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第10夜 模擬試験(後編)
第4話 飴玉と霊玉
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その頃、ちょうど学園では唖雅沙が一人、廊下を歩いていた。
そろそろ、鳥居近くを彷徨いている頃だろうか。昼間訪ねた緋鞠たちのことが自然と脳裏に浮かぶ。
自分にも、あのような年頃のときがあった。だけど、あんなに素直な感情を出せたときなどなかった。羨ましいとは思わない。だけど、それが悪いことだとも思わない。
しかし、いつまで持つだろうか。
今回の試験は、紛れもない実践である。つまり、それは犠牲も出る可能性があるということ。そのとき、あの子らは何を思うのか。それでも、変わらないでいられるだろうか。
(絶対に死ぬなよ)
窓辺に映る紅い月を眺めた。そのとき、カツンッと足音が聞こえた。廊下の角から現れた人物に、唖雅沙は目を見張る。
「おまえは──」
~◇~
「づっかれた~」
緋鞠は木の根本に背を預けると、足を投げ出して座り込んだ。
『大丈夫か?』
「ムリ」
銀狼の背に顔を埋めながら、呻く。倒しては現れ、倒しては現れを繰り返し、やっと倒しきった。もう手足は痺れて一歩も動きたくない。
「あんまり……気は、抜くな……」
「翼も疲れてんじゃんよ……」
翼も息が切れて、顔には疲労の色が浮かんでいた。まだ余力の残っている来栖と湊士、琴音が周囲を警戒してくれているため休めているが、安全圏に避難するためには少しでも動けるように回復しておかなければならない。
だけど、数分休んだだけでは元のように動けそうにない。
(温泉に入りたい……)
銭湯花火の温泉が恋しくなってくる。帰ったら絶対入ろう。
せめて癒されようと、銀狼をもふもふしていると、ぴょこんっと和音が顔を覗かせる。
「お疲れさま、さあ一曲どうぞ!」
オルゴールの蓋が開くと、今度は涼やかな淡いブルーの音符が飛び出した。
「下限の三・癒しの羽衣」
キラキラ光る音楽と、優しい音色。音符はぽんっ、ぽんっと浮かぶように跳ねる。手を伸ばし、指先に触れるとふわっと弾けた。
頭の上から柔らかく、ベールのような布が舞い落ちる。淡く優しい霊力の波動に、瞳を閉じた。
「どう?」
「癒される~」
だんだんと冷えた手足が暖まり、疲れて重い体が軽くなっていく。さらにオルゴールの優しい音色と、霊力で編まれた羽衣の癒しオーラによって、元気まで回復していくようだった。
緋鞠はその心地よさに、ふにゃっと顔を緩ませる。
「このまま寝たい……」
「ありゃ、効きすぎちゃった? そこの君も……って、三國翼!?」
驚いた声で、緋鞠はぱっちりと目を覚ました。和音は緋鞠の後ろに隠れてしまう。
「どうしたんですか?」
「だ、だってあれ三國家のご当主さまでしょう!? 分家のぺーぺーなあたしがでしゃばったりしたら潰される!」
「そんなことしませんよ。ねぇ?」
翼はプイッとそっぽを向く。
「あ、無視した! そんな態度とるから誤解されるんだよ!」
ぐいっと頬をつまむと、明らかに不機嫌そうに青筋が浮かんだ。
「ほっとけ」
「いや。友達が勘違いされてるのやだもの」
ほれほれと頬をつついたり、引っ張ってみたりとちょっかいをだし続けた。すると、翼は簡単にぶちギレ、顔は鬼の形相に変わる。
「そんなの怖くないもーん!」
「そうか……ならこれだ」
翼のポケットから出されたのは、ポップな包み紙が可愛らしい飴玉。ピンク色のストライプ柄から、イチゴ味だろうか。
