戦場の歌姫

影猫

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第五話

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コンコン。
書記長室の扉をノックすると気の抜けた返事が帰ってきた。きっと彼はまた何徹もしているのだろう。
「失礼します。書類を提出しに来ました。」
扉を開けて一歩中に入り、要件を先に述べる。残念ながら返事は返ってこないが。
書記長である彼の名前はセルゲイ。黒髪で七三分けにした前髪にルビーの瞳で眼鏡をしている。北の国の出身で、そこに近い緑に黄色のラインが入った軍服を着ている。サボりがちな他の幹部の書類に代わって自分が多く仕事をやっている。その結果徹夜三昧で隈が取れないのだが。能力は堕天と言って、身体能力の強化の他、彼の場合は炎が操れたりいろいろできるらしい。
「...おい、無能。」
書類を分かりやすく整頓している最中、急に声をかけられた。見れば濃い隈がついた目でこちらの顔をじっと見ている。顔見れば見るほど眠そうなのが伝わってくるなとぼんやり思った。
「...その顔、どうした。」
「...?顔が何か...」
顔に何かついているのだろうか。意味がわからなくて思わず首を傾げてしまう。
「腫れてるだろ、何かしたのか?」
あぁ、そういうことか。
「ルーチェに殴られた跡でしょうか?そんなに目立つ跡が残っていますかね...」
自分の頬を摩ってみるが特に何も感じない。そういえばナイフで切れたところの処理もしていなかったな。
「そういうの見せつけみたいで嫌なんだが。医務室行くとかしろ。」
それだけ言ってまた書類に目を向け出した。丁度整頓も終わったのでそのまま医務室に向かうことにしよう。
「失礼しました。」
軽く頭を下げて扉を閉める。彼もまたよく分からない人だ。虐めているのか心配しているのか...少し首を傾げながら医務室に向けて歩き出した。

━━━━━━━━━━━━━━

他とは違う白い扉、ここが医務室だ。
書記長室と同じようにノックをしてから入る。この部屋の主はすぐに目に入った。
「なんだ無能か...何?治療なら適当にその辺の使って自分でやってくれる?」
この男も残念ながら幹部である。彼はイレーネ。薄い水色の髪にパライバトルマリンの瞳、東の国の袴と呼ばれる服に近い服を着ている。医療部隊の隊長でこの軍の軍医だ。個性の塊のような存在で、他の幹部達から何とは言わないが恐れられている。能力は治癒で、大抵の怪我や病気は治せるそうだ。
医務室に来たところで結局今のように自分でやる羽目になるから大して治っている気はしない。これなら能力を使う方がいいがまだ使えないため、大人しく適当に手当てしている。
とりあえず消毒して何か貼っておけばいいか...と消毒液を取り出し、適当に傷に塗る。やはり痛みは感じないが、何かが染みてきているのは感じた。その後やはり適当に貼れそうなものを貼って元の場所に戻しておいた。

━━━━━━━━━━━━━━

ちらちらと無能の様子を観察する。適当に自分でやってとは言ったが変な薬品使われたら困るからな。
見てる限りは大丈夫そうだが...あ、貼るもの違うな。まぁいいか、無能だし。
「失礼しました。」
他の幹部とは違って律儀な子ではある。そういえばまともな手当てもしていないのに数日経ったら綺麗に治っているのは何故だろうか。
「どこか別の病院にでも行ってるのか...?」
情報を漏らしていないだろうか...不安になるな。一応報告しておこうか。
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