迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

文字の大きさ
上 下
90 / 113
第8夜 心休める時

第5話 私が悪い

しおりを挟む
 見えたのは、僅かな灯りでも輝く金糸の髪。暗闇で見る瞳は、星空のように澄んでいた。そこにいたのは、なぜか布団でぐるぐるに簀巻きにされた翼の姿だった。

「ええええ!! な、なんでそんなことに!?」

 駆け寄ると、口元には霊符で封までされていた。急いで縛られている紐をほどくと、翼は起き上がって霊符を剥がした。

「……助かった」

 軽く咳き込む背を優しく擦る。服装はいつものシンプルなシャツではなく、緋鞠と同じ診療用のパジャマだった。
 何かあったのだろうか。いろいろ質問したかったが、まずは落ち着かせてあげた方が良さそうだ。

「折り鶴さん、ちょっといいかな?」

 緋鞠に付いて回っていた折り鶴に水を持ってきてもらう。翼をベッドに座らせると、緋鞠も隣に座った。
 翼は折り鶴から水を受け取ると、一気に飲み干した。

「はぁ……おまえのとこの、ちゃんと面倒見よくていいな」
「え? ってことは、翼にもこの子いるの?」
「そこで寝てる」

 指差された方向には、キャビネットの上で横になり、動かない折り鶴がいた。一見、寝ているというより倒れているように見える。が、緋鞠に付いている子が飛んでいき、叩くとすぐに体を起こした。

「みんな個性があるんだね」
「澪の封月は特別だからな。最大十二体は操れるらしい」
「へぇ、さすが澪さん! 強いし、きれいだし、すごいなぁ」

 何でもできるし、頭いいし、とても頼りになる。

(私とは、大違い……)

 緋鞠はそっと窺うように隣を見る。聞いても構わないだろうか。
 意を決して、尋ねた。

「なんで、さっきは布団でぐるぐるにされてたの?」
「ああ……少し澪が大げさで、怪我が治ったのに今日は泊まっていけってうるさくて。抵抗したらああなった」
「え、怪我したの? 大丈夫?」
「もう何ともねぇよ」
「でも、まだ安……」

 ピタリと、言葉を止める。もしかしたら、これが悪いのかもしれない。

 よく友人たちから言われる言葉。
 心配しすぎ。大げさ。うざったい。

 緋鞠の心配は、よくそう言われることが多かった。もともと、兄が怪我をしやすかったからかもしれない。少しの不調は仕事に影響が及ぼすから、細心の注意を払うのが癖だった。
 それが、どうしても周りにはしつこく感じられてしまうのだ。

 それに、今朝喧嘩したときも私がしつこく言ったから。
    ……もともと出会ったときは喧嘩ばっかりして、悪い印象しかないのだ。これ以上、嫌われたくない。
 緋鞠はぎゅっと自分の手を握りしめると、俯いた。

 そのとき翼は、横目でちらちらと緋鞠を見ながら、いつ話を切り出そうか迷っていた。
 今朝のは完全に自分が悪い。誰かに喧嘩を売られることなんか日常茶飯事だし、これまで通り一人で対処すればいいと思っていた。それを心配してくれた人に対して、あまりに酷すぎた。

 しかし──。

(……なんて謝ればいいんだ!?)

 思えば生まれてこの方、友人と呼べる人間はいなかった。いたとしても、お節介につきまとう自称兄貴分ぐらい。

(そういえば、あいつ女友達多かったはず!)

 怪我の巧妙というやつだ。たまには役に立つかもしれない。なんて思いながら、早速シミュレーションを開始する。
   ちょっとチャラいバカなやつだが、謝るくらいできるはず。確か、かわいい女子は好きだから得意って……。

『君の愛らしい笑顔を曇らせるなんて、なんて俺は愚かだったんだろう。本当にごめん。許してくれ』

「って違うだろ!」
「はい!?」

 翼のツッコミに、緋鞠は驚いた。そんなシミュレーションいらねぇ! ていうか、あいつ女好きだったわ。参考にする人間を間違えた。
 しかし、あいつ以外コミュ力高そうな人間を知らないのも確かだった。最悪だと、翼は頭を抱えた。
   それを見て、緋鞠はおろおろと慌てる。

「え、あの」
「悪い、違う。本当に違う」

 何が違うのか、もう自分でさえ分からなくなっていた。これなら、大雅が言っていた通り、もう少し周りに気を配るべきだった。
 はぁとため息をこぼすと、緋鞠はビクッと肩を揺らす。
 緋鞠は、翼を困らせているのは自分だと、なんとなく思った。昼間のこともあって、なおさら自分に自信が持てなくなる。

(私が、全部悪い……)

 緋鞠は立ち上がると、翼の前に立つ。そして、とてもじゃないけど、顔を見る勇気がなくて俯くと、小さく呟いた。

「ごめんね」
「え?」
「ごめん」

 そういって立ち去ろうとするが、できなかった。右手が掴まれていて、動けなかったのだ。驚いてみると、翼の目が合った。だけど、緋鞠はその視線から逃げるように視線を逸らす。

「離して」
「なんでおまえが謝る?」

 そんなの、決まってるじゃないか。
   ぐっと唇を引き結んで、ざわざわする胸を無視して答えた。

「だって、私が悪いから」
「悪くないだろ」
「悪いよ」
「どこが?」
「そ、れは……」

『おまえのせいで』

 理由なんて、わからなかった。ただ、いつも私が悪いのだと。存在するだけで、迷惑だと言われた。その記憶が、一気に雪崩れ込んできた。忘れていたのか、忘れたかったのか。
 地下牢をきっかけに溢れた記憶に、理由なんてわからない。

 何が悪いの。何がいけなかった。知りたくても、知ることができない。
   なら、全部、私が──。

 そのとき、視界が真っ暗になった。少し腕を引かれたのはわかった。だけど、どうしてか包まれているような暖かさを感じる。
   何が起きたのだろうか。

「……ごめん」

 そう、小さく呟かれた言葉が上から聞こえた。少し視線を上げれば、金糸の髪が目の前にある。
   そのとき、自分が翼に抱きしめられていることに気づいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます

ジャン・幸田
キャラ文芸
 アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!  そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

処理中です...