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第10夜 模擬試験(後編)
第1話 鳥の月鬼
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土煙が舞うなか、咳き込んだ声が響いた。喉の奥が煙たくなり、苦しくなる。緋鞠は払うように大きく手を振った。
水を被ったみたいな圧力を感じたが、巻き上げられた土煙が視界を覆っただけ。だんだん煙が収まり、周囲の景色が見えてくる。
緋鞠は目の前に広がる光景に、目を見開いた。
緋鞠と湊士がいる場所を残して、地面の草花は倒れ、木々には焼けた跡のような波線が刻まれていた。
緋鞠は、はっと我に返ると、地面に手をついている湊士を覗き込む。
「湊士! 大丈夫!?」
「おう! 平気平気。びっくりしたな、大丈夫か?」
その手には引月が嵌められている。突然襲いかかってきた波に向けて、湊士が封月を使って守ってくれたのだ。
湊士は元気そうににかっと笑う。それを見て、緋鞠はほっと胸を撫で下ろした。
「うん、ありがとう。助かったよ」
「にしてもなんだったんだ?」
津波のように襲いかかって来たそれは、通りすぎるとすぐに消えていった。一瞬、月鬼の気配と似ていた気がしたけれど。
「わからない。でも、また何か起きてるのかも。すぐにみんなと合流しよう」
「そうだな」
緋鞠は契約印に意識を集中させ、念話を試みる。しかし、応答がない。
「なんで……」
「どうした?」
「銀狼が出てくれないの。こんなこと、一度もないのに」
まさか、何かあったのだろうか。
鬼狩試験のときを思い出し、不安がよぎる。緋鞠は手をぎゅっと握りしめた。
「湊士、居場所は大体わかるから一緒に来てくれる?」
「ああ、任せとけ!」
非常事態でも、いつもの笑顔で応えてくれる湊士を見て、少し安心した。
「よし、それじゃあ」
──パキッ。
枝が折れる音に弾かれるように顔を上げた。音の方へ顔を向けると、そこにいたのは救急箱を持った、丸々とした瞳が特徴的な戦闘服の女生徒だった。茶色の髪をお団子に縛っており、上半身をすっぽりと包む黒いケープには、『治』の文字が入っている。
二人を見つけると、強ばった表情がほっと緩む。
「よかったぁ! 君たち一年生だよね? 怪我はない?」
「はい、あなたは?」
「私は二年の救護班、和音。ここら辺の監視を頼まれてたんだ」
和音と名乗った先輩は、すぐにポケットからトランシーバーを取り出すとスイッチを押す。
「こちらポイント中央の三。生徒二人を発見。どうしますか?」
緋鞠は湊士の袖を引くと、少ししゃがんでもらった。こそこそ、と耳打ちする。
「どうする? このままだと避難させられるかも」
「えー、俺行かねぇぞ。さすがに主を置いていけない」
「だよね。私も皆が心配だし」
二人でうん、と頷き合い、和音に話すタイミングを窺う。
そのとき、ぞわっと嫌な気配を感じとる。背筋を這うような気持ち悪い空気に、湊士も顔をしかめた。緋鞠は無言で月姫を具現化させると、周囲に目を配る。ピッとスイッチを切り、和音がこちらを向いた。
「ごめんね、待たせて。それ……」
言葉が掻き消え、和音が一瞬で目の前から消える。弾かれたように顔を上げると、紅い月に照らされた赤黒い鳥が羽ばたいていた。その鋭い爪には、和音が捕まれている。
「鳥の月鬼!?」
人を掴んで飛べるほど大きく、鋭い嘴に先が尖った羽。体全体が宝石のようにきらめいていた。
だが、驚いている暇はない。首をあげ、羽を広げようとしていた。このままでは連れ去られてしまう。しかし、あまりにも高さが高い。これでは強化しても、届かないかもしれない。
焦る緋鞠の肩に、ぽんっと手を置かれた。振り返ると、湊士が空を見上げていた。
「緋鞠、上の救出と止めは任せた!」
そういって、封月を発動させる。脈打つような力の波動を感じた。
「行け! じゃねぇと重力に巻き込んじまうぞ!」
緋鞠は頷き、駆け出す。一瞬で刀から筆に変えると、文字を素早く書く。『軽』、『飛』の文字が足に馴染み、紅く淡い光に包まれた。
羽のように軽くなった足で地面を蹴りあげた。
それと同時に、湊士も月魄術を発動させる。
「下限の一・重力丸」
右手に手のひらサイズの黒い玉が現れる。ピリッピリッと火花のように光る。それを地面に向けて殴り付けた。
──ドンッ!
