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第一章
第17話 この町が好き
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___翌朝、煌めく太陽の光に照らされて、ヒマレは目を覚まし、焦って飛び起きた。
「やばい、寝坊した!早くしない…………もう良いんだ。そんなに急がなくても」
休む間もなく、作り続けたワイン。毎日の習慣が体に染み付いたヒマレだった。自由になれた事が未だに、信じられない様子だ。
「起きなさい、アグネロ」
ヒマレは、気持ちよさそうに眠るアグネロを揺すって起こした。
「ふぁー、もう朝か。 なんだか沢山寝たら腹減ったな」
床に横たわっていたアグネロは体を起こし、背伸びをしてカバのように大きく口を開けて欠伸をした。
「何言ってんのよ、あんたが昨日、冷蔵庫の中身空っぽにしたくせに。とりあえず、目が覚めたら工場に行くわよ」
ヒマレは、アグネロを軽く睨みつけながら言った。その表情も可愛いんだ。
「すいませんでした。 俺、みんなにも謝らないと、バロンドームを代表して謝りたい」
「アグネロが謝る必要なんてないでしょ、むしろみんな、あんたに感謝するはずよ。この町を救ってくれた英雄なんだし」
「英雄か、俺は英雄か」
ヒマレに英雄と言われ、ヨダレを垂らしながらニヤケが止まらないアグネロであった。
「でもよ、そもそも俺のバロンドームという名が元で起きた事だし。俺が英雄だろうが、何だろうが、みんなが苦しんできたのには変わりはない。だから俺は謝りたいんだ」
普段はふざけているようなアグネロ、本当はとても誠実で、自分の事より、他人の事を思いやる優しい心の持ち主なのだ。
「アグネロ……あんたには本当に頭が上がらないよ、ありがとう」
「まっ、気にするな!頭上げてくれ」
深々と頭を下げるヒマレに、頭を上げさせ、満面の笑みでアグネロは答えた。そして、2人は支度を済まし、ヒマレの家を後にした。
ヒマレは空をじっと見つめ、深呼吸をした。それから視線を少し落とし、町並みを眺めながら歩き出した。いつもと同じ景色なのに、なんだか違う町に来たようなどこか温かい雰囲気を感じた。
「ねぇ、アグネロ、私ね、この町が好き」
それまでアグネロの前を歩いていたヒマレは突然振り返り、笑顔で口を開いた。
「おう、そうだな!」
いつか見た作り笑顔とはまるで違うヒマレの笑顔に、アグネロも笑顔で返答した。そして、また前を向いて歩き出す。
「私ね、この町に来る前も色々あったの。でもこの町に来て、自分の居場所が見つかって、とても居心地が良かった。この2年間はとても辛かったけど、みんなが居たから、今日まで乗り越えられた。私にとって、町のみんなは家族みたいなもんなんだ」
「よく耐えたな、2年間も。死と隣り合わせなんて、絶対に怖かったはずだ」
「うん、怖かった。 でも、もう終わった。アグネロのおかけで」
「ヒマレ、本当にいいのか? この町にさよならして」
「うん、もう決めたから。確かに寂しいけど、アグネロが居てくれたら私は大丈夫な気がするんだ、根拠なんてないけどね。だからさ、私は何も出来ないけど、ずっとそばに居てほしい」
普段なら、照れくさい言葉も、今日のヒマレは素直に伝える事ができた。
「任せとけ、心配すんな。悔いの残らないお別れしろな」
それから2人は、昨日のテレビの話や、冷蔵庫の話をしながら歩き続けた。くだらない話が、ヒマレにはとても幸せな時間に感じていた。そうしているうちに、目線の先に、ワイン工場が見えてきた。少しずつ、工場に近づいていくと、ヒマレはいつもとは違う雰囲気に違和感を感じた。
「静かだ」
機械音や慌ただしく働く人の足音や声、目まぐるしい日々の騒音が、そこには無かった。まるで、遊園地の定休日みたいだ。
