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第一章 さすらいの皇女
姉妹1
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マリサのグランスティア滞在は、既に五日に及ぼうとしている。それほどまでにこの保養地が気に入ったのか、といえばそうでもない。北の離宮にいるときも、グランスティアの離宮にあっても、やることといえば、ほぼ同じ。
起床と同時に早朝の野駆けを行い、用意してもらった朝食を野外で摂る。
食事のあと、しばしの休憩を挟んで、ルーラを相手に剣の稽古に励み、帰宅。
昼食ののちに、読書。書物の内容は、殆どが大陸史である。もともと、歴史や神話、古き時代の伝承が好きなのは、片翼のほうであった。マリサは、どちらかといえば、政治や経済、倫理、その方面に興味を持っていたように思われる。だからこそ、将来の皇帝はマリサに、と。密かに母を含む重臣たちが考えたのも、無理はない。
「カルノリアの、アレクシア皇女のことは、知っていて?」
傾き始めた日差しが、斜めに室内に差し込んでくる。それを避けるために帳を下ろそうと席を立ったルーラ、その背に向けて、マリサは何気なく尋ねた。ルーラは彼女を振り返ることなく
「いいえ」
即座に答えが返る。
「そう」
マリサもがっかりした風もなく、軽く頷いてから視線を本に戻した。
今日の読書は『神聖帝国史』。全十二巻あるうちの、第十巻である。帝国の政権が弱体化し、幾つかの公国が独立を宣言し始めた頃の様子が記されている。このころ東の大国カルノリアも、他の公国同様帝室より離反した。カルノリアが『帝国』を名乗ったのは、神聖帝国崩壊後だが。
「十一巻の巻末でアヤルカスからクラウディア王女が嫁いで、十二巻で皇帝が暗殺されて。混乱のうちにクラウディアが帝位を継承するわけね」
正式なる史実はそこで終わる。しかし、十三巻目が実は存在しているのだと主張するのは、アヤルカスとミアルシァであった。
「謀殺を逃れた大公アグネイヤがアヤルカスに逃れて、クラウディアの後を受けてアヤルカス初代皇帝として即位する。カルノリアには都合の悪い展開よね」
あくまでも、正当な神聖帝国の血統を主張するカルノリア。かの国には、神聖帝国最後の皇帝の実妹が嫁いでいた。弱体化する国家を支えるためには、やはりカルノリアの力が必要だったのだろう。けれども、その縁談は事実上失敗であったのだ。
結局皇帝は暗殺され、帝室の血縁者は傍系に至るまで抹殺された。アンディルエの巫女、神殿にて『聖』の部分を司る神官たちもまた。次々と処刑されていくのである。
アヤルカスの初代皇帝となったアグネイヤが、どのようにしてその魔手から逃れたのかは明かされてはいない。だが、彼が間違いなく神聖帝国帝室の縁者であることは、その古代紫の瞳が物語っている。彼自身の双眸と、その子孫。現アヤルカス帝室の瞳を見れば。――歴史書は、そう語る。
「それも、確たる証拠ではないと思うのよ。アヤルカスを介して、ミアルシァにも神聖帝国の血は受け継がれていたでしょう。アヤルカスは、昔から古王国ミアルシァや神聖帝国の間で小動物みたいに震えて暮らしていたんだから。娘が生まれるたびに、両方の国に差し出していたし。ついでに、神聖帝国の皇女も貰い受けていたし。古代紫の瞳が現れるのは当然なのよね。ないほうがおかしいのよ」
「妃殿下は、冷めた物の見かたをされますね」
侍女たちを下がらせた、二人きりの室内では、ルーラもよく話すようになった。元来、お喋りではないようだが、マリサの独り言に付き合ううちに、口数が増えたのだろう。
「冷めている? そう? 普通だと思うけど」
唇を尖らせるマリサ。ルーラは微笑を浮かべ、空になった碗に茶を注いだ。
「そう考えないほうがおかしいのよ。そうじゃなくて? みんな、自分の都合のいいように解釈して歪めていくのよね。だから、歴史書って大嫌い」
「歴史は勝者の書物だから、ですよ」
閉じられた九巻目をそっと開き、ルーラは呟くように言う。
「勝者が、歴史を作り出すのです。敗者の歴史は、闇に消える」
青い瞳の向こうに、影がよぎる。いつになく暗い表情を見せるルーラに、マリサは不安を覚えた。
「ルーラ?」
顔を覗き込むと。
「失礼致しました」
何事もなかったように、彼女は平素の冷ややかな視線をこちらに向ける。
「先程、カルノリアの皇女殿下のことを話されていましたが。妃殿下は、お会いになられたことがおありなのですか?」
ルーラからの問いかけは、珍しい。マリサは、一瞬目を見開いた。
