渡すと、
「ご笑納ください、と。お伝え下さい」
自身の手慰みに作った作品だと伝える。三代目オルトルートを名乗ろうとしている人物の作品、と、エーディトは軽く口笛を吹いた。かなりの希少価値である。
「下世話な話になりますが、何年か経つと法外な値段が付きそうなお品ですよねえ」
いや、今でも十二分に高値となるだろう。元カルノリア皇女にして、現神聖皇帝皇妃、神聖帝国の女公爵の手となれば、その名だけでかなりの価値となる。
「まさか、売り飛ばそうと考えていらっしゃるわけではありませんよね」
釘を差せば、エーディトは「とんでもない」と両手を振った。
「わたしも一時は、オルトルートの弟子を名乗ったことのあるものです。この作品の価値がどれほどのものか、重々承知しておりますよ。必ずや、陛下にお届けいたします。どうぞ、ご安心を」
いつになく紳士な物言いに、ソフィアは驚いた。と、同時に。エーディトの目の辺りに、寂しい影が過るのを見たような気がしたのだ。
彼とは、これが本当に今生の別れとなるだろう。
予感めいた思いを胸に、ソフィアは深く彼に頭を下げた。特に意味はなく、なぜかそうしなければならないような、そんな気がしたのだ。
「これから、出発いたします」
リディアやシェラへの挨拶も済んだという。勿論、ディークハルトやアデルにも。アデルは泣きながら彼を見送ってくれたそうだ。そう言われて、さもありなんとソフィアは思う。エーディトは、亡くなったアデルの連れ合いに似ているのだ。アデルは、エーディトにその姿を重ねていたに違いない。髪の色も瞳の色も、年齢も顔立ちも全く違うというのに、ソフィアでさえエーディトに時々エルナの影を感じたのだから。
(エーディトに縁付くものと思っていたけれど)
それはなかったらしい。
アデルは、生涯、双子とディークハルトのために生きると決めたに違いない。
いな。彼女の心には、いまだエルナが生き続けているのだろう。
古王国ミアルシァの失われた王太子と、かつて蛮族と罵られたフィラティノア辺境出身の娘。身分違い、といえばそうなるのか。本来なら決して出会うはずのない二人が、フィラティノアの王宮にて出会ったことは、奇跡でしかない。その出会いを大切な思い出として、亡き『夫』の忘れ形見すら、主君のために捧げているアデルに、別の男性と歩む未来は、存在し得ない。
そして、エーディトはルクレツィアだけではなく、アデルの愛し子セシルも守るために。かの国へ赴くのだ。
「気をつけて」
気の利いた言葉をかけることができぬ自分を恥じながら、ソフィアはエーディトを玄関まで見送った。
「本当は、国境まで送りたいところだけれども」
「いやいやいや、それは流石に」
先程ど同じように両手を振って、エーディトは一礼すると馬車に向かってあるき出す。
「ルクレツィア陛下に、お伝え下さい。あなたの大切な方々は、皆様、お元気です。と」
ソフィアのつぶやきは、風に散った。
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