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01. 陽の当たらない場所

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 自分は、この家の子ではないのかもしれない。
 幼いころから、セシルは度々思うことがあった。

 何故なら。
 母も兄も銀髪なのに、自分は黒髪だった。ティノア人が多く住むこの国では、黒髪の人間は圧倒的に少ない。というよりも、他所者でしかない。それに、母も兄も、これまたティノア人の典型である深い青い瞳を持っていた。それなのに、自分は。
「碧?」
 揺れる水鏡、そこに映る瞳は、青緑。緑の色素が強いのだ。純粋な青とは言い難い。
 そのせいで他人からはとやかく言われることはあったが、母や兄から差別をされたことはない。何故自分の色は違うのだと母に尋ねると、母は決まってこういうのだ。
「あなたは、父上に似たのよ」
 と。


 その、父である。父に、会ったことは一度もない。五歳年長の兄は父を知っているかと思ったが、幾らセシルが尋ねても「知らない」の一点張りだった。それ以前に、病弱な兄は部屋にこもりきりで、あまり家族の前に姿を見せることはない。母も気を使ってか、兄の部屋にセシルをあまり入れないようにし、彼の世話はほぼ一人でこなしていた。
 決して裕福ではないが、貧しいというほどでもない。
 幼いころから、食事に事欠いたこともなければ、欲しいものを我慢させられた覚えもない。
 父はいないが、母が何処かに働きに出ることもなく、兄もきちんと医者に診てもらっている。彼に出される薬は、それなりに高価なものだろうに、母が代価に困っている様子もないのだ。

 ――お前の母ちゃん、キゾクのアイジンなんじゃねぇ?

 近所の悪童に言われたことがある。
 そう言った悪童は、すぐに彼の母親に怒られて、セシルの家に親子ともども謝りに来ていたが、そのときは”キゾク”や”アイジン”という言葉にピンとくるものがなかったセシルも、歳が長じるにつれ段々と事情を考えるようになってきた。
 母は、貴族の愛人。
 幼いころに言われた言葉、それを思い出したとき、全てに合点がいった。貴族の愛人であれば、仕事をせずとも生活に不自由はない。父らしき人が来ないのは、既に他界しているか、それとも母への寵愛が薄れたか、どちらかなのだろう。それでも生活に困らぬ程度のものは残していてくれたのだ、と。いつしかセシルはそう信じるようになっていたのだが。



「おまえは妙なことを考える」
 母が珍しく留守にした日、兄の食事を持って彼の部屋に行ってそんな話をすると、彼は整った顔に皮肉げな笑みを浮かべた。もともと表情に乏しい兄が喜怒哀楽を表に出すことはまずないし、出したとしても身内以外はそれを判別することが出来ないだろう。セシルは僅かに動いた兄の口元を見て、苦笑していると認識したのだ。
「俺の父上は、亡くなったのだ」
 兄は抑揚のない声でそう言い、野菜と鶏肉を煮込んだ汁物に口を付けた。
「ディルクの、父上?」
 そうだ、と事も無げに彼は言う。兄の父は亡くなった、ということは、セシルの父も亡くなったということだ。が、兄はかぶりを振る。違う、という。
「お前の父上のことは、知らない」
 どうやら、兄と自分は父親が違う。そういうことらしい。だが、それが何を意味するのか。どう考えてもセシルには理解できない。
「おまえもそのうち、判るようになる」
 けほ、と兄が咳き込んだ。セシルは慌てて彼の背をさする。十五歳という年齢の割には、兄は小柄だった。ともすれば少女と見まごうような華奢な身体は、支えていなければ起きていることもできないのではないか、と危惧するほど儚い。
 兄と自分は、恐ろしいほど似ていなかった。
 髪と瞳だけではない、顔立ちもだ。
「ディルク」
 兄に、声をかけてみる。なんだ、とこちらを見る顔、そこには母の面影もない。兄は、母にも似ていない。
 たまに、思う。
 母も兄も自分も、実は誰も血が繋がっていないのではないか、と。
 けれども、では何のために親子として一緒に暮らしているのか、と問われれば答えは出てこない。
 自分はいったい誰なのだろう、その疑問を抱いたまま、セシルは食器を下げ、階下へと降りて行った。と、そこに。

