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都の霧は名もない作家を惑わせる 7

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 事件現場へは馬車で向かった。
 グリフィス巡査が、私の屋敷まで来たときの馬車だ。巡査という階級でありながら公用で馬車を使うなんてことは考えにくい。私が話しに乗ることを想定したオスカーの仕業だろう。徒歩だと嫌がって現場に来ないとでも考えたに違いない。ソフィーといい、そこまで私は貧弱に見えるのだろうか。
 だが、私が筋肉質な醜男に見えていたて馬車を用意されないよりはマシだろう。徹夜明けのウォーキングなど、貧血で倒れてしまうかもしれない。
 ただ、今は私の体力とは別の問題が私を襲っていた。
「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
 心配したグリフィス巡査が声をかけてくれたが、私は気の利いたことが言える状態ではなかった。
「だめだ……気持ち悪い……」
 視界が霞み、胃が翻りそうだ。平衡感覚もあやふやで、今は立ち上がるのも難しい。そして、それらが睡魔と合わさると、この世と思えない最悪な気分だ。
 気分を紛らわせる為に、小説のことを考えよう。私が書く小説のことを。タイプライターで文字を打ち出す想像をする。脳内でタイプライターを打つ音が小気味よく響くのだが、気分は一向に優れない。
「部屋に引きこもってばかりだから馬車に乗るだけで酔ったりするんですよ。運動だけではなく、馬車に乗ることもしなければなりませんね」
 ソフィーに嫌味を言われるが、今は反論する余裕すらない。
「申し訳ありませんが、少し馬車を止めてはもらえないでしょうか。私としても、苦しむ姿は見ているのは心を痛めるので」
 心を痛めるなんて、心にもない言葉を。私の苦しむ姿を見てほくそ笑んでいるに違いない。だが、ソフィーの提案には賛成だ。今すぐに、この揺り籠から降りて、揺れない大地を踏み締めたい。
「それほど遠くではないので、もうすぐ到着すると思うんですが……。急いで向かうこともないでしょうし、少しばかり休みましょうか」
 グリフィス巡査も休むのに賛成のようだ。
 よかった。これで酔いから解放される。
「すぐなのであれば、休憩は不要でしょう。ジャックさんがもう少し耐えてくれれば問題ないのですから」
 まさかの馬車続行。私はもう限界だというのに……。
 今すぐ休みたいと伝えたいのだが、今口を開けば何かが出てきそうな気がするので言葉も発せない。
「……分かりました。あと10分も掛からないでしょう。5分強と言ったところでしょう」
 5分……。後5分も耐えなければいけないなんて……。このまま意識を失ってしまいそうだ。馬車に
乗っているだけで気を失うなんて、軟弱人間としてソフィーやオスカーから馬鹿にされてしまうだろう。
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