戦場の歌姫と呼ばれた少女、一旦無能になってみることにしました。

影猫

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第九話

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通路を歩き、庭へ出て、森の奥へ向かう。遠のく意識を必死に繋いで、なるべく奥へ。人に見られないように...
ひたすら歩いて、少し開けた場所でとうとう倒れた。草と土の感触が背中から伝わってくる。
「大丈夫...きっと...」

━━━━━━━━━━━━━━

「なんすかこれ...」
廊下に昨日まで無かった赤い跡。少し乾いているが最近付いたものだと思われる。それが規則的にポツポツと続いていた。跡が始まっているのは近距離部隊の練習場から。この先に何があるのか。
「まぁ行ってみますか...」
廊下へ行き、庭へ行き、道の無い森の中へと続いていく。見づらくはあるが跡は残っていて、人が通ったような跡もあり。
「はぁ...全くどこまで続いてんすか。」
そこでサッと目の前が開けて。暗かった視界が明るくなって。そこで目にしたのは。
 
「...無能...さん...?」

光に照らされて、澄んだ声で歌いながら、美しく舞うあの無能の姿だった。
「~♪~~♪」
風が吹き、木々が揺れ、鳥が鳴く。その中で目を閉じて笑顔でゆったりと動く彼女はまるで、人智を超えた存在のように見えた。動きをよく見ていると、彼女の服に赤いシミが付いているのが見える。あれは彼女の...続いていた跡はそういうことだったのか。だがそうならばおかしなことがある。服のシミと跡から考えて、普通ならもう意識は無くなっているはずなのだ。あんな風に舞うことも、歌うこともできないはずなのだ。声もかけられずにそのまま見ていると、だんだん服に付いたシミが消えていっているのが目に見えてわかった。
「再生能力...!?」
それが無能の能力なのだろうか。もっとよく見ようと前のめりになった時、パキッと足元で音が鳴る。その瞬間、目を開いた無能と目が合ったような気がした。いや、こちらは暗いしきっとバレていないと思いつつ息を潜める。目だけを草むらから覗かせていると、無能はゆらりと手を動かしどこからともなく現れたナイフを浮かべ、手を素早く横に振るだけでナイフを真っ直ぐこちらに飛ばしてきた。ナイフは俺の頬を掠めて横の木に刺さる。しっかり位置がバレているではないか!焦ってどうするべきか考えていると、頭に誰かの声が響く。
「ここで見た事を誰にも言わなければ、見逃して差し上げましょう。しかし誰かに話した場合には...」
そこから先は聞かなくてもわかった。無能が話しているのかどうかは後で考えるとして、今はとにかく黙って逃げることにしよう。誰にも言わないと固く誓って音を消して走り出す。幸い誰かが追ってくることもなく、安全に自室まで戻ることができた。
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