「アデル殿の屋敷は、こちらか?」

 妙に硬い口調の呼びかけが聞こえてきた。扉の向こうからである。
 アデルというのは、母の名だ。母の知人だろうか。
 けれども、母が留守の時は扉を開けてはならないと固く言い含められている。セシルは台所の覗き窓からそっと表の様子を窺った。小さな覗き窓からは、客人の横顔が見える。背の高い、男性だった。仕立ての良い外套に身を包み、つばの広い帽子をかぶっている。肩に零れるのは、銀の髪。やはりというべきか当然というべきか。ティノア人である。
「アデル殿、ご不在か?」
 呼びかけているのは、その青年の傍らに佇む壮年の男だった。身なりは質素だが、言葉遣いは下町のそれではない。口調は傲岸だが、どことなく品がある。彼は青年の従者らしかった。幾度か中に呼びかけて応答がないことが判ると、「如何いたしましょうか」といった様子で青年を振り返る。
 青年は軽く腕を組み、息をついた。どうしたものか――唇が動き、ふと此方に顔を向けた。
「あ」
 まずい、と思ったときはもう遅い。
 もっとよく見ようと身を乗り出していたセシルは、彼と目が合ってしまったのだ。
「貴殿は」
 青年の青く澄んだ瞳が大きく見開かれる。彼はなにか恐ろしいものでも見たように――それこそ、妖魔か亡霊に遭遇したような顔でセシルを見つめていた。自分の顔はそれほど歪んでいるのか、奇妙なのか、黒髪が珍しいのかと怒りがふつふつと込み上げてきたセシルであるが、
「陛、下?」
 青年が漏らした呼びかけに、息を止めた。

 陛下、と。
 彼はそう言った。

(へいか?)
 陛下、とは。
 その意味が判らぬほど、セシルは子供でも愚か者でもない。それは、君主への敬称だ。けれども、何故。何故、件の青年が自分を見てそのようなことを口走るのか。
 眉根を寄せるセシル、その耳に母の声が飛び込んできたのは、次の瞬間だった。

「どちらさまでしょう?」

 温和な母にしては珍しい、鋭い誰何の声に、青年とその従者は驚いたように声の主を振り返る。彼らはそこに、黒衣を纏った中年の女性を認めると、
「やはり、アデル殿」
 溜息に似た呟きを漏らしたのだ。
 同時にアデルも、また。
「坊ちゃま……? まさか、そんな」
 声を震わせたのである。



 セシルの家は、職人街の中心部にあった。二階建ての家がいくつも連なる、いわゆる共同住宅の一つである。こういった住まいを持てるのは、大抵、貴族や富裕層の御用達、もしくは自身が商売を営んでいるか。そのどちらかであった。
 故に、治安は悪くない。
 ここ十年ほど国内が乱れてはいるが、この辺りが戦禍に塗れることはなく、職人たちもそれなりに職務に勤しんでいる。最近は装飾品や日常品よりも、武具の取り扱いが多いと聞く。大通りを何台もの馬車が忙しなく行き交うのをセシルも何度か目にしていた。その荷台には、大量の武器が積まれているのだ。
 あの武器を使って、戦が行われる。
 セシルの家、一階の奥の部屋へと入った客人の腰にも、剣が下げられていた。セシルが今まで見たことのないような、立派な作りの剣である。それだけで、この青年が相当の身分にある者だということが判った。
「お口汚しになってしまいますが」
 台所から温めた葡萄酒を運んできた母が、恐縮した様子で客人に頭を下げる。
「アデル殿、お構いなく」
 青年のほうも、幾分緊張気味だった。貴族と思しき青年が、下町の婦人に対してこのような態度を取るものなのかとセシルは不審に思った。やはり表通りで時折目にする貴族は、もっと尊大である。庶民を人とは思っていないのではないか、と感じられるほどにその扱いはぞんざいだった。
 この青年が特別なのか。
 それとも、母が特別なのか。
 セシルは部屋の隅にうずくまり、葡萄酒のおこぼれを舐めながら、母と客人とを観察した。
「よく、お判りになりましたね」
 苦笑混じりに母が言う。
「いえ、かなりお探ししましたよ」
 青年も同様に苦い笑みを溢した。
「過日、ダニエラの侍女が宿下がりの折に街であなたらしき方をお見かけした、と申しておりましたので。もしやと思い、こちらへ参りました」
 まあ、と母が笑う。懐かしそうに目を細めて
「御令室は、お元気ですか? お子様方は?」
 青年に問いかける。彼は幾分はにかんだように口元を緩め、「お陰さまで」と短く答えた。
「――陛下は」
 その単語を口にすることを躊躇ってから、重ねて母が尋ねた。青年は今度は僅かに間を置いてから
「勿論、……」
 言いかけて、アデルの目がひたと自分を見ていることに気付いたのか、軽く咳払いをした。貴方には敵わない、そのような意味のことを口にしてから、
「お身体はお元気でしょうが、お心の方は如何なものかと。気丈に振る舞ってはいらっしゃいますが、やはり、お辛いのでしょう」
 言葉を選びながら続けた。
「ならば、このような処にいらしている場合ではないでしょう、”閣下”」
 母の声には何処かしら厳しさが含まれている。
 母に、貴族の愛人なのかと問いかけたときと同じだ。

