迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第8夜 心休める時

第5話 私が悪い

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 見えたのは、僅かな灯りでも輝く金糸の髪。暗闇で見る瞳は、星空のように澄んでいた。そこにいたのは、なぜか布団でぐるぐるに簀巻きにされた翼の姿だった。

「ええええ!! な、なんでそんなことに!?」

 駆け寄ると、口元には霊符で封までされていた。急いで縛られている紐をほどくと、翼は起き上がって霊符を剥がした。

「……助かった」

 軽く咳き込む背を優しく擦る。服装はいつものシンプルなシャツではなく、緋鞠と同じ診療用のパジャマだった。
 何かあったのだろうか。いろいろ質問したかったが、まずは落ち着かせてあげた方が良さそうだ。

「折り鶴さん、ちょっといいかな?」

 緋鞠に付いて回っていた折り鶴に水を持ってきてもらう。翼をベッドに座らせると、緋鞠も隣に座った。
 翼は折り鶴から水を受け取ると、一気に飲み干した。

「はぁ……おまえのとこの、ちゃんと面倒見よくていいな」
「え? ってことは、翼にもこの子いるの?」
「そこで寝てる」

 指差された方向には、キャビネットの上で横になり、動かない折り鶴がいた。一見、寝ているというより倒れているように見える。が、緋鞠に付いている子が飛んでいき、叩くとすぐに体を起こした。

「みんな個性があるんだね」
「澪の封月は特別だからな。最大十二体は操れるらしい」
「へぇ、さすが澪さん! 強いし、きれいだし、すごいなぁ」

 何でもできるし、頭いいし、とても頼りになる。

(私とは、大違い……)

 緋鞠はそっと窺うように隣を見る。聞いても構わないだろうか。
 意を決して、尋ねた。

「なんで、さっきは布団でぐるぐるにされてたの?」
「ああ……少し澪が大げさで、怪我が治ったのに今日は泊まっていけってうるさくて。抵抗したらああなった」
「え、怪我したの? 大丈夫?」
「もう何ともねぇよ」
「でも、まだ安……」

 ピタリと、言葉を止める。もしかしたら、これが悪いのかもしれない。

 よく友人たちから言われる言葉。
 心配しすぎ。大げさ。うざったい。

 緋鞠の心配は、よくそう言われることが多かった。もともと、兄が怪我をしやすかったからかもしれない。少しの不調は仕事に影響が及ぼすから、細心の注意を払うのが癖だった。
 それが、どうしても周りにはしつこく感じられてしまうのだ。

 それに、今朝喧嘩したときも私がしつこく言ったから。
    ……もともと出会ったときは喧嘩ばっかりして、悪い印象しかないのだ。これ以上、嫌われたくない。
 緋鞠はぎゅっと自分の手を握りしめると、俯いた。

 そのとき翼は、横目でちらちらと緋鞠を見ながら、いつ話を切り出そうか迷っていた。
 今朝のは完全に自分が悪い。誰かに喧嘩を売られることなんか日常茶飯事だし、これまで通り一人で対処すればいいと思っていた。それを心配してくれた人に対して、あまりに酷すぎた。

 しかし──。

(……なんて謝ればいいんだ!?)

 思えば生まれてこの方、友人と呼べる人間はいなかった。いたとしても、お節介につきまとう自称兄貴分ぐらい。

(そういえば、あいつ女友達多かったはず!)

 怪我の巧妙というやつだ。たまには役に立つかもしれない。なんて思いながら、早速シミュレーションを開始する。
   ちょっとチャラいバカなやつだが、謝るくらいできるはず。確か、かわいい女子は好きだから得意って……。

『君の愛らしい笑顔を曇らせるなんて、なんて俺は愚かだったんだろう。本当にごめん。許してくれ』

「って違うだろ!」
「はい!?」

 翼のツッコミに、緋鞠は驚いた。そんなシミュレーションいらねぇ! ていうか、あいつ女好きだったわ。参考にする人間を間違えた。
 しかし、あいつ以外コミュ力高そうな人間を知らないのも確かだった。最悪だと、翼は頭を抱えた。
   それを見て、緋鞠はおろおろと慌てる。

「え、あの」
「悪い、違う。本当に違う」

 何が違うのか、もう自分でさえ分からなくなっていた。これなら、大雅が言っていた通り、もう少し周りに気を配るべきだった。
 はぁとため息をこぼすと、緋鞠はビクッと肩を揺らす。
 緋鞠は、翼を困らせているのは自分だと、なんとなく思った。昼間のこともあって、なおさら自分に自信が持てなくなる。

(私が、全部悪い……)

 緋鞠は立ち上がると、翼の前に立つ。そして、とてもじゃないけど、顔を見る勇気がなくて俯くと、小さく呟いた。

「ごめんね」
「え?」
「ごめん」

 そういって立ち去ろうとするが、できなかった。右手が掴まれていて、動けなかったのだ。驚いてみると、翼の目が合った。だけど、緋鞠はその視線から逃げるように視線を逸らす。

「離して」
「なんでおまえが謝る?」

 そんなの、決まってるじゃないか。
   ぐっと唇を引き結んで、ざわざわする胸を無視して答えた。

「だって、私が悪いから」
「悪くないだろ」
「悪いよ」
「どこが?」
「そ、れは……」

『おまえのせいで』

 理由なんて、わからなかった。ただ、いつも私が悪いのだと。存在するだけで、迷惑だと言われた。その記憶が、一気に雪崩れ込んできた。忘れていたのか、忘れたかったのか。
 地下牢をきっかけに溢れた記憶に、理由なんてわからない。

 何が悪いの。何がいけなかった。知りたくても、知ることができない。
   なら、全部、私が──。

 そのとき、視界が真っ暗になった。少し腕を引かれたのはわかった。だけど、どうしてか包まれているような暖かさを感じる。
   何が起きたのだろうか。

「……ごめん」

 そう、小さく呟かれた言葉が上から聞こえた。少し視線を上げれば、金糸の髪が目の前にある。
   そのとき、自分が翼に抱きしめられていることに気づいた。
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