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22話 友人ならば
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ユナを見ていた目がこちらに向けられると僕は少し怯んでしまった。
彼の目はまるで獲物を狩る肉食動物のそれと同じだ。自身のトラウマと重なって余計に恐怖があおられる。
こいつに、ユナを渡しちゃならない。冷静に考えることを放棄した僕の脳はさっきからそれを叫び続けている。
「どけ、チビ」
さっきユナに話しかけたときとはまったく違う、冷たい声だ。でも、僕の中では決意は固まっていた。
絶対にこいつはユナに近づけちゃならない。何か言おうと口を開こうとすると口の中はカラカラになっている。頬に冷や汗が流れ落ちてくるのを感じる。恐怖で息は荒いし、膝だってガクガクしている。
五感すら感じられないほどの恐怖だったのか。確かに、今気づくまでそんな情報は自分は把握できていなかった。
けど、今は考えるのをやめたらいけない。恐怖から逃げちゃいけない。深呼吸をして、冷静さを取り戻していく。
「あんなところにトリオス様が!」
渾身のハッタリだ。でも、本当の詐欺の交渉手段だ。
右手に指差した方面にはただの道しかない。だが、彼の顔には本当にいるかのように驚きの顔がくっついていた。
左手はユナの手を握って、僕の足は走り出す用意ができていた。
一瞬の隙きがちゃんとできた。僕たちは彼の横をすり抜けると、一目散に古谷書店を目指す。
だが、僕の足は無情にも限界が来た。とっさに手を離してユナが巻き込まれるのを回避する。後ろからは見えなくても分かるほどの怒りの表情をした彼が来ることは明らかだった。
「ユナァァァぁぁ!!!!!走れぇぇ!!!!!!」
「チビ、キサマァァァァァ!!!!!!!!!!」
ユナは古谷書店に逃げ込んだ。ちゃんと僕の声が届いたようだった。
次は僕だ。すでに色々マズいことになっているが、もう一つだけマズいことをしなければならない。
相手は上流貴族である。だが、上流貴族は一般人に対して一方的に暴力を奮ってはいけないという決まりがある。破れば上流貴族の地位は除名になり、世間からも上流貴族落ちとして生きていくことになる。
僕はまだ彼に手を出してはいない。つまり、これ以上は反抗してはいけない。あと、上流貴族の子であるということも極力伏せたほうが良いだろう。
「よくも俺とユナ嬢の婚約を邪魔してくれたな」
婚約なんて知らなかったし。っていうかなおさら近づけなくてよかったよ。
「お前みたいな一般人のチビに怒り狂う日が来るなんて思わなかったが」
転んだ体勢のままの僕に向かって彼は言ってくる。当然僕は何も話さない。
「ここで除名になってしまっては元も子もない。だが、俺は必ずユナ嬢と結ばれなければならない」
彼は僕の上をまたぐ。
「憎いやつだ。覚えておけ。俺の名前はシェイドだ」
シェイドはノーゼス公のいる馬車の方へつかつかと歩いていく。
馬車がゆっくりと動き始めて、見えなくなっていく。
完全に見えなくなってから、やっと僕は起き上がった。
ゆっくりと僕は古谷書店に入っていったのだった。
彼の目はまるで獲物を狩る肉食動物のそれと同じだ。自身のトラウマと重なって余計に恐怖があおられる。
こいつに、ユナを渡しちゃならない。冷静に考えることを放棄した僕の脳はさっきからそれを叫び続けている。
「どけ、チビ」
さっきユナに話しかけたときとはまったく違う、冷たい声だ。でも、僕の中では決意は固まっていた。
絶対にこいつはユナに近づけちゃならない。何か言おうと口を開こうとすると口の中はカラカラになっている。頬に冷や汗が流れ落ちてくるのを感じる。恐怖で息は荒いし、膝だってガクガクしている。
五感すら感じられないほどの恐怖だったのか。確かに、今気づくまでそんな情報は自分は把握できていなかった。
けど、今は考えるのをやめたらいけない。恐怖から逃げちゃいけない。深呼吸をして、冷静さを取り戻していく。
「あんなところにトリオス様が!」
渾身のハッタリだ。でも、本当の詐欺の交渉手段だ。
右手に指差した方面にはただの道しかない。だが、彼の顔には本当にいるかのように驚きの顔がくっついていた。
左手はユナの手を握って、僕の足は走り出す用意ができていた。
一瞬の隙きがちゃんとできた。僕たちは彼の横をすり抜けると、一目散に古谷書店を目指す。
だが、僕の足は無情にも限界が来た。とっさに手を離してユナが巻き込まれるのを回避する。後ろからは見えなくても分かるほどの怒りの表情をした彼が来ることは明らかだった。
「ユナァァァぁぁ!!!!!走れぇぇ!!!!!!」
「チビ、キサマァァァァァ!!!!!!!!!!」
ユナは古谷書店に逃げ込んだ。ちゃんと僕の声が届いたようだった。
次は僕だ。すでに色々マズいことになっているが、もう一つだけマズいことをしなければならない。
相手は上流貴族である。だが、上流貴族は一般人に対して一方的に暴力を奮ってはいけないという決まりがある。破れば上流貴族の地位は除名になり、世間からも上流貴族落ちとして生きていくことになる。
僕はまだ彼に手を出してはいない。つまり、これ以上は反抗してはいけない。あと、上流貴族の子であるということも極力伏せたほうが良いだろう。
「よくも俺とユナ嬢の婚約を邪魔してくれたな」
婚約なんて知らなかったし。っていうかなおさら近づけなくてよかったよ。
「お前みたいな一般人のチビに怒り狂う日が来るなんて思わなかったが」
転んだ体勢のままの僕に向かって彼は言ってくる。当然僕は何も話さない。
「ここで除名になってしまっては元も子もない。だが、俺は必ずユナ嬢と結ばれなければならない」
彼は僕の上をまたぐ。
「憎いやつだ。覚えておけ。俺の名前はシェイドだ」
シェイドはノーゼス公のいる馬車の方へつかつかと歩いていく。
馬車がゆっくりと動き始めて、見えなくなっていく。
完全に見えなくなってから、やっと僕は起き上がった。
ゆっくりと僕は古谷書店に入っていったのだった。
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