 ――貴方の父上は、さる高貴なお方です。余人にとやかく言われるような方ではありません。立派な方です。

 セシルの目を見据えて言い切ったときと同じ口調だった。セシルはびくりと身を竦めたあと、背筋を伸ばす。母とこの青年の関係は、いったいどのようなものなのだろう。閣下、等という敬称で呼ばれるあたり、青年の身分がかなり高貴なものであることが伺える。貴族であることは間違いないであろう青年、けれども彼は母に一目置いているのか、その態度は非常に礼儀正しい。
「閣下、は、おやめ下さい。どうぞ以前のように、エドアルドとお呼びください、アデル殿」
「何を仰いますやら。先日、お父上の後を継がれたのでしょう。宰相閣下」
 今度こそ、セシルは葡萄酒を吹き出した。宰相、と。そう母は言わなかったか。この国の宰相と言えば、つい先頃までエルンスト侯爵カミルが務めていた。が、先月急に引退を表明し、子息にその地位を譲ると宣言したのだ。宰相職は世襲制ではないが、女王がエルンスト侯の申し出を認め、王配たるウィルフリート卿が認知した。それを以て、現在の宰相はエルンスト侯の嫡男でありヘルムート伯エドアルドが継いだのである。
「宰相閣下?」
 王都の下町の住人とはいえ、その偉大さは熟知している。少なくとも、同じ卓子に着くことが出来る人ではない。が、母は――セシルの母アデルは、席こそ下座ではあるが、エドアルドと席を共にしていた。
 まさか、と。セシルは思う。
 母は先代宰相の愛妾で、このエドアルドなる人物が兄や自分の異父兄なのではないかと。
 驚愕の眼差しで二人を見比べるセシル、その存在に今気付いたばかりだというような目をエドアルドは向けた。青く澄んだ綺麗な目である。兄と同じ、母と同じ、深い海の色だ。セシルは思わずそれに見とれた。
 暫しの間見つめ合った二人であったが、やがてエドアルドが席を立ち、ゆっくりとした足取りで此方に近づいてきた。短く揃えられた銀髪が揺れるたび、仄かな香りが漂う。それがウィレアという南方の香りであることを、このときのセシルは未だ知らなかった。だが、酷く懐かしい、そう思ったのは事実である。
「ご挨拶を、させて戴いて宜しいでしょうか?」
 セシルの前まで来ると、エドアルドは膝を屈めた。間近に迫る深い瞳に、吸い込まれそうになる。セシルは頷こうとして、思わず彼の肩越しに母を見た。母は困ったような、泣きだしそうな、そんな顔をしていたが。視線は肯定していた。
「セシル」
 先に名乗るのが礼儀だ、そう教わって来たセシルが、自身の名を口にする。するとエドアルドがやんわりと微笑んだ。
「女王陛下よりヘルムートをお預かりしております、エドアルドと申します」
 片膝をつき、首を垂れる。騎士の礼だ。しかも、目下の者が目上の者に対して取る礼である。兄から教わったことのあるその返礼の仕方は、
「大義である」
 挨拶以外の言葉を許すため、右手を彼の肩に置く。と、エドアルドが顔を上げた。青い瞳にセシルの驚いたような顔が写り込んでいる。黒髪に碧の瞳。この国では異端の容姿。母とも兄とも似つかぬ顔立ち。ちくりと胸に痛みを覚える。
「陛下に、よく似ていらっしゃいますね」
 お顔立ちが、と、添えられた言葉は小さくて、母に聞こえたかどうか。だが、セシルの耳には届いていた。陛下に似ている――その”陛下”とは宰相たる人が言うからには、この国の女王のことだろう。
「血の、妙ですね」
 アデルの表情は複雑だった。女王に似ていると言われたからなのか、それとも別の理由があるのか。
 そういえば、この国の女王は黒髪だという。もともとフィラティノアの生まれではなく、隣国の皇女だった人である。隣国は黒髪や栗色の髪の人々が多いと聞くが、
「父上は、隣国の人なのですか?」
 少なくとも純粋なティノア人ではない、そう思って母に尋ねれば。母は視線を揺らし、エドアルドは驚いたような表情をした。エドアルドはアデルを振り返り、
「アデル殿、もしやお父上のことを話されていらっしゃらないのですか?」
 痛ましそうに目を細めた。アデルが頷くのを見たエドアルドは、「そうですか」と細く溜息をつく。それから、再びセシルに目を向け、その濡れ羽の髪と緑がかった青い瞳を見つめ、それから面差の中に誰かを求めるような目をして、
「余計なことを申し上げました」
 項垂れる。



