迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

文字の大きさ
上 下
102 / 113
第9夜 模擬試験(前編)

第7話 孤独な闘い

しおりを挟む
 案内をしてくれる琴音に付いていくと、ぽっかりと開いた空間に出る。枝がアーチのように、葉が屋根のように空を覆い隠している小さく開けた場所。木々の隙間はごくわずかで、月明かりがうっすらとしか入り込まない。ここなら月鬼も出てくる可能性は低いだろう。

 緋鞠は人が座れるほど大きな石に座り込むと、心配そうに琴音が覗き込んだ。

「大丈夫ですか?」

 琴音の瞳に滲む、不安げな色に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「うん……ごめんね」
「いえ、私が弱いから。私の方がごめんなさい」
「琴音ちゃんは悪くないよ! 私が勝手に周りが見えなくなって、突っ走ったんだし」

 前もって取り決めた作戦では、近接武器の緋鞠が先に群れを相手取り、月鬼の意識を逸らせる。そして琴音が遠距離から弓矢で仕留めるというものだった。

 今回は緋鞠と琴音の実践経験を積ませること。それと封月の強化、この二つを重視した作戦となっているためである。
   封月の強化というのは、鬼石を砕いて取り込むことでできる。そのため、止めをちょうどよく分担できれば二人で強くなれるのだ。そして、最も重要なのはその先、月魄げっぱく術を習得すること。
 月魄げっぱく術とは、封月を強化することで習得できる技のことである。下弦から始まり、弓月、上弦まで階級がある。下弦と弓月が五つずつ、上弦が二つの合計十二の技が存在するのだ。それを使えるようになれば、戦術も、生き残れる可能性もぐっと上がる。

(それなのに、ダメにしたのは……私だ)

 しょんぼりと緋鞠が項垂れると、翼は腕を組んだままそれをじっと見る。

「なぜ突っ走った?」
「ちょっと力んじゃったみたい……ごめん」
「……そうか。わかってるなら、いい」

 そういって少し離れた位置でこちらを見守る銀狼に近づいた。銀狼はそれに気づいて、顔を上げる。

『なんだ』

 普段と変わらない乱暴な態度だが、いつもの覇気がない。やはり、の方が心当たりがありそうだ。
 翼は銀狼と視線を合わせるようにしゃがんだ。

「なにか知ってるんじゃないのか?」

 その一言で、銀狼は何を聞かれているのかわかった。けれど、少し考え込むように黙る。

「俺に言いたくないのはわかるが、これじゃあ不足の事態が起きても対応できない。少しでいいから聞かせてくれないか?」

 その真摯な願いに、嘘のない目を見て、銀狼は観念したように肩を落とした。

『昔からの癖が出た、というところだ』
「癖?」

 銀狼は頷くと、緋鞠の師について語り始めた。

『所謂風来坊、という奴でな。ふらっと訪ねて来て、剣を教えて気づいたら消えているという変な老人だった。そして奴が教えた剣もまた、一風変わったものでな。自身を封じ込め、ただ剣を振るうことのみに特化する──名を、封真ふうしん剣舞けんぶ』 
「封真剣舞?」

 聞いたことのない名だった。
 意味が理解できず首を傾げると、銀狼は仕方がないというように頷く。

『呼吸を浅く、全身に巡る霊力に集中させることで術を行使しなくとも、自身の身体能力を向上させることができるんだ。また、感情を消すことで霊力を練ることのみに集中でき、どんな非常事態に陥ろうとも冷静さを保つこともできる』
「そこまでコントロールできるものなのか?」

 喜怒哀楽がはっきりした、感情豊かな緋鞠が完全に感情を消し去ることなんて想像できなかった。だが、さきほど剣舞を止めるのに相対した際に見えた表情。それは能面のように無表情で、空虚な瞳をしていた。

『それをさっき、目にしただろう。少なくとも、その訓練を俺と出会う前から行っていた。……もう十年になる』

 その言葉に、驚きが隠せなかった。十年もの長い月日をかけて、自分を押し殺すことを学んだとしたら──。

「だが、俺はあいつと共闘できたことがあるし、弱いと思ったことはない。そこまでして感情を、意思を押し殺す必要があるのか?」
『そのときは、おそらくおまえを信用してなかったからだ。共に過ごすことで芽生えた信頼が、逆に緋鞠を孤独にする。知っているだろう、あいつは失うのを極端に怖がる』

   銀狼は瞳を伏せると、ぼんやりと遠い目をした。
   いつもそうだった。頼ればいいのに、無理をして一人でやりたがる。口では協力するとは言っても、それは他人限定。自分が困ってるときには、手を伸ばさない。
   特にそれは、闘いに顕著に表れた。

『だから、緋鞠は今まで一人で闘ってきた。俺も必死に援護してきたが、どうしても……月鬼との闘いになってしまったときは、足手まといにしかなれなかった。あいつは守るものがあればあるほど、強くなる。だが、そうなればなるほど、孤独に陥る』

 深く沈めば沈むほど、そこは孤独な世界。でも、そうしなければ守りたいものは守れない。強くなれない。失いたくない。だから、自分が前に出て闘うことで皆を助けられるなら、喜んで身を捧げる。
   だからこそ付いてしまった。感情を押し殺し、周りが見えなくなるほど集中して闘う癖。

『わかるか? 傍にいたくても、いられないんだ』

 金の瞳が寂しげに揺れ、自嘲するように笑った。そうして、もう話すことはないというように、ゆっくりと緋鞠のもとへ歩きだした。
 妖怪は、月鬼に抗う術がない。陰陽師、鬼狩りと契約をすることによって。封月の恩恵を受けることによって、やっと戦う術を手に入れられるのだ。
 だが、それまでどんなに苦しかっただろうか。闘う力がない、守られているだけの歯痒さは翼もよく知っている。
 そのことを考えると、胸が締め付けられるように苦しかった。

「孤独な闘い、か……」

 その闘い方しか知らないとしたら、緋鞠の理想とする闘い方はできないことになる。
 どうして、最も彼女が望む方法から遠い戦術を教えたのか。それとも、知らなかったのだろうか? 彼女の望む姿を。

「翼ー! もう大丈夫だから、そろそろ行こう!」

 元気な緋鞠の声が聞こえた。見ると、いつものように明るい笑顔でこちらに手を振っている。
 それに、安心して胸の辺りがほっとした。

 知れば知るほど、わからないことだらけ。だけど、それでも知りたいと思うのは、任務のためか、それとも──。

 疑問を胸に抱えたまま、翼は緋鞠たちのもとへと歩きだした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます

ジャン・幸田
キャラ文芸
 アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!  そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

鈴音や君の名は

ころく
キャラ文芸
今世には目に見えぬモノが様々と生き、行き、息している。幽霊、妖怪、祟り、神。色々、様々な存在するモノ。異形にして、異常にして、異様な者々。それらを払う存在。『払い屋』。その力を扱い、払い屋としてバイトをする少年――古々乃木 供助(ココノギ キョウスケ)。幼くに親を亡くし、一人で生活し高校に通う。両親を亡くした理由は、妖怪による“人喰い ”だった――――。そして、雨が降る夜に出会い、運命が回りだしたその存在は拾った一匹の猫。彼女もまた、妖怪による“共喰い”を受け、“友喰い”をされた過去を持つ――――。

処理中です...