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22日目⑤
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一度は同意したものの、私に体良く言いくるめられたことにデリックが気付いたのは、それからすぐだった。
「何度も確認するのは無粋なことと承知で聞きますが、あなたは兄上のことを愛していますか?」
「も、もちろんっ。しゅきでしゅよ」
………しまった。私としたことが、ここ一番のところで、噛んでしまった。
『愛している』など、どうしたって言えないから、好きという言葉に替えてみたけれど、それが仇になるなんて。
しかも、かんだ瞬間をデリックは見逃すはずもなく、あからさまに疑いの目を向け始めた。
「ごめんなさい。あんまり人前でこんなこと、言い慣れていなくて…………」
その場しのぎの小芝居とわかりつつも、とりあえず、恥ずかしそうに口元を覆って、もじもじと下を向いてみる。ただ口にした言葉は、ニュアンスは違うが嘘ではない。
「…………噛む程に、好きということですか」
「…………ええ」
っんなわけあるか。っていうか噛む程、好きって、一体どんな基準なの!?
と、聞いてみたいところだが、私は『もうっ、恥ずかしいから、これ以上聞かないで』的な感じの表情を作って上目遣いにデリックを見つめる。
そうすれば、デリックは頷いた。ただ、その表情は前回同様に、何やら悪巧みを思いついたそれだった。ヤ、ヤバイ、何としても止めないとっ。
そう思った時には既に遅く、デリックは身体を反転させると、大声を上げた。
「兄さんっ」
さっきまでの表情が嘘のように、キラキラとした表情を浮かべたデリックはレオナードに向かって軽く手を挙げた。まるで、こっちに来て、と言わんばかりに。
ずっと心配そうに、こちらを伺っていたレオナードが、私達のところに足を向けるのは当然のこと。そして、私とデリックの間に割って入ったレオナードに向かい、デリックは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あのね、ミリアさんは、僕のこと、許してくれたよ」
「…………そうか」
「うんっ」
渋面を作りながらそう返すレオナードとは対照的に、デリックは物凄く嬉しそうに頷いた。けれど、私にはわかる。この弟の表情が作りものだということを。
そして私の予想通り、無邪気な笑みという仮面を脱ぎ捨てたデリックは、意味ありげな表情をで、ちらっと私に視線を投げてから、口を開いた。
「でね、僕、その話の流れでちょっと相談を受けたんだ」
「はぁっ、ちょっ────」
「どんな内容だったんだ?」
「うん、あのね……………」
ありもしないことをでっち上げるデリックに、思わず蹴りを入れたくなる。けれど、その前にいるレオナードが邪魔で一撃が繰り出せない。
そんな状況で、あわあわとする私など無視してデリックは、どんどん作り話を進めていく。
「兄さんは甘い言葉は人前では言ってくれるけど、本当は素っ気ないって。ミリアさん、自分が婚約者に相応しいのか悩んでいたよ。ぶっちゃけ触れ合いが少ないってさ。兄さん、駄目だよ。女性にそんなことを言わせるなんて」
「ちょ、まった────」
「嘘を言うな。私は誠意を持って、ミリアに接している」
「本当に?」
「………………ああ、もちろんだ」
口を挟む間などなかった。
レオナードとデリックは兄弟独特の間でどんどん会話を進めていってしまう。本当にお願いだから、やめて。