 それから、セシルは部屋を出された。母と客人は暫く何か話をしていたようだったが、
「また、伺います」
 その言葉を残し、エドアルドは帰ったらしい。気配を察して二階から下を窺うと、母が扉に手を当てて何かを考え込んでいるようだった。ほつれた銀髪が頬にかかり、表情は読めない。けれども、それが決して明るいものではないことは、セシルにも判った。
 宰相がここを訪れた目的はなんだったのだろう。
 彼は、セシルを「陛下に似ている」と言っていた。しかも、セシルの父を知っている口ぶりだ。エドアルドと自分、そして両親の関係は判らぬが、そこには浅からぬ縁があるのだと感じたのは確かである。が、それを尋ねて良いものかどうか。セシルは迷っていた。手摺につかまったまま、暫く母を見つめる。と、その視線に気づいたアデルが、こちらに目を向けた。深い、慈愛に満ちた青の瞳。兄と同じ色の瞳。エドアルドとも同じ。この目を見ると、疎外感に襲われる。セシルは思わず自身の胸を押さえた。
「降りていらっしゃいな」
 母の口元に、ぎこちない笑みが張りつく。セシルは頷き、足早に階段を駆け降りる。母はセシルに座るように促し、先程までエドアルドの使用していた杯を片付けながら、
「温かい葡萄酒、呑むでしょう?」
 セシルを見ずに尋ねる。肯定以外返さぬと思っていたのだろう。セシルは母の背に向かって頷いた。程なくして、温められた葡萄酒に牛乳を加えたものが運ばれてくる。それをセシルの前に置こうとして、アデルは一瞬躊躇った。
「こちらに座ってちょうだい」
 彼女が示したのは、上座。客人や家長が座る場所である。兄も含めたときは兄が、母と二人の時は母が、座る場所だ。自分が座るべきところではない。セシルは「なぜ?」と首を傾げる。
「なんでも」
 母の顔に茶目っ気が戻った。彼女は「ほらほら」とセシルをせき立て、自身が先に下座に座ってしまう。そうして、セシルの前に葡萄酒を置くと、自分用に用意した蜂蜜入りの葡萄酒を美味そうに一口啜った。そんな母を見ながら、セシルも葡萄酒を呑む。猫舌な自分に合わせて、程よく温くしてある。母はこういう処、気遣いのできる人だ。痒いところに手が届く、というのか。妻にするには理想の人だと、近所の職人の親方が言っていた。勿論、その直後に彼の夫人に腕を思い切りつねられていたが。
「母上?」
 何か話すつもりなのだろう、思って、碗を抱えたままアデルを見上げる。
 アデルもまた、碗を両手で包み込んだまま、セシルを見た。二人の視線が静かに絡み合う。やがてアデルの目が和み、愛おしそうにセシルの双眸を覗きこんだ。
「本当に、貴方の目は父上によく似ているわね」
 この髪も、と、アデルはセシルの髪に触れた。
 髪と瞳は、父譲り。でも、顔は違うらしい。顔は母にも似ていない。自分の顔は、誰の顔なのだろう。水鏡を見るたびに抱く疑問。今日はその答えの片鱗を得た。エドアルドの残した言葉、

