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第3夜 鬼狩試験

第7話 花咲琴音

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「それじゃあ、緋鞠ちゃんはお兄さんを探すために、鬼狩りになろうとしてるんですか」

 緋鞠は黒髪を肩まで伸ばし、左右をリボンで結んだ桜色の瞳の可愛らしい弓使いの少女──花咲はなさき琴音ことねと共に、建物の影に隠れながら移動していた。
 試験の最中にまだ使われていない陣を見つけたという琴音の話を聞き、そこへ案内してもらうことになったのだ。

 初めは緊張気味だった琴音も、緋鞠に打ち解け笑顔で返してくれるようになった。

「すごいなぁ。私なんか、そう決められていたから、鬼狩りになっただけだもの……」
「決められてたって……」

「あっ、緋鞠ちゃん、あそこです」

 詳しい事情を尋ねようと思ったが、琴音が指差す方に顔を向ける。

 そこはパルテノン神殿を思わせる円柱に囲われた学園の中庭だった。緋鞠は外周ばかりを探していて、中庭はまだ探してはいなかったことを思い出す。

 広場の真ん中には噴水があり、周囲にはバラが咲き誇っていた。明るい昼間なら、さぞや幻想的で美しかっただろう。
 
「緋鞠ちゃん、こっちですよ」

 手招きする琴音の後についていくと、奥のほうにテラスがあった。

「ほら、ここです」

 白いテーブルの下に隠されるように、紅い月色をした陣があった。

「鬼石を持って、陣の中央に立てばいいんだね?」
「はい」

 緋鞠はポケットから鬼石を出す。
 三國から受け取った傷ひとつない鬼石。

 彼が自分の鬼石だと主張する鬼石は、バレないように取り戻してポケットの中にある。
 そちらを使おうかとも思ったけれど、なんとなくやめた。三國の言うことを信じたわけではない。だけど、あの必死さは嘘を言っているとも思えなかった。

 緋鞠は陣の上に立つと、ふと疑問を口にする。

「何か契約の呪文とかあるの?」

 呪文とは、術を行うための命令である。
 きちんとした呪文唱えて命令を行わなければ、欲しい効果は得られない。そのため陰陽師にとって、契約の際の呪文は非常に重要であった。
    琴音は頷くと、自身の頭を指で示した。

「陣に霊力を通しながら願いを思い浮かべると、呪文が自然と頭の中に浮かんでくるんですよ」
「それだと、皆一緒にならない?」
「何を願うかによって、呪文も違くなるらしいです」
「なるほど」

  ──願いによって変わる、か。
 
 緋鞠は陣の上に立ち、鬼石に意識を集中させた。
 手のひらの鬼石から徐々に足へ、陣へと霊力を流していくと、鬼石が脈打ち始めた。

 全身に霊力が巡るのを感じながら、緋鞠は願いを思い浮かべる。

  私の願いは──。

                                               ~◇~

 学園には結界が張られていた。
 外壁近くの家の屋根に辿り着いた銀狼は、緋鞠との念話を試みるも反応が返ってこない。おそらく結界のせいで阻まれているのだろう。

 すとんと地面に下りた銀狼は、結界を形成する際に必要な媒介を探すことにした。

 結界はさまざまな規模や種類が存在するが、学園を覆うほどの大がかりなものになるとそれなりの準備や霊力が必要となる。ならば、それらを繋ぐバイパスが存在するはずだ。

 外壁の周りを確認していると血の匂いがした。
 匂いの元に足を向けると、銀狼の目に飛び込んできたのは血溜まりに沈む二人の警備員の姿だった。

 駆け寄ってみるが遅かったようだ。一人は腕を切り落とされ、背後から切りつけられていた。

(こっちは駄目だ。もう一人は……)

 銀狼が近づくと、離れた場所に倒れていた警備員の目が薄く開かれる。

「……誰か、いる……のか」

 瞳に力がない。出血の量からも、もう長くないことがわかる。鼻づらを押し付けると、警備員が口を開いた。

「──中の、子供たちを……助けて、くれ……こんな、状態……では……」
『ああ、全員を助ける。あとは任せろ』

 銀狼の言葉を聞くと、安心したように表情を和らげた。もう、その目が開かれることはなかった。

 過去にも多くの人間たちが、銀狼の前で死んでいった。
 昼に笑いあった人間が、夜には血の海に沈んでいる。そんな場面を何度も経験し、これからも経験していかなくてはならないのかと思うと、絶望でいっぱいになる。

 銀狼は顔を巡らせると、紅色の月明かりに照らされた月鬼を睨みつけた。

『貴様らはどれだけの人間を殺せば気がすむんだ!』

 銀狼は後ろ足を蹴って大きく跳躍し、月鬼に飛びかかる。
 妖怪の牙など、月鬼にはなんの効果もない。けれども死んでしまった警備員たちのためにも、少しでも傷つけてやりたかった。

 噛みついてきた銀狼を引き剥がそうと、月鬼は身を捩った。銀狼は月鬼の身体に爪を立て、振り落とされないようにと踏ん張る。

『そこのワン公! 避けろ!』

    男の声が響いた。

 ──わ、ワン公だと!?

『俺は狼だ。無礼者めが!』

    銀狼は声の方向に顔を向けた途端、驚いて目を見開いた。月鬼を突き飛ばして、その場からダッシュで逃げる。

    大型二輪車バイクを操縦するフルフェイスのヘルメット姿の男が、月鬼と銀狼に向かって疾走してくる。
 男が手にしているのは拡声器だ。

 そして、男の後部シートには、携帯式対戦車ロケット弾発射器バズーカの筒口をこちらに向けた女がいた。

「てーい!!」
『っ!?』

 女がかけ声と共に、ロケット弾を容赦なく発射する。
 ドカーン! と大きなボム音と共に月鬼が倒れた。
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