だってデリックの、このでっちあげの理由はわかっている。私達の関係を試そうとしているのだ。だからこの挑発に乗ってはいけない。ここは子供をあしらう大人のように、さらっと流して終わりにするべきだ。
………そう、伝えたい。伝えたいけれど、残念ながらレオナードは一切、私のほうを向いてくれない。ちょっとで良いからこっちを向いてっ。
そんな悲痛な願いも空しく、デリックは、さらりととんでもないことを口にした。
「じゃあ、今ここでキスしてみせてよ」
「はぁ!?」
「………っ」
素っ頓狂な声を上げたのは私。小さく息を呑んだのはレオナード。私達のリアクションは互いに違うものだったけれど、間違いを犯してしまったことだけは共通していた。ここは照れたり、はにかんだりするのが正解だった。
そして、私達は同時に、しまったという顔をしてしまった。…………もちろん、デリックの両目は、それをがっちりと捉えていた。
ほらね、やっぱり。そんな顔をしながら、デリックはレオナードに向かって一歩踏み出しながら口を開いた。ちょっと待て、お前、不整脈どこに行った!?と聞きたくなるほど、その態度は、ふてぶてしいものだった。
「別に舌を絡ませる激しいキスをしろだなんて言ってないんだから、そんな顔しないでよ。ああ、もしかして兄さん、本当はミリアさんのこと婚約者だとは思っていないんじゃないの?例えば、まだ片思い相手に想いを引きずっていて、とりあえず繋ぎでミリアさんと────」
「デリック、やめろ」
意地の悪い言葉を吐いていたデリックだけれど、鋭いレオナードの言葉に遮られて表情をなくす。
「彼女を前にして、言って良いことと悪いことがあるだろう。前にも言ったはずだ。これ以上、彼女に対して失礼なことを言うなら………………」
レオナードは私に背を向けているから、どんな表情をしているかわからない。
けれど、デリックの表情はこちらから見える。レオナードは決して声を荒げている訳ではないけれど、弟君は、あと数秒で心臓が止まりそうなほど、ビビっている。
そんな緊迫した様子に、キスの煽りも忘れて、今回も仲裁に入ろうと思った。けれど、その前にレオナードは中途半端なところで言葉を区切ってしまう。そして、気持ちを切り替えるように軽く首を振った後、落ち着いた声でこう言った。
「良いだろう、デリック。ここでキスをすれば、お前は二度とミリアに対して失礼な態度はとらないと約束するなら、いくらでもそうしよう」
「うんっ、もちろん約束するよ」
そんな約束しないでっ。
思わず叫びそうになった私は、慌てて自分の口に両手を当てる。でも、悲鳴は抑えることができたけれど、胸の動悸は鳴りやまない。ドキドキ、バクバク。心臓が今にも壊れてしまいそうだ。
そんな中、レオナードは振り返って私をじっと見つめる。
感情の読めない翡翠色の瞳に射抜かれて、私は何も考えることができなくなってしまった。
「何度も確認するのは無粋なことと承知で聞きますが、あなたは兄上のことを愛していますか?」
「も、もちろんっ。しゅきでしゅよ」
………しまった。私としたことが、ここ一番のところで、噛んでしまった。
『愛している』など、どうしたって言えないから、好きという言葉に替えてみたけれど、それが仇になるなんて。
しかも、かんだ瞬間をデリックは見逃すはずもなく、あからさまに疑いの目を向け始めた。
「ごめんなさい。あんまり人前でこんなこと、言い慣れていなくて…………」
その場しのぎの小芝居とわかりつつも、とりあえず、恥ずかしそうに口元を覆って、もじもじと下を向いてみる。ただ口にした言葉は、ニュアンスは違うが嘘ではない。
「…………噛む程に、好きということですか」
「…………ええ」
っんなわけあるか。っていうか噛む程、好きって、一体どんな基準なの!?
