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22日目④
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初夏の柔らかい風に吹かれながら私は思う。この馬鹿弟に、どう鉄槌を下そうかと。
花壇に埋める?生温いので、却下。噴水に沈める?ありきたりなので、却下。ああ、一生苦痛を与える為に、脊髄を蹴り上げて、完全麻痺の身体にしようか。なかなかの名案だ。
…………と、まぁ物騒この上ないことを、つらつらと考えてみたけれど、私の出した結論はこうだった。
「もう、過ぎた事です。気になさらないで、デリックさん」
「え?」
にこりと笑みを浮かべて、そう口にすれば、デリックは、信じられないといった感じで何度も瞬きを繰り返す。
そりゃあ、私の言葉が信じられないと思うのは、ごもっとも。私だって、本気でコイツの息の根を止めようと思ったのだから。
でも、よくよく考えたら、私は再びレオナードの元に通えるようになっている。そして、あと数日で、この契約期間も終了となる。嵌められた憤りは消えないけれど、冷静に考えればなんだかんだあったけれど、丸く収まりそうなのだ。だからそこまで、怒る必要はない。
なんてことは言えないので、間抜け面の弟君を無視して、私はさっさとこの会話を終わらせることを選んだ。
「結局のところ、お兄様のことを思ってのことだったのでしょう?その理由が聞けただけで、わたくしは十分です。話してくれてありがとう。デリックさん。では、わたくしはこれで」
淑女らしく、ちょっと膝を折って礼をした私は、そのままくるりとデリックに背を向けようとした。けれど────。
「………………解せません」
「あ゛?」
思わず呼び止められて、素の声が出てしまう。
そして心の中で盛大な舌打ちをしながら、デリックを見つめれば、彼は不審そうな顔を浮かべて口を開いた。
「私の話を聞いた時、兄は今までにない程、怒り心頭でした。…………今も、私は兄に近づくと恐怖から来る不整脈で、胸が痛みます」
「………………はぁ」
あなたを不整脈にさせているそのお兄様は、私に対して恐怖から来る不整脈で同じように胸を痛めています。
ということは、言えないので曖昧に頷くことにする。
ただ残念なことに、他に選択肢の無い私が取ったそれは、デリックの不信感を更に煽ることになってしまったようだ。彼は、眉間にしわを刻みながら再び口を開いた。
「なのに、あなたはこんなにもあっさりと、私の罪を許してくれました。…………とても広大な心の持ち主です。けれど、穿った考え方をするなら、あなたは本当に兄上のことを愛しているのでしょうかという疑問を持ってしまうのです」
捨ててしまえ、そんな疑問。
そう口にしたいけれど、これまたもちろん言える訳がない。
そんな私の心情にデリックは気付いているのか、いないのか、わからない。けれど、その口はまだまだ止まりそうもなかった。
「前回の時もそうでした。私が兄さんが片思いしていた相手のことを口にしても、そのことで気分を害するようなことはなかった。…………あそこで不快な感情を見せなかったのは、あなたの矜持がそうさせていたのかもしれません。が、感情を抑えていても多少は伝わるものです。ですが、あなたからは、全く伝わらなかった。はっきり言って、そういう感情が無いといっても過言ではなかった」
「………………はぁ」
間抜けな返事をしているけれど、内心ヤバイヤバイと嫌なジャンルの汗が背中に流れる。ここは、上手に誤魔化さなければ。そう考えた私は、少々ズルい手を使わせてもらうことにした。
「それは、デリックさんにお伝えしないといけないことかしら?」
口の端だけを持ち上げて、私はどんな風にも取れる笑みを浮かべてみる。そうすれば、デリックは僅かにたじろいだ。
そんな彼に向かって、私は再び口を開いた。あえて、ゆったりとした口調で。
「わたくしの気持ちは、レオナードさまだけに伝われば良いことだと思っていますわ」
我ながら素晴らしい誤魔化し方だ。ちょっと悦に入りそうだ。そして、目の前の弟君も、ぐっと悔しそうな表情を浮かべたけれど、紡いだ言葉はこれだった。
「………………確かに、そうですね」
でしょー!っと、思わず同意を求めたくなる気持ちをぐっと堪えて、私は微笑むだけに留まる。