翼は黙って封を切った。イチゴの甘酸っぱい、いい香りが鼻孔をくすぐる。それを目の前に差し出された。
「美味しそう! くれるの?」
ぱあっと顔を輝かせた。しかし、それは無情にもぱくんっと、翼の口のなかに消えていった。
「ああ!!」
「やるとは言ってない」
「ひ、酷い! ならわざわざ見せなくったって……!」
「ふんっ。いいだろー」
「うわーん!」
緋鞠はショックで翼の肩をぽこぽこ叩き始める。翼はそれから逃げるように走り出し、おいかけっこが始まった。それを、和音はポカンっと口を開けて驚いた。
「うわさで聞いたより、怖くないね」
その言葉に、銀狼ははぁと息をついた。
『うわさと言うものは当てにならん。実際見て、感じたものが本物だ』
「……そうかもね」
『ついでにどんなうわさだ?』
「きれいな顔なのに年中不機嫌。視界に入れば睨み、口を開けば毒をはく。見てるだけなら眼福美人」
『合ってるな』
「マジか」
そのとき、和音にぶつかるように緋鞠が抱きついた。
「翼が意地悪! 飴ずるい~!」
「お腹すいたの? あー、あたしお菓子は持ってないな」
緋鞠はぐりぐりと和音に額を押しつけていると、後ろからムッとした声が聞こえる。
「おい! 別にやらないって言ってないだろ」
「うそ。また見せびらかすんでしょ」
「ほら」
そういってポケットを探ると、さきほど見た飴玉と同じ包装紙に包まれた二個ときれいな紫色の玉が差し出された。
「あ、これちが」
「それって」
「いただきます!」
緋鞠は二人の言葉を聞かず、紫色の飴玉をぱくりと食べる。それを見た二人は、さあっと顔を青ざめた。
「ばか!!」
「それダメ!!」
「んむっ!?」
二人に肩を掴まれ、ぐらぐらと揺らされる。
「ぺっしろ、ぺっ!」
「それ食べ物じゃない!」
しかし、ごくりっと飲み込んでしまった。緋鞠は冷や汗をかきながら、ポツリと呟く。
「……飲んじゃった」
二人は悲鳴に近い声を上げ、混乱した。
「おまえは赤ん坊か!」
「誤飲した場合の吐かせ方は!?」
「え、待って、私なに食べたの!?」
「霊玉だ馬鹿!!」
「霊玉?」
初めて聞いた単語に首を傾げると、銀狼が知っているようで説明してくれる。
「霊玉は、霊力を形にした石のことだ。形、色、属性。全て造り手によって違うものらしい」
「そうなの? なら、そこまで大騒ぎするものじゃないんじゃ」
「だからダメなんだ!」
銀狼と二人でキョトンっとした顔をすると、翼は頭痛のする額に手をやる。
「いいか、霊力は人によって違う。五行元素から性質に至るまで。全てが違うんだ。それなのに他人のを。しかも、食べるなんて」
「そ、そんなに大変なことなの?」
「霊玉はね、自分の霊力を目に見える、手に取れる形にしたもの。私たちは霊力が枯渇しないように、常にストックとして霊玉を作っておく。そして、危ないときは輸血するように取り込むの」
「なら、危なくないんじゃ」
「他人の霊力は毒なの」
和音はスマホで調べつつ、簡単な例を挙げた。
「ほら、血液だって合わないものを輸血されたら拒絶反応が起こるでしょ? それと一緒で、霊玉も普通は人のを取り込んだりしないの」
「てことは……」
事態を理解し始めた緋鞠と銀狼も顔を青ざめさせた。
「じゃあ私どうなるの!?」
「正直わかんない。こんなの今までなかったしね!」
『吐き出せ!』
「むりむりむり」
「じゃなきゃ死ぬぞ!」
「だけ、ど……」
ぐらっと視界が揺れた。みんなの声が聞こえにくくなって、胸は火がついたみたいに熱くなる。電流が全身を走るように、一瞬で通りすぎた。
体の力が抜ける感覚に、一瞬意識が遠のきそうになる。だけど──。
(私、は……死なない!!)
