迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第7夜 忘却の地下牢

第14話 助っ人

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 ──ドンッ!

 気が逸れた瞬間、大雅は思いきり女を突き飛ばす。地面に倒れ込み、酸素を取り込もうと大きく息をして咳き込んだ。

 女は邪魔が入ったことで、さらに険しい表情をする。大雅の方は見向きもせずに、立ち上がって二人を睨み付けた。
 澪はその視線を気にすることなく、煙を燻らせる。

「そう険しい顔をしなさんな。うちの隊長を丁重にもてなしてくれたんだろう? なら、こちらも礼をしないとねぇ」

 バサッと懐から扇を取り出すと、零が三味線を構えた。
 零がいつも持ち歩いているあの不気味な人形を思わせる、ツギハギだらけの三味線。細く、繊細な音が通路内に響き渡る。

『うぁ……! 頭が──』

 人間にとっては、美しい旋律。けれど、妖怪には毒の音波。
 直接脳を針で刺されているような感覚と痛みに、女は悲鳴を上げた。それを見て、澪は意地の悪い笑みを浮かべる。

「いい演奏だろう。こいつは阿呆でどうしようもない奴だが、演奏はぴか一でね。あたいの気に入りさ」

 そうして煙管を懐にしまうと、扇を構えた。カンッと下駄を高く鳴らすと、足元に赤い陣が浮かび上がる。

「それじゃあ今度はあたいの番さ。炎舞えんぶ迦楼羅かるら──とくと見よ」

 三味線の演奏に合わせて舞い踊る。扇で描き出す一つ一つの所作と特殊な下駄で踏み鳴らす音。この二つを組合わせることで術式が完成する陰陽舞楽。

 扇をかざすたび、舞うたびに。二重、三重と陣が重なっていく。女はそれを止めようと、必死の形相で手をかざした。先ほどとは比べ物にならない、小さな火の玉。しかし、それを零の生み出す音波が一瞬で消してしまう。大雅との戦闘でほとんど力が残っていなかった。
 女は悔しげに顔を歪ませると、大雅に向かって指を指す。

『貴様の顔は覚えたぞ! いつか必ず報復してやるからな!!』

 それだけ言い残すと、女は通路奥へと走っていく。それを見て、澪と零は術式の起動準備に入った。

「逃がすか!」

 澪がカンッと思いきり下駄を踏むと、今まで蓄積された術式が眩い光を放つ。扇を上へかざすと、足元から炎の渦が舞い上がり、炎の鳥が現れた。

 ──パチンッ!

「やっちまいな!」

 扇を閉じると同時に、鳥は女に向かってロケットのように発射する。二メートルほどの大きな炎の鳥は、辺りに熱を撒き散らしながら飛んでいく。
 女が影に飛び込もうとした瞬間──。

 ──キィィィィ!!

 人を丸々飲み込めるほど大口を開け、上から影に向かってかぶりついた。地面を揺らすほどの轟音。ガリガリと石畳を削る音が響き、さらに火力が増した。そうしてごくりと飲み込むと、体を竜巻のように変化させ、熱と回転で相手を徹底的に砕く。最後に天井に向かって火柱が登ると、天井が焼き焦がしながら消えていった。

 澪は一度目を閉じて、辺りの気配を探る。
 天井から舞い落ちる残骸。すべて焼け焦げ、形も残っていなかった。
 だが、わずかに妖力の気配を感じた。

(仕留め損ねたか)

「零、追──」
「追うな」

 大雅は掠れた声で止める。まだ若干息苦しさが残り、軽く咳をした。

 ポフンっ!

 可愛らしい音とともに、零の人形が表れた。大雅の周りを一周すると、不気味な笑い声を上げる。

『ゲヒャヒャヒャ! 隊長、少し焼かれてイイ男になったんジャないカァ?』
「けほっ。え、レアじゃなくてミディアムがモテる時代なの?」
『ウェルダンもオススメ☆』

 澪はスパァンと軽く二人の頭を叩いた。痛みで踞る男共を呆れた顔で見下ろす。

「二人とも馬鹿言ってんじゃないよ! たくっ……本当に追わなくていいのかい?」
「ああ。陰陽院の奴等になら、術の痕跡から大体居場所を割り出せるだろ。ていうか、おまえらなんでいるの?」
「翼から連絡もらってね」

 そういって懐から出されたのは、人形の小さな紙──式神だった。人形の紙に術式を書き、霊力を流すことによって術師の姿形を真似ることできる。
 また、表に術式、裏に伝言を書いて紙のまま飛ばす方法。これが一般的であった。

 翼の放った式神には『救援 地下牢 緋鞠』と書いてある。

「いつの間に……」
「あんたがなんかやらかすと思ってたんだろうねぇ」
「俺のせいじゃねぇし」
「おやぁ? なら何でそんなにボロボロで、緋鞠を霊符で囲ってんだい?」

 大雅は罰悪そうにそっぽを向いた。それを見て、二人は顔を見合わせて笑う。

「まぁいいさ。軽く応急処置するよ」
「俺は後回しでい、いって!! バッカ! つつくな!」

 一番重傷な右手を、零がつついたのだ。痛みで涙目になる大雅を見て、零は楽しげにケタケタ笑う。
 そのまま『嬢ちゃんを見ててやるヨォ』と、霊符の方へ向かった。一体なんだったのか。澪はけらけらと笑い、大雅は肩を落とした。

「……はぁ、わぶっ!?」

 大雅の顔面に、勢いよく何かがぶつかる。剥がしてみると、手のひらサイズの人形の紙、式神だった。

「なんで顔面!? てか誰……」

 伝言を読んで、大雅の表情が凍りついた。澪はそれを見て、横から覗く。急いで書いたのか、字がひどく歪んで読みにくい。けれど、ショックを与えるには十分な内容だった。

“翼 命 危険 来て”

 その頃──。

 何か強い衝撃を受けたのだろう、ボロボロになった地下牢の中。呼吸が止まり、心臓の音も弱々しくなっている翼に、京奈は必死に医療術を施していた。

「お願い……死なないで!!」

 涙でぬれ、血だらけの手で必死に両手をかざす。澪から習っていた医療術式。それを用いてなお、事態は好転しない。

 どうしてこうなってしまったのか。

 京奈は自分を責めながら、先ほどの出来事を思い返していた。
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