そして、ふぅ、やれやれ、と安堵の息をこっそり吐いた瞬間、デリックはまさかの行動に出た。
花壇に埋める?生温いので、却下。噴水に沈める?ありきたりなので、却下。ああ、一生苦痛を与える為に、脊髄を蹴り上げて、完全麻痺の身体にしようか。なかなかの名案だ。
…………と、まぁ物騒この上ないことを、つらつらと考えてみたけれど、私の出した結論はこうだった。
「もう、過ぎた事です。気になさらないで、デリックさん」
「え?」
にこりと笑みを浮かべて、そう口にすれば、デリックは、信じられないといった感じで何度も瞬きを繰り返す。
そりゃあ、私の言葉が信じられないと思うのは、ごもっとも。私だって、本気でコイツの息の根を止めようと思ったのだから。
でも、よくよく考えたら、私は再びレオナードの元に通えるようになっている。そして、あと数日で、この契約期間も終了となる。嵌められた憤りは消えないけれど、冷静に考えればなんだかんだあったけれど、丸く収まりそうなのだ。だからそこまで、怒る必要はない。
なんてことは言えないので、間抜け面の弟君を無視して、私はさっさとこの会話を終わらせることを選んだ。
「結局のところ、お兄様のことを思ってのことだったのでしょう?その理由が聞けただけで、わたくしは十分です。話してくれてありがとう。デリックさん。では、わたくしはこれで」
淑女らしく、ちょっと膝を折って礼をした私は、そのままくるりとデリックに背を向けようとした。けれど────。
「………………解せません」
「あ゛?」
思わず呼び止められて、素の声が出てしまう。
そして心の中で盛大な舌打ちをしながら、デリックを見つめれば、彼は不審そうな顔を浮かべて口を開いた。
「私の話を聞いた時、兄は今までにない程、怒り心頭でした。…………今も、私は兄に近づくと恐怖から来る不整脈で、胸が痛みます」
「………………はぁ」
あなたを不整脈にさせているそのお兄様は、私に対して恐怖から来る不整脈で同じように胸を痛めています。
ということは、言えないので曖昧に頷くことにする。
ただ残念なことに、他に選択肢の無い私が取ったそれは、デリックの不信感を更に煽ることになってしまったようだ。彼は、眉間にしわを刻みながら再び口を開いた。
「なのに、あなたはこんなにもあっさりと、私の罪を許してくれました。…………とても広大な心の持ち主です。けれど、穿った考え方をするなら、あなたは本当に兄上のことを愛しているのでしょうかという疑問を持ってしまうのです」
捨ててしまえ、そんな疑問。
そう口にしたいけれど、これまたもちろん言える訳がない。
そんな私の心情にデリックは気付いているのか、いないのか、わからない。けれど、その口はまだまだ止まりそうもなかった。
「前回の時もそうでした。私が兄さんが片思いしていた相手のことを口にしても、そのことで気分を害するようなことはなかった。…………あそこで不快な感情を見せなかったのは、あなたの矜持がそうさせていたのかもしれません。が、感情を抑えていても多少は伝わるものです。ですが、あなたからは、全く伝わらなかった。はっきり言って、そういう感情が無いといっても過言ではなかった」
「………………はぁ」
間抜けな返事をしているけれど、内心ヤバイヤバイと嫌なジャンルの汗が背中に流れる。ここは、上手に誤魔化さなければ。そう考えた私は、少々ズルい手を使わせてもらうことにした。
「それは、デリックさんにお伝えしないといけないことかしら?」
口の端だけを持ち上げて、私はどんな風にも取れる笑みを浮かべてみる。そうすれば、デリックは僅かにたじろいだ。
そんな彼に向かって、私は再び口を開いた。あえて、ゆったりとした口調で。
「わたくしの気持ちは、レオナードさまだけに伝われば良いことだと思っていますわ」
我ながら素晴らしい誤魔化し方だ。ちょっと悦に入りそうだ。そして、目の前の弟君も、ぐっと悔しそうな表情を浮かべたけれど、紡いだ言葉はこれだった。
「………………確かに、そうですね」
でしょー!っと、思わず同意を求めたくなる気持ちをぐっと堪えて、私は微笑むだけに留まる。
そして、ふぅ、やれやれ、と安堵の息をこっそり吐いた瞬間、デリックはまさかの行動に出た。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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