私はよく犬に吠えられる

ハモ鍋いつや

文字の大きさ
上 下
1 / 2

私はよく犬に吠えられる

しおりを挟む
これは、ある人物の長年にわたる日記を一部抜粋し、まとめたものである。

<20XX年 6月7日>
 今日は雨だった。雨は小さいころから嫌いだ。そして今日は昼まで大学で、終わったらいつも通り歩きで帰っていたのだが、公園の前に差し掛かったぐらいのところで、犬を散歩させているおじさんとすれちがった。犬は一丁前にレインコートを着ていた。
 その犬、チワワだったが私とすれ違うタイミングで、私の方にガっと迫ってきてムチャクチャ吠え始めた。とんでもない勢いで。おじさんの方はリードを引きながら「すみませんすみません」と繰り返していた。私は怖くなって速足でその場を去った。チワワはある程度距離が離れてもこっちを向いて吠え続けていた。
 何というか、今日は少し気疲れした。今日も含めて小さい時から私は犬によく吠えられる。どこでも、どんな犬種でもそうだ。ほかの人が普通に触っている性格のやわらかそうな犬でも私には吠える。だから私は軽く犬がトラウマになっている。
 別に僕は、犬の前で変なことをしてるわけじゃない。ガン見しているわけでもない。なのになんでだろう。ちょっと今日は長くなってしまった。これぐらいにしておこう。

<20XX年 3月8日>
 犬にかまれた。外回りの最中だった。道の向こうから老夫婦が柴犬を連れて歩いてきて、また僕に対して吠えだすんだろうなという気はしていたが、その柴犬が激烈に吠えだしたあとにご婦人が驚いてリードを離してしまってそのまま……、っていうのは想定外だった。
 すぐに近くの病院に行って処置してもらった。傷はあるものの感染症とかの可能性はなかったし、まあ、大事には至らなかった。飼い主とは念のため連絡先を交換した。ご夫婦は何度も何度も頭を下げてあやまっていた。その後旦那さんの方が奥さんをしかりつけていたのを見て心苦しい気持ち。
 家に帰って今は安静にしている状態だ。まあ大変な一日である。犬がより一層怖くなってしまった。なんか届けとか出したりするのかなぁ。

<20XX年 3月20日>
 今日は休みで、一日ダラダラしていた。すると、先日の柴犬の飼い主のご夫婦が菓子折りをもってわざわざ私の家まで訪ねてくださった。なんというか自分ちなのにいたたまれない気持ちになった。
 そういえば、犬にかまれてから変な夢をたびたび見るようになった。夢の内容は、巨大な犬みたいなのがこちらに口をあけながら迫ってくるというような内容だ。その周りは、崩壊したビルとかそんな感じ。よほど犬自体がトラウマになっているのだろう。夢は見るたびリアリティが増していくのだから怖いものだ。

===そこから数十年後、同氏の日記より===

<21XX年 5月20日>
 あの、審判の日が訪れて長い月日がたった。忌々しき”奴ら”はもはや地上を支配している。あの日、飛来した巨大な隕石から複数現れた、謎の巨大四足歩行生物「アウンド」は我々の世界を完全に破壊した。各国の軍が死力を尽くしても、奴らにはかなわなかった。
 奴らが恐ろしいのはその攻撃能力だけではない。真の脅威は奴らがまき散らすウィルスにあるのだ。ウィルスは犬に感染した場合、その個体を狂暴化させ、しまいにはアウンドの味方、勢力下についてしまうのだ。かつて人間の飼い犬だったものであっても、ウィルスに感染すれば途端に飼い主に牙を向き、新たな飼い主、「アウンド」にひざまずいてしまう。いまやこの地球上のほとんどの犬が野犬となり、奴らの偵察部隊と化している。
 ウィルスは犬だけに影響を及ぼすのではない。人間に感染すれば、瞬く間に全身が麻痺して死に至る。その主な感染源は、やはり奴らの眷属となった犬からである。そうして人類は大きく数を減らしたのだ。
 
 各国の正規軍が消滅してしまった今、奴らに抵抗できるのは、かろうじて生き残ってきた我々しかいない。審判の日以降、私自身も自分にとっての愛する人をたくさんなくしてしまった。そして、流浪の果てに、蜂起の覚悟を決めた。
 西部では今日も10名の仲間が犠牲になったと報告があった。しかしながら我々は、これによって折れてはいけない。我々、”抵抗文明戦線”が、最後には勝利をつかむのだ!

