ロイヤルブラッド

フジーニー

文字の大きさ
上 下
18 / 51
第一章

第17話 この町が好き

しおりを挟む
    ___翌朝、煌めく太陽の光に照らされて、ヒマレは目を覚まし、焦って飛び起きた。


    「やばい、寝坊した!早くしない…………もう良いんだ。そんなに急がなくても」


    休む間もなく、作り続けたワイン。毎日の習慣が体に染み付いたヒマレだった。自由になれた事が未だに、信じられない様子だ。



    「起きなさい、アグネロ」



    ヒマレは、気持ちよさそうに眠るアグネロを揺すって起こした。


    「ふぁー、もう朝か。 なんだか沢山寝たら腹減ったな」


     床に横たわっていたアグネロは体を起こし、背伸びをしてカバのように大きく口を開けて欠伸をした。


    「何言ってんのよ、あんたが昨日、冷蔵庫の中身空っぽにしたくせに。とりあえず、目が覚めたら工場に行くわよ」



    ヒマレは、アグネロを軽く睨みつけながら言った。その表情も可愛いんだ。



    「すいませんでした。 俺、みんなにも謝らないと、バロンドームを代表して謝りたい」



    「アグネロが謝る必要なんてないでしょ、むしろみんな、あんたに感謝するはずよ。この町を救ってくれた英雄なんだし」



    「英雄か、俺は英雄か」



    ヒマレに英雄と言われ、ヨダレを垂らしながらニヤケが止まらないアグネロであった。


    「でもよ、そもそも俺のバロンドームという名が元で起きた事だし。俺が英雄だろうが、何だろうが、みんなが苦しんできたのには変わりはない。だから俺は謝りたいんだ」


    普段はふざけているようなアグネロ、本当はとても誠実で、自分の事より、他人の事を思いやる優しい心の持ち主なのだ。


   「アグネロ……あんたには本当に頭が上がらないよ、ありがとう」



    「まっ、気にするな!頭上げてくれ」



    深々と頭を下げるヒマレに、頭を上げさせ、満面の笑みでアグネロは答えた。そして、2人は支度を済まし、ヒマレの家を後にした。


    ヒマレは空をじっと見つめ、深呼吸をした。それから視線を少し落とし、町並みを眺めながら歩き出した。いつもと同じ景色なのに、なんだか違う町に来たようなどこか温かい雰囲気を感じた。
 


    「ねぇ、アグネロ、私ね、この町が好き」


    それまでアグネロの前を歩いていたヒマレは突然振り返り、笑顔で口を開いた。


    「おう、そうだな!」


    いつか見た作り笑顔とはまるで違うヒマレの笑顔に、アグネロも笑顔で返答した。そして、また前を向いて歩き出す。


    「私ね、この町に来る前も色々あったの。でもこの町に来て、自分の居場所が見つかって、とても居心地が良かった。この2年間はとても辛かったけど、みんなが居たから、今日まで乗り越えられた。私にとって、町のみんなは家族みたいなもんなんだ」



    「よく耐えたな、2年間も。死と隣り合わせなんて、絶対に怖かったはずだ」



    「うん、怖かった。 でも、もう終わった。アグネロのおかけで」



    「ヒマレ、本当にいいのか?  この町にさよならして」



    「うん、もう決めたから。確かに寂しいけど、アグネロが居てくれたら私は大丈夫な気がするんだ、根拠なんてないけどね。だからさ、私は何も出来ないけど、ずっとそばに居てほしい」


    普段なら、照れくさい言葉も、今日のヒマレは素直に伝える事ができた。


    「任せとけ、心配すんな。悔いの残らないお別れしろな」



    それから2人は、昨日のテレビの話や、冷蔵庫の話をしながら歩き続けた。くだらない話が、ヒマレにはとても幸せな時間に感じていた。そうしているうちに、目線の先に、ワイン工場が見えてきた。少しずつ、工場に近づいていくと、ヒマレはいつもとは違う雰囲気に違和感を感じた。


    「静かだ」


    機械音や慌ただしく働く人の足音や声、目まぐるしい日々の騒音が、そこには無かった。まるで、遊園地の定休日みたいだ。


    そして2人は、工場の中へと入っていった。目線の先には、工場長をはじめとする従業員のみんなが、作業着姿で立っていた。すると、従業員の若い男がヒマレに話しかけた。


    「遅ぇーぞ、ヒマレ!寝坊か?」


    男の顔は柔らかく温かい表情をしていて、他の従業員も微笑んでいた。


    「遅刻して、すいませんでした…………なんちゃって」


    深々と頭を下げたヒマレだが、すぐに頭を上げ、おどけた表情を見せた。


     「おいおい、ヒマレ!遅刻しといて反省の色が見えねーぞ!しかも、彼氏なんて連れてきてさ」


    さっきとは別の従業員の男がヒマレをおちょくった。そして、みんなの視線がアグネロへと向くと、それまでヒマレの一歩後ろにいたアグネロが、前に出てきて、これ以上下げられない程に頭を下げると、大きく息を吸い込んで、腹の底から声をだした。


    「この度は、バロンドームのせいで、美里町のみんなに、すげぇ迷惑をかけた!バロンドームを代表して、心から謝ります!本当に本当に、すいませんでした」



    誰1人として、アグネロを白い目で見る者はいなかった。



    「もういいよ、頭を上げてくれ、アグネロ君」


    頭を深く下げるアグネロに向かって、言葉をかけたのは、工場長だった。


   「みんなには、本当の事を話した。だから、謝らないでおくれ。 むしろ、感謝で頭が上がらないのはこっちの方だよ」


    工場長にそう言われたアグネロは、頭を上げた。


    「整列!」


    工場長の号令が工場内に響き渡る。


    「「「はい!」」」


    従業員たちは、一寸の乱れもなく返事をした。そして、反射的にヒマレも返事をして、従業員の中に入り、整列した。


    「この度は、私達を救ってくれて、本当にありがとうございます。この2年間の苦しみは、計り知れないものでした。自由が、こんなに素晴らしいものだと、気付けたのは、あなたのお陰です。従業員一同、心を込めて」


    「「「ありがとうございました!!」」」


    アグネロへの感謝の気持ちを述べた工場長に続いて、従業員一同が声を揃えた。その中には、じわりと涙を浮かべる者、思い切り泣く者、とびきりの笑顔の者がいた。決して、一言では表すことの出来ない気持ちが、それぞれ、色んな形となって溢れ出したのだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黒いモヤの見える【癒し手】

ロシキ
ファンタジー
平民のアリアは、いつからか黒いモヤモヤが見えるようになっていた。 その黒いモヤモヤは疲れていたり、怪我をしていたら出ているものだと理解していた。 しかし、黒いモヤモヤが初めて人以外から出ているのを見て、無意識に動いてしまったせいで、アリアは辺境伯家の長男であるエクスに魔法使いとして才能を見出された。 ※ 別視点(〜)=主人公以外の視点で進行 20話までは1日2話(13時50分と19時30分)投稿、21話以降は1日1話(19時30分)投稿

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...