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25日目②
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ロフィ家の邸宅に飛び込んだ私を、今日も今日とてこの家の使用人は手厚く歓迎してくれる。そしていつもの流れで東屋に案内された。
少々お待ち下さいという言葉と共に慇懃に一礼したアルバードが消えるのを待って、私は辺りをぐるりと見渡した。今日で見納めか………。そんなことを心の中で呟いて。
相変わらず花壇には、見栄え重視で実を食すことができない花々が植えられている。ああ、そういえば、結局、レオナードは一度も噴水にダイブしてくれなかったなぁ。と、思った瞬間、当の本人が姿を現した。すかさず私も立ち上がる。
「おはよう、レオナード、婚約を破棄してちょうだい」
「………おはよう、ミリア嬢。………朝の挨拶の後、理解不能な言葉が入り込んでいたが、それは無視させてもらう」
そう言いながらレオナードは、私の手をそっと外した。
ちなみに私の手がどこにあったかといえば、彼の胸元だ。どうやら私は勢い余って、彼にの胸倉を掴んでいたようだ。
慌てて謝罪の言葉を紡いだ私だったけれど、すぐに本題に戻す。
「駄目よ。大事な部分なんだから、無視しないで。何なら、朝の挨拶を無視して良いわ。だから、下の句はちゃんと受け止めて」
「断る」
「馬鹿!!」
力いっぱい罵りの言葉を吐かれたレオナードは、全然、ムッとしない。それどころか、私がびっくりするくらい落ち着いた声音で口を開いた。
「一体どうしたっていうんだ?ああ、昨日のスウィーツの件を根に持っているのか?でも、それは──────」
「違うっ」
「じゃあ………あっ、手合わせを見送った件か。しかしだな、あれは───」
「違うっ」
「……………昨日のアイリーンの────」
「馬鹿っ、馬鹿っ、大馬鹿っ。んなわけないでしょ!!」
だんっと力いっぱいに足を踏み鳴らして、そう叫べば、レオナードの表情がやっと少し動いた。
「ミリア嬢、こういうことを声に出して言いたくはないが、君と私の婚約は契約に基づいてのもの。つまり、君がこの契約を一方的に破棄するということは、契約金も全てナシとなるぞ。良いのか?君はそのお金で、海を渡るつもりだったのだろう?」
ったく、この人は、意地の悪いことを言ってくれる。
そんなこと、いちいち言われなくても、わかっている。それくらい私だって百も承知だ。でも私は、お金よりも、矜持というか意地を優先させてもらう。
「お金なんていらないわ。だから今すぐ契約を破棄して」
ぷいっと横を向いて不貞腐れた口調でそう言い放った瞬間、レオナードは私の顎を掴んだ。
「理由も説明せずに、一方的にこんなことをいうなんて、君らしくない。…………言えないのか?それとも、私には言いたくないのか?」
逸らした顔を元の向きに戻されれば、否が応でもレオナードと視線が絡んでしまう。
レオナードは今までに見たことも無いほど鋭い目つきをしていた。
「どちらでも構わない。だが、忘れているかもしれないが、私は君の雇用主だ。そして君は私に話す義務がある。………………ということは、どうでもいい。とにかく、何かあったか、話してくれないか?」
淡々とそう言葉を紡ぐレオナードは泣き出す寸前のような顔をしていた。
そんな顔で言われてしまったら、私はもう意地を張ることはできなかった。
そしてかいつまんで今朝の出来事を説明する。なるべく、感情を抑えて。でも、何度か説明の最中、レオナードが『どう、どう』と両手を上下に振るという合いの手を入れていたので、多分、私は羅刹のような表情を浮かべていたのだろう。
という、トラブルとも言えない些細なことはあったけれど、一応…………でも、ちゃんと説明をした。そしてレオナードに一番伝えたい言葉で締めくくった。
【私、これを誰かの手で終わらせられるなんて嫌。あなたと笑って、お別れがしたいの】と。
「─────そういうことか。良く分かった」
長い沈黙の後、レオナードはゆっくり噛み締めるように頷いた。そして、それを見た私も、ゆっくり頷く。
「ええ………………そういうことなの。だからね、レオナード、悪いけど今日限りでこの婚約は終わりにしましょう」
今までありがとう。元気でね。
そう言って握手して幕を下ろそうと、私はレオナードに向かって手を差し伸べた。けれど────。
「断る。婚約破棄はしない」
「はぁぁぁあああ!?」
どう見てもここは、YESと首を縦に動かす流れだったはず。
なのに、この返しはどういうことだ。そんな気持ちを凝縮した私の素っ頓狂な声は、今回もまたレオナードをスルーして青空に吸い込まれていった。でも、今回はそれで終わすつもりはない。
「レオナードっ、お願いだから空気読んで頂戴!!」
