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23日目②
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昨日の一連の出来事を事細かに思い出してみたけれど、レオナードを称賛する気持ちしかない。そして二度、三度思い出してもきっと、この気持ち以外持たないだろう。
でもテーブルを挟んで向かい合わせにいる彼は、未だに考え込んでいるご様子だ。
いい加減、スウィーツに手を伸ばしたい。でも、もやもやした空気のまま食べても味が半減してしまう。
そんな気持ちから、再びチラッとレオナードを伺い見る。その表情は悩みのスパイラルに嵌ってしまったそれだった。
そこで遅ればせながら、私はやっと気付いた。さては、また面倒くさいことで、うだうだと悩んでいるな、コイツ、と。
.........いやそれとも、まさか私の謝罪をうたがっているというのだろうか。もしそうなら、あまりに私に対して失礼だ。
そう思ったら、怒りがふつふつと湧いてきた。そしてそれを抑え切れなくなった私は、感情のまま口を開いた。
「ねえレオナード。あなたが何を考え込んでいるかわからないけれど、一つ言わせてちょうだい。あのね、私、記憶力はあるわ。そして応用が利く人間よ。あなたと違って、学習能力もあるわ。おつむの中身が軽い人間扱いするのはやめてちょうだい」
「………………どういう意味だ?」
私の言葉にレオナードは露骨にムッとした。いやいやいやいや、何でお前がそんな顔をする?私は何一つ間違ったことは言っていない。
仕方がない。久方振りに、お説教モードのスイッチを入れることにするか。
「あなたは忘れているかもしれないけれど、私、ダンスのレッスンをした時に、あなたに抱きしめられるという経験をしたことは覚えているわ。そしてそれは、アルバードの追及を誤魔化す為にやったというのもね。だから今回だって、そういうことだったのでしょ?だから私だって、そんなには動揺したりしなかったし、あなたの演技の邪魔をしたつもりもないわ。それに、結果としてあなたは上手に機転を利かしてピンチを乗り切ってくれたじゃない。丸くおさまったこの状況に、一体あなたは何がご不満なわけ?」
「………………相変わらず君の肺活量には驚かされる」
「あら、本気を出せばもう少しイケるけど、聞いてみたい?」
「いや、それはまたの機会にとっておく。じゃなくってっ」
勢いに任せてテーブルをバンっと叩いたレオナードは、そのままの勢いで首を横に振った。その激しい感情に、私は得も言われぬ恐怖を感じてしまい、思わず身を引いてしまう。ど、どうした!?
もしかして、やればできる子というのは、やれた後に何かしらの後遺症を患ってしまうのか。例えば情緒不安定とか。もしそうなら、どうしよう。医者を呼んだ方が良いだろうか。
そんなことを考えながらオロオロとする私に、レオナードは崩れ落ちるように着席すると、再び口を開いた。
「私は正直言って、君の頬に唇が触れた瞬間、それなりの感情を持ってしまった。はっきり声に出して聞くが、君はそういう感情は持たなかったのか?」
「その質問に答える前に、それなりの感情って何?」
至極真っ当な質問をしたはずだったのに、レオナードは、何だか拗ねたような顔をしてしまった。
「それなりの感情は、それなりのものだ。言葉では言い表せない」
「は?────…………ま、まぁ、簡単に言うと、あなたの唇が触れた瞬間の私の気持ちを伝えれば良いわけね?」
「ああ」
なんでここで、ぶすっとされるのだろう。こちとら、少々大人になって、このお坊っちゃまのわけわからない質問の補足をしたというのに。本気で叱られたいのか、コイツ。などという感情がむくりと湧きあがる。けれど、視界の端に映るフォンダンショコラが、ねぇねぇ早く食べてとせっついて来る。
.........しばらく悩んだけれど、フォンダンショコラを選んだ私は、レオナードの質問に答えることにした。
「懐かしい感情だったわ」
「は?」
