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24日目②
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レオナードによって無理矢理、車内に押し込められた途端、馬車は滑るように走り出した。そして速度を上げながらも滑らかに、目的地へと進んでいく。
窓に映る景色は、見慣れた朝の街並み。そして行きかう人々は皆、活力ある表情で忙しなく歩みを進めている。けれど、打って変わって車内は重苦しい空気に包まれている。というか、何を隠そう私自身がその空気の源だったりする。そして現在進行形で留まることなく、剣呑な空気をじゃんじゃん出している。
でも、悪いなんてこれっぽちも思っていない。それくらい私は怒っているのだ。
「ねぇ、レオナード、神様にお祈りはしなくて良いの?」
「…………っ」
腕を組んでポツリとそう呟けば、反対側に腰かけているその人は、小さく息を呑んだ。ちなみに彼の顔色は青白く、神に救いを求めるのにはピッタリのもの。
そんな臨終間近の彼に向かい、私は口の端を少し持ち上げて、再び口を開いた。
「ああ、でもね、言っておくけれど、懺悔なんてしなくて良いわ。しなくても良いけどね」
「………………」
妙なところで会話を止めた私に、レオナードは伺うようにこちらをじっと見つめる。そして自然に視線が絡み合った瞬間、私はすっと目を細めて、今一番の叶えて欲しいことを口にした。
「自分の犯した罪をペチャクチャ喋る余裕があるなら、私を今すぐ降ろしてちょうだい」
「断る」
「…………なっ」
ついさっきまで死人のような顔をしていたとは思えない力強い声に、こちらのほうが狼狽えてしまう。厚顔無恥とはまさにこのこと。
「…………レオナード、あなた余程、死に急ぎたいようね。良いわ。今すぐ鉄槌を下してあげる」
そう言いながら、ぽきりと指の関節を鳴らした私に、レオナードは眉を下げながら静かに口を開いた。
「ミリア嬢、何度も言うようだが、君は怪我をしている。無理はしないほうが良い」
緩やかに首を横に振りながら、レオナードは再び溜息を付いた。その姿はまるで聞き分けの無い子供に手を焼いている大人のよう。
「そうさせているのは、あなたよ?」
「確かにそうだな」
至極真っ当なことを言い返せば、レオナードは素直に頷く。けれど、申し訳ないという言葉も、ここまでの経緯を後悔している気配もない。開き直っているのか、吹っ切れているのかわからない。
けれど、この人をここまで頑固と言うか意固地にさせているのは何だろう。そんな疑問がふと産まれ、私は、少し考える。そして一つの結論に至った。
「…………そう、そうなのね。でも、お断りよ」
「は?」
キッと睨みながら、レオナードに拒絶の意を伝えれば、彼からは間の抜けた声が返ってくる。あぁもうっ、しらじらしい。
「レオナード、悪いけれど、私、アイリーンさんを説得する自信はないわ。どうかあなたと、駆け落ちしてくださいなんて第三者の私が言って良いことじゃないもの」
今度は、しっかり言葉にして拒絶の意を伝えたのだから、知らぬ存ぜぬは通用しないだろう。
なのに、レオナードは露骨に顔をしかめただけだった。
「藪から棒に何を言い出すかと思えば………………はぁ」
「あ゛?」
有り得ない程、大げさな溜息を付かれ、思わず眉間に皺が寄る。そして、お前何が言いたいんだ?と目で訴えれば、レオナードは少し不貞腐れながら説明を始めた。
「君に説得してもらおうだなんて、これっぽちも思っていない。というか、そんな発想すらなかった」
「じゃあ、私は何のためにアイリーンさんの元に連行されているの?」
「連行って…………ミリア嬢、もう少し他の表現はなかったのか?」
「ないわ。っていうか、今はそんなことはどうでも良いから、説明をして」
「確かに、そうだな。………実は昨日、アイリーンから手紙が届いたんだ。先日のお見舞いの品、君に直接お礼を言いたいそうだ」
「はぁああああ!?」
素っ頓狂な声を出して立ち上がろうとした私の腕を、レオナードは、危ないと声を出しながら素早く掴んで押しとどめる。その的外れな気遣いに、無性にイライラする。
「あなた、お見舞いの品、私からって言ってしまったの!?」
「私から言ったわけではない。アイリーンが見抜いてしまったんだ」
「………………なんでシラを切り通すことができなかったのよ」
項垂れた私に、レオナードは何も言わない。チラッと目線だけ彼を見つめると、今日初めてすまなそうにするレオナードが視界に入った。
「ミリア様、アイリーンと会うのは気まずいことくらい私もわかっている。でも、私も君に彼女がどんな人なのか知って欲しいんだ。頼む。これがこの契約で最後の我儘だ。もう、絶対に君を困らせることはしないから…………このとおりだ、ミリア嬢、彼女に会ってくれ」
狭い馬車の中で、床に膝を付くレオナードは、ついさっきまでのような、ふてぶてしい態度ではない。真摯に真剣に願いを口にしている。
でも会ってどうするの?アイリーンさんのことを知ってどうするの?
