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第9夜 模擬試験(前編)
第7話 孤独な闘い
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案内をしてくれる琴音に付いていくと、ぽっかりと開いた空間に出る。枝がアーチのように、葉が屋根のように空を覆い隠している小さく開けた場所。木々の隙間はごくわずかで、月明かりがうっすらとしか入り込まない。ここなら月鬼も出てくる可能性は低いだろう。
緋鞠は人が座れるほど大きな石に座り込むと、心配そうに琴音が覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
琴音の瞳に滲む、不安げな色に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「うん……ごめんね」
「いえ、私が弱いから。私の方がごめんなさい」
「琴音ちゃんは悪くないよ! 私が勝手に周りが見えなくなって、突っ走ったんだし」
前もって取り決めた作戦では、近接武器の緋鞠が先に群れを相手取り、月鬼の意識を逸らせる。そして琴音が遠距離から弓矢で仕留めるというものだった。
今回は緋鞠と琴音の実践経験を積ませること。それと封月の強化、この二つを重視した作戦となっているためである。
封月の強化というのは、鬼石を砕いて取り込むことでできる。そのため、止めをちょうどよく分担できれば二人で強くなれるのだ。そして、最も重要なのはその先、月魄術を習得すること。
月魄術とは、封月を強化することで習得できる技のことである。下弦から始まり、弓月、上弦まで階級がある。下弦と弓月が五つずつ、上弦が二つの合計十二の技が存在するのだ。それを使えるようになれば、戦術も、生き残れる可能性もぐっと上がる。
(それなのに、ダメにしたのは……私だ)
しょんぼりと緋鞠が項垂れると、翼は腕を組んだままそれをじっと見る。
「なぜ突っ走った?」
「ちょっと力んじゃったみたい……ごめん」
「……そうか。わかってるなら、いい」
そういって少し離れた位置でこちらを見守る銀狼に近づいた。銀狼はそれに気づいて、顔を上げる。
『なんだ』
普段と変わらない乱暴な態度だが、いつもの覇気がない。やはり、こっちの方が心当たりがありそうだ。
翼は銀狼と視線を合わせるようにしゃがんだ。
「なにか知ってるんじゃないのか?」
その一言で、銀狼は何を聞かれているのかわかった。けれど、少し考え込むように黙る。
「俺に言いたくないのはわかるが、これじゃあ不足の事態が起きても対応できない。少しでいいから聞かせてくれないか?」
その真摯な願いに、嘘のない目を見て、銀狼は観念したように肩を落とした。
『昔からの癖が出た、というところだ』
「癖?」
銀狼は頷くと、緋鞠の師について語り始めた。
『所謂風来坊、という奴でな。ふらっと訪ねて来て、剣を教えて気づいたら消えているという変な老人だった。そして奴が教えた剣もまた、一風変わったものでな。自身を封じ込め、ただ剣を振るうことのみに特化する──名を、封真剣舞』
「封真剣舞?」
聞いたことのない名だった。
意味が理解できず首を傾げると、銀狼は仕方がないというように頷く。
『呼吸を浅く、全身に巡る霊力に集中させることで術を行使しなくとも、自身の身体能力を向上させることができるんだ。また、感情を消すことで霊力を練ることのみに集中でき、どんな非常事態に陥ろうとも冷静さを保つこともできる』
「そこまでコントロールできるものなのか?」
喜怒哀楽がはっきりした、感情豊かな緋鞠が完全に感情を消し去ることなんて想像できなかった。だが、さきほど剣舞を止めるのに相対した際に見えた表情。それは能面のように無表情で、空虚な瞳をしていた。
『それをさっき、目にしただろう。少なくとも、その訓練を俺と出会う前から行っていた。……もう十年になる』
その言葉に、驚きが隠せなかった。十年もの長い月日をかけて、自分を押し殺すことを学んだとしたら──。
