迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第4夜 天岩戸の天照

第11話 匂いにつられて

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 緋鞠は銀狼を連れて銭湯花火へと戻ってきた。

「ただいま戻りましたー!」
「おっかえりー!」

 京奈が奥から飛び出しきたかと思えば、むぎゅーっと抱き締められる。

「仲直りできてよかったね~」
「ありがとうござ……けっ、京奈さん、くるしぃ……!」
「あっ、ごめんごめん」

 緋鞠を解放した京奈は銀狼に目を向ける。

「ワンちゃん、人に化けれたんだね~! よっ、男前!」
「緋鞠が世話になったな。恩に着る。だが、俺は狼だ! 犬じゃない!」
「はいはーい! あ、そうそう、夕飯食べてくでしょ? もうすぐ出来るからねー」
「そこまで、お世話になるわけには……」
「いーのいーの! ことちゃんもいるから、二人もどーぞ!」

 言うだけ言って、さっさと奥へと向かう京奈を目で追いながら、緋鞠は銀狼の肩を叩いた。

「琴音ちゃんに謝るんだよ?」
「わかってる」
「銀狼の真顔は怒ってるみたいで怖いからなあ。もう少しにこやかに出来ない?」
「無理だ。だが、真摯に謝罪する」

 緊張した面持ちで、京奈の後を追っていく銀狼を緋鞠は心の中で応援した。

「ん?」

 どこからか、美味しそうな匂いが漂ってきた。お腹がぐう、と鳴って主張してくる。

(そういえば、今日お昼食べてないなー)

 銀狼を放って、緋鞠は匂いを辿った。空腹の緋鞠は食欲には逆らえない。
 廊下を進み厨房と思われる部屋の前で、少しだけ引き戸を開け、中をのぞいた。

 厨房の真ん中にある大きな作業台には、肉じゃがや魚の煮つけなどのおかずがずらりと並んでいる。
 匂いだけでもかなりの威力、そして美味しそうに光り輝く(緋鞠の目ではそう見える)料理たち。じゅるり、と口の端からよだれが出そうになる。

 それにしても、一体誰がこんな完璧な料理を作ったのだろう?    京奈は奥の部屋に向かったはずだし、料理が出来そうな人間は、澪くらいだろうか?

 超美人のうえに料理上手。聞くところによれば、昔は相当やんちゃだったらしいが、ご愛敬というものだ。

 再びそうっと中をうかがう。
 カチャカチャと食器を洗う音が聞こえたので顔を向けると、紺色のエプロンが見えた。

 澪ではない。だけど、見覚えのある後ろ姿──。

「はあっ!? 嘘でしょ、翼っ!?」
「うわぁっ!?」

 ぎょっとしたように振り返ったのは、三國翼だった。
 切れ長の瞳が大きく見開かれている。

「翼って料理、出来たの? すごいね!!」
「……このくらいは、当たり前だろ」
「当たり前じゃないよ。こんなに手の込んだ料理、私は作れないもの」
「おまえ、がさつそうだしな」
「大雑把なだけだもん」

 むう、と唇を尖らせると、はんっと鼻で笑われた。

(よかった……)

 四鬼との闘いで大怪我をしたはずなのに、緋鞠が見た限りでは元気そうだ。

 じいっと見つめていると、視線をそらされた。
 なんだかその態度に腹が立ったので、翼が顔を向けた方向へと移動する。すると反対方向にそらされたので移動する。

 それを何度も繰り返していたら、翼がキレた。

「~~っ! おまえ、なんなんだよ!」
「顔を合わせてくれないからだよ!?」
「顔を合わせてどうすんだよ!?」
「助けてくれて、ありがとう!!」
「は……」

 がばっと頭を下げたまま、緋鞠は言葉を続ける。

「私一人だったら、たぶん何も出来なかった。翼がいてくれたから、月鬼と闘う覚悟が出来たんだ」

 身体を起こすと、碧眼の瞳が目が合った。視線が交わったのはおそらく、これが初めて。

「本当にありがとう」

    やっと、お礼が言えた。

     緋鞠は嬉しくて自然と顔が綻んだ。けれど、翼は俯いてしまう。

 ──どうしたんだろう? と様子を窺うと、ぼそりと呟かれた。

「え? なに?」
「……俺の鬼石は、どうした?」
「──え? あっ!」

 そういえば、契約するのに使ってしまった。
 これはどうしたらいいんだろう? バレたら怒られる気しかしない……!
      うろうろと視線を泳がせていると、指で作った狐が目の前に現れた。

「?」

 首を傾げると、勢いよく中指が弾かれた。

「いだぁっ!?」

 ぶわっと涙が浮かぶ。じんじんと熱を持った額を両手で抑え、翼を睨み付けた。
 翼は涙目の緋鞠の姿を見て、溜飲を下げたようだ。

「今ので許してやる」
「え?」

 翼が、ははっと笑い声をあげる。
 緋鞠がぽかんと口を開けている間に、すぐにいつもの無愛想な顔に戻ってしまう。

 ──何、今の……?

 緋鞠が茫然としていると、厨房の入り口から京奈はひょいっと顔を出した。

「つーくん、ご飯まだー?」
「もう少し、待ってろ」
「じゃあ、出来てる料理から運んじゃうねー」
「あ、私も手伝います」
「まりまりはお味噌汁を注いでくれる?」
「はい」

 味噌汁をお椀に注ぎながら、食後のデザートのオレンジを切っている翼をうかがう。
 その表情は、いつものようにきつい表情だ。
 
(……さっきみたいに、笑ってたらいいのに)

 先程の翼の笑顔を思い出すと、顔がかあっと熱くなる。
   
 いや、無理。あの笑顔は心臓に悪い。

 たまに見るからありがたいのだ。そう思い直し、緋鞠は顔を見られぬよう、味噌汁を注ぐことに集中することにした。
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