これは未来に続く婚約破棄

茂栖 もす

文字の大きさ
上 下
90 / 114

23日目②

しおりを挟む
 昨日の一連の出来事を事細かに思い出してみたけれど、レオナードを称賛する気持ちしかない。そして二度、三度思い出してもきっと、この気持ち以外持たないだろう。

 でもテーブルを挟んで向かい合わせにいる彼は、未だに考え込んでいるご様子だ。

 いい加減、スウィーツに手を伸ばしたい。でも、もやもやした空気のまま食べても味が半減してしまう。

 そんな気持ちから、再びチラッとレオナードを伺い見る。その表情は悩みのスパイラルに嵌ってしまったそれだった。

 そこで遅ればせながら、私はやっと気付いた。さては、また面倒くさいことで、うだうだと悩んでいるな、コイツ、と。
 
 .........いやそれとも、まさか私の謝罪をうたがっているというのだろうか。もしそうなら、あまりに私に対して失礼だ。
 
 そう思ったら、怒りがふつふつと湧いてきた。そしてそれを抑え切れなくなった私は、感情のまま口を開いた。

「ねえレオナード。あなたが何を考え込んでいるかわからないけれど、一つ言わせてちょうだい。あのね、私、記憶力はあるわ。そして応用が利く人間よ。あなたと違って、学習能力もあるわ。おつむの中身が軽い人間扱いするのはやめてちょうだい」
「………………どういう意味だ?」

 私の言葉にレオナードは露骨にムッとした。いやいやいやいや、何でお前がそんな顔をする?私は何一つ間違ったことは言っていない。

 仕方がない。久方振りに、お説教モードのスイッチを入れることにするか。

「あなたは忘れているかもしれないけれど、私、ダンスのレッスンをした時に、あなたに抱きしめられるという経験をしたことは覚えているわ。そしてそれは、アルバードの追及を誤魔化す為にやったというのもね。だから今回だって、そういうことだったのでしょ?だから私だって、そんなには動揺したりしなかったし、あなたの演技の邪魔をしたつもりもないわ。それに、結果としてあなたは上手に機転を利かしてピンチを乗り切ってくれたじゃない。丸くおさまったこの状況に、一体あなたは何がご不満なわけ?」
「………………相変わらず君の肺活量には驚かされる」
「あら、本気を出せばもう少しイケるけど、聞いてみたい?」
「いや、それはまたの機会にとっておく。じゃなくってっ」

 勢いに任せてテーブルをバンっと叩いたレオナードは、そのままの勢いで首を横に振った。その激しい感情に、私は得も言われぬ恐怖を感じてしまい、思わず身を引いてしまう。ど、どうした!?
 
 もしかして、やればできる子というのは、やれた後に何かしらの後遺症を患ってしまうのか。例えば情緒不安定とか。もしそうなら、どうしよう。医者を呼んだ方が良いだろうか。

 そんなことを考えながらオロオロとする私に、レオナードは崩れ落ちるように着席すると、再び口を開いた。 

「私は正直言って、君の頬に唇が触れた瞬間、それなりの感情を持ってしまった。はっきり声に出して聞くが、君はそういう感情は持たなかったのか?」
「その質問に答える前に、それなりの感情って何?」

 至極真っ当な質問をしたはずだったのに、レオナードは、何だか拗ねたような顔をしてしまった。

「それなりの感情は、それなりのものだ。言葉では言い表せない」
「は?────…………ま、まぁ、簡単に言うと、あなたの唇が触れた瞬間の私の気持ちを伝えれば良いわけね?」
「ああ」

 なんでここで、ぶすっとされるのだろう。こちとら、少々大人になって、このお坊っちゃまのわけわからない質問の補足をしたというのに。本気で叱られたいのか、コイツ。などという感情がむくりと湧きあがる。けれど、視界の端に映るフォンダンショコラが、ねぇねぇ早く食べてとせっついて来る。

 .........しばらく悩んだけれど、フォンダンショコラを選んだ私は、レオナードの質問に答えることにした。

「懐かしい感情だったわ」
「は?」

 簡潔明瞭に感想を述べた途端、レオナードはぽかんとした表情を浮かべてしまった。けれどすぐに、もっと詳しくと目力で訴えてきた。

「あのね、あなたの唇が触れた時、ジャスティの事を思い出したのよ」
「………………ジャスティ?」

 レオナードの口からぎこちなく紡がれたその名を耳にした途端、知らず知らずのうちに口元が綻んでしまう。

 ああ、可愛いジャスティ、ちょっとお馬鹿なジャスティ。私、あなたのことが大好きだったわ。15年という生涯を終えて、天に召されたあなたは、今、何をしているのかしら。

 ────軽く瞳を閉じて、そんなことを考えながら、私は再び口を開いた。

「ええ。あなたと同じように見事な黄金色の毛並みだったわ。瞳の色はこげ茶色だったけれど。私、その子の事が大好きだったわ」

 一度、あの子のことを思い出したら、それはもう止めることができなかった。

 そして、ついさっきまでレオナードに対してイライラした気持ちを抱えていたのに、私の大切な思い出を共有できていることに、恥ずかしいくらいに心がウキウキしてしまう。

「ふわふわの毛並みはいつもお日様の香りがして、大きなしっぽはいつもふさふさだったわ。ふふっ、実は私には触らせてくれたけれど、他の人はちょっとでも手を伸ばしたら、噛みつくのよ?そして、いつもぴんっとした耳は、悪戯をした時だけ、片方が垂れてしまうの───………って、どうしたの?レオナード。どこか気分が悪いの?」

 堰を切ったようにジャスティの思い出を語っていた私だったけれど、ふと目を開けてみれば、レオナードはこの世の終わりのような表情を浮かべていた。

「ごめんなさい。もしかしてレオナード、あなた犬が苦手だった?」
「いや、犬は好きだ。ただ…………」
「ただ?」

 小首を傾げて問うた私に、レオナードは翡翠色の瞳に悲しみを湛えてこう呟いた。 

「………………私は犬と同類なのか」
「あ」

 言われてみればその通りだった。
しおりを挟む
初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
感想 44

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...