「だが、俺はあいつと共闘できたことがあるし、弱いと思ったことはない。そこまでして感情を、意思を押し殺す必要があるのか?」
『そのときは、おそらくおまえを信用してなかったからだ。共に過ごすことで芽生えた信頼が、逆に緋鞠を孤独にする。知っているだろう、あいつは失うのを極端に怖がる』
銀狼は瞳を伏せると、ぼんやりと遠い目をした。
いつもそうだった。頼ればいいのに、無理をして一人でやりたがる。口では協力するとは言っても、それは他人限定。自分が困ってるときには、手を伸ばさない。
特にそれは、闘いに顕著に表れた。
『だから、緋鞠は今まで一人で闘ってきた。俺も必死に援護してきたが、どうしても……月鬼との闘いになってしまったときは、足手まといにしかなれなかった。あいつは守るものがあればあるほど、強くなる。だが、そうなればなるほど、孤独に陥る』
深く沈めば沈むほど、そこは孤独な世界。でも、そうしなければ守りたいものは守れない。強くなれない。失いたくない。だから、自分が前に出て闘うことで皆を助けられるなら、喜んで身を捧げる。
だからこそ付いてしまった。感情を押し殺し、周りが見えなくなるほど集中して闘う癖。
『わかるか? 傍にいたくても、いられないんだ』
金の瞳が寂しげに揺れ、自嘲するように笑った。そうして、もう話すことはないというように、ゆっくりと緋鞠のもとへ歩きだした。
妖怪は、月鬼に抗う術がない。陰陽師、鬼狩りと契約をすることによって。封月の恩恵を受けることによって、やっと戦う術を手に入れられるのだ。
だが、それまでどんなに苦しかっただろうか。闘う力がない、守られているだけの歯痒さは翼もよく知っている。
そのことを考えると、胸が締め付けられるように苦しかった。
「孤独な闘い、か……」
その闘い方しか知らないとしたら、緋鞠の理想とする闘い方はできないことになる。
どうして、最も彼女が望む方法から遠い戦術を教えたのか。それとも、知らなかったのだろうか? 彼女の望む姿を。
「翼ー! もう大丈夫だから、そろそろ行こう!」
元気な緋鞠の声が聞こえた。見ると、いつものように明るい笑顔でこちらに手を振っている。
それに、安心して胸の辺りがほっとした。
知れば知るほど、わからないことだらけ。だけど、それでも知りたいと思うのは、任務のためか、それとも──。
疑問を胸に抱えたまま、翼は緋鞠たちのもとへと歩きだした。
緋鞠は人が座れるほど大きな石に座り込むと、心配そうに琴音が覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
琴音の瞳に滲む、不安げな色に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「うん……ごめんね」
「いえ、私が弱いから。私の方がごめんなさい」
「琴音ちゃんは悪くないよ! 私が勝手に周りが見えなくなって、突っ走ったんだし」
前もって取り決めた作戦では、近接武器の緋鞠が先に群れを相手取り、月鬼の意識を逸らせる。そして琴音が遠距離から弓矢で仕留めるというものだった。
今回は緋鞠と琴音の実践経験を積ませること。それと封月の強化、この二つを重視した作戦となっているためである。
封月の強化というのは、鬼石を砕いて取り込むことでできる。そのため、止めをちょうどよく分担できれば二人で強くなれるのだ。そして、最も重要なのはその先、月魄術を習得すること。
月魄術とは、封月を強化することで習得できる技のことである。下弦から始まり、弓月、上弦まで階級がある。下弦と弓月が五つずつ、上弦が二つの合計十二の技が存在するのだ。それを使えるようになれば、戦術も、生き残れる可能性もぐっと上がる。
(それなのに、ダメにしたのは……私だ)
しょんぼりと緋鞠が項垂れると、翼は腕を組んだままそれをじっと見る。
「なぜ突っ走った?」
「ちょっと力んじゃったみたい……ごめん」
「……そうか。わかってるなら、いい」
そういって少し離れた位置でこちらを見守る銀狼に近づいた。銀狼はそれに気づいて、顔を上げる。
『なんだ』
普段と変わらない乱暴な態度だが、いつもの覇気がない。やはり、こっちの方が心当たりがありそうだ。