「残念ながら、ないわ。文通はしていたけどね」
「文通、ですか?」
「書簡のやり取り。他愛もないことよ」
きっかけは忘れたが。
いつのころからだろうか、カルノリア第四皇女と書簡のやり取りを始めたのは。双子よりも二つほど年長のカルノリアの皇女。女性に帝位が許されていない国にあって、それでも彼女を次期皇帝にと望む声が高いのは、その才気ゆえかもしれない。僅か十二歳にして、ミアルシァの高名なる学者を弁論で下し、大陸の学会の重鎮でさえ舌をまくほどの論文を書き上げた。口さがないものは、論文は彼女の書いたものではなく、背後に優秀な人材がいるのだろうと囁いていたけれども。マリサは幼心に、アレクシアに憧れたものだ。
「論文の内容は、私には難しくてわからなかったけれど。錬金術に関することだと思ったわ」
「錬金術、ですか」
ルーラは渋い顔をする。
無理もない。はるか昔、別大陸からダルシアを経由して入ってきた学問である。ミアルシァなど南方諸国ではそれなりに発展しているようだが、神聖帝国を含む大陸北部ではほぼ異端視されていた。ルーラも、フィラティノアの女性である。錬金術と聞いて、あまりよい顔はしないだろう。
「黄金を作り出す学問、と聞いておりますが」
「それだけではなくてよ。永遠の命の追及とか、人間の製造とか。他にもいろいろあるみたい」
「……」
ルーラの顔が更に渋くなる。胡散臭い、と思っているのだろう。
「フィラティノアよりも北のほうの人には、受け入れられないかもね」
マリサは、苦笑を浮かべる。
「なぜ、カルノリアの皇女殿下は、そのような学問を学ばれているのですか?」
これは、ルーラでなくとも抱く疑問だろう。マリサも、真っ先にそのことをアレクシアに問うた記憶がある。そのときに、アレクシアから返ってきた答えは。
――母のためよ。
「カルノリアの、皇后陛下のためですか?」
ルーラは驚いたようだった。しかし、すぐに得心が行ったように、小さく頷く。
カルノリア皇后ハルゲイザの周辺には、魔術師や錬金術師、占星術師の類が集まっている、と。そんな噂が広まっている。幼い世継ぎが病弱で、その健康を祈って神殿に帰依したことに端を発して。徐々に神秘主義へとのめりこんでいったと言われるのだ。
いな。その前から。
アレクシアを生んだ頃から、ハルゲイザは少しずつ、この世ならぬものに惹かれていったのかもしれない。
――わたしが、男だったらよかったのでしょう。
そんな呟きが、行間に見え隠れしたような気がしたのは、マリサの思い過ごしだろうか。同じ帝国を名乗れども、カルノリアが神聖帝国の風習を受け継いでいるのは、宗教体系と女性近衛騎士の存続のみである。かつては女帝も存在してはいたが、数代前の皇帝が皇女の継承権を剥奪してから、女帝はありえなくなった。その理由も、至極単純なことである。妾腹の皇子が帝位を継いだことに反発した正室の皇女とその腹心たちが、宮廷革命を起こして帝位を簒奪したのだ。皇帝となった件の皇女オルテンシアは、稀代の名君、大帝と称され、カルノリア中興の祖と謳われもしたのだが。生涯独身を通し子がいなかったために、先帝である弟の子を後継に指名した。
彼女亡き後、即位した甥は、以後女帝を禁ずる触れを出す。自らも帝位の簒奪をされることを恐れたか。それとも、無念のうちに生涯を閉じた父を憂いてか。その真意は定かではない。
「百年も前の兄弟喧嘩のせいで、いい迷惑よね。アレクシアの下の世継ぎの君は、生まれながらに病弱といわれているし。とても、皇帝になんてなれやしない。激務に耐えかねて、命を縮めることになってしまうわ」
マリサは、本を閉じた。
嫁いでから、アレクシアとの書簡やり取りは、なくなった。何通か手紙を送ってはみるものの、先方も多忙であるのか返事は来なかった。それ以前に、厳しい検閲にあって、二人の皇女の書簡は途中で握りつぶされてしまっているのかもしれない。
「それで、妃殿下はこちらにいらしたのですか?」
ルーラの問いかけに、マリサは首を傾げる。が、彼女の言わんとしていることを察して、かすかに笑った。
「勘がいいわね」
彼女は書籍の間から、一通の封書を取り出した。宛名は、無論カルノリアのアレクシアである。
首都から離れたこの地からであれば、無用な検閲を省くことが出来る。そんな邪心も働いていたことは確かであった。しかも、こちらのほうがカルノリアには近い。カルノリア領タティアンは、目と鼻の先である。
「鳩でも飛ばせればいいのだけど。人に頼るしかないのよね」
彼女はちらりとルーラを見る。ルーラは
「私に、カルノリアまで行けと仰るのですか?」