そして2人は、工場の中へと入っていった。目線の先には、工場長をはじめとする従業員のみんなが、作業着姿で立っていた。すると、従業員の若い男がヒマレに話しかけた。
「遅ぇーぞ、ヒマレ!寝坊か?」
男の顔は柔らかく温かい表情をしていて、他の従業員も微笑んでいた。
「遅刻して、すいませんでした…………なんちゃって」
深々と頭を下げたヒマレだが、すぐに頭を上げ、おどけた表情を見せた。
「おいおい、ヒマレ!遅刻しといて反省の色が見えねーぞ!しかも、彼氏なんて連れてきてさ」
さっきとは別の従業員の男がヒマレをおちょくった。そして、みんなの視線がアグネロへと向くと、それまでヒマレの一歩後ろにいたアグネロが、前に出てきて、これ以上下げられない程に頭を下げると、大きく息を吸い込んで、腹の底から声をだした。
「この度は、バロンドームのせいで、美里町のみんなに、すげぇ迷惑をかけた!バロンドームを代表して、心から謝ります!本当に本当に、すいませんでした」
誰1人として、アグネロを白い目で見る者はいなかった。
「もういいよ、頭を上げてくれ、アグネロ君」
頭を深く下げるアグネロに向かって、言葉をかけたのは、工場長だった。
「みんなには、本当の事を話した。だから、謝らないでおくれ。 むしろ、感謝で頭が上がらないのはこっちの方だよ」
工場長にそう言われたアグネロは、頭を上げた。
「整列!」
工場長の号令が工場内に響き渡る。
「「「はい!」」」
従業員たちは、一寸の乱れもなく返事をした。そして、反射的にヒマレも返事をして、従業員の中に入り、整列した。
「この度は、私達を救ってくれて、本当にありがとうございます。この2年間の苦しみは、計り知れないものでした。自由が、こんなに素晴らしいものだと、気付けたのは、あなたのお陰です。従業員一同、心を込めて」
「「「ありがとうございました!!」」」
アグネロへの感謝の気持ちを述べた工場長に続いて、従業員一同が声を揃えた。その中には、じわりと涙を浮かべる者、思い切り泣く者、とびきりの笑顔の者がいた。決して、一言では表すことの出来ない気持ちが、それぞれ、色んな形となって溢れ出したのだ。
「やばい、寝坊した!早くしない…………もう良いんだ。そんなに急がなくても」
休む間もなく、作り続けたワイン。毎日の習慣が体に染み付いたヒマレだった。自由になれた事が未だに、信じられない様子だ。
「起きなさい、アグネロ」
ヒマレは、気持ちよさそうに眠るアグネロを揺すって起こした。
「ふぁー、もう朝か。 なんだか沢山寝たら腹減ったな」
床に横たわっていたアグネロは体を起こし、背伸びをしてカバのように大きく口を開けて欠伸をした。
「何言ってんのよ、あんたが昨日、冷蔵庫の中身空っぽにしたくせに。とりあえず、目が覚めたら工場に行くわよ」
ヒマレは、アグネロを軽く睨みつけながら言った。その表情も可愛いんだ。
「すいませんでした。 俺、みんなにも謝らないと、バロンドームを代表して謝りたい」
「アグネロが謝る必要なんてないでしょ、むしろみんな、あんたに感謝するはずよ。この町を救ってくれた英雄なんだし」
「英雄か、俺は英雄か」
ヒマレに英雄と言われ、ヨダレを垂らしながらニヤケが止まらないアグネロであった。
「でもよ、そもそも俺のバロンドームという名が元で起きた事だし。俺が英雄だろうが、何だろうが、みんなが苦しんできたのには変わりはない。だから俺は謝りたいんだ」
普段はふざけているようなアグネロ、本当はとても誠実で、自分の事より、他人の事を思いやる優しい心の持ち主なのだ。
「アグネロ……あんたには本当に頭が上がらないよ、ありがとう」
「まっ、気にするな!頭上げてくれ」
深々と頭を下げるヒマレに、頭を上げさせ、満面の笑みでアグネロは答えた。そして、2人は支度を済まし、ヒマレの家を後にした。
ヒマレは空をじっと見つめ、深呼吸をした。それから視線を少し落とし、町並みを眺めながら歩き出した。いつもと同じ景色なのに、なんだか違う町に来たようなどこか温かい雰囲気を感じた。
