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第9夜 模擬試験(前編)

第6話 初陣

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 初めて触った武器は、師匠の刀だった。波打つ刃文は白銀に輝き、真剣特有の目映さに目を奪われた。
 初めて見た、本物の武器。それは、大切な人を守れる力。
 どうしても触れてみたくて師匠に頼み込み、鞘付きでという条件で振らせてもらったことがある。自身の身長よりも遥かに大きい刀。振ってみようと持ち上げたら、地面からほんの僅かに浮いているか微妙なくらい。それでも気合いで、さらに数ミリ持ち上げて振り下ろした。

『ふんっ、えいっ、やぁっ!』

 べしゃっと地面に転がって、思いきり顔を打ち付けた。鈍い痛みに鼻がつーんと痛くて、じんわりと涙が溢れだす。
 ぷるぷる震えている緋鞠をみて、老人はとうとう堪えきれずに吹き出した。

『ぶわっはっはっは! そんなちんまい体で、ワシの刀が振れるか』

 あのときは我ながら馬鹿なことをしていたと思う。体力、体格、力など、全てにおいて劣っていた。その状態で、だいの大人の刀を振り上げるなど到底無理な話なのに。
 まだ、師匠の振るう刀より遥かに軽いだろうけど、それでも刀を振れるようになった。自分の武器、封月を手に入れることができた。
 できることが増えて、友達ができて──仲間ができた。

 緋鞠は溢れそうになる笑みをぐっと堪えて、前を見据えた。前方に、風船ほど小さな月鬼の群れ。視界に十、だけどその奥にもいる。おそらく、数は三十ほど。

 だからね、師匠。
 貴方に教えてもらった教えで、仲間を守り抜くよ。

 息が上がらないように、静かに息を潜めた。まだ距離は遠いけれど、教えを反芻するにはちょうどいい。
 
『いいか、まず己の意思を殺せ』

 スウッと丸く大きな瞳を細めた。表情豊かな口元も、まっすぐの感情のない形へと変わる。

『殺気を気取られぬな。狩るという意思さえ捨てろ。ただ、波になるのだ』

 自分自身を深く沈めて、表情を消し去って。
 ただ、波にそっと身を委ねるように。

『波は押し流そうと思って来るのではない。ただ、あるがままに。流れるままに、身を任せればいい』

 自然と体勢を低くし、風と一体化になるように。焦らず、急がず、流れに身を任せる。
 背中を押されるように、風と共にぐっと加速した。ちょうど小鬼の懐に入り込む。見えた鬼石。
 ──狙うは、角。
 刀を抜き去ると同時、黒い刃が煌めき、角を両断する。
 悲鳴さえ挙げさせない、鋭い一閃。
 だが、月鬼だって仲間が消えれば気づかないわけがない。緋鞠は、そのまま勢いを殺さず、流れるような軌跡を描きながら身をよじる。

『流れは止めるな。どんな敵がいても、どれだけの数がいようとも、絶対に』

 数は数えない。視界に入る月鬼すべてに刀を振るう。浅くても、深くても、傷をつける。
 だけど、視界から一匹外れようともがいて見えた。

『範囲内にいる敵は、全て巻き込め』

 地面に手を付き、足を振り上げた。爪先が小鬼に当たり、ぽんっと範囲内に戻る。そこから刃を跳ね上げ、切り裂いた。
 消えた先から現れる月鬼を、息する間もなく狩り続ける。右へ、左へ流れを止めない。
 次々と減らされていく数に焦ったのか、一斉に緋鞠へと向かってきた。ぐるりと視線を周囲に巡らせる。四方を囲まれ、頭上も蓋をするように、勢いよく突進してくるのが見えた。

『体力が続く限り。息が続く限り。動いて、切り裂き』

「──殲滅せよ」
  
 月姫が紅く淡い光を帯びる。自然と脳裏に浮かぶイメージを考えることなく、口にした。
 迫り来る月鬼の包囲に入り込むように、地面により近くなるように低い体勢を取る。

 「下弦の二・巴螺旋ともえらせん

 足元に浮かび上がる巴の紋。円を描くように刀を振り抜くと同時に、逆巻くような水飛沫が沸き上がる。回転する刃の波に一瞬で塵と化した。
 緋鞠は最後に、柄を蹴りあげる。ちょうど大口を開けてかぶりつこうとした月鬼に深々と突き刺さった。

 ──ギ……ィ!!

 悔しげな音を上げ、空中に消えていった。落ちてきた月姫をパシッと片手で受け止め、残っていた残滓を振り払う。
 その感情の消えた瞳を銀狼へと向けた。

「銀狼、索敵」

 いつもと打って変わった静かな声。琴音と翼は違和感を覚えたが、口を挟むことはしない。
 銀狼は神経を研ぎ澄ませた。
 木々の隙間を抜ける風のなかに、微かに聞こえるカサカサと這い回るような音。

『まだいるぞ!』
「今度は私が!」

 琴音は弦月を構える。先程まで月明かりに照らされていた場所。数メートル離れたそこにぽこぽこと、花開くように数体の月鬼が暗がりから這い出る。
 スコープで狙いを定め、射ろうとした瞬間──。

「!」

 手元を止めた。射程圏内に人影が入る。離れた位置にいたはずの緋鞠だった。
 無謀にも見える、単身での突撃。

「三國くん! 援護、を……え?」

 スコープに写る光景に、息を呑んだ。月鬼が数十体と密集したなかで、流れるように切り結ぶ。先程よりも早いスピードで振るわれる、見事な剣舞に驚きが隠せなかった。
 まばらに散った月鬼を相手していた銀狼も異変に気づく。

『まずい……!』

 作戦とは別の動きをし始めた緋鞠に気づいた銀狼は、すぐに緋鞠のもとへ走る。

 ──アオォォン!

 銀色の風が弾丸のように、緋鞠の周りの月鬼を吹き飛ばした。銀狼は上手く散らせたことにほっとした。あとは琴音が仕留めてくれる。

 ──これで、はずだ。

 しかし、そうはならなかった。
 月鬼を追って、さらに追撃を始める。

『緋鞠!』

 呼んでも、止まることはない。声が届いていないようだった。いつもより、深い集中力に戦慄が走る。

 ──ガキィッ──ン!

 そのとき、緋鞠の生み出す流れを断ち切るように鋭い一撃が叩き込まれた。火花が散り、刃がぶつかる甲高い音が響き渡る。
 驚いて瞳が見開かれ、明るい色が戻った。緋鞠の視界に入る、刀を押さえつける槍先と静かな碧。
 ぷはっと水面から顔を出したかのように息を吐き、一気に入ってきた酸素に耐えきれず大きく咳き込んだ。

「げほっ、ごほっ!」

 溺れたかのように胸が苦しくて、地面に手をついた。

『緋鞠!』
「だ……だいじょう、ぶ……」

 心配そうに駆け寄った銀狼に笑いかけようとするが、ひきつったような顔になっただけだった。
 翼は何が起こったのかわからなかった。ただ、苦しげに息をする緋鞠を呆然と見ていることしかできなかった。
 残りの月鬼を倒し終えた琴音が駆け寄ってくる。

「みなさん、あっちに安全そうな場所を見つけました。一度そこで休みましょう」
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