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第9夜 模擬試験(前編)
第11話 思惑
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さわさわと葉が揺れ動き、擦れる音が聞こえる。闇夜に潜む動物たちの息づかいさえも聞こえてきそうな、静かな夜だ。
翼と来栖は手近にあった石に座ると、向かい合ったまま互いに黙って様子を窺っていた。交わる視線に潜むのは、警戒の色。
しばらく経ち、先に口火を切ったのは、来栖の方であった。
「そういえば、花咲さんとは同郷なんだっけ?」
「違う。今世話になってる家がそっちなだけだ」
「ああ、そうなんだね。じゃあ花咲さんと組んだのは、神野さんと仲が良いからか」
「別に。てか、なんでおまえが質問してんだよ」
「なかなか話を始めてくれないから。迷ってるのかと思って」
「何を聞いてやろうか考えてたんだがな。どうせなら、一番答えにくいのにしてやろうか?」
「いいね。それは楽しそうだ」
二人とも穏やかな口調であるのに対し、まったく笑っていない。翼はいつもの冷ややかな表情に、口元が皮肉げは歪められている。来栖もまたにこにことした笑顔を浮かべてはいるが、いつもよりも表情が固い。
二人のピリピリとした雰囲気に、銀狼は眉間のシワを濃くする。普通、この年頃はもう少し楽しげに会話をするはずだが、二人の間にそんなものは一切ない。
あるのはどっちが狩るか狩られるかの、殺伐とした殺気のみ。
(こいつら、本当に十代か?)
中身ほんとは大人じゃないのか? 冗談じゃなく。そんなことを思いながら、ちらりと背後を見る。
琴音は先程から木々に額を寄せ、彼らの声を聞いている。緋鞠の様子を探っているのだが、まだ何とも言えないのか、眉間にシワを寄せていた。
銀狼の方でも念話を試みるか迷ったが、結局やめた。何も連絡がないということは、危険な目に合わされているわけではないということだろう。今は、一触即発の二人を見守ることにした。
「そうだな。じゃあ聞くが、なんでこんなことを始めた」
「こんなこと?」
「競争だよ」
ああ、と意外でもなさそうに来栖は頷いた。
「学級委員になるのに、実力を示す必要がありそうだったから。こういう機会の方が白黒はっきりついていいだろ?」
「時期的に考えればな。だが、別に俺を巻き込む必要はなかったはずだ。わかってんだろ? 俺が権力について何一つ興味がないことぐらい」
「そうだね。でも、周りから見たら君は三國の当主だ。それだけで自らが欲しがらなくても、周りが担ぎ上げる場合もある」
「だから早めに潰す、か?」
「潰すだなんて、人聞きが悪いなぁ」
来栖はくすくすと笑うと、口を閉ざした。なんでも、といったわりには核心について触れていない。本当に食えないやつだ。
舌打ちしたい衝動を抑え、次の話に入る。
「んで、学級委員を狙ってるってことは、得業生もか?」
「もちろん。君だって、得業生にはなりたいだろう? それこそ、君の父上の情報だって得られるんだから」
その言葉に、一瞬火がちらついた。カチンっとライターに火がつくように、沸き上がりそうになる怒り。だが──。
『おまえ、このままじゃ一生失くしつづけるだけになるぞ』
奇しくも、大雅の言葉が脳裏をよぎった。今は空っぽだった自分にも、守るべきものがある。
(……挑発に乗ってたまるか)
ぐっと堪えて逆にはっ、と馬鹿にしたように息を吐き出した。
「おまえのほうが欲しいんじゃないか? 得業生は一生ものの勲章だ。それがあれば自由になれる。他家はもちろん、本家の奴等にだって口出しされなくなる」
得業生はただ優秀だったという証ではない。
陰陽師としての実力、知識、存在価値。全てにおいて認められるのだ。優秀なものを偏に尊ぶこの世界で、誰でも欲しがる絶対的な称号。
