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 思い返してみれば、どこに住んでいたのかもどういう仕事をしていたのかも分からなくなってしまっている。
 その記憶が入っていたはずの場所は書き換えられたかのように別の記憶と、人格が入っていて私が”元々“の私でないということは、違和感という今にもちぎれてしまいそうな感覚の糸で何とか成り立っていたのだ。

 そして、今の私の体に馴染んでいる記憶は、

『私は足立 久実くみという人物で、現在私立東晴とうせい学園で学生をしていること』

『私立東晴学園は現在春休み中であり、次に登校するのは高校の入学式である明後日であるということ』

『友人関係では世田谷 千恵里ちえりという同級生の女子やその周りにいる人物と仲がいいこと』

 といったところである。
 それにしても、私立東晴学園だとか世田谷 千恵里だとか妙に聞き覚えがある……。とまたしても違和感を覚えた。
 それは、先ほどの自らのアイデンティティを失った時のような衝撃とはまた違う衝撃が走った。

 間違いない。これは私が熱中していた恋愛シュミレーションゲーム「サクラハレーション」と同じ設定だ!
 この発見は今の私と元の私を線引きするのには十分すぎるものだった。
 なぜならこの世界の人間がこの世界について恋愛シュミレーションゲームの中にいる状態だということは思うはずもないからである。
 そして同時に、私は先ほどとは打って変わって嬉しさすら感じるようになっていた。

「ゲームに出てきていた登場人物にも会えるってことだよね……!?」

 そう、元々のゲームは恋愛シュミレーションゲームなのだから攻略対象のイケメンたちにも簡単に会うことができる。また、あわよくば実際に恋愛までできてしまうかもしれないと考えると、それは願ってもないことだったのだ。

 ……ただ、問題があるとするのならばそれは私の立場だった。
 そのゲームには「足立 久実」という人物の名前は出てこない。それもそのはず、千恵里は主人公の邪魔をする、いわゆる悪役令嬢というやつで一緒に主人公をいじめている取り巻きには「取り巻きA」というような表現しかされてこなかったからで、いわゆるモブというやつだ。

 そんな人物がゲーム内のイケメンたちに好印象でないことは間違いないわけで、何としてでも汚名返上しなければならない……むしろ、名前を覚えてもらわなければならない?
 ともかく千恵里をなんとかする必要があった。

 このゲームにおける千恵里の悪役っぷりは大したもので、仲良くなってしばらくすると嫌がらせを始めるが本人はあくまで主人公と仲がいいようにふるまい、その後裏切るシーンは何ともまあ、よくこんなシナリオが思いついたものだと逆に感心してしまうほどのものである。
 その後も様々な嫌がらせをするが、どれもこれも巧妙で千恵里だと疑われないレベルのものばかりである。

 最終的には悪事がすべてばれ、千恵里は家族から縁を斬られてしまうというオチまでついた。
 主人公側からすれば「ざまぁ」で済むのだが、いざ友人となってみてみればなかなかひどい仕打ちである。
 当然因果応報であることに変わりはないのだが。

 何にしろ、千恵里を悪役令嬢にさせないようにしたかったのだ。
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