英華女学院の七不思議

小森 輝

文字の大きさ
上 下
30 / 53

英華女学院の七不思議 30

しおりを挟む
 これだけ長い列に並んでいたら昼休みが終わってしまうという不安はもちろんあるが、私は別のことを危惧していた。
 日替わり定食は、普段、それほど人気はない。つまり、普段から作られる量が少ないのではないのかということだ。作られる量が少ないのに、これだけの生徒が押し寄せると、当然、足りなくなるわけだ。私と雛ノ森さんは他の生徒と比べると、並んだのは遅かった。私たちの目の前で売り切れになる覚悟はできていた、のだが、私たちの順番まで回ってきて、さらに、目の前には、ちゃんと決められた中華定食が何一つ欠けることなく揃っていた。心配していたフカヒレの中華スープにフカヒレが入っていないかもしれないという悲しい結末にもならなかった。
「今日の日替わり定食は賑やかですね」
 日替わり定食を受け取った私に話しかけてきたのは、ちょうど食事を終えて食器を返しに来た平川先生だった。
「すいません。なんか、私の話が広まってしまったみたいで……」
「聞いています」
 生徒同士だけでなく、教師の方々へも情報網は張り巡っているようだ。しかも、よりにもよって平川先生の耳にまで届いているとは……。
「……すいません」
「謝ることではありません。私は嬉しいのですから。私はこの学校に勤務して、もうすぐ30年になるのですが、こんな光景は初めてです」
 そう言われて、恐る恐る平川先生の顔を窺うと、そこにはナイフのように鋭い眼光はなく、口元はかすかに緩んでいた。平川先生でも笑うときがあるんだと失礼ながらも思ってしまった。
「この学校の定食は、生徒の栄養バランスを第一に考えて作られています。それなのに、生徒からの注文は少なく、毎日余っていた状況でした。量を減らそうにも、学費として支払われた費用なので、減らすわけにいかず……。まさか、こんな解決方法があるなんて、思いもしませんでしたよ。少々、動機は不純なようですが、それぐらいは目を瞑ってあげましょう」
「……ありがとうございます」
 なぜ私がお礼を言っているのか分からないが、自分が褒められていることには変わりないのだから間違ってはいないはずだ。
「色々と大変でしょうが、頑張ってください」
「はい。日々、精進いたします」
 「色々」という言葉には、先日の白骨死体のことも含まれているのだろう。初めての教師だというのに、私にはまだまだ問題が山積みされている。
「あまり長話をしては、せっかくのご飯が冷めてしまいますからね。私はこれで」
 食器を返した平川先生は、最後に笑顔を見せたように見えたが、私の見間違いだったのかもしれない。
「平川先生、今日はとてもご機嫌な様子でしたね。何か楽しいお話でもしていたんですか?」
「いいえ。お嬢様には世話がかかるというお話です」
「なんですか、その話!」
 突っかかってくる雛ノ森さんの相手はすることなく、私は今日もおいしそうな日替わり定食を持って開いている席へと座った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

亡くなった妻からのラブレター

毛蟹葵葉
ミステリー
亡くなった妻からの手紙が届いた 私は、最後に遺された彼女からのメッセージを読むことにした

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...