稲妻が地面を走るように弾ける。そこからくり貫かれるように半径三メートルほど、地面がひび割れた。木々の枝が、葉が少しずつ湊士へと引っ張られていく。
月鬼はギョロっと視線を下に向け、羽ばたこうとした。しかし、湊士の重力に捕まって動けない。
(今だ──!)
緋鞠は大きく筆を回転させる。
「下限の二・巴螺旋」
逆巻く水飛沫の勢いにのって、一気に距離を詰めた。
「先輩!」
緋鞠に気づいた和音が、必死に手を伸ばした。その手を掴み、彼女の腕を掴んでいる鉤爪をざっと筆先で撫でる。
──ギィィァア!!
鼓膜が破れるかと思うほど、甲高い音に平衡感覚を失う。だけど、投げ出された空中で掴んだ手だけは離さないようにぐっと堪えた。
和音はぐらぐらする頭で、必死に封月を呼んだ。
「響月!」
片手に現れる小さな木箱。パカッと開くと、美しい音色が響いた。
「下限の五・治癒の音巻」
螺旋が回り、優しく癒されるような音色が響く。オルゴールからパステルカラーの楽譜が巻物のように伸びて、二人を包んだ。
耳の痛みが消え、ぐらぐらする意識がもとに戻る。緋鞠はぐるっと身をよじると、自分を下に和音を抱え、地面に着地する。
「ふぅ……怪我はありませんか!?」
こくこくと頷く和音を見て、ほっと息をつく。彼女を少し離れた木の根もとに降ろした。
「そこで待ってて、警戒は怠らないでください!」
緋鞠が駆け出すと、ちょうど湊士が釣糸を引っ張るように、月鬼に向かって手を引く。
「せいやあ!」
勢いよく地面に叩きつけられ、紅い欠片が飛び散った。そこを逃さず、緋鞠は瞬時に月姫を刀に変える。
ダンッと地面を蹴り、先程見えた鬼石──胸の中心に向かって刃を振り上げた。
──パキンッ!
胸に深々と突き刺さり、石が砕ける音が聞こえた。キラキラとした粒子が空に舞い散り、姿が消える。
すぐに立ち上がると、周囲の安全を確認する。今のところ、月鬼はあれ一体だけのようだ。しかし、一応月姫を握りしめたまま和音の元へ集まった。
「二人とも怪我はない?」
「はい、私は大丈夫です」
「俺も」
「よかった。二人とも強いんだね。ごめんね、足手まといになっちゃって。あたしはこの通り、治療系の封月だから戦闘は苦手で」
申し訳なさそうに謝る和音に、緋鞠はそんなことない、とすぐに否定する。
「先輩がいなきゃ、今頃私は地面に激突してました。助けてくださってありがとうございます! すごい封月ですね。先輩がいれば何度でも闘えそう!」
キラキラと尊敬の眼差しを向ける緋鞠に、和音はぽっと頬を染めた。
「おぅ……可愛い後輩ゲットだぜ」
よしよしと緋鞠の頭を撫で、癒されている。緋鞠もにこにことそれを受けていた。
「それよりどうすんだ? 俺らは仲間を探しにいっていいのか?」
湊士が早く早く、と急かすように聞く。和音はうーんと少し悩むような素振りを見せると、わかったと頷いた。
「なら、あたしも付いていくよ」
「いいんですか?」
「さっき聞いたら後輩たちを探して避難させろって言われたからね。君たちがいれば捜索も進むし、助かるし。その代わり、治療は任せなさい!」
「ありがとうございます!」
頼りになるサポートも加わり、三人は合流すべく森のなかを走り出した。
水を被ったみたいな圧力を感じたが、巻き上げられた土煙が視界を覆っただけ。だんだん煙が収まり、周囲の景色が見えてくる。
緋鞠は目の前に広がる光景に、目を見開いた。
緋鞠と湊士がいる場所を残して、地面の草花は倒れ、木々には焼けた跡のような波線が刻まれていた。
緋鞠は、はっと我に返ると、地面に手をついている湊士を覗き込む。
