迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

文字の大きさ
上 下
32 / 113
第4夜 天岩戸の天照

第1話 会合

しおりを挟む
 緋鞠が目を覚ますと、白い天井と白いカーテンが目に入った。部屋の中は薄暗く、消毒液のツンとした匂いが鼻につく。

 ここは病院だろうか?

 目を瞑り、深く息を吸い込んだ。

 校庭に広がる血溜まり。
 積み上がった死体。
 不敵に笑う月鬼。
 重い怪我を負った──。

「そうだ、翼!!」

 ベッドから飛び起きる。
 気を失う寸前に誰かに翼のことを頼んだが、ちゃんと聞いてくれただろうか?

 治癒はかけたといっても緋鞠は本職ではない。
 不安が押し寄せる。

 ベッドから飛び降りると、柔らかいふさふさしたものを踏んづけた。

『いっだぁ!?』
「きゃーっ、銀狼!? ごめん!!!」

 緋鞠が踏んだのは銀狼の尻尾だったようだ。
 全身をぷるぷると震わせている銀狼に、何度も謝った。

『目が覚めたんだな。身体のほうは? 大丈夫か?』

 銀狼が顔をあげた。
 痛みのせいか、黄金の瞳が潤んでいる。

「え? あ」

 銀狼に言われて初めて自身の怪我を思い出す。
 四鬼に傷つけられ、包帯で巻かれた右手を握ってみる。

「っ」

 ひきつれた痛みに、息を飲んだ。

『痛むのか?』
「そんなに痛くないよ!」

 笑顔で答えると、銀狼はむっとした。

『我慢は良くないぞ。きちんと治療を施してもらえ』
「そんなことより!」

 ナースコールに手をかける銀狼の身体をガシッと掴む。

「翼、死んでないよね!?」
『はあ!? あの小僧のことなんか知らん!』
「危ないところを助けてもらったんだよ! 死んでないよね!?」
『知らんと言っているだろうが!」
「あとあと、琴音ちゃん! どうなったか知ってる? 無事だよね!?」
『そいつこそ知らんわ!!』

 スパーンっ! と扉を開いた。
 一人と一匹が扉を注目する中、入ってきたのは一人の看護師だった。

「神野さん、お目覚めになったのね。よかったわぁ」
「あ、ありがとうございます……」

 表情は笑っているけれど、目が笑ってない。

 あれ? 背後に般若が見えるよ?

「あんまり騒がないでね。安静にしている他の患者さんに迷惑だから」
「はい、気をつけます……!」
「よろしい」

 先生を呼んでくるわね、と、背に向けた看護師に声をかけた。

「三國翼くんと花咲琴音ちゃんは、無事ですか?」
「花咲さんは検査入院していたけど、昨日退院したわよ」
「そうですか! よかった」

 その言葉を聞いて心の底から安心した。あの月鬼は約束を守ってくれたのだ。

「で、三國くんのほうだけど、病院ここには来てないわ」
「えっ!? どうして? あんな大怪我をしたのに!?」
「大怪我? そんなのしてたかしら……。確か、無傷だったはずよ」

 そう話すと、看護師が病室から出ていく。

 緋鞠は訳がわからず、固まった。

 見たところ、翼の傷は内臓にまで達していたはずだ。それに地面を染めるほど出血量が多かった。
 また治療を施す術は基本的に霊力を常に継続して流し続けなければならず、失った血液を形成するなど不可能だ。
 つまり、あれだけで完治など不可能。

