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母の味噌汁
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味噌汁が飲みたい
母に向かってそう言う
すると母は黙って外に出掛け
夕方になると戻ってきて
味噌汁を出してくれる
ずずっ
とりたてて美味しいわけでもない
何となく飲みたいと思うから言うだけで
そこに何の感情も無い
味噌汁が飲みたい
来る日も来る日もそう言い続けた
ある日母の右腕が無くなった
母は片腕で料理をする
味噌汁はいつもの味
特に気にしなかった
ある日左腕も無くなった
母は足で料理をする
味噌汁はいつもの味
特に気にしなかった
ある日右足も無くなった
母は片足で料理をする
味噌汁はいつもの味
特に気にしなかった
ある日左足も無くなった
父が手伝って料理をする
味噌汁はいつもの味
特に気にしなかった
ある日母がいなくなった
いつまで待っても姿が見えない
だから今度は父に
味噌汁が飲みたい
そう言った
すると父は黙って外に出掛け
夕方に戻ってきて
味噌汁を出してくれるようになった
味噌汁が飲みたい
父に来る日も来る日もそう言った
父は母の代わりに味噌汁を出す
母と同じいつもの味
だから何も気にしなかった
ある日父の右腕が無くなった
やがて左腕、右足、左足が無くなった
左足が無くなった日だけ少し料理を手伝った
そのせいか味噌汁の味がいつもとちょっと違った
そして父もいなくなった
もう味噌汁は出てこない
飲まないと生きていけないわけではない
むしろ何も思わなかったくらいだ
今思うと少し後ろめたい気持ちになる
ただ飲んでいただけの自分に
でも今更どうしようもない
自分で味噌汁を作ろうという気にもならない
味噌汁は飲めなくなった
やがて結婚して家族ができた
我が子のためなら何でもしてやれる
本気で思った
すくすく成長するその姿に
命の神秘を見出して胸がいっぱいになる毎日だった
幸せと言っていい人生になった
ある日
我が子が妻に向かってこう言った
味噌汁が飲みたい
妻と顔を見合わせる
妻は口元に笑みを滲ませた
それにゆっくりとした頷きで返事をした
妻は黙って外に出ていく
その背中を見送った
いいなぁ
今なら分かる
自分ではないもののために生きるのがどれだけ幸せか
幸せというものが自分の外にあるのがどれだけ素晴らしいことか
形ある幸せが傍にあることがどれだけ恵まれたことか
あぁ母よ父よ
今こそ気が付いた
その尊き息吹のためならば
自分というものがどうなろうと構わないと
養分として喰らってもらい
この地を見下ろす羽になってもらえばそれで良いのだと
妻が戻ってきた
我が子に味噌汁を出す
我が子は何も言わず表情も変えない
だが妻は満足している
私も満足している
妻の次は私だ
きっと私はこのために生まれてきたのだ
願わくば私達がいなくなった暁には
その羽を大きく広げて
空高く舞い上り日の光を一身に浴びてほしい
そしていつの日か
次を育む良い骸となってほしい
そうであれば良い
味噌汁が飲みたい
誰もがずっとずっと飲んでいるその味に
一筋の鎮魂があらんことを
母に向かってそう言う
すると母は黙って外に出掛け
夕方になると戻ってきて
味噌汁を出してくれる
ずずっ
とりたてて美味しいわけでもない
何となく飲みたいと思うから言うだけで
そこに何の感情も無い
味噌汁が飲みたい
来る日も来る日もそう言い続けた
ある日母の右腕が無くなった
母は片腕で料理をする
味噌汁はいつもの味
特に気にしなかった
ある日左腕も無くなった
母は足で料理をする
味噌汁はいつもの味
特に気にしなかった
ある日右足も無くなった
母は片足で料理をする
味噌汁はいつもの味
特に気にしなかった
ある日左足も無くなった
父が手伝って料理をする
味噌汁はいつもの味
特に気にしなかった
ある日母がいなくなった
いつまで待っても姿が見えない
だから今度は父に
味噌汁が飲みたい
そう言った
すると父は黙って外に出掛け
夕方に戻ってきて
味噌汁を出してくれるようになった
味噌汁が飲みたい
父に来る日も来る日もそう言った
父は母の代わりに味噌汁を出す
母と同じいつもの味
だから何も気にしなかった
ある日父の右腕が無くなった
やがて左腕、右足、左足が無くなった
左足が無くなった日だけ少し料理を手伝った
そのせいか味噌汁の味がいつもとちょっと違った
そして父もいなくなった
もう味噌汁は出てこない
飲まないと生きていけないわけではない
むしろ何も思わなかったくらいだ
今思うと少し後ろめたい気持ちになる
ただ飲んでいただけの自分に
でも今更どうしようもない
自分で味噌汁を作ろうという気にもならない
味噌汁は飲めなくなった
やがて結婚して家族ができた
我が子のためなら何でもしてやれる
本気で思った
すくすく成長するその姿に
命の神秘を見出して胸がいっぱいになる毎日だった
幸せと言っていい人生になった
ある日
我が子が妻に向かってこう言った
味噌汁が飲みたい
妻と顔を見合わせる
妻は口元に笑みを滲ませた
それにゆっくりとした頷きで返事をした
妻は黙って外に出ていく
その背中を見送った
いいなぁ
今なら分かる
自分ではないもののために生きるのがどれだけ幸せか
幸せというものが自分の外にあるのがどれだけ素晴らしいことか
形ある幸せが傍にあることがどれだけ恵まれたことか
あぁ母よ父よ
今こそ気が付いた
その尊き息吹のためならば
自分というものがどうなろうと構わないと
養分として喰らってもらい
この地を見下ろす羽になってもらえばそれで良いのだと
妻が戻ってきた
我が子に味噌汁を出す
我が子は何も言わず表情も変えない
だが妻は満足している
私も満足している
妻の次は私だ
きっと私はこのために生まれてきたのだ
願わくば私達がいなくなった暁には
その羽を大きく広げて
空高く舞い上り日の光を一身に浴びてほしい
そしていつの日か
次を育む良い骸となってほしい
そうであれば良い
味噌汁が飲みたい
誰もがずっとずっと飲んでいるその味に
一筋の鎮魂があらんことを
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