そんな言葉が浮かんでくる。でも、くしゃりと今にも泣きそうに顔を歪めているレオナードを見たら、全部が吹き飛んでしまう。そして不満とか怒りとかを飛び越えてしまった私は、こんな言葉しか浮かんでこなかった。
「もうっ、なら最初から、そう言ってくれたら良かったのに」
ちょっと唇を尖らしながらそう言えば、レオナードは決まり悪そうな顔をした。でもポツリと、ありがとうと呟いた。
そして最後に少し掠れた声で、私の名を呼んだ。それは今まで聞いたことが無いほど、切ないものだった。
窓に映る景色は、見慣れた朝の街並み。そして行きかう人々は皆、活力ある表情で忙しなく歩みを進めている。けれど、打って変わって車内は重苦しい空気に包まれている。というか、何を隠そう私自身がその空気の源だったりする。そして現在進行形で留まることなく、剣呑な空気をじゃんじゃん出している。
でも、悪いなんてこれっぽちも思っていない。それくらい私は怒っているのだ。
「ねぇ、レオナード、神様にお祈りはしなくて良いの?」
「…………っ」
腕を組んでポツリとそう呟けば、反対側に腰かけているその人は、小さく息を呑んだ。ちなみに彼の顔色は青白く、神に救いを求めるのにはピッタリのもの。
そんな臨終間近の彼に向かい、私は口の端を少し持ち上げて、再び口を開いた。
「ああ、でもね、言っておくけれど、懺悔なんてしなくて良いわ。しなくても良いけどね」
「………………」
妙なところで会話を止めた私に、レオナードは伺うようにこちらをじっと見つめる。そして自然に視線が絡み合った瞬間、私はすっと目を細めて、今一番の叶えて欲しいことを口にした。
「自分の犯した罪をペチャクチャ喋る余裕があるなら、私を今すぐ降ろしてちょうだい」
「断る」
「…………なっ」
ついさっきまで死人のような顔をしていたとは思えない力強い声に、こちらのほうが狼狽えてしまう。厚顔無恥とはまさにこのこと。
「…………レオナード、あなた余程、死に急ぎたいようね。良いわ。今すぐ鉄槌を下してあげる」
そう言いながら、ぽきりと指の関節を鳴らした私に、レオナードは眉を下げながら静かに口を開いた。
「ミリア嬢、何度も言うようだが、君は怪我をしている。無理はしないほうが良い」
緩やかに首を横に振りながら、レオナードは再び溜息を付いた。その姿はまるで聞き分けの無い子供に手を焼いている大人のよう。
「そうさせているのは、あなたよ?」
「確かにそうだな」
至極真っ当なことを言い返せば、レオナードは素直に頷く。けれど、申し訳ないという言葉も、ここまでの経緯を後悔している気配もない。開き直っているのか、吹っ切れているのかわからない。
けれど、この人をここまで頑固と言うか意固地にさせているのは何だろう。そんな疑問がふと産まれ、私は、少し考える。そして一つの結論に至った。
「…………そう、そうなのね。でも、お断りよ」
「は?」
キッと睨みながら、レオナードに拒絶の意を伝えれば、彼からは間の抜けた声が返ってくる。あぁもうっ、しらじらしい。
「レオナード、悪いけれど、私、アイリーンさんを説得する自信はないわ。どうかあなたと、駆け落ちしてくださいなんて第三者の私が言って良いことじゃないもの」
今度は、しっかり言葉にして拒絶の意を伝えたのだから、知らぬ存ぜぬは通用しないだろう。
なのに、レオナードは露骨に顔をしかめただけだった。
「藪から棒に何を言い出すかと思えば………………はぁ」
「あ゛?」
有り得ない程、大げさな溜息を付かれ、思わず眉間に皺が寄る。そして、お前何が言いたいんだ?と目で訴えれば、レオナードは少し不貞腐れながら説明を始めた。
「君に説得してもらおうだなんて、これっぽちも思っていない。というか、そんな発想すらなかった」
「じゃあ、私は何のためにアイリーンさんの元に連行されているの?」
「連行って…………ミリア嬢、もう少し他の表現はなかったのか?」
「ないわ。っていうか、今はそんなことはどうでも良いから、説明をして」
「確かに、そうだな。………実は昨日、アイリーンから手紙が届いたんだ。先日のお見舞いの品、君に直接お礼を言いたいそうだ」
「はぁああああ!?」
素っ頓狂な声を出して立ち上がろうとした私の腕を、レオナードは、危ないと声を出しながら素早く掴んで押しとどめる。その的外れな気遣いに、無性にイライラする。
「あなた、お見舞いの品、私からって言ってしまったの!?」
「私から言ったわけではない。アイリーンが見抜いてしまったんだ」
「………………なんでシラを切り通すことができなかったのよ」
項垂れた私に、レオナードは何も言わない。チラッと目線だけ彼を見つめると、今日初めてすまなそうにするレオナードが視界に入った。
「ミリア様、アイリーンと会うのは気まずいことくらい私もわかっている。でも、私も君に彼女がどんな人なのか知って欲しいんだ。頼む。これがこの契約で最後の我儘だ。もう、絶対に君を困らせることはしないから…………このとおりだ、ミリア嬢、彼女に会ってくれ」
狭い馬車の中で、床に膝を付くレオナードは、ついさっきまでのような、ふてぶてしい態度ではない。真摯に真剣に願いを口にしている。
でも会ってどうするの?アイリーンさんのことを知ってどうするの?
そんな言葉が浮かんでくる。でも、くしゃりと今にも泣きそうに顔を歪めているレオナードを見たら、全部が吹き飛んでしまう。そして不満とか怒りとかを飛び越えてしまった私は、こんな言葉しか浮かんでこなかった。
「もうっ、なら最初から、そう言ってくれたら良かったのに」
ちょっと唇を尖らしながらそう言えば、レオナードは決まり悪そうな顔をした。でもポツリと、ありがとうと呟いた。
そして最後に少し掠れた声で、私の名を呼んだ。それは今まで聞いたことが無いほど、切ないものだった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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