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英華女学院の七不思議 36
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雛ノ森さんの話を聞いていなかったおかげもあり、課題のチェックは粗方終わった。もう、学食に未練はないので、早々に平川先生がいるであろう職員室へと向かった。
「本当に平川先生に聞くんですか?」
雛ノ森さんは乗り気ではないが、この学校の生徒ならば仕方ないだろう。平川先生といえば、この学校では恐怖の代名詞とも言える。正直、大人である私も怖いと思っている。だが、今日は違う。
「雛ノ森さんも今日のお昼休みに見ましたよね? 平川先生、今日は機嫌がいいようなので、きっと大丈夫ですよ」
お昼休みに見た平川先生は珍しく笑っていた。だから、きっと話しやすく、何でも聞ける。
そう思っていたのだが……。
「なにか?」
昼休みの学食で会ったときのように、平川先生は口元を緩めていない。代わりに、目元を尖らせている。女性だというのに、とてつもない威圧感だ。
「せ、先生……」
話を切り出せずにいた私の脇を雛ノ森さんが小突いてきた。私を勇気づけてくれた、と言うよりは、早く話を済ませてここから立ち去りたいと言ったところだろうか。全く、げんきんな生徒だ。でも、その意図に乗っかるしかない。
「あの……平川先生、少し、お話が……」
「話? 悪い話ではないのでしょうね?」
「えっと……いい話……と言うわけではないですけど、悪い話という訳でもなくて……」
2年前に失踪した生徒の話がいい話であるはずがないのだが、話を聞くだけのことが悪いことではない。
果たして、なんと伝えれば正しく伝わるのか。
そんな思案をしていると、平川先生の目はさらに鋭くなり、雛ノ森さんの方をちらりと見ると、ことの顛末を察して私の方を居殺すように睨んできた。
「あなたはそう言う先生ではないと思っていたのですが」
私は知らない間に何か失態を犯してしまったのだろうか。それとも、2年前とはいえ失踪した生徒の話を聞きにきたのが気に障ったのか。理由は分からないが、私が記憶している過去最大級の怖い顔だ。
あまりの威圧感に気圧されて、喉に言葉がつっかえていると、私を情けなく思ったのか、雛ノ森さんが私の代わりに声を出してくれた。
「お言葉ですが、先生。先生がご想像しているようなお話ではありません」
平川先生の睨みつけ攻撃の対象が雛ノ森さんへと変わった。
数秒のはずなのに長い沈黙。
こんな緊張感の中なのに、雛ノ森さんは怖じ気づいた様子はなく、堂々と胸を張って立っている。
そんな雛ノ森さんの勇気が勝ったのか、先に折れたのは平川先生だった。
「分かりました。あなたの意見を尊重しましょう。しかし、それなら、何の話だと言うんですか?」
さすがに、ここで私も言葉を発さなければ、教師としての矜持が許さない。
「2年前に失踪した佐々木涼子さんについて、聞きたいことがあるんですが……無理にとは……」
そう言うと、平川先生は安堵したようにため息をついた。それほど、想像していたことが悪かったのか。つまり、それほどに私の印象は悪かったのだろう。少し残念だ。
「それは、いい話とは言えませんね。それに、あまり人前で話す話題でもないでしょう」
平川先生が周りを見渡したので、私も同じように見回すと、職員室にいた教師や生徒たちが私たちの方に注目していた。
「す、すいません。別にそんな大したことではないんです。お騒がせしてすいません」
慌てて頭を下げたが、私の立場が音もなく悪くなっているような気がする。
「それでは、生徒指導室で話しましょうか。今は使われていないようですので」
「は、はい……」
あらぬ噂が広まりそうだが、果たして誤解は解けるのだろうか。不安は拭えぬまま、平川先生の後を追い、生徒指導室へと向かった。
「本当に平川先生に聞くんですか?」
雛ノ森さんは乗り気ではないが、この学校の生徒ならば仕方ないだろう。平川先生といえば、この学校では恐怖の代名詞とも言える。正直、大人である私も怖いと思っている。だが、今日は違う。
「雛ノ森さんも今日のお昼休みに見ましたよね? 平川先生、今日は機嫌がいいようなので、きっと大丈夫ですよ」
お昼休みに見た平川先生は珍しく笑っていた。だから、きっと話しやすく、何でも聞ける。
そう思っていたのだが……。
「なにか?」
昼休みの学食で会ったときのように、平川先生は口元を緩めていない。代わりに、目元を尖らせている。女性だというのに、とてつもない威圧感だ。
「せ、先生……」
話を切り出せずにいた私の脇を雛ノ森さんが小突いてきた。私を勇気づけてくれた、と言うよりは、早く話を済ませてここから立ち去りたいと言ったところだろうか。全く、げんきんな生徒だ。でも、その意図に乗っかるしかない。
「あの……平川先生、少し、お話が……」
「話? 悪い話ではないのでしょうね?」
「えっと……いい話……と言うわけではないですけど、悪い話という訳でもなくて……」
2年前に失踪した生徒の話がいい話であるはずがないのだが、話を聞くだけのことが悪いことではない。
果たして、なんと伝えれば正しく伝わるのか。
そんな思案をしていると、平川先生の目はさらに鋭くなり、雛ノ森さんの方をちらりと見ると、ことの顛末を察して私の方を居殺すように睨んできた。
「あなたはそう言う先生ではないと思っていたのですが」
私は知らない間に何か失態を犯してしまったのだろうか。それとも、2年前とはいえ失踪した生徒の話を聞きにきたのが気に障ったのか。理由は分からないが、私が記憶している過去最大級の怖い顔だ。
あまりの威圧感に気圧されて、喉に言葉がつっかえていると、私を情けなく思ったのか、雛ノ森さんが私の代わりに声を出してくれた。
「お言葉ですが、先生。先生がご想像しているようなお話ではありません」
平川先生の睨みつけ攻撃の対象が雛ノ森さんへと変わった。
数秒のはずなのに長い沈黙。
こんな緊張感の中なのに、雛ノ森さんは怖じ気づいた様子はなく、堂々と胸を張って立っている。
そんな雛ノ森さんの勇気が勝ったのか、先に折れたのは平川先生だった。
「分かりました。あなたの意見を尊重しましょう。しかし、それなら、何の話だと言うんですか?」
さすがに、ここで私も言葉を発さなければ、教師としての矜持が許さない。
「2年前に失踪した佐々木涼子さんについて、聞きたいことがあるんですが……無理にとは……」
そう言うと、平川先生は安堵したようにため息をついた。それほど、想像していたことが悪かったのか。つまり、それほどに私の印象は悪かったのだろう。少し残念だ。
「それは、いい話とは言えませんね。それに、あまり人前で話す話題でもないでしょう」
平川先生が周りを見渡したので、私も同じように見回すと、職員室にいた教師や生徒たちが私たちの方に注目していた。
「す、すいません。別にそんな大したことではないんです。お騒がせしてすいません」
慌てて頭を下げたが、私の立場が音もなく悪くなっているような気がする。
「それでは、生徒指導室で話しましょうか。今は使われていないようですので」
「は、はい……」
あらぬ噂が広まりそうだが、果たして誤解は解けるのだろうか。不安は拭えぬまま、平川先生の後を追い、生徒指導室へと向かった。
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