迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第2夜 古都大和

第3話 問われる覚悟

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 「ところで、今日はどういった用件で訪ねてきたんだい? 君の可愛いご主人を紹介しに来たわけではないだろう?」
 「挨拶に寄っただけですよ。しばらくこの土地に留まるので」
 「ほお、近所に住むのかい?」

 首を傾げる陽春ようしゅんに向かって、緋鞠が答える。

「星命学園に入学するんです」
「ははあ、なるほど。お嬢さんは、陰陽師を目指してるのか」

 星命学園には二つの学科がある。
 一つは妖怪科。これは昔からある科で、人々を妖怪の悪事から守ったり、妖怪の力になったりと一般的にイメージがしやすいであろう陰陽師の仕事である。

 そしてもうひとつの科は──。

「はい、私が目指しているのは、鬼狩科です」

 そう宣言すると、春のひだまりのような陽春の表情が曇った。

「あー……君は、今年の鬼狩り適性試験を受けるのかな?」
「はい」
「何のために?」
「えっ?」

  陽春の真剣な目が、緋鞠の真意を探ろうとしている。

「何のために、君は月鬼と闘う?」
「私が月鬼と闘う理由は──」

  緋鞠が闘う理由はただ一つ。
 これからも変わらない。変える気は、ない。

「兄を捜すためです」

 血の繋がりのない緋鞠を拾い、育てて、感情や愛情をくれた人。
 もし彼が、危険な目に遭っているならば……。

 ──彼を救うためならば。

「そのためなら、どんなことでもします」

 たとえ、迦具夜姫の駒として道を歩むことになっても後悔しない……!

 緋鞠の真剣な言葉にも、陽春は納得しない様子だった。

「んー……それじゃあ質問を変えようかな。君、ほかに家族はいる?」
「孤児院にお世話になってますけど……?」

 神の遣いに指摘されて脳裏に浮かぶのは、緋鞠の家族だった。兄の友人であり孤児院の院長を務める水木みずき八雲やくもに、中学生二人、小学生が二人、年少組が二人の計七人。
    院長と身寄りのない子供たちだけで、支え合って生きてきた。

「血の繋がりがなくても、私にとっては大事な家族です」

 家族と離れてそんなに経っていないけれど、思い出すと無性に会いたくなってくる。

 ──みんな、どうしているかな?

 兄を捜すために陰陽師になると言った緋鞠を応援してくれた。朝早い時間に、みんなで送り出してくれた。

「──それなら、別に兄ひとりにこだわらなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
「だって今は今で、大事な家族がいるんだろう? その家族だけを大事にすれば、いいじゃないか」

 確かに、そうかもしれないけれど、そうではなくて……。
    複雑な気持ちが緋鞠に生じてくる。

「もし、お嬢さんまでいなくなったら、兄弟たちに君と同じ思いをさせることになるよね。それはいいのかな?」

『おねぇちゃん、ほんとにいっちゃうの……?』

 脳裏に浮かんだのは、末っ子の泣き顔だった。

 失った兄を追いかけて。でも、今も。本当は生きてる証拠なんてどこにもない。
 あるのは緋鞠の希望、願いだけだ。

    (……でもそれって、家族を悲しませてまでやること?)

 喉の奥になにかがひっかかって、わけがわからなくなる。
 思わず両腕を抱きしめた。

    (わ、たし、は──)

「悪かった!」

 緋鞠は驚き、弾かれたように顔を上げた。

「私は別にお嬢さんを泣かせたかったわけじゃないんだ」

 陽春が手を伸ばし、緋鞠の頬を伝う涙を優しく拭った。

「あ、れ……私……泣いて……?」
「私はね、過去に囚われて命を落とした者をたくさん見てきたから、お嬢さんにもそうなって欲しくなくて言ったんだ」

 陽春は意地悪で言ったのではない。緋鞠にもわかっている。

 緋鞠はただただ恥ずかしかった。
 泣いたこともそうだけれど、指摘されたことにはっきりと答えられなかった。
 兄と孤児院の家族との間で、揺れている緋鞠の心を神の遣いは見透かしているのだ。

 ──もっと、強くならなきゃ。

 緋鞠がコートの袖で、乱暴に涙を拭った。

「銀狼! ちょっと落ち着いて! な?」
「ん?」

 神の遣いの焦った声に振り返ると、背後に鬼神を背負った銀狼が、陽春を睨みつけている。まさに鬼神……いや、狼神。

「貴様……緋鞠を泣かせたな?」
「いや、だってさ。せっかく銀狼に主人が出来たっていうのに、鬼狩りになるとか言うから……」
「許さん!!」

 銀狼が緋鞠を抱き上げた。

「うわあっ!? わわわ、ちょっと銀狼!?」
「こんな無礼者にかまってはいられん。行くぞ!!」

 そうしてさっさと歩き出す。

「ちょ、ちょっと! 歩けるってば、下ろしてぇええ!!」

 暴れても力の差は明らかで、びくともしない。
 緋鞠は半分諦めて陽春の方をみると、大きく手を振っていた。

「何か困ったことがあれば、訪ねるがいい!!」
「ありがとうございます!!」

 緋鞠が手を振り返すと、陽春はほっとしたように破顔した。

 桜の花びらが、陽春を包みこんだ。緋鞠を抱えたまま銀狼が鳥居をくぐる頃には、その名の通り。春を思わせる優美な姿は完全に消えてしまった。

 銀狼はそっと緋鞠を地面に下ろすと、申し訳なさそうに目を伏せた。

陽春神の遣いが悪かったな」
「なんで銀が謝るの?」
「昔から心配性なんだ。あとで締め上げとく」
「そんなことしないで! 陽春様とは友達同士なんだよね? 大事にしてあげて」

 緋鞠は銀の頬をきゅっとつまむと、頬を引っ張った。

「ほらほら、笑顔!」

 無理やり笑顔の形にさせてみるも、まったく似合わなくて笑えてきた。

「ぐ、ふっ! にっ、似合わない……!」
「おまえがやったんだろ!」

 があっと怒鳴る銀から、緋鞠は逃げた。

「行こう、銀!」

 手を差し出せば、そっと手を重ねてくる。

 ──過去よりも現在を大事にしたらよいのではないか。

 陽春の言っていたことは、もっともだ。

 けれども緋鞠はもう、止まれない。

 緋鞠との別れを悲しむ兄弟たちの手を振りほどいてきたのだ。
 今さらやめられない。

 緋鞠だって十分わかっている。

 兄を捜すことが無謀な願いであることも。
 それでも願いは日に日に増すばかりだった。

 四ヶ月前の、あの日から──。
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