あいも変わらず、感情の篭らぬ声で問う。
「それでもいいけど。だったら、私も同行したいわ。いまのうちに、色々なところを見ておきたいから」
「それは承服しかねます」
「でしょ? だから、そうね。信用の置ける人に、この手紙を届けてもらいたいの。だれか、心当たりあるかしら?」
結局のところ、それが狙いだったのだと。ルーラは今日幾度目かの溜息を吐く羽目になる。奔放な異国の皇女には振り回され通しであるが、不思議と嫌な気はしない。ルーラは脳裏に腹心の顔を思い浮かべながら、考えをめぐらせていた。
「カルノリア、ですか」
が。ふと。なにか閃いたように顔を上げる。マリサは、いつにないルーラの表情に違和感を覚えて、彼女の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「やはり、私が参りましょう」
前言を翻し、ルーラは書簡を受け取るべく手を伸ばした。
◆
ごとごとと、荷馬車が揺れる。積荷の間に挟まれての道行きは、楽なものではないがそれでも、この山道を歩いて登るよりはましだろう。そう考えてはみるものの。
「……」
腰の痛さには閉口した。同じ姿勢をとり続けていたせいか、腰ばかりか体中が痛い。立ち上がって思い切り伸びをしたい衝動を押さえて、サリカは目の前の青年に目をやった。長剣を抱えて、彼女と同じく荷物の隙間に身を挟んだジェリオは。
気持ちよさ気に、眠っている。
よくこの揺れで寝られるものだと、嫌味のひとつも言ってやりたいくらいだが。彼の寝顔を見ていると、何も言えなかった。日頃の野性は影を潜め、幼子の如く無垢な表情をしている。頬に影を落とす睫毛が時々揺れるのは、夢を見ているからだろうか。
「見とれてんのか?」
彼女の視線を感じたのか。それとも初めから起きていたのか。瞼が持ち上げられ、褐色の双眸がこちらに向けられる。サリカはびくりと身を硬くし、背を荷に押し付けた。
「違う。よくこの揺れで寝られると感心していたんだ」
自然、言葉が上ずってしまう。寝顔が意外に可愛らしいなどと下手なことを口にすれば、また何をされるかわかったものではない。サリカは、つんと顔を逸らし、彼から視線を外した。
この状態を続けて、丸二日になるか。
ノヴエラを離れたあと、北へ向かうという商隊にであい、その警護を買って出た。アンディルエの人々にその旨を告げるため、一座が小屋を張っていたところを訪ねたが。生憎老婆は不在であった。
――ご伝言を承りますが。
申し出たのは、ユリアと呼ばれていた娘であった。ミアルシァの名を持つ彼女は、イリアの目付け役、姉のような存在であるらしい。彼女は、イリアと老婆はともに外出している、とサリカに告げた。
――イリアは、無事だったのか。
それが解かっただけでも、収穫だった。サリカはユリアにフィラティノアに向かうとだけ告げると、一座の小屋を後にした。
そのあとは、まさに風のごとき勢いでノヴエラを発った。まだ、どこにあの賊が潜んでいるやも知れぬ。彼らがサリカの容姿を覚えていたならば、危険極まりない。刺客に加え、ルカンド伯爵の暗殺者にも命を狙われる羽目になったら、笑うに笑えない。
ジェリオがどこからか購入してきた、男性用の旅装を身につけると、サリカは常の通り長い髪を編んで帽子の中にしまいこんだ。どうせ男装するなら、いっそのこと髪を切ればよいのにとジェリオが笑ったが。それはできなかった。
(マリサは、きっと。髪を切っていないだろうから)
長い髪は、切ることが出来る。しかし、一度切ってしまった髪は、すぐには戻らない。サリカは、片翼に出会うまで彼女と寸分たがわぬ姿でいなければならないのだ。
「しかし、さすがにかったるいな」
ジェリオが呟き、軽く伸びをした。我に返ったサリカは、彼に視線を向ける。ジェリオは盛大に欠伸を漏らし、首を回していた。僅かに動いた足を見れば、太腿の辺りにまだ包帯が巻かれている。よほど深い傷を負ったのだろうか。そつなく物事をこなす彼にしては珍しいことなのだろうと、サリカは考える。
「何見てんだよ。今度は、足か? それとも、腰か?」
幾分下卑た笑いを向けて、ジェリオはこちらに手を伸ばす。それを鋭く払い、サリカは上目遣いに彼を見上げた。
「あの刺客は? カイルと一緒にいた」
カイラと名乗った女刺客。妖艶なる容姿にたがわぬ、恐ろしい魔性の持ち主。彼女に見つめられただけで、射すくめられたように体が動かなくなった。その記憶が蘇り、サリカは眉をひそめる。
あのあと、ジェリオとカイラの間に何があったのか。この傷は、カイラにつけられたものなのか。再び視線を彼の足に向けると、ジェリオはつまらなそうに舌を打った。