簡潔明瞭に感想を述べた途端、レオナードはぽかんとした表情を浮かべてしまった。けれどすぐに、もっと詳しくと目力で訴えてきた。
「あのね、あなたの唇が触れた時、ジャスティの事を思い出したのよ」
「………………ジャスティ?」
レオナードの口からぎこちなく紡がれたその名を耳にした途端、知らず知らずのうちに口元が綻んでしまう。
ああ、可愛いジャスティ、ちょっとお馬鹿なジャスティ。私、あなたのことが大好きだったわ。15年という生涯を終えて、天に召されたあなたは、今、何をしているのかしら。
────軽く瞳を閉じて、そんなことを考えながら、私は再び口を開いた。
「ええ。あなたと同じように見事な黄金色の毛並みだったわ。瞳の色はこげ茶色だったけれど。私、その子の事が大好きだったわ」
一度、あの子のことを思い出したら、それはもう止めることができなかった。
そして、ついさっきまでレオナードに対してイライラした気持ちを抱えていたのに、私の大切な思い出を共有できていることに、恥ずかしいくらいに心がウキウキしてしまう。
「ふわふわの毛並みはいつもお日様の香りがして、大きなしっぽはいつもふさふさだったわ。ふふっ、実は私には触らせてくれたけれど、他の人はちょっとでも手を伸ばしたら、噛みつくのよ?そして、いつもぴんっとした耳は、悪戯をした時だけ、片方が垂れてしまうの───………って、どうしたの?レオナード。どこか気分が悪いの?」
堰を切ったようにジャスティの思い出を語っていた私だったけれど、ふと目を開けてみれば、レオナードはこの世の終わりのような表情を浮かべていた。
「ごめんなさい。もしかしてレオナード、あなた犬が苦手だった?」
「いや、犬は好きだ。ただ…………」
「ただ?」
小首を傾げて問うた私に、レオナードは翡翠色の瞳に悲しみを湛えてこう呟いた。
「………………私は犬と同類なのか」
「あ」
言われてみればその通りだった。
でもテーブルを挟んで向かい合わせにいる彼は、未だに考え込んでいるご様子だ。
いい加減、スウィーツに手を伸ばしたい。でも、もやもやした空気のまま食べても味が半減してしまう。
そんな気持ちから、再びチラッとレオナードを伺い見る。その表情は悩みのスパイラルに嵌ってしまったそれだった。
そこで遅ればせながら、私はやっと気付いた。さては、また面倒くさいことで、うだうだと悩んでいるな、コイツ、と。
.........いやそれとも、まさか私の謝罪をうたがっているというのだろうか。もしそうなら、あまりに私に対して失礼だ。
そう思ったら、怒りがふつふつと湧いてきた。そしてそれを抑え切れなくなった私は、感情のまま口を開いた。
「ねえレオナード。あなたが何を考え込んでいるかわからないけれど、一つ言わせてちょうだい。あのね、私、記憶力はあるわ。そして応用が利く人間よ。あなたと違って、学習能力もあるわ。おつむの中身が軽い人間扱いするのはやめてちょうだい」
「………………どういう意味だ?」
私の言葉にレオナードは露骨にムッとした。いやいやいやいや、何でお前がそんな顔をする?私は何一つ間違ったことは言っていない。
仕方がない。久方振りに、お説教モードのスイッチを入れることにするか。
「あなたは忘れているかもしれないけれど、私、ダンスのレッスンをした時に、あなたに抱きしめられるという経験をしたことは覚えているわ。そしてそれは、アルバードの追及を誤魔化す為にやったというのもね。だから今回だって、そういうことだったのでしょ?だから私だって、そんなには動揺したりしなかったし、あなたの演技の邪魔をしたつもりもないわ。それに、結果としてあなたは上手に機転を利かしてピンチを乗り切ってくれたじゃない。丸くおさまったこの状況に、一体あなたは何がご不満なわけ?」
「………………相変わらず君の肺活量には驚かされる」
「あら、本気を出せばもう少しイケるけど、聞いてみたい?」
「いや、それはまたの機会にとっておく。じゃなくってっ」
勢いに任せてテーブルをバンっと叩いたレオナードは、そのままの勢いで首を横に振った。その激しい感情に、私は得も言われぬ恐怖を感じてしまい、思わず身を引いてしまう。ど、どうした!?
