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第7夜 忘却の地下牢
第2話 近くて遠い距離
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ご飯に味噌汁、鮭の塩焼き……といった定番の朝御飯に舌鼓をうつ。機嫌よくご飯を食べる緋鞠の横には、京奈と澪で完全防備。再び緋鞠の横にいようとした零は、澪によって簀巻きに合い、庭の松の木に逆さ吊りされている。
「こういうときに、おまえさんの番犬はどこに行ったんだい?」
「銀狼はなんだか疲れちゃったみたいで、ずっと寝てて。前はこんなことなかったから、少し心配なんですけど」
「ふぅん……もしかして、霊力の調律してないのかい?」
「調律?」
澪は簡単に説明をしてくれる。
調律とは、体で作られる霊力の調子を整えること。
陰陽師は霊符や式神、術を行使するときなど、多くの場面で霊力を使う。そして使ってばかりいると、調子が悪くなったり、波が乱れるのだそうだ。
「ピアノもずーっと使っていたら音がズレるだろう? それと一緒。乱れを治すのが調律」
「じゃあ銀狼が寝てばかりなのは、調律を行っていないから?」
「いや、おまえさんがやってないからさ。契約妖怪がこの此岸に存在できるのは、契約者である主が霊力を送っているからだ。その繋がりが不調な今、満足のいく量を受け取れていないんだろう。だから力をセーブするのに寝てるんだろうね」
すると、大雅が思い出したような声をあげる。
「そういえば、こいつ霊力の枯渇ばっか起こしてたぞ」
「なら、それだね。緋鞠、今日帰ってきたら調律してあげる。蔵に来るんだよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
澪は任せな、と笑った。いつもの優しい笑顔に、緋鞠は安心した。
『イイナァ。俺もそっち行きたーいナァ』
零が駄々をこねて、ぐらぐらとミノムシのように揺れる。澪は再び厳しい顔になると袖からメスを取り出し、ダーツのように投げた。零は軽くそれを躱すと、ウケケケと笑った。
「まったくあんたは! しばらく帰ってこないと安心してたら」
『シゴト終わったから帰ってきたのにー。ひでーナァ』
「そうかい。なら、黙ってな」
『おいおい、ツバサぁ。俺のゴハンはぁ?』
「帰ってくるときは連絡寄越せって言ってたはずだが?」
『うわぁお、カワいくねぇ☆ そんなんだからケンカ売られるんダゾ』
「うるせぇ」
『聞いたゼェ。明日蓮条と剱崎と競うんダロ?』
緋鞠は味噌汁を危うく噴きそうになった。それ、原因私じゃないか。むせった緋鞠の背を京奈が擦ってくれる。
『おまえ誰ともチーム組んでないらしいジャン。ぼっちカワイソ☆ 』
「え?」
翼のほうを見ると一瞬目が合う。けれど、露骨に避けられた。そのまま「ごちそうさま」と呟くと、食器を持って居間から出ていく。
「ちょっと、翼!」
緋鞠も後を追って居間を出る。台所に行くと、ちょうどシンクに食器を置いたところだった。
「翼、まだチーム決めてないの?」
元々私が巻き込んだことだから緋鞠も参加するつもりだった。それに、友人とか、誰か組みたい人がいるだろうと思って何も言わなかった。けど、まさか前日になっても決まっていないなんて。
翼は返事をせず、視線も合わせない。若草色の風呂敷に包まれた弁当を半ば押しつけるように、緋鞠に渡してきただけ。
「ありがとう。じゃなくて!」
玄関まで追いかけると、翼は一つ息を吐くとこちらを見る。その目は、出会ったばかりのときのように冷たい目をしていた。他人を一切寄せ付けない、絶対的な拒絶。
緋鞠は思わず怖じ気づいてしまい、それ以上一歩も近づけなかった。だけど、その場に踏みとどまる。
「どうして、誰ともチームを組まないの?」
「俺は一人でやれる。他は必要ない」
「でも、チームでやる練習だって」
「だからなんだ」
緋鞠はその目に耐えられなくて、思わず怒鳴った。
「私が悪いのに!」
「喧嘩を売られたのは俺だ。おまえには関係ない!!」
その言葉に、ずきんっと胸の辺りが痛くなって次の言葉を言えなくなる。きっと、何をいっても彼には届かない。すべて切り捨てられる。そう感じ取ってしまい、緋鞠は顔を俯ける。
翼は玄関の引戸を開けて、立ち止まると吐き捨てるように言った。
「ただの他人なんだから」
閉められた引戸の音が、緋鞠と翼の間にある壁に思えた。緋鞠はふらついた体を壁に預ける。
喧嘩ばっかりしてたけど、一緒に闘えたと思った。全然合わなかった目も、少しは合うようになって。
少し。ほんの少しは、近づけたと思った。