「括ってきた。誰かに見つけられない限り、追ってはこらんねぇだろ」
「女性に、無体なことをしたのか?」
「馬鹿か、あんた。見かけは女でも、ありゃ獣だ。ご令嬢に対する扱いなんざ、出来やしませんよ俺には」
ジェリオもサリカ同様、眉を寄せる。よほど痛い目を見たのだろうか。無意識のうちに傷口を押さえるところを見ると、やはりこの傷は彼女につけられたものということになる。脇腹はサリカ、大腿部はカイラ。この一ヶ月の間に、ジェリオは二人の女性の刃を受けたことになるか。
「そのうち、また会うこともあるかも知れねぇが。安心しな。きっちり守ってやるからよ」
自信満々に宣言するジェリオに、サリカはわからぬよう息を吐いた。
彼が何を考えているのかわからぬが。この言葉を信じてよいものやら。確かに、サリカの危機を何度か救ってはくれているものの、まだ全面的に彼を信用したわけではない。隙を見せれば、牙を剥く――獣は彼のほうなのだ。
「寒いのか?」
無意識のうちに身を硬くしたサリカを見て、ジェリオは勘違いをしたらしい。そういえば、と自身も上着の前をかきあわせ、身をちぢ籠める。
「山越えの途中だからな。夜になれば、もっと冷える」
板の隙間から外を覗くと、そこは一面の銀世界であった。セグとフィラティノアとの国境近く。カルノリアのタティアン公領も間近である。アーディンアーディン経由では難しいフィラティノア入国も、この経路であればそれほど日数もかからずに首都オリアまで辿り着けると聞いた。
「川が見える」
はるか北、神々の峰と呼ばれる山から零れ落ちる水、それが集まって川となったもの。フィラティノアを通過し、セグを縦断するその川をさかのぼるのだと先般商人たちが言っていた。
「水があるか。寒いわけだ」
南方育ちなのか、ジェリオは寒さに弱いらしい。猫のように丸まるそのしぐさが妙に子供に見えて、サリカは思わず吹きだした。それが彼の癇に障ったらしい。ジェリオは僅かに眼を吊り上げると、素早くサリカの手首をつかんで引き寄せた。それこそ、彼女が抵抗する暇もないくらい、強引に。
「やっ」
逃れようとする彼女を胸に抱き寄せる。見かけよりも広く厚いそれにすっぽりと包まれて、彼女は身動きが取れなくなった。とくとくと波打つ彼の心音が耳元で聞こえ、サリカは、かっと顔を赤らめる。
「報酬」
そんな言葉が頭の上から降って来た。サリカが視線を上げると、彼の褐色の双眸とぶつかった。
「なに?」
「寒いだろ。くっついてりゃ、あったかいだろうが」
ぎゅっと背に回った腕に力が込められる。抱きしめられた、そう感じたときには。ジェリオの頬がサリカのそれに押し付けられていた。
首筋に、息がかかる。それだけで体が震えた。
「やせ我慢しやがって。震えてるだろうが」
本当に勘違いをしているのか。それともからかっているだけなのか。ジェリオは支給されていた毛布を手に取り、それをサリカの背からかける。二人分の体温が毛布の中に宿り、信じられぬほど温かくなってきた。
「ガキでも、女はあったけぇな」
「ジェリオ」
寒いのは、彼のほうではないか。口実をつけて、サリカの身体で暖を取るつもりか。不本意ではあったが、なぜか、彼を押しのけることはできなかった。サリカは無言で彼の胸に頬を寄せたまま、目を閉じる。不思議と、嫌悪はなかった。恐怖もない。かわりに、胸のときめきも何もなく、ただ、奇妙な安心感だけが広がる。
ジェリオは若い男性特有の、汗臭さや強い体臭がなかった。香をつけているのかと思えば、そういうわけではないらしいが。彼の肌の匂いは、嫌いではない。
(変だ)
自分を殺そうとした相手なのに。欲望の餌食にしようとした男なのに。
そんなことを思ってしまう自分が、いやだった。
「――イルザ」
まどろみかけたサリカの耳に、なれぬ言葉が聞こえた。
「イルザ?」
人の名前だろうか。思わず顔を上げると、ジェリオと視線がぶつかる。
「イルザ、って?」
「なんでもねぇよ」
ジェリオは気まずそうに表情を曇らせる。けれどもその横顔は、『なんでもない』から程遠いものであった。
「……?」
首を傾げるサリカを睨むようにして。
「なんでもねぇって言ってるだろうが」
彼は彼女の言葉を封じるように、唇を重ねてきた。が、ふたりのそれが、触れるか触れないかのうちに。馬車が大きく揺れた。
「っ!」
反射的にサリカはジェリオの腕を掴む。それが均衡を崩した。ふたりはもつれるように床に倒れこみ、その上に積荷がどかどかと落ちてくる。これが、軽い綿花でよかったと、後になってサリカは思ったのだが。