  ――陛下。

 これが何かの鍵になる。
 自分は、自分の顔は誰に似ているのだ、と。率直に尋ねると、母は「うーん」と子供めいた声を発した。
「どう言えばいいのかしら? ええとね、父上の従妹にあたるひと。そのひとによく似ているの。だから、エドアルド坊ちゃまが驚かれたのだと思うわ」
 あの方は、陛下がお好きだから――そう言って、アデルはくすりと笑った。
「目の色を除けば、本当にそっくり。ときどき、錯覚してしまうの。あなたと、ディルクが並んでいる処を見ると、まるで……」
 母の笑顔が不意に曇る。夢見る乙女のようであった表情がくしゃりと崩れ、雨もよいになる。鴇色の唇が震え、それを抑えるように白い歯が唇を噛んだ。
「そう、あなたとディルクが仲良くしていると、嬉しいけれどもとても寂しく、悲しくなるときがあるのだわ」
 兄と自分は、全く別の人々を想像させるのだ――アデルは言う。
 こうあって欲しい、こうあって欲しかった、と思う人々が傍に居るような気がすると。
「わたしを許してちょうだい、とは言いません。でも、わたしはディルクのために貴方を犠牲にするつもりでいました」
「どうして? どういうこと?」
「エドアルド坊ちゃまは、近日中にまた此方にいらっしゃるでしょう。そのとき、わたしは貴方を坊ちゃまに差し出します」
「なぜ?」
「ディルクを、守るため。それだけです」
「……」
「貴方ももう、十歳になったのですものね。本当のことを話してもよいかもしれないわ。落ち着いて、黙って話を聞いてね。いいこと?」
 真摯な眼差しに射抜かれ、セシルは頷いた。頷くしかなかった。
「ディルクは、貴方の兄上ではありません。ディルクは、いえ、ディークハルトは、この国のもう一人の国王陛下です」
 一瞬、何を言われたのか判らなかった。
 遠い異国の言葉を聞いたような、妙な気持ちになる。兄が実の兄ではない。想像していたこととはいえ、はっきりと言われるとやはり衝撃が走る。
 しかも、兄がこの国の国王だったとは。セシルが物心ついて以来、フィラティノアは女王ルクレツィア一世が治めていたのだ。他に王はいなかった。母は、ディルクが――ディークハルトがルクレツィアの嫡子で、かつては共に国王としてこの国を治めていたと語る。ディークハルトが何故、玉座を追われたのか。アデルの子として、セシルの兄として育てられているのか。
「話すと、長くなると思うけど」
 アデルは、葡萄酒を温め直してきた。仄かに薫り立つ深紅の液体を覗きこみ、アデルは小さく笑う。少し、疲れたような笑みだった。

「ディークハルト陛下は、無論わたしの子ではありません。が、貴方はこのわたしがお腹を痛めて産んだ子です。この世で唯一の、父上とこのアデルの間に授かった、尊い御子なのです」

 アデルは語り出す。
 自身と”父”との慣れ初めを。そこから始まる、長い話を。
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