気づいた時には私は、そう叫びながらレオナードの襟元を締め上げていた。
少々お待ち下さいという言葉と共に慇懃に一礼したアルバードが消えるのを待って、私は辺りをぐるりと見渡した。今日で見納めか………。そんなことを心の中で呟いて。
相変わらず花壇には、見栄え重視で実を食すことができない花々が植えられている。ああ、そういえば、結局、レオナードは一度も噴水にダイブしてくれなかったなぁ。と、思った瞬間、当の本人が姿を現した。すかさず私も立ち上がる。
「おはよう、レオナード、婚約を破棄してちょうだい」
「………おはよう、ミリア嬢。………朝の挨拶の後、理解不能な言葉が入り込んでいたが、それは無視させてもらう」
そう言いながらレオナードは、私の手をそっと外した。
ちなみに私の手がどこにあったかといえば、彼の胸元だ。どうやら私は勢い余って、彼にの胸倉を掴んでいたようだ。
慌てて謝罪の言葉を紡いだ私だったけれど、すぐに本題に戻す。
「駄目よ。大事な部分なんだから、無視しないで。何なら、朝の挨拶を無視して良いわ。だから、下の句はちゃんと受け止めて」
「断る」
「馬鹿!!」
力いっぱい罵りの言葉を吐かれたレオナードは、全然、ムッとしない。それどころか、私がびっくりするくらい落ち着いた声音で口を開いた。
「一体どうしたっていうんだ?ああ、昨日のスウィーツの件を根に持っているのか?でも、それは──────」
「違うっ」
「じゃあ………あっ、手合わせを見送った件か。しかしだな、あれは───」
「違うっ」
「……………昨日のアイリーンの────」
「馬鹿っ、馬鹿っ、大馬鹿っ。んなわけないでしょ!!」
だんっと力いっぱいに足を踏み鳴らして、そう叫べば、レオナードの表情がやっと少し動いた。
「ミリア嬢、こういうことを声に出して言いたくはないが、君と私の婚約は契約に基づいてのもの。つまり、君がこの契約を一方的に破棄するということは、契約金も全てナシとなるぞ。良いのか?君はそのお金で、海を渡るつもりだったのだろう?」
ったく、この人は、意地の悪いことを言ってくれる。
そんなこと、いちいち言われなくても、わかっている。それくらい私だって百も承知だ。でも私は、お金よりも、矜持というか意地を優先させてもらう。
「お金なんていらないわ。だから今すぐ契約を破棄して」
ぷいっと横を向いて不貞腐れた口調でそう言い放った瞬間、レオナードは私の顎を掴んだ。
「理由も説明せずに、一方的にこんなことをいうなんて、君らしくない。…………言えないのか?それとも、私には言いたくないのか?」
逸らした顔を元の向きに戻されれば、否が応でもレオナードと視線が絡んでしまう。
レオナードは今までに見たことも無いほど鋭い目つきをしていた。
「どちらでも構わない。だが、忘れているかもしれないが、私は君の雇用主だ。そして君は私に話す義務がある。………………ということは、どうでもいい。とにかく、何かあったか、話してくれないか?」
淡々とそう言葉を紡ぐレオナードは泣き出す寸前のような顔をしていた。
そんな顔で言われてしまったら、私はもう意地を張ることはできなかった。
そしてかいつまんで今朝の出来事を説明する。なるべく、感情を抑えて。でも、何度か説明の最中、レオナードが『どう、どう』と両手を上下に振るという合いの手を入れていたので、多分、私は羅刹のような表情を浮かべていたのだろう。
という、トラブルとも言えない些細なことはあったけれど、一応…………でも、ちゃんと説明をした。そしてレオナードに一番伝えたい言葉で締めくくった。
【私、これを誰かの手で終わらせられるなんて嫌。あなたと笑って、お別れがしたいの】と。
「─────そういうことか。良く分かった」
長い沈黙の後、レオナードはゆっくり噛み締めるように頷いた。そして、それを見た私も、ゆっくり頷く。
「ええ………………そういうことなの。だからね、レオナード、悪いけど今日限りでこの婚約は終わりにしましょう」
今までありがとう。元気でね。
そう言って握手して幕を下ろそうと、私はレオナードに向かって手を差し伸べた。けれど────。
「断る。婚約破棄はしない」
「はぁぁぁあああ!?」
どう見てもここは、YESと首を縦に動かす流れだったはず。
なのに、この返しはどういうことだ。そんな気持ちを凝縮した私の素っ頓狂な声は、今回もまたレオナードをスルーして青空に吸い込まれていった。でも、今回はそれで終わすつもりはない。
「レオナードっ、お願いだから空気読んで頂戴!!」
気づいた時には私は、そう叫びながらレオナードの襟元を締め上げていた。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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