気合いで踏みとどまると、ぼっと耳の詰まった感覚が消えた。ちりっと左手が焼けるように痛んだが、すぐにそれも消える。
「大丈夫!?」
『緋鞠!』
「おい!」
緋鞠はゆっくりと手を握ったり、開いたりを繰り返して体の感覚を確かめる。特に問題はなさそうだ。
「うん、大丈夫」
その言葉に、全員ほっと胸を撫で下ろした。
『ビックリしたぞ。いきなりふらつくから』
「よかった~。一応治癒しとこうか」
「まじで目が離せねぇ……」
『大体おまえが飴なんか出すから!』
「しょうがねぇだろ! 糖分摂取は必要だ!」
緋鞠はぎゃいぎゃいと喧嘩をし始める二人を止めに入る。
左手の封月に現れた、新たな紋様に気づくことのないままに──。
そろそろ、鳥居近くを彷徨いている頃だろうか。昼間訪ねた緋鞠たちのことが自然と脳裏に浮かぶ。
自分にも、あのような年頃のときがあった。だけど、あんなに素直な感情を出せたときなどなかった。羨ましいとは思わない。だけど、それが悪いことだとも思わない。
しかし、いつまで持つだろうか。
今回の試験は、紛れもない実践である。つまり、それは犠牲も出る可能性があるということ。そのとき、あの子らは何を思うのか。それでも、変わらないでいられるだろうか。
(絶対に死ぬなよ)
窓辺に映る紅い月を眺めた。そのとき、カツンッと足音が聞こえた。廊下の角から現れた人物に、唖雅沙は目を見張る。
「おまえは──」
~◇~
「づっかれた~」
緋鞠は木の根本に背を預けると、足を投げ出して座り込んだ。
『大丈夫か?』
「ムリ」
銀狼の背に顔を埋めながら、呻く。倒しては現れ、倒しては現れを繰り返し、やっと倒しきった。もう手足は痺れて一歩も動きたくない。
「あんまり……気は、抜くな……」
「翼も疲れてんじゃんよ……」
翼も息が切れて、顔には疲労の色が浮かんでいた。まだ余力の残っている来栖と湊士、琴音が周囲を警戒してくれているため休めているが、安全圏に避難するためには少しでも動けるように回復しておかなければならない。
だけど、数分休んだだけでは元のように動けそうにない。
(温泉に入りたい……)
銭湯花火の温泉が恋しくなってくる。帰ったら絶対入ろう。
せめて癒されようと、銀狼をもふもふしていると、ぴょこんっと和音が顔を覗かせる。
「お疲れさま、さあ一曲どうぞ!」
オルゴールの蓋が開くと、今度は涼やかな淡いブルーの音符が飛び出した。
「下限の三・癒しの羽衣」
キラキラ光る音楽と、優しい音色。音符はぽんっ、ぽんっと浮かぶように跳ねる。手を伸ばし、指先に触れるとふわっと弾けた。
頭の上から柔らかく、ベールのような布が舞い落ちる。淡く優しい霊力の波動に、瞳を閉じた。
「どう?」
「癒される~」
だんだんと冷えた手足が暖まり、疲れて重い体が軽くなっていく。さらにオルゴールの優しい音色と、霊力で編まれた羽衣の癒しオーラによって、元気まで回復していくようだった。
緋鞠はその心地よさに、ふにゃっと顔を緩ませる。
「このまま寝たい……」
「ありゃ、効きすぎちゃった? そこの君も……って、三國翼!?」
驚いた声で、緋鞠はぱっちりと目を覚ました。和音は緋鞠の後ろに隠れてしまう。
「どうしたんですか?」
「だ、だってあれ三國家のご当主さまでしょう!? 分家のぺーぺーなあたしがでしゃばったりしたら潰される!」
「そんなことしませんよ。ねぇ?」
翼はプイッとそっぽを向く。
「あ、無視した! そんな態度とるから誤解されるんだよ!」
ぐいっと頬をつまむと、明らかに不機嫌そうに青筋が浮かんだ。
「ほっとけ」
「いや。友達が勘違いされてるのやだもの」
ほれほれと頬をつついたり、引っ張ってみたりとちょっかいをだし続けた。すると、翼は簡単にぶちギレ、顔は鬼の形相に変わる。
「そんなの怖くないもーん!」
「そうか……ならこれだ」
翼のポケットから出されたのは、ポップな包み紙が可愛らしい飴玉。ピンク色のストライプ柄から、イチゴ味だろうか。
翼は黙って封を切った。イチゴの甘酸っぱい、いい香りが鼻孔をくすぐる。それを目の前に差し出された。
「美味しそう! くれるの?」
ぱあっと顔を輝かせた。しかし、それは無情にもぱくんっと、翼の口のなかに消えていった。
