これは未来に続く婚約破棄

茂栖 もす

文字の大きさ
上 下
86 / 114

22日目③

しおりを挟む
 運良く絞殺死体になることを免れたデリックは、その自覚がないのだろう。更に言葉を紡いでいく。

「私は、実は………………拗ねていたんです。兄にとって一番身近な人間のはずの私が、婚約という重大な案件を事後報告で済まされたことに。それで、勝手に思い込んでしまったんです。兄はどこの馬の骨ともわからない女に誑かされてしまったのだと」
「………………」

 ぶん殴って良いかしら?

 そう喉までせり上がった言葉を、必死で押しとどめる。最終判決を下すのは話を全部聞いた後だ。そう自分に言い聞かせて。

 反対にデリックは、私の心情などお構いなく、どんどん話を進めていく。けれど、私とは絶対に目を合わせようとはしない。それは多分、私の顔がものすごく引き攣っているからなのだろう。

「だから私は兄の為を思って、この婚約をぶち壊そうと思いました。運の良いことに、その婚約者の領地は私の家の領地と隣同士。しかも、あの手この手を使って調べたところ、婚約者の父上は、更に運良く、領地に滞在している。これは神のお導きだと思いました」

 お前、本当に神様のところに召されたいのか?

 再び喉までせり上がった言葉を、これまた必死で押しとどめる。でも、最終判決の内容は、ほぼほぼ確定しているから、これ以上聞く必要はないような気がする。

 が、僅かな好奇心でデリックに向かい小さく頷いて、私は話を続けるよう促した。

「…………顔色が悪いようですが、このまま話を続けても…………ひぃっ。い、いえ、何でもないです。話しますっ。えっとそれで、私は父上に、提案をしました。『隣の領地も、同じ害獣被害に悩んでいるようなので、ここは結託して問題を解決しましょう。しかも、その領地の娘様は、最近、兄上と婚約をしたそうです。挨拶も兼ねて、隣の領地へ足をむけましょう』と」
「…………で、あなたのお父様はなんとおっしゃいましたの?」

 ここに来て、思わず口を開いてしまった。

 だって、やっぱり気になる。息子であるレオナードが、何の断りもなく一方的に決めてしまったこの婚約、お父様の立場としてどう考えているのかを。

 そうすれば、デリックは複雑な表情を浮かべて口を開いた。

「はい。てっきり私は、激怒すると思いました。けれど、父上は『やっと息子は自立したのか。良かった、良かった。じゃあ、ちょっと挨拶に行こう』と、大変ノリノリで、あなたのお父様と連絡を取り合い、対面しました。………………私としては、大変不本意でしたが」
「……………それで、どうなりましたか?」
「私としては…………というか、【あの時の私】と言わせてもらいますが、ぶっちゃけ、父上は貴族社会に馴染まない、あなたのお父様を目にすれば、さすがにこの婚約を取り潰すと思いました。けれど、なぜか父上はあなたのお父様にも好感を持ってしまいました。............茂みの影から見守っていた私が、悔しさのあまり、目に付いた枝をへし折ったのは、今となっては良い思い出です」
「………………あら、そうですか」

 一先ず頷いてみたものの、デリックはまだカミングアウトし足りない顔をしている。まだ、あるのか。ぶっちゃけもうお腹いっぱいだ。

 そんな私の気持ちを無視して、デリックは本日最大級のカミングアウトを始めてしまった。

「正直言ってあの時、私は、父上に失望しました。マジ使えねぇ、と。だからもう、単身乗り込んで、兄上の婚約をぶち壊すしかないと思いつめてました。………幸いなことに、あなたのお父様はこの婚約を良しとしないということはわかりましたし。それを保険にして、兄上の目を覚まさせようと…………」
「で?」

 中途半端なところで言葉尻を濁したデリックに、苛立ちを隠せず、素の自分が出てしまう。でも、今更取り繕うつもりはない。私は、早く続きが知りたいのだ。

 そんな気持ちは、しっかりはっきり表情に現れていたようで、デリックはすぐさま続きを語りだした。

「実際会ってみたあなたは、兄上の隣に立つのに相応しい、魅力的な女性でした。そして、私の挑発を緩やかに交わす、知性のある女性でした。…………先日の、あなたとのお茶会はとても楽しい時間でした。それ故に…………」
「故に?」
「私はあなたに、このチクリの一件を伝え忘れてしまいましたっ」
「……………………………」

 ならば、腹を切れ。

 という言葉を飲み込む為に、私は無言で空を見上げた。

 本日は雲一つない、晴天なり。

 パラソルを持ってこなかったことが悔やまれる。…………うん、もう本当に悔やまれる。

 だって、今、パラソルを手にしていたら、二度とデリックがそんなわんぱくなことをのたまうことができぬよう、その口に放り込めたというのに。

 っていうか、事の真相は、重度のブラコンの思い込みから始まった悲劇だったのだ。

 メルヘン乙女のお母様の時もそうだったけれど、レオナードの敵は常に身内にあり。…………ロフィ家恐るべし。 
しおりを挟む
初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
感想 44

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...