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第6夜 夢みる羊
第13話 もたらしたもの
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「わぁぁぁ!? どうしよう死んじゃったぁぁぁ!!」
「うぇぇぇ!? まりまり死なないでぇぇぇ!!」
『死んどらんわ!? 不吉なこと言うな!!』
気絶してしまった緋鞠を見て大騒ぎになる愛良たちを、ほかの生徒たちが見かねてそれぞれ動き始める。保健の先生を呼んでくる者、怪我をした生徒の手当てを手伝う者。はては羊の整頓まで。全員ではないものの、皆で協力して行う姿がちらほらとみられた。
(少しは効果があったようだな)
少し離れた場所で、大雅は朧月に寄りかかりながらそれらを見ていた。少々強引ではあったが、生徒たちの壁を少しは取り払えたのならば僥倖である。
「……で、なに?」
ちらりと横に視線を向けた。そこには、いまだに銃口を大雅に向けたままの瑠衣がいた。撃つ気はあるが、さきほど言っていた従者が気になるのだろう。さっきまでの気迫がない。
「あなたがやると言ったんだろう?」
「もうチャイムが鳴ったからおわり~」
「はあ!?」
「残念でした、また……来てほしくねぇなぁ」
立ち去ろうとする大雅に、なおも瑠衣は食い下がる。全員の目がなくなったわけではない。今も、蓮条側の生徒がこちらを見ている。ここで引き下がることは、蓮条としての名が許さなかった。
「ふざけるな! 逃げるつも……」
しかし、言葉の続きを発することができなかった。大雅の手にはすでに封月はなく、五メートルほどの距離があるはずなのに。喉元に刃先が突きつけられているかのような緊張感がある。
「なに勘違いしてんだ」
いつも緩みきった瞳は、怒りを帯びて鋭い眼光を放つ。その気迫に、瑠衣は気圧され重月を下ろした。
「俺はおまえが自分の大事なものを守るために武器を手にした。だから応えただけだ。ただの喧嘩ならやらない」
そして、瑠衣の手にある重月を指指す。
「その力は何のためにあるのか、それを見誤るな」
そういって、さっさとその場を立ち去った。瑠衣は悔しげに唇を噛み締め、拳を握りしめる。
昔、誰かにも同じ事を言われたことがあった。最初から、生まれたときからそこにあったもの。
──その力は、何のためにあるの?
「……そんなの、僕が知るわけないだろう」
こんな厄介なだけの、力の意味なんか。
~◇~
夕日が燃えるように、学園全体を照らしていた。
保健室の窓から光が差し込み、眠っていた緋鞠の顔を照らす。
「眩しい……」
「──なんで起きねぇんだよ」
光から逃げるように毛布を引っ張って潜り込むと、毛布を剥ぎ取られ、頬に冷たいものが押しつけられた。
「ひゃっ!? つめたっ!?」
覚醒した身体を起こすと、大雅が缶ジュースを手に緋鞠を見下ろしていた。
「おまえ寝すぎ。もう今日のカリキュラム全部終わったぞ」
「え!? ていうか、私なんで寝てたの!?」
「霊力を酷使したからだとさ。まあ、簡単にいうと過労だな」
その場でプルトップを開けられた缶ジュースを突き出される。
(珍しく気が利くなぁ。どういう風の吹き回しだろ)
一応礼を言って受けとり、ひと口飲んだ緋鞠は危うく吹き出しかけた。
青汁のような青臭さと、レモンをこれでもかというほど入れたような強烈な味。そして、そこに強炭酸。
「げっほごっほ……! こここれなに!?」
「霊力回復スタミナジュース」
「うえええ、さすがにまっずぅぅぅ……」
缶は青と黄色のゴテゴテしたロゴで彩られており、星に顔が描かれたマスコットキャラクターが青い葉を持っている。吹き出しには「元気になってね!」の文字。
元気になるどころか、お花畑が見えたわ。作った人、ちゃんと味見した?
