これは未来に続く婚約破棄

茂栖 もす

文字の大きさ
上 下
85 / 114

22日目②

しおりを挟む
「は?────…………ちょ、ちょっとレオナード待ってっ」

 慌ててつま先をスカートに隠した私は、そのままレオナードの肩を強く揺さぶった。

「あなた、今、自分が何をしようとしたかわかっているの!?」

 信じられないと驚愕する私とは対照的に、レオナードはきょとんとした顔をしている。駄目だ…………これは、懇切丁寧に教えなければ、彼の人生がおかしなことになってしまう。

「よく聞いてレオナード。跪いて足を舐める行為は、初級の変態がすることなのよ。なんであなたが、そんなことをするの?…………もしかしてレオナード、私と会っていない2日間で何かあったの!?」

 最後は悲鳴のような声になってしまった私に、レオナードは、ゆっくりと瞬きを3回してから静かに口を開いた。

「つま先への口付けは、尊敬し敬う気持ちからするものだ。そして私はミリア嬢に対して、尊敬の念を抱いている。ということで別段、可笑しなことではないし、変態行為ではないだろう。それに、ミリア嬢、君が私に望んだのではないか」
「…………そりゃそうだけど…………そういう意味じゃないわ」
「じゃあ、どんな意味があったんだ?」

 形勢逆転したかのように、レオナードは不機嫌な顔になってしまった。そして物凄い眼力で、私に詰め寄ってくる。.........逃げられるわけもなく、私は、しぶしぶこう答えた。

「嫌がらせ………の、つもりだったのよ」

 悪戯の類を自分から暴露する程、恥ずかしいことはない。もじもじとスカートの裾をいじりながらそう白状すれば、レオナードは膝を付いたままこう言った。

「なるほど。だが、今回はそうは取れなかった」

 私にとって噴水にダイブ、いやそれ以上の無茶振りだと思っていたのに。真顔でそんなことを言うレオナードが、ちょっと遠く感じてしまった。

「ところでミリア嬢、この手はどうしたんだ?」
「え?」

 急に話題が変わって、短い言葉を吐いた後、目をぱちくりさせてしまう。けれど、レオナードは表情を険しいものに変え、再び問い掛けた。

「手首に包帯が巻いてある。ずっとこちらの手を庇っているから、間違いなく怪我をしてるんだろう。………ミリア嬢、誰にされた?」
 
 そう言いながら包帯の巻かれた手首に触れようとレオナードは手を伸ばしたが、寸前のところでピタリと止めた。どうやら彼は、ちょっとでも触れたら私が痛がると思っているようだ。もうそんなには痛くないというのに。

「ちょっと兄達とぶつかっただけよ」
「痛むか?」
「もう痛くないわ。…………ふふっ」

 まるで自分が怪我を負ったかのように痛みを堪えるような顔をするレオナードが可笑しくて思わず笑みが零れてしまった。アイリーンさんの時もそうだった。どうもこの人は、誰かが病気や怪我をすると、シンクロしてしまうようだ。

「笑い事じゃない、ミリア嬢。もう少し詳しく…………」
「詳しく話すことじゃないわ。ただ単に我が家が狭かったから起こった事故よ。それに、この怪我のお掛けで、私また、あなたとこうしていられるの。だからもう良いの。さ、こんなお話は終わりにしましょう」

 そう。そしてそんな会話をしていても、デリックは少し離れたところから、じっとこちらの様子を伺っているし、アルバードに至っては、じわりじわりと間合いを詰めてくる。

 結局、私は、今回も不本意ながら、レオナードの要求を甘んじて受けて入れてしまうようだ。




「お待たせして申し訳ないですわね、デリックさん」

 一ミクロも申し訳ないとは思っていないけれど、最初の言葉が見つからないので、とりあえずそう口にしてみた。

 そうすればデリックは、とんでもないといった感じで激しく首を横に振った。

「こちらこそ、お呼び立てして申し訳ありません。ミリア嬢、早速ですが聞いて欲しい話があります」
「…………な、なんでしょう」

 まずは当たり障り無い世間話から入ると思いきや、いきなり本題を切り出され、不覚にも動揺が隠せない。そして、眼前の弟君も、ものっすごく動揺しているご様子。目が泳いでいるし、額の汗がハンパない。

 そして、同時にごくりと唾を飲んだ瞬間、デリックは意を決したかのように、ぎゅっと拳を握りしめて、こう言った。

「実は…………父上に、あなたとレオナードの婚約の件をチクったのは、この私です」

 犯人、お前かよっ。

 思わず締め上げそうになる。けれど、幸い(?)私は手首を捻挫していたお陰で、デリックが絞殺死体に変ることはなかった。デリック、私の兄に感謝しろ。私は感謝しないけど。
しおりを挟む
初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
感想 44

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...