英華女学院の七不思議

小森 輝

文字の大きさ
上 下
36 / 53

英華女学院の七不思議 36

しおりを挟む
 雛ノ森さんの話を聞いていなかったおかげもあり、課題のチェックは粗方終わった。もう、学食に未練はないので、早々に平川先生がいるであろう職員室へと向かった。
「本当に平川先生に聞くんですか?」
 雛ノ森さんは乗り気ではないが、この学校の生徒ならば仕方ないだろう。平川先生といえば、この学校では恐怖の代名詞とも言える。正直、大人である私も怖いと思っている。だが、今日は違う。
「雛ノ森さんも今日のお昼休みに見ましたよね? 平川先生、今日は機嫌がいいようなので、きっと大丈夫ですよ」
 お昼休みに見た平川先生は珍しく笑っていた。だから、きっと話しやすく、何でも聞ける。
 そう思っていたのだが……。
「なにか?」
 昼休みの学食で会ったときのように、平川先生は口元を緩めていない。代わりに、目元を尖らせている。女性だというのに、とてつもない威圧感だ。
「せ、先生……」
 話を切り出せずにいた私の脇を雛ノ森さんが小突いてきた。私を勇気づけてくれた、と言うよりは、早く話を済ませてここから立ち去りたいと言ったところだろうか。全く、げんきんな生徒だ。でも、その意図に乗っかるしかない。
「あの……平川先生、少し、お話が……」
「話? 悪い話ではないのでしょうね?」
「えっと……いい話……と言うわけではないですけど、悪い話という訳でもなくて……」
 2年前に失踪した生徒の話がいい話であるはずがないのだが、話を聞くだけのことが悪いことではない。
 果たして、なんと伝えれば正しく伝わるのか。
 そんな思案をしていると、平川先生の目はさらに鋭くなり、雛ノ森さんの方をちらりと見ると、ことの顛末を察して私の方を居殺すように睨んできた。
「あなたはそう言う先生ではないと思っていたのですが」
 私は知らない間に何か失態を犯してしまったのだろうか。それとも、2年前とはいえ失踪した生徒の話を聞きにきたのが気に障ったのか。理由は分からないが、私が記憶している過去最大級の怖い顔だ。
 あまりの威圧感に気圧されて、喉に言葉がつっかえていると、私を情けなく思ったのか、雛ノ森さんが私の代わりに声を出してくれた。
「お言葉ですが、先生。先生がご想像しているようなお話ではありません」
 平川先生の睨みつけ攻撃の対象が雛ノ森さんへと変わった。
 数秒のはずなのに長い沈黙。
 こんな緊張感の中なのに、雛ノ森さんは怖じ気づいた様子はなく、堂々と胸を張って立っている。
 そんな雛ノ森さんの勇気が勝ったのか、先に折れたのは平川先生だった。
「分かりました。あなたの意見を尊重しましょう。しかし、それなら、何の話だと言うんですか?」
 さすがに、ここで私も言葉を発さなければ、教師としての矜持が許さない。
「2年前に失踪した佐々木涼子さんについて、聞きたいことがあるんですが……無理にとは……」
 そう言うと、平川先生は安堵したようにため息をついた。それほど、想像していたことが悪かったのか。つまり、それほどに私の印象は悪かったのだろう。少し残念だ。
「それは、いい話とは言えませんね。それに、あまり人前で話す話題でもないでしょう」
 平川先生が周りを見渡したので、私も同じように見回すと、職員室にいた教師や生徒たちが私たちの方に注目していた。
「す、すいません。別にそんな大したことではないんです。お騒がせしてすいません」
 慌てて頭を下げたが、私の立場が音もなく悪くなっているような気がする。
「それでは、生徒指導室で話しましょうか。今は使われていないようですので」
「は、はい……」
 あらぬ噂が広まりそうだが、果たして誤解は解けるのだろうか。不安は拭えぬまま、平川先生の後を追い、生徒指導室へと向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

亡くなった妻からのラブレター

毛蟹葵葉
ミステリー
亡くなった妻からの手紙が届いた 私は、最後に遺された彼女からのメッセージを読むことにした

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...