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第3夜 鬼狩試験

第12話 闘う覚悟

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 気が付いたときには、緋鞠の身体を押していた。
 三國の身体に深々と、卯の足が刺さる。颯月で突風を起こしたが、卯は風に巻き込まれぬよう、大きく後退した。

 卯の足が抜けたことで、出血量が増える。心臓付近だったのだろう。器官を逆流してきた血液を、がはっと吐いた。

「三國くん!?」

 身体の力が抜け、膝を付く三國を緋鞠が支える。
 ひゅーひゅーと肩で息をしている状態の三國の姿に、緋鞠は混乱していた。霊符は残っておらず、治療の術など知らない。

 ──どうしたらいい? どうしたら……。

 涙がこぼれ落ちる頬に、温かい手が添えられた。

「ここから、逃げろ」
「え……?」

 逃げろと言われても、逃げられるはずがない。
 四鬼は何を考えているのか攻撃をやめていたが、恐らく緋鞠のことは逃がしてはくれないだろう。

「無理だよ……逃げられっこない……」
「もうすぐ、夜が、あ、ける。そしたら、月鬼は、きえ、る……」

 いつの間にか、東の空が白み始めていた。もうすぐ夜が明ける。 
 月鬼は紅い月が昇っている間のみ、此岸に現れることができる。月が沈めば、自然と姿を消すのだ。

 三國が懐から白紙の札を取り出すと、緋鞠の手に押しつける。

「それ、を、使え。……どう、にか、逃げ、きれ」
「なら、夜明けまで守りきる」
「いい、から」

 言い様のない不安が増し、緋鞠は信じたくなくて三國の身体にしがみついた。

「やだ。いやだ!」
「緋鞠!」

 名前を呼ばれ、はっと正気に戻った。碧の瞳が、緋鞠の紅を映す。

「いい、か。鬼狩り、に、なれば、一生、逃げられなくなる。死ぬ、まで、迦具夜の駒だ。そう、なれば、未来は、ない」

 普通なら、とっくに話せなくなっててもおかしくない状態なのに。三國のこれは、まるで遺言のようで。

「まだ、契約してない、今なら、逃げ切れる。家名のない、おまえ、なら、なおさらだ。だから、逃げろ」

 三國は意識が薄れていく中、緋鞠と言い争ったことを思い出した。

「おまえは、言ったな。なぜ、鬼狩りに、なったのかと。……本当は、なりたく、なかった」

 危険な仕事にも関わらず、絶対に人員はいなくならない。
 それは、長子徴兵制度のせいだった。陰陽師の家系に生まれれば、逃れられない絶対の掟。
 それを拒めば、一族皆殺しという忌むべき慣習だ。

 陰陽師の家系に、長子として生まれただけで、未来は決められていた。
 他の選択肢などない。

「でも、なりたい理由が。ならなければならない理由ができた」

 ……はずだ。思い出そうとしても、もう思い出せない。
 だけど時々、断片的に見えた思い出。

 色とりどりの花が咲き誇る花畑。
 妹にせがまれて作る白詰草の冠。
 穏やかに微笑む父と母。
 見つけると約束した四つ葉のクローバー。
 約束の指切り。

 その記憶の片隅に映っていたのが、緋鞠だった。

 ……理由はわからなかった。
 しかし、こちら側に来てしまえば、もう戻れない。 
 陰陽師とはいっても見習いだ。正式に任命されてない今、一般人として生きてきた彼女なら戻れる。

「これで、わかっただろう。こんな地獄から、逃げられるなら、逃げる、べきだ」

 緋鞠の脳裏に浮かんだのは四鬼だ。
 月鬼を従える上位種の鬼。人間によく似た姿をした彼の足元には、多くの犠牲者たちの血が広がっていた。

 普通に生きていた人たちが、月鬼によってああなる。……なってしまう。
 緋鞠は覚悟しているつもりだった。それなのに身体の震えが止まらない。

 ぎゅっと目を瞑ると、頬を撫でられた。

「みく……」
「偉そうなことを言って、悪かった、な……」

 力尽きたように、手が離れる。緋鞠はその手をとっさに握りしめた。
 驚いたように三國は目を見開いた。力がもう残っていないからなのかはわからないが、振りほどこうとはしなかった。

 緋鞠は迎えに来てもらうばかりで、いつも待つだけだった。それが苦痛だから闘う覚悟をして、家族たちから離れた。

 なのに、陽春には弱さを見破られ、険悪だった三國にもこうして守られている。
 結局、緋鞠はいつも誰かに守ってもらっている側なのだ。これでは、幼い頃となにひとつ変わっていない。

 緋鞠は兄からもらった最後の贈り物を見つめる。

『これは緋鞠を守ってくれる御守りだよ。どんな魔術も儀式も可能にする魔法のアイテムなんだ』

 緋鞠はポケットから三國の鬼石を取り出し、握りしめた。
 三國の言うとおりだろう。このまま進めば、待つのは地獄だ。
 
    ──だけど、それでも。

 腕の中で弱っていく三國を見る。
 もう、これ以上誰かが死ぬのは見たくはない。

  涙を拭うと、三國の身体を横たえ、出血箇所を探った。
 腕や脇腹、一番ひどいのは心臓付近の傷だ。深く抉られたかのような傷で、出血が一番ひどい。
 三國からもらった札に血文字で書く。

『治』

 治療に霊符を使ったことがないので、上手くいくか不安だったが、出血が徐々に減ってきた。
 緋鞠はぼろぼろになったコートを脱ぐと、三國の身体の上にかける。

「少し待ってて」

 四鬼の前に進み出ると、驚いたように真紅の瞳が瞬いた。

「驚いた。逃げるなら、鬼ごっこでもして遊ぼうかと思ってたのにな」

 そうだろう。四鬼は緋鞠の様子をずっと見ていた。
 緋鞠に、より深い絶望を味あわせるには、どうすればよいのか、想像して楽しんでいたのだ。

「俺に向かってくるとは、壊れる覚悟でもできたのかな?」
「いいえ」

 緋鞠は立っているのもやっとだった。霊力は底を尽きかけており、正直勝てる見込みはない。無駄死にするかもしれない。

それでも。

 緋鞠は鬼石とペンダントを握りしめた。

 ──切り札はまだ、残っている。

「闘う覚悟が出来ただけよ!」
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