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第5夜 星命学園
第8話 前を向いて
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「白夜くんの任務は、とある一族の監視でした。ただし、監視をするにも対象者にバレてはまずい。そこで我々は、とある術を施しました」
「術?」
「緋鞠さんは、気配に敏感なほうですか?」
「え、と……それなり……に……」
正直に言えば得意なほうではない。ほとんど索敵などは銀狼に任せっきりだ。気づく時はほとんど距離が近く、明確な殺意を向けられた場合のみ。
自信なさげな緋鞠の様子を見て、松曜は一つ例えを出した。
「例えば、壁や天井などどこでもいい。隠し部屋があったとします。その存在を誰も知らず、気配を殺してそこにいたとしたら?」
「……それは、気づかないかもしれません」
「我々が扱う術はそれです。要は幽体離脱の応用なんです」
「幽体離脱……」
幽体離脱とは、魂を身体から引き離し、魂のみの状態を指す。しかし、例え魂のみであったとしても気配が完全になくなることはない。どういう意味だろうか。緋鞠は疑問に思ったが、そのまま松曜の言葉に耳を傾ける。
「その術を使い、身体と魂を切り離しました。そうして魂のみになった意識を別の層に移したのです」
その方法に、緋鞠は耳を疑った。
(意識のみを別の層に?)
そんな馬鹿げた話、聞いたことなどない。この世界は入れ子の箱のように、此岸や彼岸、狭間といったさまざまな世界が層となって存在している。そこに存在する者は、その世界でのみ生きることが許される。それは、そこに存在証明があるからだ。
例えば、人と人同士が結ぶ関係性や縁。また霊力といった、その存在が持つ特有の力。そういったものを持ち得ることで、そこに存在することが許される。妖怪たちもそうだ。
彼らは本来、狭間に住まう存在だが、人と契約を結ぶことで縁を結び、此岸へと存在することができる。それなしに此岸に来れば、存在証明がされることはない。さらには異物とみなされ、悪霊や怨霊といった悪いものに変化してしまうのだ。
それなのに、その層へと人が。ましてや生き物が入り込むなど。
「そんなこと、できるわけない……」
ポツリと呟いた声に、松曜は頷いた。そうしていつもの笑みを浮かべる。
「それを可能にする特別な場所が存在するんです。そこに身体は置いておき、魂との繋がりを保つことで、此岸との繋がりも維持ができるのです」
その言葉で理解した。おそらく、その場所が極秘事項なのだろう。
松曜は緋鞠の表情で察したのか、頷くと話を進めた。
「任務の期間は約一年。身体の生命兆候は、こちらで常に確認しています。そして、今までその術が失敗したことはなかった。……しかし、異変が起きてしまった。白夜くん他、任務についていた全員の生命の繋がりが途切れたんです」
緋鞠は弾かれたように立ち上がる。
「なっ!?」
「その特別な場所に行けるのは、一年に一度。資格がある者しか行けません。しかも、我々はその資格さえ失った。……だから、全員死んだことにしたんです」
松曜は苦しげに顔を歪めると、緋鞠に向かって頭を下げた。
「──あなたにも、他の方々にもひどいことをした。本当に、申し訳なかった」
あの葬儀の日、多くの家族が参列していた。緋鞠は八雲に連れられて、空っぽの棺を見た。
どうして、誰もいないの。
どうして、死んだなんていうの。
ねぇ、どうして──?
言い様のない苦しみ。心にぽっかりと穴が開いたような悲しみ。
……でも、それは。嘘を吐く側も一緒だったのかもしれない。
ぱちんっと泡が弾けたような音が響いた。オープンテラスを覆っていた結界は解け、冷たい風が頬を撫でた。
「顔を、あげてください」
顔を上げた松曜に、緋鞠は笑って見せた。
上手く笑えている自信はないけれど、あの日にもう、一生分泣いたはずだ。
だから、悲しむのはおしまい。
「可能性があるなら、そちらに賭けたい。謝罪よりもこの先の話を、お願い……私はどうしたらいいですか?」
涙を我慢する緋鞠を見て、松曜はもう一度だけ頭を下げる。そして、胸ポケットから金色のバッジを取り出した。
「あの学園で、得業生になってください。得業生とは、優秀な生徒にのみ送られる称号です。成績、戦績、術師などに特化した生徒に送られる」
渡されたバッチには、五芒星と暁のマークが彫られていた。それだけではなく、僅かに霊力を感じる。術が施してあるのだろうか。
「得業生になれば、あらゆる特権が得られる。隊員としての地位が約束され、特別な任務につくことができる。私がその場所にいくことができるよう取り計らいます」
「でも、資格がないと入れないんじゃ……」
「それなら心配ありません」
松曜の自信に、緋鞠は目を瞬かせた。なぜ、言いきれるのだろう?