「溝に嵌っちまったよ。手伝ってくれ、用心棒」
表から、声がかけられたときは。
サリカを押し倒した恰好になっていたジェリオの上に、幾つもの綿花がばら撒かれたように乗っていたのだ。
起床と同時に早朝の野駆けを行い、用意してもらった朝食を野外で摂る。
食事のあと、しばしの休憩を挟んで、ルーラを相手に剣の稽古に励み、帰宅。
昼食ののちに、読書。書物の内容は、殆どが大陸史である。もともと、歴史や神話、古き時代の伝承が好きなのは、片翼のほうであった。マリサは、どちらかといえば、政治や経済、倫理、その方面に興味を持っていたように思われる。だからこそ、将来の皇帝はマリサに、と。密かに母を含む重臣たちが考えたのも、無理はない。
「カルノリアの、アレクシア皇女のことは、知っていて?」
傾き始めた日差しが、斜めに室内に差し込んでくる。それを避けるために帳を下ろそうと席を立ったルーラ、その背に向けて、マリサは何気なく尋ねた。ルーラは彼女を振り返ることなく
「いいえ」
即座に答えが返る。
「そう」
マリサもがっかりした風もなく、軽く頷いてから視線を本に戻した。
今日の読書は『神聖帝国史』。全十二巻あるうちの、第十巻である。帝国の政権が弱体化し、幾つかの公国が独立を宣言し始めた頃の様子が記されている。このころ東の大国カルノリアも、他の公国同様帝室より離反した。カルノリアが『帝国』を名乗ったのは、神聖帝国崩壊後だが。
「十一巻の巻末でアヤルカスからクラウディア王女が嫁いで、十二巻で皇帝が暗殺されて。混乱のうちにクラウディアが帝位を継承するわけね」
正式なる史実はそこで終わる。しかし、十三巻目が実は存在しているのだと主張するのは、アヤルカスとミアルシァであった。
「謀殺を逃れた大公アグネイヤがアヤルカスに逃れて、クラウディアの後を受けてアヤルカス初代皇帝として即位する。カルノリアには都合の悪い展開よね」
あくまでも、正当な神聖帝国の血統を主張するカルノリア。かの国には、神聖帝国最後の皇帝の実妹が嫁いでいた。弱体化する国家を支えるためには、やはりカルノリアの力が必要だったのだろう。けれども、その縁談は事実上失敗であったのだ。
結局皇帝は暗殺され、帝室の血縁者は傍系に至るまで抹殺された。アンディルエの巫女、神殿にて『聖』の部分を司る神官たちもまた。次々と処刑されていくのである。
アヤルカスの初代皇帝となったアグネイヤが、どのようにしてその魔手から逃れたのかは明かされてはいない。だが、彼が間違いなく神聖帝国帝室の縁者であることは、その古代紫の瞳が物語っている。彼自身の双眸と、その子孫。現アヤルカス帝室の瞳を見れば。――歴史書は、そう語る。
「それも、確たる証拠ではないと思うのよ。アヤルカスを介して、ミアルシァにも神聖帝国の血は受け継がれていたでしょう。アヤルカスは、昔から古王国ミアルシァや神聖帝国の間で小動物みたいに震えて暮らしていたんだから。娘が生まれるたびに、両方の国に差し出していたし。ついでに、神聖帝国の皇女も貰い受けていたし。古代紫の瞳が現れるのは当然なのよね。ないほうがおかしいのよ」
「妃殿下は、冷めた物の見かたをされますね」
侍女たちを下がらせた、二人きりの室内では、ルーラもよく話すようになった。元来、お喋りではないようだが、マリサの独り言に付き合ううちに、口数が増えたのだろう。
「冷めている? そう? 普通だと思うけど」
唇を尖らせるマリサ。ルーラは微笑を浮かべ、空になった碗に茶を注いだ。
「そう考えないほうがおかしいのよ。そうじゃなくて? みんな、自分の都合のいいように解釈して歪めていくのよね。だから、歴史書って大嫌い」
「歴史は勝者の書物だから、ですよ」
閉じられた九巻目をそっと開き、ルーラは呟くように言う。
「勝者が、歴史を作り出すのです。敗者の歴史は、闇に消える」
青い瞳の向こうに、影がよぎる。いつになく暗い表情を見せるルーラに、マリサは不安を覚えた。
「ルーラ?」
顔を覗き込むと。
「失礼致しました」
何事もなかったように、彼女は平素の冷ややかな視線をこちらに向ける。
「先程、カルノリアの皇女殿下のことを話されていましたが。妃殿下は、お会いになられたことがおありなのですか?」
ルーラからの問いかけは、珍しい。マリサは、一瞬目を見開いた。
「残念ながら、ないわ。文通はしていたけどね」
「文通、ですか?」
「書簡のやり取り。他愛もないことよ」
きっかけは忘れたが。