そして、もう一つ大きな効力がある。それは、望んだ願いを叶えられること。陰陽院が叶えられることならなんでもだ。そのため、長子だからという理由で一生鬼狩りとして生きなければならない人間が、唯一それから逃れられることだってできる。
「俺はいつだって自由だ。望んでここにいる。だが、おまえは違うだろ。好んで戦場を選ぶタイプではない」
「……そうだね。なるべくなら、平和な世界で幸せに生きたいよ」
そういって少し視線を下へと向ける。珍しくその表情には、憂いが浮かんでいた。
「でも、それは俺じゃなくてもいい。俺が大事にしたい人が無事なら、それで……」
悔しげに、小さく呟かれた言葉。おそらく、聞かせるつもりはなかったのだろう。はっと目を見開くと、ぱっと顔を上げた。そこには、仮面のような笑顔が戻っていた。
さっきの言葉にあった感情の色は──。
「おい、おまえ」
「皆さん大変です!」
琴音が焦った様子でこちらに駆けてきた。翼は話を遮られたことによって、少し不機嫌そうに口がへの字に変わる。
「どうしたのかな?」
「すぐに警戒態勢に! ライバルとか関係なしにです!」
「あいつに何かあったわけじゃないんだな?」
「緋鞠ちゃんは大丈夫でした。むしろ、ちゃんと話をすればよかった……じゃなくて! ああもうなんて言ったらいいかな」
珍しく敬語が外れるほど取り乱している。その様子に、全員違和感を覚えた。
銀狼は目を閉じて、他の感覚に力を集中させる。耳は風の音、手足は地面の感触と振動を。そして鼻は、僅かに香る血の匂いを。
バチっと目を開くと、その方向に顔を向ける。
『おい! 怪我人がいるぞ! それに……』
ぞわっと肌が粟立つ感覚に、言葉を失う。三人も何かを感じ取ったのか、全員視線をさ迷わせた。
──ドンッ!
突然、爆発したような音が響き渡る。ざあっと津波のように強い力の波が山全体を襲った。
その頃、発生源である山の中腹辺りに黒い人影があった。女はスマートフォンで電話をかけ、手短に話すとすぐに切る。
そうして、スマートフォンを地面に落とすと。
──ガンッ!
苦内で割り砕いた。そして、苦内の端に巻いてある霊符が燃え上がると、残骸を赤々と燃やし始める。それを、ガラス玉のような茶色の瞳で眺めた。
脳裏に過るのは、あの紅い瞳を持つ少女。
「これで、生き残るなら本物。ダメなら、そうね……」
ぐしゃっとブーツで踏み潰し、ぐりぐりと火を消す。最後に、生徒たちのいる山を少しだけ見つめた。
「お気の毒に」
それだけ呟くと、風のようにさっとその場から立ち去った。
翼と来栖は手近にあった石に座ると、向かい合ったまま互いに黙って様子を窺っていた。交わる視線に潜むのは、警戒の色。
しばらく経ち、先に口火を切ったのは、来栖の方であった。
「そういえば、花咲さんとは同郷なんだっけ?」
「違う。今世話になってる家がそっちなだけだ」
「ああ、そうなんだね。じゃあ花咲さんと組んだのは、神野さんと仲が良いからか」
「別に。てか、なんでおまえが質問してんだよ」
「なかなか話を始めてくれないから。迷ってるのかと思って」
「何を聞いてやろうか考えてたんだがな。どうせなら、一番答えにくいのにしてやろうか?」
「いいね。それは楽しそうだ」
二人とも穏やかな口調であるのに対し、まったく笑っていない。翼はいつもの冷ややかな表情に、口元が皮肉げは歪められている。来栖もまたにこにことした笑顔を浮かべてはいるが、いつもよりも表情が固い。
二人のピリピリとした雰囲気に、銀狼は眉間のシワを濃くする。普通、この年頃はもう少し楽しげに会話をするはずだが、二人の間にそんなものは一切ない。
あるのはどっちが狩るか狩られるかの、殺伐とした殺気のみ。
(こいつら、本当に十代か?)
