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第3夜 鬼狩試験

第9話 四鬼

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 ※残酷表現有り

「っ!?」

 集中が途切れるほどの殺気から逃れるように、緋鞠は後方へと跳んだ。

 今までいた場所の地面がえぐられ、衝撃に石の破片が無数に飛んできた。石が当たってしまったようで、左足の痛みに思わず膝をつく。

「琴音ちゃんっ! 大丈夫っ!?」

 返事がない。
 嫌な予感に顔を上げ、緋鞠は声をあげる。

「っ! 琴音ちゃん!?」

 琴音が月鬼に捕らわれていた。意識を失っているのか、月鬼の抱えられたままぐったりとしている。

「琴音ちゃんを放せ!!」

 月鬼は緋鞠を振り返りもせずに、学園の屋根伝いに移動をし始めた。ぐっと手を握りしめると、砕けた鬼石の破片が手のひらに食い込んだ。

 ──契約は失敗だった。

「くっ!」

 緋鞠は急いで月鬼の後を追った。学園の広場を抜けると、広い校庭が見えてくる。

「……ぅえ、なにこの臭い……」

 生臭い匂いに、緋鞠は吐き気がこみ上げる。

 水はけが悪いのか、校庭の中心には大きな水たまりが出来ていた。緋鞠は周囲に気を配りながら水たまりに近付く。

 ──まさか、これぜんぶ……。

 吐き気をこらえながらから顔を上げると、中心に誰かが立っていた。

 月鬼ではない。どう見てもだ。

 和装姿の細身の青年だった。
 だが、に立っているなんて、

 緋鞠は青年から目が離せない。初めて遭う恐怖に身体が動かなかった。

 青年は手に持っていた棒を、無造作に放り投げた。
 ぱしゃんと跳ねて、月明かりの下に晒される。

「ひっ!」

 ──誰かの腕だった。

 考えるな考えるな考えるな!!

 に隙を見せてはいけない。

 なぜ、今まで気にもとめなかったのだろう。

 ヒントはあったはずだ。
 床に落ちていた紅い欠片は砕かれた鬼石。
 なかなか見つからなかった陣は、白チョークで描かれていたため、消すことはたやすい。

 そして、校庭の
 これは血だ。琴音と出会うまで遭遇しなかった受験者たちは、みんなのだ。

 ──なんてことを……!

「あれ?」

 緋鞠はびくっと身体を震わせた。
 ぱしゃ、ぱしゃとゆっくりと近づいてくる足音。恐る恐る顔を上げると、目の前に青年が立っていた。

 紫の髪に、月鬼と同じ紅い瞳。
 額から角が伸びた青年は緋鞠を見つめ、にこりと微笑んだ。

「やぁ。初めまして、お嬢さん」

 緋鞠に向かって手を差し出して来た

「俺の名は四鬼しき。月鬼なんだ。君の名は?」

 緋鞠は自身を“四鬼しき”と名乗る男を見た。
 額の角以外は、ただの人間のような立ち振る舞いだ。

 四鬼は動けないでいる緋鞠の様子に首を傾げた。そして、ぽんっと手を叩き、着流しの袖内からハンカチを取り出し手を拭き始めた。

「ごめんね。血が付いてたね」

 そうしてきれいになったのを確認すると、再び手を差し出して来る。緋鞠が握手に応じなくても、ずっとそうして待っていそうな気配だった。

 緋鞠の額から汗が滑り落ちたとき、新たな敵が現れた。

 小型の月鬼と琴音を拐った月鬼だった。
 琴音を抱え上げ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。見た限りでは目立った外傷はないようで、緋鞠はほっと息を吐いた。

 小型の月鬼が、四鬼の気を引こうと袖を引っ張った。
 しかし、四鬼は緋鞠に手を差し出したままだ。

 緋鞠が四鬼の手から小型の月鬼に視線を移した瞬間、小型の月鬼が消えた。何が起こったのか緋鞠はわからなかった。

「はぁ……俺の邪魔しないでよ。雑魚のくせに」

 最悪、と四鬼は手を払った。
 長く禍々しい爪から、赤い欠片がぱらぱらと溢れ落ちる。

「あれ? まだいたんだ」

 四鬼の目が、月鬼が抱えている少女に気づいた。
 爪を伸ばしたままの四鬼の手が、気を失っている琴音へと伸ばされる。

「やめてっ!!」

 緋鞠は声をあげた。
 両手を拳にして、四鬼をまっすぐ睨みつける。もうこれ以上、誰の血も見たくない。

 四鬼の視線がゆっくりと緋鞠に向けられた。
 口許を歪ませて、頷く。

「いいよ。この子には手を出さないであげる」
「え?」

 四鬼が緋鞠の見ている前で、月鬼の額に触れる。
 額に月と“四”の文字が浮かび上がった。

「この子を結界の外に。ああ、摘まみ食いしちゃ駄目だよ?」

 四の文字が額からすっと消えると、月鬼がゆっくりと離れて行く。震えが止まった足で後を追おうとすると、四鬼が不思議そうに緋鞠を見つめる。

「大丈夫だよ。ちゃんと命令しておいたから」
「……何で?」

 四鬼の真紅の瞳に、殺気が浮かぶ。

「──だって、君の方が壊しがいがありそうだ」
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