54 / 113
第6夜 夢みる羊
第2話 私にとって
しおりを挟む
二人を正座させていると、琴音と銀狼が駆け寄って来る。
「緋鞠ちゃん、すごく心配しましたよ!」
「がふわふ!(まったくだ!)」
「ごめんごめん。もう大丈夫だよ! 来栖くんは手を引いてくれるって」
「えっ、本当ですか!?」
銀狼は尻尾をパタパタさせながら、ふんっと鼻を鳴らした。
『元はといえば、こいつらのしゅじ……』
「わぁ犬だ! 来い来い」
『誰が犬だ! 俺は誇り高い狼だぞ!』
「マジでぇ!? かっけぇー!」
銀狼は本来の狼の姿に変化し、ふんぞり返ったまま湊士の称賛を受けていた。
──単純なんだから……。
彼らのことは放っておくことにして、緋鞠は蔵刃を見下ろす。一瞬、びくりと身体を震わせたのは、緋鞠が怖いからじゃないと思いたい。
「貴方たちは来栖くんの友達なの?」
いや、と蔵刃は静かに首を振った。
「我らは従者だ。来栖さまを御守りし、来栖さまのために生きる」
「そうなの? てっきり友人なのかと思った」
「従者は仕えるのが務め。ご友人などと、恐れ多い」
「そうなんだ……」
次期当主ともなれば、従者がいるものなのか。となると、瑠衣の側にいたあの二人も従者の可能性がある。
まったく勝手が違う世界で、ややこしいったらありゃしないなぁ……。
穏便な学園生活を送るためには、覚えなければならないことが多すぎる。緋鞠が慣れない環境に、少し頭痛を覚えていると。
「時に神野殿。提案があるのだが」
そう言って、蔵刃が背筋を正す。その雰囲気から、緋鞠も背筋を伸ばして、蔵刃の目の前に座った。蔵刃の蜂蜜色の瞳が、緋鞠の紅い瞳を見据える。
「我が陣営に加わらぬか?」
「……え?」
緋鞠の眉間にしわが寄った。
聞き間違えたのかと思ったが、蔵刃の真剣な表情から冗談ではないことがわかる。
「理由を、聞いてもいい?」
「貴女は非常に腕がたつ。その腕を見込んで、ぜひともその力を御借りしたい」
蔵刃が深々と頭を下げた。
「ちょ、顔を上げて」
しかし、蔵刃は依然、その態勢を変えない。
困り果てて湊士に助けを求めるも、満面の笑顔で銀狼をひたすら撫でまくっている。緋鞠の視線に気が付くと、親指を立てた。
「賛成だぞ! おまえ、度胸あるし、きっと強いんだろ?」
『俺の主だぞ。当然だ!』
ふふーん、と銀狼が鼻高々になった。琴音を見ると、何故だか落ち着かない様子だ。悪い話ではないのだろう。
だけど──。
緋鞠は頭を下げた。
「ごめんなさい。来栖くんの派閥に入ることはできません」
はっきりと断ると、蔵刃が顔を上げる。
「理由を伺っても?」
「どこかに属するってことは、他を否定することになる。私は、みんなと協力していきたいの。誰かと対立するのではなく、手を取り合っていきたい」
「それを実現するために、リーダーを三國に託すおつもりか?」
その言葉に緋鞠は数回、目を瞬かせた。
ああ、そうなってしまうのか。緋鞠は、彼に自分の理想を押しつけようとしているのか?
……いいえ、違う。
「そんなつもりで、翼を選んだわけじゃない」
誰かに代弁者になってほしいと思ったことなど、一度もない。
──私は、ただ……。
「翼はぶっきらぼうだし、愛想はないし、ちょっと怖いけど。優しいし、面倒見いいし、強いし。それから……本当に困ってたら助けてくれるもの。とてもいいリーダーになる」
それはきっと瑠衣も来栖も同じなんだろう。私が彼らをよく知らないだけで──。
「だから、来栖くんや瑠衣たちのことも、これから知りたいって思ってる」
だけど、私の中で、今。一番は誰かを問われれば、答えは一つだけ。
「でも、今の私にとっては。翼が一番なんだ」
自身で納得のいく答えを出せたと、晴々とした笑顔で答えれば、蔵刃は瞳を伏せた。どうやら、勧誘は諦めてくれたようだ。
「主従ではなく友との絆か……。しかと見せてもらった」
「あーあー。ま、いっか。ライバルの方が遠慮なく手合わせできるもんな!」
湊士は少し残念そうにしながらも、嬉しそうに破顔する。
確かに身内となれば無意識に手加減してしまうだろう。誘われたからというのもあるが、本気で湊士と手合わせをしてみたいと感じた緋鞠としては、都合がよかった。
「ん?」
違和感を感じて、銀狼の方を見る。なんだか様子がおかしい。先ほどまでの穏やかな雰囲気は消えて、チワワのように身体を震わせている。
「銀狼、どうしたの?」
『……そういう言葉はあまり使わない方がいいぞ』
「? なにが?」
何かおかしなことを言っただろうか。
琴音に聞こうとそちらを見ると、両手でおさえた頬を赤らめて、うっとりとしていた。
「琴音ちゃん!? ど、どどどうしたの?」
「……すばらしい!」
「へ?」
「青い春と書いて、青春! ステキ……!」
「なにが!?」
詳しく聞こうにも、琴音は興奮ぎみに肩を叩いてくるし、銀狼はそっぽを向いて話を聞かない。
本当に、二人(?)ともどうしたんだろう。
……春だからかな?
