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76話 葛藤

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 セイさんの前ではなんとか恐怖を押さえつけられたが、早々に撤退することにした。
 それをセイさんは止めようとせず、「また、何かあったら手紙を送るよ」と伝えるだけにとどまった。

 無属性魔法を使い始めてからこんな夢を見るようになった。

 そこには、僕自身が立っている。
 顔も出で立ちも同じだが、その「僕」はたいそう僕の事を嫌っているようだった。
 もしかしたらただただ単純に夢だから、で終わる話なのかもしれない。

 だが、その夢は何かを僕に伝えようとしているのではないか、と思ってしまう。

 僕は古谷書店に帰ってくると、ただいまを言うこともなく自室に直行し、ベッドで横になる。
 まもなくして、僕は睡魔に襲われたのだった。

ーーーーーーーーーー

 この感覚。視線。おぞましいほどの魔力。
 夢だとするならば、こんな鮮明に感じてしまうのは少しおかしい。

 そして、視線を向けられている方を見ると「僕」が僕をのぞき込んでいた。

「どうも、こんにちは」

 声をかけてみるも反応がない。
 彼は僕のことをただただじっと見つめているだけだった。

 少しして、無音の時間が唐突に終わる。

 それは、「僕」が僕の着ている服をまくっている、奇妙な光景であった。

「な、何もありませんって」

 僕はそう言ったが、彼は強引に左手の袖をまくっていた。
 左腕を穴が空くようにしっかりと調べられ、そして、ゆっくりと言った。

「本当に、なにもないのか」

 当たり前……。というか、夢の中に物を持っていけるのかという疑問すらある。
 しかし「僕」は自身の左腕を僕に見せてきた。

「星型の、魔法印?」

 「僕」の左腕についていたのは星型の魔法印。
 つまるところ、魔法陣を簡略化し腕に刻み込めるように小型化した物といっていいだろう。

 ちなみに、無属性魔法では魔法印を使う魔法はない。

 ならば、一体何が要因なのか……?

「一つだけ、忠告しておこう。お前の強力な魔法の源は僕だ。でも、もう一度無属性魔法を使えば僕は完全に開放される。その時にはもう一度出会えるだろう。……今度は敵同士として」

 彼は僕から離れていこうとする。
 声をかけようにもかけられない。いや、体が動かない。
 別の声が聞こえてくる。僕を呼ぶ声が。

 僕は目を覚ました。

ーーーーーーーーーー

「シュンくん、だいぶうなされてたみたいだけど大丈夫?」

 よくわからない。
 無属性魔法を使うと完全に開放される?
 ゆっくりと身体を起こすと僕はユナに言った。

「多分、大丈夫だと思う。少し嫌な夢を見ただけだから」

「それなら、良いんだけど」

 ユナはそう言って僕に抱きついてきた。

「ユナ……?」

 泣いていることに気がついた。
 嗚咽を押さえるようにさらに強く抱きついてくる。

「私、怖かった。シュンくんがどんどん遠くに行っちゃうような気がして。私になんかもう興味も示してくれないんじゃないかって」

 くぐもった声だが、確かにそう言っていた。

「私、何か駄目なことしちゃったかな?私を嫌いに、なっちゃったのかな?」

 そんなはずない。僕だって、ユナのことが……。
 僕は、ユナに抱きしめ返す。すると、少し抱きつかれた手がゆるくなった。

「嫌いになんてなれるはずないじゃないか。僕は、ユナのことを愛してるんだ」
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