<21XX年 日付不明>
 たった今、緊急で部下から報告が入った。この、我々のアジトに向けて、クソアウンドどもと野犬の大部隊が急速接近しているという。私たちは急いで防衛体制を整えなければならない。絶対にここを乗り越えなければならないのだ!
 思えば、私自身、若き日はよく犬に吠えられていた。噛まれたこともある。ついには犬に関する悪夢まで見た。しかし今思えば、あれは来たるべき時を示すビジョンだったのだ。天命が、幼き時から決まっていたのである。犬が私に対して異常なほど吠えてきたのは、将来相対する宿敵だと奴らが感じ取っていたからだろう。

 私は絶対に生き残り、ここから攻勢を仕掛ける。そして戦いは抵抗文明戦線が勝ちをつかむ!
 私は絶対に、負け犬の遠吠えを聞くまでは死ねない!

===日記、ここでついえる。===
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

カフェ・ド・ユメ 〜迷える夜に寄り添う場所〜

おーりおり
SF
内容紹介 都会の片隅にひっそりと佇む小さなカフェ——「カフェ・ド・ユメ」。 ここは、心に迷いや傷を抱えた人々がふと足を踏み入れ、温かな飲み物と静かな時間の中で、自分自身と向き合うことができる不思議な場所。 過去の傷を抱え、未来に進むことをためらう青年・カイト。 ある夜、偶然見つけたカフェの扉を開いた彼は、神秘的な雰囲気を纏う店主・ユメと出会う。 彼女が差し出す一杯の紅茶は、ただの飲み物ではなく、記憶をたどる鍵となるものだった——。 訪れる人々の想いが交差し、それぞれの「夢」と「過去」に寄り添う物語。 静かな夜の灯りのもとで、あなたもカフェ・ド・ユメの扉を開いてみませんか? 「いらっしゃいませ。ここは、あなたの心を解放する場所です。」

【完結済み】VRゲームで遊んでいたら、謎の微笑み冒険者に捕獲されましたがイロイロおかしいです。<長編>

BBやっこ
SF
会社に、VRゲーム休があってゲームをしていた私。 自身の店でエンチャント付き魔道具の売れ行きもなかなか好調で。なかなか充実しているゲームライフ。 招待イベで魔術士として、冒険者の仕事を受けていた。『ミッションは王族を守れ』 同僚も招待され、大規模なイベントとなっていた。ランダムで配置された場所で敵を倒すお仕事だったのだが? 電脳神、カプセル。精神を異世界へ送るって映画の話ですか?!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

平和の秘訣

tentenpoo
SF
平和で有名な島に田中博士が研究に訪れ、島民の老人にその平和の秘密を尋ねた。老人は「この島が平和である理由は一つだけ。それは、我々が絶対に守らなければならないルールがあるからだ」と答えた。田中博士は「そのルールとは何ですか?」と興味津々で尋ねた。そのルールとは一体何なのか?

MARINE CODE

大賀 零
SF
インターネット上に仮想空間が築かれた時代。その姿を見ると深い眠りにつくといわれるコンピュータウィルス「ホワイトアリス」は世界中のネットを席巻し、人々を恐怖に陥れていた。警視庁ネットポリスの問題刑事・桐生はアリスを見つけ出す為、伝説の特A級ハッカーと名高い「マリーナ」にコンタクトを取ろうと動き出す。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

処理中です...