 考えて考えて考えて……。
 混乱してショート寸前の緋鞠の頭を、銀狼が軽く叩いたが、そのまま医者が来るまでぐるぐるしていたのだった。

                                              ~◇~

 薄暗い部屋の中、円卓に五つの席が用意されていた。

 鐘が十二刻を告げると、空席だった場所に青白い炎が次々と浮かび上がる。全員白袴を着用し、顔には面を付けている。違いといえば、放つ気の色ぐらいであった。

 は五代元帥たちが、この会合のためにそれぞれ放った式神だった。

 面に壱と書かれた式神は、ひとつ咳払いをすると嗄れた声を出した。

「──此度集まってもらったのは他でもない、五日前に起こった学園の襲撃事件についてである」

 ──鬼狩り試験中の月鬼による襲撃事件。

 試験時間が半刻を過ぎた頃、結界の異常を確認。
 警報が鳴った時点で学園の結界はすでに破壊され、外部との連絡は一切封じられていた。

 その際、参加者の一部は宿泊施設に強制送還。そこで式神の襲撃を受け、十五人中三人が死亡。

 三十人の参加者が残された学園では、月鬼による虐殺が行われた。
 取り残された三十人のうち十六人が死亡。また、警備員二名を含めた二十一人が死亡した。

「この件について、報告を願えますかな」

 参の面をつけた式神が軽くうなずいた。

「確認したところ、結界を破壊。月鬼を手引きしたのは、十二鬼将の一人、四鬼と断定いたしました」 

 その言葉を聞いて、全員が息を飲んだ。
 十二鬼将とは、月鬼の最強の武人である。人の姿をしながら額に角を持ち、月鬼を操る力を持つ。
 一から十二の数字を受け持つ彼らを殺さなければ月との戦は終わらない。

 弐の式神は声を荒げた。

「そんな馬鹿な! 十二鬼将がどうして学園に現れる!?」
「遭遇した三國一等兵が証言してくれました。四鬼と名乗っていたそうです」
「たかだか一等兵の証言など信用ならん!」
「彼の所属する五十四隊隊長、夜霧大尉から結界を書き換えたとみられる霊玉を提出されています。それに加えもう一名、試験参加者の少女からも証言は得られています。それでも信用なりませんか?」

 反論ができない弐に対し、伍は静かに落ち着いた声音で話を続けた。

「その少女は意識不明と聞いていましたが、目覚めたのですか?」
「はい、つい先程。三國一等兵の証言によれば、彼女の奮闘により四鬼が傷を負っていたと」
「そんなわけあるか!!」

 弐が椅子から勢いよく立ち上がる。

「十二鬼将を千年で殺せたのは、たったの五人。しかもそのうちの一人は十年前の討伐任務で、精鋭三百人もの死傷者を出してやっと討ち取れたんだ! それをたった一人の、契約したばかりの小娘が傷をつけたなど、そんなふざけた話があるか!」
「可能性はあります」

 言い切った肆に向かって、弐は詰め寄った。

「なんだと!?」

 しかし、肆は懐から扇を取り出し自身をあおぐ。

「彼女がであるならば、あり得ぬ話ではないはずです。それに貴殿方も見たでしょう。月に届かんばかりの光の柱を」

 月鬼を殺すことに長け、月の恩寵を最大限に受けられる人種。五代元帥たちには心当たりがないわけではなかった。

 静かになる場を、壱は咳払いをして再び声を上げた。

「どちらにせよ、彼女の調査任務はこれからも続けてもらわねばならんな。任務を請け負っている隊員に加え、監視者を一人加えておけ」
「御意に」

 参が恭しく首を垂れる。

「学園はしかるべき鎮魂の儀を行い次第、校舎の修復作業に入る。人選の確保を頼んだぞ」

 弐は軽く舌打ちをし、了承の返事をした。

「学園都市、また大和自体の結界の強化。それと新入生の訓練内容を大幅に変える必要もある。彼らに生き残る術を早急に叩き込め。少々厳しくても構わん」

 肆は扇をぱちんと閉じた。

「最後に十二鬼将の行方を探れ。しかし、奴らに気づかれぬよう、少数精鋭でだ。今人員が減るのは痛い」

 伍が無言のまま頷いた。

 そうして、五代元帥たちは会合を終えた。
 式神は本来の姿──人型の和紙に戻ると、ぽっと発火し、静かに燃えて、消えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます

ジャン・幸田
キャラ文芸
 アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!  そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

俺は彼女に養われたい

のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。 そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。 ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ! 「ヒモになるのも楽じゃない……!」 果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか? ※他のサイトでも掲載しています。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

処理中です...