ロイヤルブラッド

第一章

第11話 意図

＿＿＿ここはワイン工場。


    上納2時間前。工場の従業員達は皆、目の下が紫になりながらもワイン生産の最終段階まできていた。


    ｢工場長ー！とりあえずラスト1本、コルク閉めたら終わりです｣


    工場長を呼ぶ声は、ヒマレだ。


    ｢あいよ、ヒマレちゃん。お疲れ様ね！  みんなも、本当にお疲れ様。今月もよく乗り切ってくれた。工場長として感謝する｣


     そうして、最後の1本を作り終え、上納時間に間に合わせる事ができ、工場長を始め、他の従業員も安堵の表情を見せた。


 ｢やっと終わったー｣
 ｢疲れたー｣ 
 ｢眠い｣ 
 ｢今月も生きれるな｣


    従業員達は、思い思いの丈を口にこぼすと、電池が切れたかのように、床に座り込んだ。


     ｢みんな、お疲れ様！  じゃあ私は、輸送車の手配をしてくるね｣


    ヒマレはそう言うと、工場の出口へ向かって、歩いていった。



    〝その時〟


     耳の奥を破くような轟音が響いた。それは、出口の扉が破壊された音だ。従業員達は耳を塞ぎ、動揺が隠せない。何者かが、扉を蹴破り中に入ってきたのだ。 

    出口を見つめるヒマレは、一瞬状況が飲み込めずに、自分の目を疑った。そして、大声で叫んだ。


    ｢アグネロ！｣

    そう、扉を破壊した犯人はアグネロである。そしてアグネロは、迷うことなく積まれたワインの元へ歩みを進める。


    ｢何やってんのよアグネロ！  ねぇ！｣


    疲労困憊のヒマレには目の前で起きている事が全く理解出来ずに呆然と立ちつくした。そして、疲れきった従業員達の目の前で、アグネロはワインの瓶のコルクを開けた。


    ｢ちょっと、アグネロ。  やめなさいよ、あんたまさか、飲むつもりじゃないわよね…｣


    そう問いただすヒマレの方を、ギロッと睨みつけ、アグネロは口を開いた。


   ｢飲むんだよ、てめぇら下僕が作ったワインがどんな味か俺様が評価してやる。あっそうだそうだ、確か一滴でも足りなかったらやばいんだっけ？  まっ、んなこたぁ俺には関係ないわ、んじゃ、いただきます｣


    悪魔の様な表情のアグネロは、ワインの飲み口を、ゆっくりと口に近づけていき、一口、また一口と飲んでいく。


    ｢アグネロォーー！！！  騙したな、殺してやる！｣


    今まで辛くても必死に耐えてきた想いが爆発したヒマレは、血相を変えて、ブドウの種取りナイフを右手に取り、アグネロの元へ走り出した。その顔は一言では言い表せない感情で満ち溢れている。


    ｢死ねぇぇぇえ！！｣


    ヒマレは勢い良く走り込みながら、ナイフを高く振り上げると、全身の力でアグネロの脳天に向かって突き下ろす。


    グサッ……


    ナイフは頭をガードしたアグネロの右手に突き刺さり、辺りにはブドウより鮮やかな赤い血がポタポタと流れた。


    ｢痛ってぇ。俺を殺す？ 死ぬのが怖くて毎日ロイヤルの言いなりになってるような子猫ちゃんが？ 笑わせんな、足掻く力があんならナイフを向ける相手間違えてるんじゃねーのか｣


    そう言うと、アグネロは右手に刺さったナイフを抜き、放り投げた。そして、近くにあった別のワインを開けた。


    ｢昔っからアルコール消毒ってよく聞くよな。丁度いい所にアルコールがあるじゃねぇか｣


    アグネロは、左手で掴んだワインを右手の傷口にドボドボとかけると、空っぽになった瓶を床に投げ捨てた。そして、視界に入ったその他数十本も薙ぎ倒し、粉々に散らばった。


    ヒマレは膝から崩れ落ち、泣くことしかできなかった。他の従業員達も唖然とし、抵抗する者はいなかった。そして、ヒマレを見下すアグネロは、泣き崩れるヒマレの耳元に顔を寄せ、こう呟いた。


    ｢楽にしてやるって言ったろ？これでお前らは無事、バロンドーム家に殺される。死ねば楽になれるってな？んじゃ、短い付き合いだったけど、色々ありがとな、ヒマレさんよ｣


    ｢ーーーーー｣


    ヒマレは何も言い返せず、唇を血が出るほどに噛み締めた。そして、アグネロは工場を去り、その後の空気は最悪以外の何ものでもなくなった。