いつのころからだろうか、カルノリア第四皇女と書簡のやり取りを始めたのは。双子よりも二つほど年長のカルノリアの皇女。女性に帝位が許されていない国にあって、それでも彼女を次期皇帝にと望む声が高いのは、その才気ゆえかもしれない。僅か十二歳にして、ミアルシァの高名なる学者を弁論で下し、大陸の学会の重鎮でさえ舌をまくほどの論文を書き上げた。口さがないものは、論文は彼女の書いたものではなく、背後に優秀な人材がいるのだろうと囁いていたけれども。マリサは幼心に、アレクシアに憧れたものだ。
「論文の内容は、私には難しくてわからなかったけれど。錬金術に関することだと思ったわ」
「錬金術、ですか」
ルーラは渋い顔をする。
無理もない。はるか昔、別大陸からダルシアを経由して入ってきた学問である。ミアルシァなど南方諸国ではそれなりに発展しているようだが、神聖帝国を含む大陸北部ではほぼ異端視されていた。ルーラも、フィラティノアの女性である。錬金術と聞いて、あまりよい顔はしないだろう。
「黄金を作り出す学問、と聞いておりますが」
「それだけではなくてよ。永遠の命の追及とか、人間の製造とか。他にもいろいろあるみたい」
「……」
ルーラの顔が更に渋くなる。胡散臭い、と思っているのだろう。
「フィラティノアよりも北のほうの人には、受け入れられないかもね」
マリサは、苦笑を浮かべる。
「なぜ、カルノリアの皇女殿下は、そのような学問を学ばれているのですか?」
これは、ルーラでなくとも抱く疑問だろう。マリサも、真っ先にそのことをアレクシアに問うた記憶がある。そのときに、アレクシアから返ってきた答えは。
――母のためよ。
「カルノリアの、皇后陛下のためですか?」
ルーラは驚いたようだった。しかし、すぐに得心が行ったように、小さく頷く。
カルノリア皇后ハルゲイザの周辺には、魔術師や錬金術師、占星術師の類が集まっている、と。そんな噂が広まっている。幼い世継ぎが病弱で、その健康を祈って神殿に帰依したことに端を発して。徐々に神秘主義へとのめりこんでいったと言われるのだ。
いな。その前から。
アレクシアを生んだ頃から、ハルゲイザは少しずつ、この世ならぬものに惹かれていったのかもしれない。
――わたしが、男だったらよかったのでしょう。
そんな呟きが、行間に見え隠れしたような気がしたのは、マリサの思い過ごしだろうか。同じ帝国を名乗れども、カルノリアが神聖帝国の風習を受け継いでいるのは、宗教体系と女性近衛騎士の存続のみである。かつては女帝も存在してはいたが、数代前の皇帝が皇女の継承権を剥奪してから、女帝はありえなくなった。その理由も、至極単純なことである。妾腹の皇子が帝位を継いだことに反発した正室の皇女とその腹心たちが、宮廷革命を起こして帝位を簒奪したのだ。皇帝となった件の皇女オルテンシアは、稀代の名君、大帝と称され、カルノリア中興の祖と謳われもしたのだが。生涯独身を通し子がいなかったために、先帝である弟の子を後継に指名した。
彼女亡き後、即位した甥は、以後女帝を禁ずる触れを出す。自らも帝位の簒奪をされることを恐れたか。それとも、無念のうちに生涯を閉じた父を憂いてか。その真意は定かではない。
「百年も前の兄弟喧嘩のせいで、いい迷惑よね。アレクシアの下の世継ぎの君は、生まれながらに病弱といわれているし。とても、皇帝になんてなれやしない。激務に耐えかねて、命を縮めることになってしまうわ」
マリサは、本を閉じた。
嫁いでから、アレクシアとの書簡やり取りは、なくなった。何通か手紙を送ってはみるものの、先方も多忙であるのか返事は来なかった。それ以前に、厳しい検閲にあって、二人の皇女の書簡は途中で握りつぶされてしまっているのかもしれない。
「それで、妃殿下はこちらにいらしたのですか?」
ルーラの問いかけに、マリサは首を傾げる。が、彼女の言わんとしていることを察して、かすかに笑った。
「勘がいいわね」
彼女は書籍の間から、一通の封書を取り出した。宛名は、無論カルノリアのアレクシアである。
首都から離れたこの地からであれば、無用な検閲を省くことが出来る。そんな邪心も働いていたことは確かであった。しかも、こちらのほうがカルノリアには近い。カルノリア領タティアンは、目と鼻の先である。
「鳩でも飛ばせればいいのだけど。人に頼るしかないのよね」
彼女はちらりとルーラを見る。ルーラは
「私に、カルノリアまで行けと仰るのですか?」
あいも変わらず、感情の篭らぬ声で問う。
「それでもいいけど。だったら、私も同行したいわ。いまのうちに、色々なところを見ておきたいから」
「それは承服しかねます」
「でしょ? だから、そうね。信用の置ける人に、この手紙を届けてもらいたいの。だれか、心当たりあるかしら?」
