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第7夜 忘却の地下牢

第10話 暴走

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 薄暗い牢の中の中心には、小さな鳥かごが一つポツンっと置かれていた。そこに押し込められた、ポメラニアンサイズの銀狼は、小さな体格を扉に体当たりする。

 自身を庇って気絶した緋鞠は、あっという間に手錠をかけられ、連れていかれてしまった。かくいう銀狼も術を使用され、気を失ってしまい、今に至る。
    手足には、緋鞠と同様の手錠がはめられていた。どうやらその手錠には霊力を封印する効力があるらしく、術がまったく使用できない。

    (くそっ……!)

 主を守れない自分に嫌気がさしてくる。どうしてこんなにも、上手くいかない。どうして目の前にいても、間に合わないんだ。

 悔しげに顔を歪めたそのとき、カチャンっと鍵が開く音がした。顔を上げると、白い隊服を着た若い隊員が檻の中に入ってくる。
    少々幼さを残した面影に、茶色の髪をお団子に結っている若い女性。もしかしたら、頼めば檻から出してもらえるかもしれない。籠を前足で叩いてアピールすると、檻の鍵のほうに手を伸ばした。

 出してもらえる! と思いきや……。

「子犬さんの妖怪のお世話ができるなんて最高……! あー、監視員でよかった!」

 そんな戯れ言をほざいた。そうして籠の間から指をいれたと思えば。

「可愛いワンちゃんお手できるかなぁ~?」

 その言いぐさに腹が立ち、軽く叩いて拒否すると、それはそれで嬉しそうにしている。

   (最近の陰陽師はこの手の阿呆しかいないのか!?)

 ワンちゃん呼びしてくる京奈を思い出しながら、地下を流れるマグマのように怒りを煮えたぎらせる。すると、その後ろからもう一人入ってくる。女も人影に気づいたようだ。

「誰ですか? ここは私のたんと……ぎゃあ!」

 そういうと倒れてしまった。手刀を叩き込んだのは先ほど入ってきた人物。見覚えのある星命学園の制服。フードを被り、口元を布で隠した生徒だった。
    静かにするよう合図されたので黙っていると、近づいてきて籠を開け放った。ゆっくりと籠から出て近づくと、手錠に手を掛けられる。その気配からすぐに誰かがわかった。

『小僧!?』

 驚いて手を振り払い、距離を取った。そうして歯をむき出しにして唸り声をあげる。

『なぜ貴様がここにいる!』
「おい! もう少し静かに……」
『何を企んでいるかは知らんが、絶対に貴様の手なんか借りんぞ!』
「静かに! 見つかっ……」
「おい!  何をしている!」

 争う声を聞き付けて、見張りの隊員が来てしまった。三國は舌打ちすると、懐に忍ばせた札を取り出し、眠らせようとした──その時だった。

 突然、紅い風のような突風が吹き荒れる。腕で顔を覆うと同時に、入り口にいた隊員が吹き飛ばされた。壁に叩きつけられ、隊員はずるりと崩れ落ちる。

 ──何が起きた?

 まったく何が起こったのか、翼にはわからなかった。恐怖によるものか、手足が麻痺したかのようにいうことをきかない。首だけでぎこちなく、ゆっくりと背後をみる。

 愛らしい小型犬から、二メートルほど大きく膨れ上がった体格。人を簡単に引き裂けそうな鋭い牙と爪。理知的な金の瞳は光を失い、暗く曇っていた。
 そこにいたのは、およそ翼が知らない銀狼の姿だった。

                                      ~◇~

 爆発したかのような音と振動が聞こえる。大雅はその音の方へ走ると、ひしゃげた格子が壁に突き刺さっていた。

 何が起こったのか。思考が凍りつきそうになるが、壁際に震えている隊員をみつけたことから冷静さを取り戻す。近寄ると、白い制服をまとった若い隊員は恐怖から体を震わせていた。

「おい、何があった?」
「………もの」
「?」

 男は震える指を牢の方へと向ける。牢は格子を失い、ただの空間と化していた。中の様子は、土煙でまったく見ることができない。

「何もな……」
「化け物!!」

 瞬間、煙のなかに紅い二つの光が浮かぶ。その鋭い気迫は、日常的に相対している月鬼を連想させた。なぜ昼間にも関わらず、月鬼がいるのか。
 大雅はいつも通り、封月を具現化しようとした。すると、突然強靭な風が吹き荒れる。紅い風が刃のように振るわれ、硬い石畳を傷つけた。
    身を屈め、その脅威から逃れるとすぐに顔を上げる。晴れた土煙。灯りに照らし出される姿。
 
   正体は──。

「……神野?」

 風で翻るプリーツのスカート。闇に溶けてしまいそうな黒く長い髪。紅月を思わせる紅い瞳。
    間違えるはずもない。そこにいたのは、表情が暗く影を落とした緋鞠であった。

「神野!」

 大雅の声が響き渡る。けれど、その声は緋鞠に届いていないようだった。
 いつもの明るく澄みきった瞳は、沼底のように暗く濁り、表情は暗く影を落としている。立ってはいるものの、仮面のように感情のない顔には意識をなくしているように見えた。

(なんでこんなことになってんだ!)

 今朝見た姿と変わりがないところを探す。すると、耳を塞ぐように抑えている手には、ねじ切れている手錠が見えた。

 あの手錠は……!

 大雅は足下で怯えている隊員の胸ぐらを掴みあげる。

「あんなガキに霊力封印機使いやがったな!!」

 霊力封印機とは、名の通り霊力を封印し、一切の術や能力を使えなくする機械である。小から大、手錠から隔離部屋まで、さまざまな形態のものが陰陽院によって開発されている。しかし、これらを使用するのは危険だと判断された大罪人や妖怪のみ。たかだか生徒を罰するために使うものではなかった。

 抑えきれぬ怒りに朧月の刃を首に突きつけると、男は涙目になりながら必死に弁明をする。

「そ、それは命令で」

 ──ガンっ!!

 顔の横に刃を突き立てた。男は息を飲むと口を閉ざす。
 命令で、言われたから──一番嫌いな言葉だった。 
 大雅は鋭い眼光で男を見下ろすと、通路の先を示した。

「なら、さっさと消えろ」

 低く冷たい声に、男は踏み潰された蛙のような声を出したあと、這いずるように逃げていった。
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