戦場の歌姫と呼ばれた少女、一旦無能になってみることにしました。

影猫

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第一話

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朝。陽の光が差し込み、ほとんど何もない部屋の中を照らす。固いマットレスから起き上がり、硬い床に降り立つ。ある程度の身支度を済ませて部屋を出て、誰もいない静かな廊下を歩く。この時間でないと安心して廊下も歩けないのは酷く不便だ。
少し歩いた先に食堂があり、そこで静かに朝食を摂るのがルーティーンなのだが今日は残念なことに静かに過ごせなさそうだ。
「おー無能ちゃん。おはよう。」
食堂の人席に座る男。ヨレヨレのスーツ姿に片目を隠す程紺色の前髪を伸ばし、眼鏡をかけたアウイナイト色の瞳をこちらに向けて話すこの男は一応この軍の幹部の一人で、名はシャグラン。第一遠距離部隊の隊長をしている。能力は無効化で触れた相手の能力を無効化できる。ちなみに彼の言う"無能ちゃん"とは私のことを指す。
「最近朝見ないと思ったらこんな時間にいたんだねぇ...元気にしてた?ま、無能ちゃんはしぶといから元気か。」
嘲笑うようにヘラヘラ笑いながら話しかける。会話するだけ体力の無駄なので何も答えないが。そうやって無視しながら自分の食事を運んでいると、唐突にナイフが飛んできた。そのナイフを避けもせずに当たって傷がつくと、ナイフを投げてきた犯人が楽しそうに笑う。犯人なんてこの場には私ともう一人しかいないから考えるまでもない。
「ほんといい的だよね~。一般兵の練習台に向いてるんじゃない?」
相変わらずヘラヘラ笑いながらナイフを取りに行き、席に戻るために私の横を通ると、私にしか聞こえないぐらいの声量で、
「無能の癖に無視するなよ。」
と言って戻って行った。どうせ反応したらしたでキレてきただろうに、なんと理不尽なのだろうか。
こんな場所に居たら危ないのでさっさと食べて席を立つ。部屋に帰りながら、そういえば今日は幹部で会議があるなと思い出した。残念ながら私も一応幹部なので行かなければならない。心の中でため息を付きながら今日のこの身の無事を祈る。
そう、もうお気付きの方もいるかと思うが、この軍で私は虐められている。それも総統以外の兵士全員に。特に関わりの多い幹部達からはまるで玩具のように扱われている。
この国的に見れば到底許し難い問題ではあるのだが...私にとっては最早どうでもいい。"目的"さえ達成できれば、あとは我が身などどうなろうと構わないのだ。目的のため、それが今私がここに居る理由になる。
部屋に戻ってなんとなく、ろくに磨いていない鏡で自分の姿を見る。胸の上ぐらいの長さまで伸びたくすんだ茶色の髪に髪と同じ色の暗い瞳。肌も決して綺麗という訳ではなく、頬には先程飛んできたナイフのせいで赤い線ができている。そこまで見て乾いた笑いが漏れ出た。ろくに手入れもしていないからこんな見た目になって当然なのだが...こんな姿もある意味面白い。あの人達が見たら何て言うだろうか。
「ふふ...ふふふふ。」
そうしてしばらく笑っていた。
 
カメラの存在も忘れて。

その先のピンクトルマリンの瞳がこちらを見ていることも忘れて。
 
 
「何笑ってんのこいつ...キモ。」
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