……思ってたのに。
緋鞠は揺れる視界を抑えるように、額に手を当てる。堪えるように、口を引き結んだ。けど小さく、呻くように、ぽつりと溢した。
「……友達になれたと、思ったのになぁ」
「こういうときに、おまえさんの番犬はどこに行ったんだい?」
「銀狼はなんだか疲れちゃったみたいで、ずっと寝てて。前はこんなことなかったから、少し心配なんですけど」
「ふぅん……もしかして、霊力の調律してないのかい?」
「調律?」
澪は簡単に説明をしてくれる。
調律とは、体で作られる霊力の調子を整えること。
陰陽師は霊符や式神、術を行使するときなど、多くの場面で霊力を使う。そして使ってばかりいると、調子が悪くなったり、波が乱れるのだそうだ。
「ピアノもずーっと使っていたら音がズレるだろう? それと一緒。乱れを治すのが調律」
「じゃあ銀狼が寝てばかりなのは、調律を行っていないから?」
「いや、おまえさんがやってないからさ。契約妖怪がこの此岸に存在できるのは、契約者である主が霊力を送っているからだ。その繋がりが不調な今、満足のいく量を受け取れていないんだろう。だから力をセーブするのに寝てるんだろうね」
すると、大雅が思い出したような声をあげる。
「そういえば、こいつ霊力の枯渇ばっか起こしてたぞ」
「なら、それだね。緋鞠、今日帰ってきたら調律してあげる。蔵に来るんだよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
澪は任せな、と笑った。いつもの優しい笑顔に、緋鞠は安心した。
『イイナァ。俺もそっち行きたーいナァ』
零が駄々をこねて、ぐらぐらとミノムシのように揺れる。澪は再び厳しい顔になると袖からメスを取り出し、ダーツのように投げた。零は軽くそれを躱すと、ウケケケと笑った。
「まったくあんたは! しばらく帰ってこないと安心してたら」
『シゴト終わったから帰ってきたのにー。ひでーナァ』
「そうかい。なら、黙ってな」
『おいおい、ツバサぁ。俺のゴハンはぁ?』
「帰ってくるときは連絡寄越せって言ってたはずだが?」
『うわぁお、カワいくねぇ☆ そんなんだからケンカ売られるんダゾ』
「うるせぇ」
『聞いたゼェ。明日蓮条と剱崎と競うんダロ?』
緋鞠は味噌汁を危うく噴きそうになった。それ、原因私じゃないか。むせった緋鞠の背を京奈が擦ってくれる。
『おまえ誰ともチーム組んでないらしいジャン。ぼっちカワイソ☆ 』
「え?」
翼のほうを見ると一瞬目が合う。けれど、露骨に避けられた。そのまま「ごちそうさま」と呟くと、食器を持って居間から出ていく。
「ちょっと、翼!」
緋鞠も後を追って居間を出る。台所に行くと、ちょうどシンクに食器を置いたところだった。
「翼、まだチーム決めてないの?」
元々私が巻き込んだことだから緋鞠も参加するつもりだった。それに、友人とか、誰か組みたい人がいるだろうと思って何も言わなかった。けど、まさか前日になっても決まっていないなんて。
翼は返事をせず、視線も合わせない。若草色の風呂敷に包まれた弁当を半ば押しつけるように、緋鞠に渡してきただけ。
「ありがとう。じゃなくて!」
玄関まで追いかけると、翼は一つ息を吐くとこちらを見る。その目は、出会ったばかりのときのように冷たい目をしていた。他人を一切寄せ付けない、絶対的な拒絶。
緋鞠は思わず怖じ気づいてしまい、それ以上一歩も近づけなかった。だけど、その場に踏みとどまる。
「どうして、誰ともチームを組まないの?」
「俺は一人でやれる。他は必要ない」
「でも、チームでやる練習だって」
「だからなんだ」
緋鞠はその目に耐えられなくて、思わず怒鳴った。
「私が悪いのに!」
「喧嘩を売られたのは俺だ。おまえには関係ない!!」
その言葉に、ずきんっと胸の辺りが痛くなって次の言葉を言えなくなる。きっと、何をいっても彼には届かない。すべて切り捨てられる。そう感じ取ってしまい、緋鞠は顔を俯ける。
翼は玄関の引戸を開けて、立ち止まると吐き捨てるように言った。
「ただの他人なんだから」
閉められた引戸の音が、緋鞠と翼の間にある壁に思えた。緋鞠はふらついた体を壁に預ける。
喧嘩ばっかりしてたけど、一緒に闘えたと思った。全然合わなかった目も、少しは合うようになって。
少し。ほんの少しは、近づけたと思った。
……思ってたのに。
緋鞠は揺れる視界を抑えるように、額に手を当てる。堪えるように、口を引き結んだ。けど小さく、呻くように、ぽつりと溢した。
「……友達になれたと、思ったのになぁ」
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