中身ほんとは大人じゃないのか? 冗談じゃなく。そんなことを思いながら、ちらりと背後を見る。
琴音は先程から木々に額を寄せ、彼らの声を聞いている。緋鞠の様子を探っているのだが、まだ何とも言えないのか、眉間にシワを寄せていた。
銀狼の方でも念話を試みるか迷ったが、結局やめた。何も連絡がないということは、危険な目に合わされているわけではないということだろう。今は、一触即発の二人を見守ることにした。
「そうだな。じゃあ聞くが、なんでこんなことを始めた」
「こんなこと?」
「競争だよ」
ああ、と意外でもなさそうに来栖は頷いた。
「学級委員になるのに、実力を示す必要がありそうだったから。こういう機会の方が白黒はっきりついていいだろ?」
「時期的に考えればな。だが、別に俺を巻き込む必要はなかったはずだ。わかってんだろ? 俺が権力について何一つ興味がないことぐらい」
「そうだね。でも、周りから見たら君は三國の当主だ。それだけで自らが欲しがらなくても、周りが担ぎ上げる場合もある」
「だから早めに潰す、か?」
「潰すだなんて、人聞きが悪いなぁ」
来栖はくすくすと笑うと、口を閉ざした。なんでも、といったわりには核心について触れていない。本当に食えないやつだ。
舌打ちしたい衝動を抑え、次の話に入る。
「んで、学級委員を狙ってるってことは、得業生もか?」
「もちろん。君だって、得業生にはなりたいだろう? それこそ、君の父上の情報だって得られるんだから」
その言葉に、一瞬火がちらついた。カチンっとライターに火がつくように、沸き上がりそうになる怒り。だが──。
『おまえ、このままじゃ一生失くしつづけるだけになるぞ』
奇しくも、大雅の言葉が脳裏をよぎった。今は空っぽだった自分にも、守るべきものがある。
(……挑発に乗ってたまるか)
ぐっと堪えて逆にはっ、と馬鹿にしたように息を吐き出した。
「おまえのほうが欲しいんじゃないか? 得業生は一生ものの勲章だ。それがあれば自由になれる。他家はもちろん、本家の奴等にだって口出しされなくなる」
得業生はただ優秀だったという証ではない。
陰陽師としての実力、知識、存在価値。全てにおいて認められるのだ。優秀なものを偏に尊ぶこの世界で、誰でも欲しがる絶対的な称号。
そして、もう一つ大きな効力がある。それは、望んだ願いを叶えられること。陰陽院が叶えられることならなんでもだ。そのため、長子だからという理由で一生鬼狩りとして生きなければならない人間が、唯一それから逃れられることだってできる。
「俺はいつだって自由だ。望んでここにいる。だが、おまえは違うだろ。好んで戦場を選ぶタイプではない」
「……そうだね。なるべくなら、平和な世界で幸せに生きたいよ」
そういって少し視線を下へと向ける。珍しくその表情には、憂いが浮かんでいた。
「でも、それは俺じゃなくてもいい。俺が大事にしたい人が無事なら、それで……」
悔しげに、小さく呟かれた言葉。おそらく、聞かせるつもりはなかったのだろう。はっと目を見開くと、ぱっと顔を上げた。そこには、仮面のような笑顔が戻っていた。
さっきの言葉にあった感情の色は──。
「おい、おまえ」
「皆さん大変です!」
琴音が焦った様子でこちらに駆けてきた。翼は話を遮られたことによって、少し不機嫌そうに口がへの字に変わる。
「どうしたのかな?」
「すぐに警戒態勢に! ライバルとか関係なしにです!」
「あいつに何かあったわけじゃないんだな?」
「緋鞠ちゃんは大丈夫でした。むしろ、ちゃんと話をすればよかった……じゃなくて! ああもうなんて言ったらいいかな」
珍しく敬語が外れるほど取り乱している。その様子に、全員違和感を覚えた。
銀狼は目を閉じて、他の感覚に力を集中させる。耳は風の音、手足は地面の感触と振動を。そして鼻は、僅かに香る血の匂いを。
バチっと目を開くと、その方向に顔を向ける。
『おい! 怪我人がいるぞ! それに……』
ぞわっと肌が粟立つ感覚に、言葉を失う。三人も何かを感じ取ったのか、全員視線をさ迷わせた。
──ドンッ!
突然、爆発したような音が響き渡る。ざあっと津波のように強い力の波が山全体を襲った。
その頃、発生源である山の中腹辺りに黒い人影があった。女はスマートフォンで電話をかけ、手短に話すとすぐに切る。
そうして、スマートフォンを地面に落とすと。
──ガンッ!
苦内で割り砕いた。そして、苦内の端に巻いてある霊符が燃え上がると、残骸を赤々と燃やし始める。それを、ガラス玉のような茶色の瞳で眺めた。
脳裏に過るのは、あの紅い瞳を持つ少女。
「これで、生き残るなら本物。ダメなら、そうね……」
ぐしゃっとブーツで踏み潰し、ぐりぐりと火を消す。最後に、生徒たちのいる山を少しだけ見つめた。
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