「湊士! 大丈夫!?」
「おう! 平気平気。びっくりしたな、大丈夫か?」
その手には引月が嵌められている。突然襲いかかってきた波に向けて、湊士が封月を使って守ってくれたのだ。
湊士は元気そうににかっと笑う。それを見て、緋鞠はほっと胸を撫で下ろした。
「うん、ありがとう。助かったよ」
「にしてもなんだったんだ?」
津波のように襲いかかって来たそれは、通りすぎるとすぐに消えていった。一瞬、月鬼の気配と似ていた気がしたけれど。
「わからない。でも、また何か起きてるのかも。すぐにみんなと合流しよう」
「そうだな」
緋鞠は契約印に意識を集中させ、念話を試みる。しかし、応答がない。
「なんで……」
「どうした?」
「銀狼が出てくれないの。こんなこと、一度もないのに」
まさか、何かあったのだろうか。
鬼狩試験のときを思い出し、不安がよぎる。緋鞠は手をぎゅっと握りしめた。
「湊士、居場所は大体わかるから一緒に来てくれる?」
「ああ、任せとけ!」
非常事態でも、いつもの笑顔で応えてくれる湊士を見て、少し安心した。
「よし、それじゃあ」
──パキッ。
枝が折れる音に弾かれるように顔を上げた。音の方へ顔を向けると、そこにいたのは救急箱を持った、丸々とした瞳が特徴的な戦闘服の女生徒だった。茶色の髪をお団子に縛っており、上半身をすっぽりと包む黒いケープには、『治』の文字が入っている。
二人を見つけると、強ばった表情がほっと緩む。
「よかったぁ! 君たち一年生だよね? 怪我はない?」
「はい、あなたは?」
「私は二年の救護班、和音。ここら辺の監視を頼まれてたんだ」
和音と名乗った先輩は、すぐにポケットからトランシーバーを取り出すとスイッチを押す。
「こちらポイント中央の三。生徒二人を発見。どうしますか?」
緋鞠は湊士の袖を引くと、少ししゃがんでもらった。こそこそ、と耳打ちする。
「どうする? このままだと避難させられるかも」
「えー、俺行かねぇぞ。さすがに主を置いていけない」
「だよね。私も皆が心配だし」
二人でうん、と頷き合い、和音に話すタイミングを窺う。
そのとき、ぞわっと嫌な気配を感じとる。背筋を這うような気持ち悪い空気に、湊士も顔をしかめた。緋鞠は無言で月姫を具現化させると、周囲に目を配る。ピッとスイッチを切り、和音がこちらを向いた。
「ごめんね、待たせて。それ……」
言葉が掻き消え、和音が一瞬で目の前から消える。弾かれたように顔を上げると、紅い月に照らされた赤黒い鳥が羽ばたいていた。その鋭い爪には、和音が捕まれている。
「鳥の月鬼!?」
人を掴んで飛べるほど大きく、鋭い嘴に先が尖った羽。体全体が宝石のようにきらめいていた。
だが、驚いている暇はない。首をあげ、羽を広げようとしていた。このままでは連れ去られてしまう。しかし、あまりにも高さが高い。これでは強化しても、届かないかもしれない。
焦る緋鞠の肩に、ぽんっと手を置かれた。振り返ると、湊士が空を見上げていた。
「緋鞠、上の救出と止めは任せた!」
そういって、封月を発動させる。脈打つような力の波動を感じた。
「行け! じゃねぇと重力に巻き込んじまうぞ!」
緋鞠は頷き、駆け出す。一瞬で刀から筆に変えると、文字を素早く書く。『軽』、『飛』の文字が足に馴染み、紅く淡い光に包まれた。
羽のように軽くなった足で地面を蹴りあげた。
それと同時に、湊士も月魄術を発動させる。
「下限の一・重力丸」
右手に手のひらサイズの黒い玉が現れる。ピリッピリッと火花のように光る。それを地面に向けて殴り付けた。
──ドンッ!