翼は銀狼と視線を合わせるようにしゃがんだ。
「なにか知ってるんじゃないのか?」
その一言で、銀狼は何を聞かれているのかわかった。けれど、少し考え込むように黙る。
「俺に言いたくないのはわかるが、これじゃあ不足の事態が起きても対応できない。少しでいいから聞かせてくれないか?」
その真摯な願いに、嘘のない目を見て、銀狼は観念したように肩を落とした。
『昔からの癖が出た、というところだ』
「癖?」
銀狼は頷くと、緋鞠の師について語り始めた。
『所謂風来坊、という奴でな。ふらっと訪ねて来て、剣を教えて気づいたら消えているという変な老人だった。そして奴が教えた剣もまた、一風変わったものでな。自身を封じ込め、ただ剣を振るうことのみに特化する──名を、封真剣舞』
「封真剣舞?」
聞いたことのない名だった。
意味が理解できず首を傾げると、銀狼は仕方がないというように頷く。
『呼吸を浅く、全身に巡る霊力に集中させることで術を行使しなくとも、自身の身体能力を向上させることができるんだ。また、感情を消すことで霊力を練ることのみに集中でき、どんな非常事態に陥ろうとも冷静さを保つこともできる』
「そこまでコントロールできるものなのか?」
喜怒哀楽がはっきりした、感情豊かな緋鞠が完全に感情を消し去ることなんて想像できなかった。だが、さきほど剣舞を止めるのに相対した際に見えた表情。それは能面のように無表情で、空虚な瞳をしていた。
『それをさっき、目にしただろう。少なくとも、その訓練を俺と出会う前から行っていた。……もう十年になる』
その言葉に、驚きが隠せなかった。十年もの長い月日をかけて、自分を押し殺すことを学んだとしたら──。
「だが、俺はあいつと共闘できたことがあるし、弱いと思ったことはない。そこまでして感情を、意思を押し殺す必要があるのか?」
『そのときは、おそらくおまえを信用してなかったからだ。共に過ごすことで芽生えた信頼が、逆に緋鞠を孤独にする。知っているだろう、あいつは失うのを極端に怖がる』
銀狼は瞳を伏せると、ぼんやりと遠い目をした。
いつもそうだった。頼ればいいのに、無理をして一人でやりたがる。口では協力するとは言っても、それは他人限定。自分が困ってるときには、手を伸ばさない。
特にそれは、闘いに顕著に表れた。
『だから、緋鞠は今まで一人で闘ってきた。俺も必死に援護してきたが、どうしても……月鬼との闘いになってしまったときは、足手まといにしかなれなかった。あいつは守るものがあればあるほど、強くなる。だが、そうなればなるほど、孤独に陥る』
深く沈めば沈むほど、そこは孤独な世界。でも、そうしなければ守りたいものは守れない。強くなれない。失いたくない。だから、自分が前に出て闘うことで皆を助けられるなら、喜んで身を捧げる。
だからこそ付いてしまった。感情を押し殺し、周りが見えなくなるほど集中して闘う癖。
『わかるか? 傍にいたくても、いられないんだ』
金の瞳が寂しげに揺れ、自嘲するように笑った。そうして、もう話すことはないというように、ゆっくりと緋鞠のもとへ歩きだした。
妖怪は、月鬼に抗う術がない。陰陽師、鬼狩りと契約をすることによって。封月の恩恵を受けることによって、やっと戦う術を手に入れられるのだ。
だが、それまでどんなに苦しかっただろうか。闘う力がない、守られているだけの歯痒さは翼もよく知っている。
そのことを考えると、胸が締め付けられるように苦しかった。
「孤独な闘い、か……」
その闘い方しか知らないとしたら、緋鞠の理想とする闘い方はできないことになる。
どうして、最も彼女が望む方法から遠い戦術を教えたのか。それとも、知らなかったのだろうか? 彼女の望む姿を。
「翼ー! もう大丈夫だから、そろそろ行こう!」
元気な緋鞠の声が聞こえた。見ると、いつものように明るい笑顔でこちらに手を振っている。
それに、安心して胸の辺りがほっとした。
知れば知るほど、わからないことだらけ。だけど、それでも知りたいと思うのは、任務のためか、それとも──。
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