結局のところ、それが狙いだったのだと。ルーラは今日幾度目かの溜息を吐く羽目になる。奔放な異国の皇女には振り回され通しであるが、不思議と嫌な気はしない。ルーラは脳裏に腹心の顔を思い浮かべながら、考えをめぐらせていた。
「カルノリア、ですか」
が。ふと。なにか閃いたように顔を上げる。マリサは、いつにないルーラの表情に違和感を覚えて、彼女の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「やはり、私が参りましょう」
前言を翻し、ルーラは書簡を受け取るべく手を伸ばした。
◆
ごとごとと、荷馬車が揺れる。積荷の間に挟まれての道行きは、楽なものではないがそれでも、この山道を歩いて登るよりはましだろう。そう考えてはみるものの。
「……」
腰の痛さには閉口した。同じ姿勢をとり続けていたせいか、腰ばかりか体中が痛い。立ち上がって思い切り伸びをしたい衝動を押さえて、サリカは目の前の青年に目をやった。長剣を抱えて、彼女と同じく荷物の隙間に身を挟んだジェリオは。
気持ちよさ気に、眠っている。
よくこの揺れで寝られるものだと、嫌味のひとつも言ってやりたいくらいだが。彼の寝顔を見ていると、何も言えなかった。日頃の野性は影を潜め、幼子の如く無垢な表情をしている。頬に影を落とす睫毛が時々揺れるのは、夢を見ているからだろうか。
「見とれてんのか?」
彼女の視線を感じたのか。それとも初めから起きていたのか。瞼が持ち上げられ、褐色の双眸がこちらに向けられる。サリカはびくりと身を硬くし、背を荷に押し付けた。
「違う。よくこの揺れで寝られると感心していたんだ」
自然、言葉が上ずってしまう。寝顔が意外に可愛らしいなどと下手なことを口にすれば、また何をされるかわかったものではない。サリカは、つんと顔を逸らし、彼から視線を外した。
この状態を続けて、丸二日になるか。
ノヴエラを離れたあと、北へ向かうという商隊にであい、その警護を買って出た。アンディルエの人々にその旨を告げるため、一座が小屋を張っていたところを訪ねたが。生憎老婆は不在であった。
――ご伝言を承りますが。
申し出たのは、ユリアと呼ばれていた娘であった。ミアルシァの名を持つ彼女は、イリアの目付け役、姉のような存在であるらしい。彼女は、イリアと老婆はともに外出している、とサリカに告げた。
――イリアは、無事だったのか。
それが解かっただけでも、収穫だった。サリカはユリアにフィラティノアに向かうとだけ告げると、一座の小屋を後にした。
そのあとは、まさに風のごとき勢いでノヴエラを発った。まだ、どこにあの賊が潜んでいるやも知れぬ。彼らがサリカの容姿を覚えていたならば、危険極まりない。刺客に加え、ルカンド伯爵の暗殺者にも命を狙われる羽目になったら、笑うに笑えない。
ジェリオがどこからか購入してきた、男性用の旅装を身につけると、サリカは常の通り長い髪を編んで帽子の中にしまいこんだ。どうせ男装するなら、いっそのこと髪を切ればよいのにとジェリオが笑ったが。それはできなかった。
(マリサは、きっと。髪を切っていないだろうから)
長い髪は、切ることが出来る。しかし、一度切ってしまった髪は、すぐには戻らない。サリカは、片翼に出会うまで彼女と寸分たがわぬ姿でいなければならないのだ。
「しかし、さすがにかったるいな」
ジェリオが呟き、軽く伸びをした。我に返ったサリカは、彼に視線を向ける。ジェリオは盛大に欠伸を漏らし、首を回していた。僅かに動いた足を見れば、太腿の辺りにまだ包帯が巻かれている。よほど深い傷を負ったのだろうか。そつなく物事をこなす彼にしては珍しいことなのだろうと、サリカは考える。
「何見てんだよ。今度は、足か? それとも、腰か?」
幾分下卑た笑いを向けて、ジェリオはこちらに手を伸ばす。それを鋭く払い、サリカは上目遣いに彼を見上げた。
「あの刺客は? カイルと一緒にいた」
カイラと名乗った女刺客。妖艶なる容姿にたがわぬ、恐ろしい魔性の持ち主。彼女に見つめられただけで、射すくめられたように体が動かなくなった。その記憶が蘇り、サリカは眉をひそめる。
あのあと、ジェリオとカイラの間に何があったのか。この傷は、カイラにつけられたものなのか。再び視線を彼の足に向けると、ジェリオはつまらなそうに舌を打った。
「括ってきた。誰かに見つけられない限り、追ってはこらんねぇだろ」
「女性に、無体なことをしたのか?」
「馬鹿か、あんた。見かけは女でも、ありゃ獣だ。ご令嬢に対する扱いなんざ、出来やしませんよ俺には」