稲妻が地面を走るように弾ける。そこからくり貫かれるように半径三メートルほど、地面がひび割れた。木々の枝が、葉が少しずつ湊士へと引っ張られていく。
月鬼はギョロっと視線を下に向け、羽ばたこうとした。しかし、湊士の重力に捕まって動けない。
(今だ──!)
緋鞠は大きく筆を回転させる。
「下限の二・巴螺旋」
逆巻く水飛沫の勢いにのって、一気に距離を詰めた。
「先輩!」
緋鞠に気づいた和音が、必死に手を伸ばした。その手を掴み、彼女の腕を掴んでいる鉤爪をざっと筆先で撫でる。
──ギィィァア!!
鼓膜が破れるかと思うほど、甲高い音に平衡感覚を失う。だけど、投げ出された空中で掴んだ手だけは離さないようにぐっと堪えた。
和音はぐらぐらする頭で、必死に封月を呼んだ。
「響月!」
片手に現れる小さな木箱。パカッと開くと、美しい音色が響いた。
「下限の五・治癒の音巻」
螺旋が回り、優しく癒されるような音色が響く。オルゴールからパステルカラーの楽譜が巻物のように伸びて、二人を包んだ。
耳の痛みが消え、ぐらぐらする意識がもとに戻る。緋鞠はぐるっと身をよじると、自分を下に和音を抱え、地面に着地する。
「ふぅ……怪我はありませんか!?」
こくこくと頷く和音を見て、ほっと息をつく。彼女を少し離れた木の根もとに降ろした。
「そこで待ってて、警戒は怠らないでください!」
緋鞠が駆け出すと、ちょうど湊士が釣糸を引っ張るように、月鬼に向かって手を引く。
「せいやあ!」
勢いよく地面に叩きつけられ、紅い欠片が飛び散った。そこを逃さず、緋鞠は瞬時に月姫を刀に変える。
ダンッと地面を蹴り、先程見えた鬼石──胸の中心に向かって刃を振り上げた。
──パキンッ!
胸に深々と突き刺さり、石が砕ける音が聞こえた。キラキラとした粒子が空に舞い散り、姿が消える。
すぐに立ち上がると、周囲の安全を確認する。今のところ、月鬼はあれ一体だけのようだ。しかし、一応月姫を握りしめたまま和音の元へ集まった。
「二人とも怪我はない?」
「はい、私は大丈夫です」
「俺も」
「よかった。二人とも強いんだね。ごめんね、足手まといになっちゃって。あたしはこの通り、治療系の封月だから戦闘は苦手で」
申し訳なさそうに謝る和音に、緋鞠はそんなことない、とすぐに否定する。
「先輩がいなきゃ、今頃私は地面に激突してました。助けてくださってありがとうございます! すごい封月ですね。先輩がいれば何度でも闘えそう!」
キラキラと尊敬の眼差しを向ける緋鞠に、和音はぽっと頬を染めた。
「おぅ……可愛い後輩ゲットだぜ」
よしよしと緋鞠の頭を撫で、癒されている。緋鞠もにこにことそれを受けていた。
「それよりどうすんだ? 俺らは仲間を探しにいっていいのか?」
湊士が早く早く、と急かすように聞く。和音はうーんと少し悩むような素振りを見せると、わかったと頷いた。
「なら、あたしも付いていくよ」
「いいんですか?」
「さっき聞いたら後輩たちを探して避難させろって言われたからね。君たちがいれば捜索も進むし、助かるし。その代わり、治療は任せなさい!」
「ありがとうございます!」
頼りになるサポートも加わり、三人は合流すべく森のなかを走り出した。
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