もしかして、やればできる子というのは、やれた後に何かしらの後遺症を患ってしまうのか。例えば情緒不安定とか。もしそうなら、どうしよう。医者を呼んだ方が良いだろうか。
そんなことを考えながらオロオロとする私に、レオナードは崩れ落ちるように着席すると、再び口を開いた。
「私は正直言って、君の頬に唇が触れた瞬間、それなりの感情を持ってしまった。はっきり声に出して聞くが、君はそういう感情は持たなかったのか?」
「その質問に答える前に、それなりの感情って何?」
至極真っ当な質問をしたはずだったのに、レオナードは、何だか拗ねたような顔をしてしまった。
「それなりの感情は、それなりのものだ。言葉では言い表せない」
「は?────…………ま、まぁ、簡単に言うと、あなたの唇が触れた瞬間の私の気持ちを伝えれば良いわけね?」
「ああ」
なんでここで、ぶすっとされるのだろう。こちとら、少々大人になって、このお坊っちゃまのわけわからない質問の補足をしたというのに。本気で叱られたいのか、コイツ。などという感情がむくりと湧きあがる。けれど、視界の端に映るフォンダンショコラが、ねぇねぇ早く食べてとせっついて来る。
.........しばらく悩んだけれど、フォンダンショコラを選んだ私は、レオナードの質問に答えることにした。
「懐かしい感情だったわ」
「は?」
簡潔明瞭に感想を述べた途端、レオナードはぽかんとした表情を浮かべてしまった。けれどすぐに、もっと詳しくと目力で訴えてきた。
「あのね、あなたの唇が触れた時、ジャスティの事を思い出したのよ」
「………………ジャスティ?」
レオナードの口からぎこちなく紡がれたその名を耳にした途端、知らず知らずのうちに口元が綻んでしまう。
ああ、可愛いジャスティ、ちょっとお馬鹿なジャスティ。私、あなたのことが大好きだったわ。15年という生涯を終えて、天に召されたあなたは、今、何をしているのかしら。
────軽く瞳を閉じて、そんなことを考えながら、私は再び口を開いた。
「ええ。あなたと同じように見事な黄金色の毛並みだったわ。瞳の色はこげ茶色だったけれど。私、その子の事が大好きだったわ」
一度、あの子のことを思い出したら、それはもう止めることができなかった。
そして、ついさっきまでレオナードに対してイライラした気持ちを抱えていたのに、私の大切な思い出を共有できていることに、恥ずかしいくらいに心がウキウキしてしまう。
「ふわふわの毛並みはいつもお日様の香りがして、大きなしっぽはいつもふさふさだったわ。ふふっ、実は私には触らせてくれたけれど、他の人はちょっとでも手を伸ばしたら、噛みつくのよ?そして、いつもぴんっとした耳は、悪戯をした時だけ、片方が垂れてしまうの───………って、どうしたの?レオナード。どこか気分が悪いの?」
堰を切ったようにジャスティの思い出を語っていた私だったけれど、ふと目を開けてみれば、レオナードはこの世の終わりのような表情を浮かべていた。
「ごめんなさい。もしかしてレオナード、あなた犬が苦手だった?」
「いや、犬は好きだ。ただ…………」
「ただ?」
小首を傾げて問うた私に、レオナードは翡翠色の瞳に悲しみを湛えてこう呟いた。
「………………私は犬と同類なのか」
「あ」
言われてみればその通りだった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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