「ああ!!」
「やるとは言ってない」
「ひ、酷い! ならわざわざ見せなくったって……!」
「ふんっ。いいだろー」
「うわーん!」
緋鞠はショックで翼の肩をぽこぽこ叩き始める。翼はそれから逃げるように走り出し、おいかけっこが始まった。それを、和音はポカンっと口を開けて驚いた。
「うわさで聞いたより、怖くないね」
その言葉に、銀狼ははぁと息をついた。
『うわさと言うものは当てにならん。実際見て、感じたものが本物だ』
「……そうかもね」
『ついでにどんなうわさだ?』
「きれいな顔なのに年中不機嫌。視界に入れば睨み、口を開けば毒をはく。見てるだけなら眼福美人」
『合ってるな』
「マジか」
そのとき、和音にぶつかるように緋鞠が抱きついた。
「翼が意地悪! 飴ずるい~!」
「お腹すいたの? あー、あたしお菓子は持ってないな」
緋鞠はぐりぐりと和音に額を押しつけていると、後ろからムッとした声が聞こえる。
「おい! 別にやらないって言ってないだろ」
「うそ。また見せびらかすんでしょ」
「ほら」
そういってポケットを探ると、さきほど見た飴玉と同じ包装紙に包まれた二個ときれいな紫色の玉が差し出された。
「あ、これちが」
「それって」
「いただきます!」
緋鞠は二人の言葉を聞かず、紫色の飴玉をぱくりと食べる。それを見た二人は、さあっと顔を青ざめた。
「ばか!!」
「それダメ!!」
「んむっ!?」
二人に肩を掴まれ、ぐらぐらと揺らされる。
「ぺっしろ、ぺっ!」
「それ食べ物じゃない!」
しかし、ごくりっと飲み込んでしまった。緋鞠は冷や汗をかきながら、ポツリと呟く。
「……飲んじゃった」
二人は悲鳴に近い声を上げ、混乱した。
「おまえは赤ん坊か!」
「誤飲した場合の吐かせ方は!?」
「え、待って、私なに食べたの!?」
「霊玉だ馬鹿!!」
「霊玉?」
初めて聞いた単語に首を傾げると、銀狼が知っているようで説明してくれる。
「霊玉は、霊力を形にした石のことだ。形、色、属性。全て造り手によって違うものらしい」
「そうなの? なら、そこまで大騒ぎするものじゃないんじゃ」
「だからダメなんだ!」
銀狼と二人でキョトンっとした顔をすると、翼は頭痛のする額に手をやる。
「いいか、霊力は人によって違う。五行元素から性質に至るまで。全てが違うんだ。それなのに他人のを。しかも、食べるなんて」
「そ、そんなに大変なことなの?」
「霊玉はね、自分の霊力を目に見える、手に取れる形にしたもの。私たちは霊力が枯渇しないように、常にストックとして霊玉を作っておく。そして、危ないときは輸血するように取り込むの」
「なら、危なくないんじゃ」
「他人の霊力は毒なの」
和音はスマホで調べつつ、簡単な例を挙げた。
「ほら、血液だって合わないものを輸血されたら拒絶反応が起こるでしょ? それと一緒で、霊玉も普通は人のを取り込んだりしないの」
「てことは……」
事態を理解し始めた緋鞠と銀狼も顔を青ざめさせた。
「じゃあ私どうなるの!?」
「正直わかんない。こんなの今までなかったしね!」
『吐き出せ!』
「むりむりむり」
「じゃなきゃ死ぬぞ!」
「だけ、ど……」
ぐらっと視界が揺れた。みんなの声が聞こえにくくなって、胸は火がついたみたいに熱くなる。電流が全身を走るように、一瞬で通りすぎた。
体の力が抜ける感覚に、一瞬意識が遠のきそうになる。だけど──。
(私、は……死なない!!)
気合いで踏みとどまると、ぼっと耳の詰まった感覚が消えた。ちりっと左手が焼けるように痛んだが、すぐにそれも消える。
「大丈夫!?」
『緋鞠!』
「おい!」
緋鞠はゆっくりと手を握ったり、開いたりを繰り返して体の感覚を確かめる。特に問題はなさそうだ。
「うん、大丈夫」
その言葉に、全員ほっと胸を撫で下ろした。
『ビックリしたぞ。いきなりふらつくから』
「よかった~。一応治癒しとこうか」
「まじで目が離せねぇ……」
『大体おまえが飴なんか出すから!』
「しょうがねぇだろ! 糖分摂取は必要だ!」
緋鞠はぎゃいぎゃいと喧嘩をし始める二人を止めに入る。
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