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第2夜 古都大和

第6話 内と外

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 ──松曜しょうようの元まで案内する。

 そう告げられた緋鞠は銀狼と共に、唖雅沙の運転する車に乗っていた。

 坂道に沿ってなだらかに並ぶ武家屋敷。
 学園都市全体が神社のように神聖な雰囲気がある。

 後部座席で流れる風景を食い入るように見つめる緋鞠と銀狼を、唖雅沙はルームミラー越しに見る。

「そんなに珍しいか?」
「はい! 街の色が朱色で統一されててきれいだなって」
「学園都市はその名の通り、陰陽師を目指す学生にとって最適な環境を整えている。一番はその性質だな」
「性質?」
「なにか感じたことはないか?」

 小型犬サイズになって、緋鞠の膝に乗る銀狼と顔を合わせる。
 そういえば、なんとなくだが、銀狼がいつもよりもはっきりと顕現しているような。それに自身も身体が若干軽い。

「……霊力の安定?」
「そうだ。霊力は人や妖怪の体内で生成、循環しているが、それは土地も一緒だ。霊力の大いなる流れ、霊脈が地中を循環し土地に生命力を与えることで豊かな自然が形成される。そして大和は霊脈の心臓部だ」
「それじゃあ、最もその恩恵が得られるんですね」

 だから陰陽師の学舎としても大和が最適なわけだ。
 いつもよりも犬っぽさが加えられた銀狼を撫でてみる。普段の雲をつかむような曖昧な感触ではなく、ふわふわとした手触りを楽しめた。

「銀狼、ふわふわだね。いい枕になりそう」
『おまえの頭を支えきれるほど頑丈じゃない』
「えー、じゃあ抱き枕でもいいよ」
『じゃあってなんだ、じゃあって。どこに譲歩された点があるんだ!』
「……圧迫されるかされないか?」
『たいして変わらん!』

 一人と一匹がじゃれ合っていると、車が急停止した。

「お?」
「着いたぞ」

 窓から外を見ると、西洋式の建物が目に入った。
 車から下りる唖雅沙に続いて、緋鞠と銀狼も急いで下りる。

「わあ!」

 門扉を開けると、英国風の庭があった。春の花が咲き誇り、たくさんの蝶が美しい羽を広げて飛んでいる。バラのアーチをくぐり、案内されたのは落ち着いた雰囲気のある西洋式の屋敷だった。

「ほら、早く来い!」
「は、はい!」

 広い玄関ポーチから、オープンテラスが見える。どうやらは日本庭園よりも英国風ガーデンがお好みのようだ。

「入れ」

 唖雅沙が玄関ドアを押し開けると、赤い絨毯が敷かれた広い廊下が現れる。西洋風インテリアを期待していたけれど、白い壁に飾られているのは掛け軸やら巻物だった。

(え~……)

 なんだか軽く裏切られた気分。

 和箪笥の上や床にまで置かれた壺やら置き物やらも、一見乱雑に置かれているようでいて、配置なども細やかに計算しているのだろう。見事なまでの調和だ。
 これがきっとの内面なのだろう。

 (こういうところがちょっと苦手なんだよなぁ)

    緋鞠はため息をつきたいのを堪えて、唖雅沙に続いて重厚な分厚い焦げ茶色の扉の前に立つ。唖雅沙は三回、扉をノックした。

「風吹唖雅沙、ただいま戻りました。入ってもよろしいでしょうか?」

 どうぞ、と中から優しげな老人の声が聞こえた。

「失礼致します」 

 唖雅沙はゆっくりと、扉を押し開ける。室内は、午後のやわらかな日射しが部屋中を満たす、居心地のよさげな部屋だった。
    アンティーク調の執務机に、左右の壁には背の高い本棚。典型的な書斎部屋だ。中でも目を惹くのは、執務机の背後に貼られているステンドグラス。陽射しが降り注ぎ、床に色鮮やかな影を映し出している。

「おや? 緋鞠さんも一緒にいらしたんですね。そちらの狼さんは初めまして、ですね?」 

 冬に会ったときと変わらない、穏やかで優しげな琥珀の瞳。
 桜木は執務机から車椅子で、緋鞠たちのそばまで移動してきた。

「四ヶ月ぶりです、桜木さん。こちらは私の相棒の銀狼です」

 銀狼が行儀よく頭を下げると、桜木は目尻を下げてにっこりと笑った。

「はじめまして、桜木松曜といいます。よろしくお願いしますね」

 伸ばされた桜木の手が銀郎の頭を何度も撫でる。銀狼は特に嫌がりもせずに、老人にされるがままだ。

「おお、賢そうないい子だ」
「外面だけはいいんですよ」
『がうっ!(内面も立派だぞ!)』

 愛犬(?)をほめられた緋鞠はにこにこするも、自身に向けられた厳しい視線に気が付いた。

 視線の主は、唖雅沙だ。

「風吹さん、なにか?」
「貴様は、松曜さまがどのような方か、ご存知ではないのか?」

 緋鞠は首を傾げて唖雅沙を見る。

「さあ? お名前以外は知りません。私から見れば、ただの怪しいご老人かと……」

 ちょっと皮肉混じりにそう答えると、信じられないものを見るような目をされる。

「貴様!?」
「緋鞠さんの言うことに間違いはありませんよ」

 刀に手をかける唖雅沙を、桜木が止める。会話から見ると上司と部下というよりも雇い主と従者のようだった。

「松曜さま! この娘には何も教えず、推薦状をお渡しになったのですか!?」
「彼女には資格があったものですから、ね?」

 ──いや、逆かな?

 怒りに震える唖雅沙とそれを宥める桜木の様子を見ていると、主従関係が逆転して見える。

「あの?」

 緋鞠が口を開くと唖雅沙がごほん、と咳払いをしてこちらを向いた。
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