「ねぇ、アグネロ、私ね、この町が好き」
それまでアグネロの前を歩いていたヒマレは突然振り返り、笑顔で口を開いた。
「おう、そうだな!」
いつか見た作り笑顔とはまるで違うヒマレの笑顔に、アグネロも笑顔で返答した。そして、また前を向いて歩き出す。
「私ね、この町に来る前も色々あったの。でもこの町に来て、自分の居場所が見つかって、とても居心地が良かった。この2年間はとても辛かったけど、みんなが居たから、今日まで乗り越えられた。私にとって、町のみんなは家族みたいなもんなんだ」
「よく耐えたな、2年間も。死と隣り合わせなんて、絶対に怖かったはずだ」
「うん、怖かった。 でも、もう終わった。アグネロのおかけで」
「ヒマレ、本当にいいのか? この町にさよならして」
「うん、もう決めたから。確かに寂しいけど、アグネロが居てくれたら私は大丈夫な気がするんだ、根拠なんてないけどね。だからさ、私は何も出来ないけど、ずっとそばに居てほしい」
普段なら、照れくさい言葉も、今日のヒマレは素直に伝える事ができた。
「任せとけ、心配すんな。悔いの残らないお別れしろな」
それから2人は、昨日のテレビの話や、冷蔵庫の話をしながら歩き続けた。くだらない話が、ヒマレにはとても幸せな時間に感じていた。そうしているうちに、目線の先に、ワイン工場が見えてきた。少しずつ、工場に近づいていくと、ヒマレはいつもとは違う雰囲気に違和感を感じた。
「静かだ」
機械音や慌ただしく働く人の足音や声、目まぐるしい日々の騒音が、そこには無かった。まるで、遊園地の定休日みたいだ。
そして2人は、工場の中へと入っていった。目線の先には、工場長をはじめとする従業員のみんなが、作業着姿で立っていた。すると、従業員の若い男がヒマレに話しかけた。
「遅ぇーぞ、ヒマレ!寝坊か?」
男の顔は柔らかく温かい表情をしていて、他の従業員も微笑んでいた。
「遅刻して、すいませんでした…………なんちゃって」
深々と頭を下げたヒマレだが、すぐに頭を上げ、おどけた表情を見せた。
「おいおい、ヒマレ!遅刻しといて反省の色が見えねーぞ!しかも、彼氏なんて連れてきてさ」
さっきとは別の従業員の男がヒマレをおちょくった。そして、みんなの視線がアグネロへと向くと、それまでヒマレの一歩後ろにいたアグネロが、前に出てきて、これ以上下げられない程に頭を下げると、大きく息を吸い込んで、腹の底から声をだした。
「この度は、バロンドームのせいで、美里町のみんなに、すげぇ迷惑をかけた!バロンドームを代表して、心から謝ります!本当に本当に、すいませんでした」
誰1人として、アグネロを白い目で見る者はいなかった。
「もういいよ、頭を上げてくれ、アグネロ君」
頭を深く下げるアグネロに向かって、言葉をかけたのは、工場長だった。
「みんなには、本当の事を話した。だから、謝らないでおくれ。 むしろ、感謝で頭が上がらないのはこっちの方だよ」
工場長にそう言われたアグネロは、頭を上げた。
「整列!」
工場長の号令が工場内に響き渡る。
「「「はい!」」」
従業員たちは、一寸の乱れもなく返事をした。そして、反射的にヒマレも返事をして、従業員の中に入り、整列した。
「この度は、私達を救ってくれて、本当にありがとうございます。この2年間の苦しみは、計り知れないものでした。自由が、こんなに素晴らしいものだと、気付けたのは、あなたのお陰です。従業員一同、心を込めて」
「「「ありがとうございました!!」」」
アグネロへの感謝の気持ちを述べた工場長に続いて、従業員一同が声を揃えた。その中には、じわりと涙を浮かべる者、思い切り泣く者、とびきりの笑顔の者がいた。決して、一言では表すことの出来ない気持ちが、それぞれ、色んな形となって溢れ出したのだ。
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