ジェリオもサリカ同様、眉を寄せる。よほど痛い目を見たのだろうか。無意識のうちに傷口を押さえるところを見ると、やはりこの傷は彼女につけられたものということになる。脇腹はサリカ、大腿部はカイラ。この一ヶ月の間に、ジェリオは二人の女性の刃を受けたことになるか。
「そのうち、また会うこともあるかも知れねぇが。安心しな。きっちり守ってやるからよ」
自信満々に宣言するジェリオに、サリカはわからぬよう息を吐いた。
彼が何を考えているのかわからぬが。この言葉を信じてよいものやら。確かに、サリカの危機を何度か救ってはくれているものの、まだ全面的に彼を信用したわけではない。隙を見せれば、牙を剥く――獣は彼のほうなのだ。
「寒いのか?」
無意識のうちに身を硬くしたサリカを見て、ジェリオは勘違いをしたらしい。そういえば、と自身も上着の前をかきあわせ、身をちぢ籠める。
「山越えの途中だからな。夜になれば、もっと冷える」
板の隙間から外を覗くと、そこは一面の銀世界であった。セグとフィラティノアとの国境近く。カルノリアのタティアン公領も間近である。アーディンアーディン経由では難しいフィラティノア入国も、この経路であればそれほど日数もかからずに首都オリアまで辿り着けると聞いた。
「川が見える」
はるか北、神々の峰と呼ばれる山から零れ落ちる水、それが集まって川となったもの。フィラティノアを通過し、セグを縦断するその川をさかのぼるのだと先般商人たちが言っていた。
「水があるか。寒いわけだ」
南方育ちなのか、ジェリオは寒さに弱いらしい。猫のように丸まるそのしぐさが妙に子供に見えて、サリカは思わず吹きだした。それが彼の癇に障ったらしい。ジェリオは僅かに眼を吊り上げると、素早くサリカの手首をつかんで引き寄せた。それこそ、彼女が抵抗する暇もないくらい、強引に。
「やっ」
逃れようとする彼女を胸に抱き寄せる。見かけよりも広く厚いそれにすっぽりと包まれて、彼女は身動きが取れなくなった。とくとくと波打つ彼の心音が耳元で聞こえ、サリカは、かっと顔を赤らめる。
「報酬」
そんな言葉が頭の上から降って来た。サリカが視線を上げると、彼の褐色の双眸とぶつかった。
「なに?」
「寒いだろ。くっついてりゃ、あったかいだろうが」
ぎゅっと背に回った腕に力が込められる。抱きしめられた、そう感じたときには。ジェリオの頬がサリカのそれに押し付けられていた。
首筋に、息がかかる。それだけで体が震えた。
「やせ我慢しやがって。震えてるだろうが」
本当に勘違いをしているのか。それともからかっているだけなのか。ジェリオは支給されていた毛布を手に取り、それをサリカの背からかける。二人分の体温が毛布の中に宿り、信じられぬほど温かくなってきた。
「ガキでも、女はあったけぇな」
「ジェリオ」
寒いのは、彼のほうではないか。口実をつけて、サリカの身体で暖を取るつもりか。不本意ではあったが、なぜか、彼を押しのけることはできなかった。サリカは無言で彼の胸に頬を寄せたまま、目を閉じる。不思議と、嫌悪はなかった。恐怖もない。かわりに、胸のときめきも何もなく、ただ、奇妙な安心感だけが広がる。
ジェリオは若い男性特有の、汗臭さや強い体臭がなかった。香をつけているのかと思えば、そういうわけではないらしいが。彼の肌の匂いは、嫌いではない。
(変だ)
自分を殺そうとした相手なのに。欲望の餌食にしようとした男なのに。
そんなことを思ってしまう自分が、いやだった。
「――イルザ」
まどろみかけたサリカの耳に、なれぬ言葉が聞こえた。
「イルザ?」
人の名前だろうか。思わず顔を上げると、ジェリオと視線がぶつかる。
「イルザ、って?」
「なんでもねぇよ」
ジェリオは気まずそうに表情を曇らせる。けれどもその横顔は、『なんでもない』から程遠いものであった。
「……?」
首を傾げるサリカを睨むようにして。
「なんでもねぇって言ってるだろうが」
彼は彼女の言葉を封じるように、唇を重ねてきた。が、ふたりのそれが、触れるか触れないかのうちに。馬車が大きく揺れた。
「っ!」
反射的にサリカはジェリオの腕を掴む。それが均衡を崩した。ふたりはもつれるように床に倒れこみ、その上に積荷がどかどかと落ちてくる。これが、軽い綿花でよかったと、後になってサリカは思ったのだが。
「溝に嵌っちまったよ。手伝ってくれ、用心棒」
表から、声がかけられたときは。
サリカを押し倒した恰好になっていたジェリオの上に、幾つもの綿花がばら撒かれたように乗っていたのだ。
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