食の好き嫌いがない緋鞠にとっても、これはかなりの衝撃である。思わず生産会社名を探しながら、一番の疑問を大雅にぶつけた。
「これ売れるの?」
「知らね。そこの冷蔵庫に入ってたから」
「飲んだことないのに渡したの!?」
「見るからにまずそうだから、おまえで試してみた」
「ひっどい!! サイアク~!」
勝ち誇ったようなムカつく顔をする大雅に、緋鞠がふんすふんすと憤っていると、がらっと部屋の扉が開いた。
「夜霧先生。生徒は目覚めまし……」
理知的なメガネをかけた女性──おそらく女医であろう女性は二人を見て、冷ややかな笑顔と青筋を浮かべる。その表情を見て、大雅はさぁっと顔を青ざめさせた。
「夜霧先生。その子は過労で安静が必要だと説明したはずですが?」
「いやいやいや、霊力回復薬を飲ませてやっただけだから!」
「それ、私の私物。しかも、試作品です。勝手に飲ませたんですか? 馬鹿ですか? 阿保ですか? ああ、昔から馬鹿ですね。失礼しました」
つかつかと靴を鳴らして歩み寄った女医は、いきなり大雅の頭を鷲掴みにした。ミシミシと頭蓋骨を絞まるいい音が聞こえてくる。
「いでででで」
「うっとうしいから少し寝てなさい」
大雅を鮮やかな手刀で落とした女医は、透明感のある薄緑色の切れ長な瞳を、緋鞠に向ける。
観察するような、計るような視線が恐ろしい。思わず逃げようと後ずさると肩を掴まれた。そうして冷たい指が首筋をつぅと撫でられる。何をされるのか。思わずぎゅっと目をつぶって警戒してしまう。
「血圧百八の六十八、脈拍八十五ですか。少し早いですね、緊張してます?」
こくこくと必死に頷く緋鞠を見て、女医は手を離す。ベッドの端に腰かけると、すらりとした長い足を組んだ。
「先程よりも顔の赤みがありますし、霊力も平均値まで回復したようですね。今日はもう帰って大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。え、と、先生のお名前は?」
「伯東柚羅といいます」
「一年の神野緋鞠です。今日は休ませていただいて、ありがとうございました」
「はい。神野さんは霊力を枯渇させてしまう癖があるようなので、気をつけてくださいね」
微笑みは聖母のように美しい。だが、次の瞬間には阿修羅のような表情で大雅を足蹴にした。
「ほら、貴方も帰りなさい。どうせ住んでる場所同じなんだから。ちゃんと送ってあげなさいよ」
「あんたのせいで転がってんだけど……」
「ああ?」
「すんませんなんでもないっすちゃんと連れて帰るっす」
早口でそんなことを捲し立てる。それに満足したのか柚羅は頷くと、きれいな笑顔で見送った。
「うぇぇぇ!? まりまり死なないでぇぇぇ!!」
『死んどらんわ!? 不吉なこと言うな!!』
気絶してしまった緋鞠を見て大騒ぎになる愛良たちを、ほかの生徒たちが見かねてそれぞれ動き始める。保健の先生を呼んでくる者、怪我をした生徒の手当てを手伝う者。はては羊の整頓まで。全員ではないものの、皆で協力して行う姿がちらほらとみられた。
(少しは効果があったようだな)
少し離れた場所で、大雅は朧月に寄りかかりながらそれらを見ていた。少々強引ではあったが、生徒たちの壁を少しは取り払えたのならば僥倖である。
「……で、なに?」
ちらりと横に視線を向けた。そこには、いまだに銃口を大雅に向けたままの瑠衣がいた。撃つ気はあるが、さきほど言っていた従者が気になるのだろう。さっきまでの気迫がない。
「あなたがやると言ったんだろう?」
「もうチャイムが鳴ったからおわり~」
「はあ!?」
「残念でした、また……来てほしくねぇなぁ」
立ち去ろうとする大雅に、なおも瑠衣は食い下がる。全員の目がなくなったわけではない。今も、蓮条側の生徒がこちらを見ている。ここで引き下がることは、蓮条としての名が許さなかった。
「ふざけるな! 逃げるつも……」
しかし、言葉の続きを発することができなかった。大雅の手にはすでに封月はなく、五メートルほどの距離があるはずなのに。喉元に刃先が突きつけられているかのような緊張感がある。
「なに勘違いしてんだ」
いつも緩みきった瞳は、怒りを帯びて鋭い眼光を放つ。その気迫に、瑠衣は気圧され重月を下ろした。
「俺はおまえが自分の大事なものを守るために武器を手にした。だから応えただけだ。ただの喧嘩ならやらない」
そして、瑠衣の手にある重月を指指す。
「その力は何のためにあるのか、それを見誤るな」
そういって、さっさとその場を立ち去った。瑠衣は悔しげに唇を噛み締め、拳を握りしめる。
昔、誰かにも同じ事を言われたことがあった。最初から、生まれたときからそこにあったもの。
──その力は、何のためにあるの?
「……そんなの、僕が知るわけないだろう」
こんな厄介なだけの、力の意味なんか。
~◇~
夕日が燃えるように、学園全体を照らしていた。
保健室の窓から光が差し込み、眠っていた緋鞠の顔を照らす。
「眩しい……」
「──なんで起きねぇんだよ」
光から逃げるように毛布を引っ張って潜り込むと、毛布を剥ぎ取られ、頬に冷たいものが押しつけられた。
「ひゃっ!? つめたっ!?」
覚醒した身体を起こすと、大雅が缶ジュースを手に緋鞠を見下ろしていた。
「おまえ寝すぎ。もう今日のカリキュラム全部終わったぞ」
「え!? ていうか、私なんで寝てたの!?」
「霊力を酷使したからだとさ。まあ、簡単にいうと過労だな」
その場でプルトップを開けられた缶ジュースを突き出される。
(珍しく気が利くなぁ。どういう風の吹き回しだろ)
一応礼を言って受けとり、ひと口飲んだ緋鞠は危うく吹き出しかけた。
青汁のような青臭さと、レモンをこれでもかというほど入れたような強烈な味。そして、そこに強炭酸。
「げっほごっほ……! こここれなに!?」
「霊力回復スタミナジュース」
「うえええ、さすがにまっずぅぅぅ……」
缶は青と黄色のゴテゴテしたロゴで彩られており、星に顔が描かれたマスコットキャラクターが青い葉を持っている。吹き出しには「元気になってね!」の文字。
元気になるどころか、お花畑が見えたわ。作った人、ちゃんと味見した?
食の好き嫌いがない緋鞠にとっても、これはかなりの衝撃である。思わず生産会社名を探しながら、一番の疑問を大雅にぶつけた。
「これ売れるの?」
「知らね。そこの冷蔵庫に入ってたから」
「飲んだことないのに渡したの!?」
「見るからにまずそうだから、おまえで試してみた」
「ひっどい!! サイアク~!」
勝ち誇ったようなムカつく顔をする大雅に、緋鞠がふんすふんすと憤っていると、がらっと部屋の扉が開いた。
「夜霧先生。生徒は目覚めまし……」
理知的なメガネをかけた女性──おそらく女医であろう女性は二人を見て、冷ややかな笑顔と青筋を浮かべる。その表情を見て、大雅はさぁっと顔を青ざめさせた。
「夜霧先生。その子は過労で安静が必要だと説明したはずですが?」
「いやいやいや、霊力回復薬を飲ませてやっただけだから!」
「それ、私の私物。しかも、試作品です。勝手に飲ませたんですか? 馬鹿ですか? 阿保ですか? ああ、昔から馬鹿ですね。失礼しました」
つかつかと靴を鳴らして歩み寄った女医は、いきなり大雅の頭を鷲掴みにした。ミシミシと頭蓋骨を絞まるいい音が聞こえてくる。
「いでででで」
「うっとうしいから少し寝てなさい」
大雅を鮮やかな手刀で落とした女医は、透明感のある薄緑色の切れ長な瞳を、緋鞠に向ける。
観察するような、計るような視線が恐ろしい。思わず逃げようと後ずさると肩を掴まれた。そうして冷たい指が首筋をつぅと撫でられる。何をされるのか。思わずぎゅっと目をつぶって警戒してしまう。
「血圧百八の六十八、脈拍八十五ですか。少し早いですね、緊張してます?」
こくこくと必死に頷く緋鞠を見て、女医は手を離す。ベッドの端に腰かけると、すらりとした長い足を組んだ。
「先程よりも顔の赤みがありますし、霊力も平均値まで回復したようですね。今日はもう帰って大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。え、と、先生のお名前は?」
「伯東柚羅といいます」
「一年の神野緋鞠です。今日は休ませていただいて、ありがとうございました」
「はい。神野さんは霊力を枯渇させてしまう癖があるようなので、気をつけてくださいね」
微笑みは聖母のように美しい。だが、次の瞬間には阿修羅のような表情で大雅を足蹴にした。
「ほら、貴方も帰りなさい。どうせ住んでる場所同じなんだから。ちゃんと送ってあげなさいよ」
「あんたのせいで転がってんだけど……」
「ああ?」
「すんませんなんでもないっすちゃんと連れて帰るっす」
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