と、聞いてみたいところだが、私は『もうっ、恥ずかしいから、これ以上聞かないで』的な感じの表情を作って上目遣いにデリックを見つめる。
そうすれば、デリックは頷いた。ただ、その表情は前回同様に、何やら悪巧みを思いついたそれだった。ヤ、ヤバイ、何としても止めないとっ。
そう思った時には既に遅く、デリックは身体を反転させると、大声を上げた。
「兄さんっ」
さっきまでの表情が嘘のように、キラキラとした表情を浮かべたデリックはレオナードに向かって軽く手を挙げた。まるで、こっちに来て、と言わんばかりに。
ずっと心配そうに、こちらを伺っていたレオナードが、私達のところに足を向けるのは当然のこと。そして、私とデリックの間に割って入ったレオナードに向かい、デリックは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あのね、ミリアさんは、僕のこと、許してくれたよ」
「…………そうか」
「うんっ」
渋面を作りながらそう返すレオナードとは対照的に、デリックは物凄く嬉しそうに頷いた。けれど、私にはわかる。この弟の表情が作りものだということを。
そして私の予想通り、無邪気な笑みという仮面を脱ぎ捨てたデリックは、意味ありげな表情をで、ちらっと私に視線を投げてから、口を開いた。
「でね、僕、その話の流れでちょっと相談を受けたんだ」
「はぁっ、ちょっ────」
「どんな内容だったんだ?」
「うん、あのね……………」
ありもしないことをでっち上げるデリックに、思わず蹴りを入れたくなる。けれど、その前にいるレオナードが邪魔で一撃が繰り出せない。
そんな状況で、あわあわとする私など無視してデリックは、どんどん作り話を進めていく。
「兄さんは甘い言葉は人前では言ってくれるけど、本当は素っ気ないって。ミリアさん、自分が婚約者に相応しいのか悩んでいたよ。ぶっちゃけ触れ合いが少ないってさ。兄さん、駄目だよ。女性にそんなことを言わせるなんて」
「ちょ、まった────」
「嘘を言うな。私は誠意を持って、ミリアに接している」
「本当に?」
「………………ああ、もちろんだ」
口を挟む間などなかった。
レオナードとデリックは兄弟独特の間でどんどん会話を進めていってしまう。本当にお願いだから、やめて。
だってデリックの、このでっちあげの理由はわかっている。私達の関係を試そうとしているのだ。だからこの挑発に乗ってはいけない。ここは子供をあしらう大人のように、さらっと流して終わりにするべきだ。
………そう、伝えたい。伝えたいけれど、残念ながらレオナードは一切、私のほうを向いてくれない。ちょっとで良いからこっちを向いてっ。
そんな悲痛な願いも空しく、デリックは、さらりととんでもないことを口にした。
「じゃあ、今ここでキスしてみせてよ」
「はぁ!?」
「………っ」
素っ頓狂な声を上げたのは私。小さく息を呑んだのはレオナード。私達のリアクションは互いに違うものだったけれど、間違いを犯してしまったことだけは共通していた。ここは照れたり、はにかんだりするのが正解だった。
そして、私達は同時に、しまったという顔をしてしまった。…………もちろん、デリックの両目は、それをがっちりと捉えていた。
ほらね、やっぱり。そんな顔をしながら、デリックはレオナードに向かって一歩踏み出しながら口を開いた。ちょっと待て、お前、不整脈どこに行った!?と聞きたくなるほど、その態度は、ふてぶてしいものだった。
「別に舌を絡ませる激しいキスをしろだなんて言ってないんだから、そんな顔しないでよ。ああ、もしかして兄さん、本当はミリアさんのこと婚約者だとは思っていないんじゃないの?例えば、まだ片思い相手に想いを引きずっていて、とりあえず繋ぎでミリアさんと────」
「デリック、やめろ」
意地の悪い言葉を吐いていたデリックだけれど、鋭いレオナードの言葉に遮られて表情をなくす。
「彼女を前にして、言って良いことと悪いことがあるだろう。前にも言ったはずだ。これ以上、彼女に対して失礼なことを言うなら………………」
レオナードは私に背を向けているから、どんな表情をしているかわからない。
けれど、デリックの表情はこちらから見える。レオナードは決して声を荒げている訳ではないけれど、弟君は、あと数秒で心臓が止まりそうなほど、ビビっている。
そんな緊迫した様子に、キスの煽りも忘れて、今回も仲裁に入ろうと思った。けれど、その前にレオナードは中途半端なところで言葉を区切ってしまう。そして、気持ちを切り替えるように軽く首を振った後、落ち着いた声でこう言った。
「良いだろう、デリック。ここでキスをすれば、お前は二度とミリアに対して失礼な態度はとらないと約束するなら、いくらでもそうしよう」
「うんっ、もちろん約束するよ」
そんな約束しないでっ。
思わず叫びそうになった私は、慌てて自分の口に両手を当てる。でも、悲鳴は抑えることができたけれど、胸の動悸は鳴りやまない。ドキドキ、バクバク。心臓が今にも壊れてしまいそうだ。
そんな中、レオナードは振り返って私をじっと見つめる。
感情の読めない翡翠色の瞳に射抜かれて、私は何も考えることができなくなってしまった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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