強く風が吹いて、白い花弁が視界に舞った。
「おそらく、あなたは──」
「術?」
「緋鞠さんは、気配に敏感なほうですか?」
「え、と……それなり……に……」
正直に言えば得意なほうではない。ほとんど索敵などは銀狼に任せっきりだ。気づく時はほとんど距離が近く、明確な殺意を向けられた場合のみ。
自信なさげな緋鞠の様子を見て、松曜は一つ例えを出した。
「例えば、壁や天井などどこでもいい。隠し部屋があったとします。その存在を誰も知らず、気配を殺してそこにいたとしたら?」
「……それは、気づかないかもしれません」
「我々が扱う術はそれです。要は幽体離脱の応用なんです」
「幽体離脱……」
幽体離脱とは、魂を身体から引き離し、魂のみの状態を指す。しかし、例え魂のみであったとしても気配が完全になくなることはない。どういう意味だろうか。緋鞠は疑問に思ったが、そのまま松曜の言葉に耳を傾ける。
「その術を使い、身体と魂を切り離しました。そうして魂のみになった意識を別の層に移したのです」
その方法に、緋鞠は耳を疑った。
(意識のみを別の層に?)
そんな馬鹿げた話、聞いたことなどない。この世界は入れ子の箱のように、此岸や彼岸、狭間といったさまざまな世界が層となって存在している。そこに存在する者は、その世界でのみ生きることが許される。それは、そこに存在証明があるからだ。
例えば、人と人同士が結ぶ関係性や縁。また霊力といった、その存在が持つ特有の力。そういったものを持ち得ることで、そこに存在することが許される。妖怪たちもそうだ。
彼らは本来、狭間に住まう存在だが、人と契約を結ぶことで縁を結び、此岸へと存在することができる。それなしに此岸に来れば、存在証明がされることはない。さらには異物とみなされ、悪霊や怨霊といった悪いものに変化してしまうのだ。
それなのに、その層へと人が。ましてや生き物が入り込むなど。
「そんなこと、できるわけない……」
ポツリと呟いた声に、松曜は頷いた。そうしていつもの笑みを浮かべる。
「それを可能にする特別な場所が存在するんです。そこに身体は置いておき、魂との繋がりを保つことで、此岸との繋がりも維持ができるのです」
その言葉で理解した。おそらく、その場所が極秘事項なのだろう。
松曜は緋鞠の表情で察したのか、頷くと話を進めた。
「任務の期間は約一年。身体の生命兆候は、こちらで常に確認しています。そして、今までその術が失敗したことはなかった。……しかし、異変が起きてしまった。白夜くん他、任務についていた全員の生命の繋がりが途切れたんです」
緋鞠は弾かれたように立ち上がる。
「なっ!?」
「その特別な場所に行けるのは、一年に一度。資格がある者しか行けません。しかも、我々はその資格さえ失った。……だから、全員死んだことにしたんです」
松曜は苦しげに顔を歪めると、緋鞠に向かって頭を下げた。
「──あなたにも、他の方々にもひどいことをした。本当に、申し訳なかった」
あの葬儀の日、多くの家族が参列していた。緋鞠は八雲に連れられて、空っぽの棺を見た。
どうして、誰もいないの。
どうして、死んだなんていうの。
ねぇ、どうして──?
言い様のない苦しみ。心にぽっかりと穴が開いたような悲しみ。
……でも、それは。嘘を吐く側も一緒だったのかもしれない。
ぱちんっと泡が弾けたような音が響いた。オープンテラスを覆っていた結界は解け、冷たい風が頬を撫でた。
「顔を、あげてください」
顔を上げた松曜に、緋鞠は笑って見せた。
上手く笑えている自信はないけれど、あの日にもう、一生分泣いたはずだ。
だから、悲しむのはおしまい。
「可能性があるなら、そちらに賭けたい。謝罪よりもこの先の話を、お願い……私はどうしたらいいですか?」
涙を我慢する緋鞠を見て、松曜はもう一度だけ頭を下げる。そして、胸ポケットから金色のバッジを取り出した。
「あの学園で、得業生になってください。得業生とは、優秀な生徒にのみ送られる称号です。成績、戦績、術師などに特化した生徒に送られる」
渡されたバッチには、五芒星と暁のマークが彫られていた。それだけではなく、僅かに霊力を感じる。術が施してあるのだろうか。
「得業生になれば、あらゆる特権が得られる。隊員としての地位が約束され、特別な任務につくことができる。私がその場所にいくことができるよう取り計らいます」
「でも、資格がないと入れないんじゃ……」
「それなら心配ありません」
松曜の自信に、緋鞠は目を瞬かせた。なぜ、言いきれるのだろう?
強く風が吹いて、白い花弁が視界に舞った。
「おそらく、あなたは──」
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