始業のチャイムが鳴ったので、みんなで教室へ向かうことにした。その間、ポメラニアンサイズに戻った銀狼は頭の上に。かと思えば、小言が雨のように降り続いた。あまりにうるさくて、緋鞠はずっと耳を塞いでいたのだった。
「緋鞠ちゃん、すごく心配しましたよ!」
「がふわふ!(まったくだ!)」
「ごめんごめん。もう大丈夫だよ! 来栖くんは手を引いてくれるって」
「えっ、本当ですか!?」
銀狼は尻尾をパタパタさせながら、ふんっと鼻を鳴らした。
『元はといえば、こいつらのしゅじ……』
「わぁ犬だ! 来い来い」
『誰が犬だ! 俺は誇り高い狼だぞ!』
「マジでぇ!? かっけぇー!」
銀狼は本来の狼の姿に変化し、ふんぞり返ったまま湊士の称賛を受けていた。
──単純なんだから……。
彼らのことは放っておくことにして、緋鞠は蔵刃を見下ろす。一瞬、びくりと身体を震わせたのは、緋鞠が怖いからじゃないと思いたい。
「貴方たちは来栖くんの友達なの?」
いや、と蔵刃は静かに首を振った。
「我らは従者だ。来栖さまを御守りし、来栖さまのために生きる」
「そうなの? てっきり友人なのかと思った」
「従者は仕えるのが務め。ご友人などと、恐れ多い」
「そうなんだ……」
次期当主ともなれば、従者がいるものなのか。となると、瑠衣の側にいたあの二人も従者の可能性がある。
まったく勝手が違う世界で、ややこしいったらありゃしないなぁ……。
穏便な学園生活を送るためには、覚えなければならないことが多すぎる。緋鞠が慣れない環境に、少し頭痛を覚えていると。
「時に神野殿。提案があるのだが」
そう言って、蔵刃が背筋を正す。その雰囲気から、緋鞠も背筋を伸ばして、蔵刃の目の前に座った。蔵刃の蜂蜜色の瞳が、緋鞠の紅い瞳を見据える。
「我が陣営に加わらぬか?」
「……え?」
緋鞠の眉間にしわが寄った。
聞き間違えたのかと思ったが、蔵刃の真剣な表情から冗談ではないことがわかる。
「理由を、聞いてもいい?」
「貴女は非常に腕がたつ。その腕を見込んで、ぜひともその力を御借りしたい」
蔵刃が深々と頭を下げた。
「ちょ、顔を上げて」
しかし、蔵刃は依然、その態勢を変えない。
困り果てて湊士に助けを求めるも、満面の笑顔で銀狼をひたすら撫でまくっている。緋鞠の視線に気が付くと、親指を立てた。
「賛成だぞ! おまえ、度胸あるし、きっと強いんだろ?」
『俺の主だぞ。当然だ!』
ふふーん、と銀狼が鼻高々になった。琴音を見ると、何故だか落ち着かない様子だ。悪い話ではないのだろう。
だけど──。
緋鞠は頭を下げた。
「ごめんなさい。来栖くんの派閥に入ることはできません」
はっきりと断ると、蔵刃が顔を上げる。
「理由を伺っても?」
「どこかに属するってことは、他を否定することになる。私は、みんなと協力していきたいの。誰かと対立するのではなく、手を取り合っていきたい」
「それを実現するために、リーダーを三國に託すおつもりか?」
その言葉に緋鞠は数回、目を瞬かせた。
ああ、そうなってしまうのか。緋鞠は、彼に自分の理想を押しつけようとしているのか?
……いいえ、違う。
「そんなつもりで、翼を選んだわけじゃない」
誰かに代弁者になってほしいと思ったことなど、一度もない。
──私は、ただ……。
「翼はぶっきらぼうだし、愛想はないし、ちょっと怖いけど。優しいし、面倒見いいし、強いし。それから……本当に困ってたら助けてくれるもの。とてもいいリーダーになる」
それはきっと瑠衣も来栖も同じなんだろう。私が彼らをよく知らないだけで──。
「だから、来栖くんや瑠衣たちのことも、これから知りたいって思ってる」
だけど、私の中で、今。一番は誰かを問われれば、答えは一つだけ。
「でも、今の私にとっては。翼が一番なんだ」
自身で納得のいく答えを出せたと、晴々とした笑顔で答えれば、蔵刃は瞳を伏せた。どうやら、勧誘は諦めてくれたようだ。
「主従ではなく友との絆か……。しかと見せてもらった」
「あーあー。ま、いっか。ライバルの方が遠慮なく手合わせできるもんな!」
湊士は少し残念そうにしながらも、嬉しそうに破顔する。
確かに身内となれば無意識に手加減してしまうだろう。誘われたからというのもあるが、本気で湊士と手合わせをしてみたいと感じた緋鞠としては、都合がよかった。
「ん?」
違和感を感じて、銀狼の方を見る。なんだか様子がおかしい。先ほどまでの穏やかな雰囲気は消えて、チワワのように身体を震わせている。
「銀狼、どうしたの?」
『……そういう言葉はあまり使わない方がいいぞ』
「? なにが?」
何かおかしなことを言っただろうか。
琴音に聞こうとそちらを見ると、両手でおさえた頬を赤らめて、うっとりとしていた。
「琴音ちゃん!? ど、どどどうしたの?」
「……すばらしい!」
「へ?」
「青い春と書いて、青春! ステキ……!」
「なにが!?」
詳しく聞こうにも、琴音は興奮ぎみに肩を叩いてくるし、銀狼はそっぽを向いて話を聞かない。
本当に、二人(?)ともどうしたんだろう。
……春だからかな?
始業のチャイムが鳴ったので、みんなで教室へ向かうことにした。その間、ポメラニアンサイズに戻った銀狼は頭の上に。かと思えば、小言が雨のように降り続いた。あまりにうるさくて、緋鞠はずっと耳を塞いでいたのだった。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂
栗槙ひので
キャラ文芸
考古学者の護堂友和は、気が付くと死んでいた。
彼には死んだ時の記憶がなく、死神のリストにも名前が無かった。予定外に早く死んでしまった友和は、未だ修行が足りていないと、閻魔大王から特命を授かる。
それは、霊界で働く者達の食堂メニューを考える事と、自身の死の真相を探る事。活動しやすいように若返らせて貰う筈が、どういう訳か中学生の姿にまで戻ってしまう。
自分は何故死んだのか、神々を満足させる料理とはどんなものなのか。
食いしん坊の神様、幽霊の料理人、幽体離脱癖のある警察官に、御使の天狐、迷子の妖怪少年や河童まで現れて……風変わりな神や妖怪達と織りなす、霊界ファンタジー。
「護堂先生と神様のごはん」もう一つの物語。
2019.12.2 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得
~千年屋あやかし見聞録~和菓子屋店主はお休み中
椿蛍
キャラ文芸
大正時代―――和菓子屋『千年屋(ちとせや)』
千年続くようにと祖父が願いをこめ、開業した和菓子屋だ。
孫の俺は千年屋を継いで只今営業中(仮)
和菓子の腕は悪くない、美味しいと評判の店。
だが、『千年屋安海(ちとせや やすみ)』の名前が悪かったのか、気まぐれにしか働かない無気力店主。
あー……これは名前が悪かったな。
「いや、働けよ」
「そーだよー。潰れちゃうよー!」
そうやって俺を非難するのは幼馴染の有浄(ありきよ)と兎々子(ととこ)。
神社の神主で自称陰陽師、ちょっと鈍臭い洋食屋の娘の幼馴染み二人。
常連客より足しげく通ってくる。
だが、この二人がクセモノで。
こいつらが連れてくる客といえば―――人間ではなかった。
コメディ 時々 和風ファンタジー
※表紙絵はいただきものです。
ショタパパ ミハエルくん
京衛武百十
キャラ文芸
蒼井ミハエルは、外見は十一歳くらいの人間にも見えるものの、その正体は、<吸血鬼>である。人間の<ラノベ作家>である蒼井霧雨(あおいきりさめ)との間に子供を成し、幸せな家庭生活を送っていた。
なお、長男と長女はミハエルの形質を受け継いで<ダンピール>として生まれ、次女は蒼井霧雨の形質を受け継いで普通の人間として生まれた。
これは、そういう特殊な家族構成でありつつ、人間と折り合いながら穏当に生きている家族の物語である。
筆者より
ショタパパ ミハエルくん(マイルドバージョン)として連載していたこちらを本編とし、タイトルも変更しました。
あやかし駄菓子屋商店街 化け化け壱花 ~ただいま社長と残業中です~
菱沼あゆ
キャラ文芸
普通の甘いものではこの疲れは癒せないっ!
そんなことを考えながら、会社帰りの道を歩いていた壱花は、見たこともない駄菓子屋にたどり着く。
見るからに怪しい感じのその店は、あやかしと疲れたサラリーマンたちに愛されている駄菓子屋で、謎の狐面の男が経営していた。
駄菓子屋の店主をやる呪いにかかった社長、倫太郎とOL生活に疲れ果てた秘書、壱花のまったりあやかしライフ。
「駄菓子もあやかしも俺は嫌いだ」
「じゃあ、なんでこの店やってんですか、社長……」
「玖 安倍晴明の恩返し」完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる