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21日目③
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ズキンズキンと脈打つように痛む手首を庇いながら自室に戻った私を出迎えてくれたのは、侍女のリジーだった。
「ミリア様、お疲れ様でし…………きゃぁぁーっ」
ぺこりと頭を下げようとしたリジーだったけれど、ぱんぱんに腫れた私の手首を見た途端、悲鳴を上げその場にへたり込んでしまった。そして、うっうっとべそをかいてしまった。
「こ、こんな大怪我をされてしまって、おいたわしいです………ミ、ミリア様………。まさか、ご主人様に………」
「あー、違うわよ。兄二人とちょっとぶつかっただけだから。大丈夫よリジー。まぁ、ちょっと痛いけどね」
座り込んだリジーと目線を合わせるために、私も腰を落とす。そして、動くほうの手を伸ばしてリジーの頭をよしよしと撫でる。でも、内心、可愛い侍女を泣かせた兄二人に対して、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。絶対に許さない。
「あっ、ミリア様、すぐにお薬をお持ちしますっ」
しばらく私に身を任せていたリジーだけれど、はっと我に返った瞬間、ぱたぱたと外へ出て行ってしまった。………寂しい。アニマルセラピーではないけれど、薬よりもリジーがそばにいてくれる方が癒され度は高いというのに。
閉じられた扉を見つめ、今日イチしょんぼりしてしまう私だった。けれど、レオナードに手紙を書かなければいけないことを思い出し、よろよろと立ち上がり机に移動する。
ペンを取ると、無地の便箋に、これまでの状況説明と、これからの対処について、すらすらと書き連ねていく。もちろん季節の挨拶などは無視だ。これは手紙というより作戦内容を伝達するためだけのもの。
そして、最後の一行を書き終えた瞬間、ノックの音と共に扉が開いた。
「ミリア、怪我は大丈夫?…………あらあら、まるでパンみたいに腫れあがっているわね」
手紙を適当な本の下に滑り込ませて振り向けば、そこには母さまがいた。手には、薬箱を持っている。
「見たところ捻挫のようね。骨折じゃなくて安心したわ。さっこっちにいらっしゃい」
そう言って母さまはベッドに座ると、隣に据わるように促した。
珍しいこともあるものだ。この程度の怪我で母さま自ら手当をしてくれるなんて、雨でも降るのだろうか。いや、もう雨は降っている。なぜなら父上が雨男だから。
「ミリア、早く座りなさい」
実直堅実に生きる母さまの口癖は、時は金なり。そして、その言葉通り、もたつくことを嫌う母さまは、既に片方眉が上がっていた。
「は、はいっ」
慌てて腰掛けた私の手を取った母さまは、慣れた手つきで薬を塗ると包帯を巻く。そして、手を止めることなく、とんでもないことを口にした。
「ミリア、明日からは、今までどおりレオナード様の元に通いなさい」
「は?え?…………む、無理よ。だって、お父様が家にいるのよ?」
きっぱりと言い切った母さまの言葉が理解できなかったのは一瞬だけ。すぐに理解した私は、慌てて首を横に振った。
けれど、母さまはそんな私を見て、聖母のような笑みを浮かべながら口を開いた。
「大丈夫。今、リジーがお父様のお部屋にお茶を運んだから」
「ど、ど、どういうことですか?」
目をぱちくりすることしかできない私に、母さまは今度は不適な笑みを浮かべた。
「まだ半泣きのリジーを目にしたお父様は、間違いなく動揺するわ。ああ見えて、お父様は小動物に弱いのよ。メロメロなのよ。イノシシは躊躇無く殺せるけれど、ウリ坊は殺せない人なのよ」
「…………へぇー」
どうリアクションして良いのかわからないので、どうにでも取れる返事をする。そんな私に母さまは、くすっと口元を綻ばせた。けれど、すぐに表情を元に戻して言葉を続けた。
「だから、きっと私に問うてくるわ。『どうして、リジーが泣いているのか』って。そこで、あなたが怖いからっと答えるつもりなの。そしてこう提案するわ『リジーの為にも、あなた、日中は裏山にでも引き篭もっていてください』と」
「いや、それ、ちょっと………」
「お黙りなさい、ミリア。リジーがお父様を怖がっているのは事実。泣いている理由が、少々違ったとしても、取るに足らない問題よ。それに、そうでもしなければ、あなたはレオナード様の元に通えないわ。お父様を裏山に隔離するのが一番安全かつ合理的なのよ」
「…………………そりゃあまぁ.........そうだけど」
ごにょごにょと言葉を濁す私とは反対に、母さまは自信満々だ。
「お父様のことは母に任せなさい。そうだわ、念には念を入れて、あなたは、手首の怪我が思いのほか酷くて通院しているっていう体でレオナード様の元に通うのよ。フィリップ達だって、怪我を負わせた手前、口を挟めるわけがないわ」
「た、確かにそれなら………問題はないかもしれないわ」
思わず頷いてしまった。私の案より、母さまの案のほうがはるかに素晴らしいものだったから。ただ、そんなに上手くいくのだろうか。
そんな懸念を抱えた俯いてしまった瞬間、控えめなノックとともに扉が開き、リジーがひょっこり顔を出した。言わなくてもいいかもしれないけれど、両手を扉に添えて顔を除かせる侍女の仕草は、悩殺級に可愛かった。
「…………奥方様、あの………」
「なあに?リジー」
不思議そうに首をかしげる母さまだったけれど、侍女が次に放つ言葉はすでに予測しているようだった。そして、それは的中する。
「ご主人様が、お呼びです」
「そう、ありがとう。すぐに行くわ」
大丈夫、後はわたくしに任せなさい。
母さまは私だけにそう囁いて静かに立ち上がった。次いで、にこっと笑みを浮かべ、部屋を出て行った。
ちなみにその後どうなったかといえば、見事、私はレオナードの元に通えるようになったのだ。
ただ、どうやって父上を説得したのかは、母さまは絶対に教えてくれなかった。それだけが、ちょっと残念だった。
「ミリア様、お疲れ様でし…………きゃぁぁーっ」
ぺこりと頭を下げようとしたリジーだったけれど、ぱんぱんに腫れた私の手首を見た途端、悲鳴を上げその場にへたり込んでしまった。そして、うっうっとべそをかいてしまった。
「こ、こんな大怪我をされてしまって、おいたわしいです………ミ、ミリア様………。まさか、ご主人様に………」
「あー、違うわよ。兄二人とちょっとぶつかっただけだから。大丈夫よリジー。まぁ、ちょっと痛いけどね」
座り込んだリジーと目線を合わせるために、私も腰を落とす。そして、動くほうの手を伸ばしてリジーの頭をよしよしと撫でる。でも、内心、可愛い侍女を泣かせた兄二人に対して、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。絶対に許さない。
「あっ、ミリア様、すぐにお薬をお持ちしますっ」
しばらく私に身を任せていたリジーだけれど、はっと我に返った瞬間、ぱたぱたと外へ出て行ってしまった。………寂しい。アニマルセラピーではないけれど、薬よりもリジーがそばにいてくれる方が癒され度は高いというのに。
閉じられた扉を見つめ、今日イチしょんぼりしてしまう私だった。けれど、レオナードに手紙を書かなければいけないことを思い出し、よろよろと立ち上がり机に移動する。
ペンを取ると、無地の便箋に、これまでの状況説明と、これからの対処について、すらすらと書き連ねていく。もちろん季節の挨拶などは無視だ。これは手紙というより作戦内容を伝達するためだけのもの。
そして、最後の一行を書き終えた瞬間、ノックの音と共に扉が開いた。
「ミリア、怪我は大丈夫?…………あらあら、まるでパンみたいに腫れあがっているわね」
手紙を適当な本の下に滑り込ませて振り向けば、そこには母さまがいた。手には、薬箱を持っている。
「見たところ捻挫のようね。骨折じゃなくて安心したわ。さっこっちにいらっしゃい」
そう言って母さまはベッドに座ると、隣に据わるように促した。
珍しいこともあるものだ。この程度の怪我で母さま自ら手当をしてくれるなんて、雨でも降るのだろうか。いや、もう雨は降っている。なぜなら父上が雨男だから。
「ミリア、早く座りなさい」
実直堅実に生きる母さまの口癖は、時は金なり。そして、その言葉通り、もたつくことを嫌う母さまは、既に片方眉が上がっていた。
「は、はいっ」
慌てて腰掛けた私の手を取った母さまは、慣れた手つきで薬を塗ると包帯を巻く。そして、手を止めることなく、とんでもないことを口にした。
「ミリア、明日からは、今までどおりレオナード様の元に通いなさい」
「は?え?…………む、無理よ。だって、お父様が家にいるのよ?」
きっぱりと言い切った母さまの言葉が理解できなかったのは一瞬だけ。すぐに理解した私は、慌てて首を横に振った。
けれど、母さまはそんな私を見て、聖母のような笑みを浮かべながら口を開いた。
「大丈夫。今、リジーがお父様のお部屋にお茶を運んだから」
「ど、ど、どういうことですか?」
目をぱちくりすることしかできない私に、母さまは今度は不適な笑みを浮かべた。
「まだ半泣きのリジーを目にしたお父様は、間違いなく動揺するわ。ああ見えて、お父様は小動物に弱いのよ。メロメロなのよ。イノシシは躊躇無く殺せるけれど、ウリ坊は殺せない人なのよ」
「…………へぇー」
どうリアクションして良いのかわからないので、どうにでも取れる返事をする。そんな私に母さまは、くすっと口元を綻ばせた。けれど、すぐに表情を元に戻して言葉を続けた。
「だから、きっと私に問うてくるわ。『どうして、リジーが泣いているのか』って。そこで、あなたが怖いからっと答えるつもりなの。そしてこう提案するわ『リジーの為にも、あなた、日中は裏山にでも引き篭もっていてください』と」
「いや、それ、ちょっと………」
「お黙りなさい、ミリア。リジーがお父様を怖がっているのは事実。泣いている理由が、少々違ったとしても、取るに足らない問題よ。それに、そうでもしなければ、あなたはレオナード様の元に通えないわ。お父様を裏山に隔離するのが一番安全かつ合理的なのよ」
「…………………そりゃあまぁ.........そうだけど」
ごにょごにょと言葉を濁す私とは反対に、母さまは自信満々だ。
「お父様のことは母に任せなさい。そうだわ、念には念を入れて、あなたは、手首の怪我が思いのほか酷くて通院しているっていう体でレオナード様の元に通うのよ。フィリップ達だって、怪我を負わせた手前、口を挟めるわけがないわ」
「た、確かにそれなら………問題はないかもしれないわ」
思わず頷いてしまった。私の案より、母さまの案のほうがはるかに素晴らしいものだったから。ただ、そんなに上手くいくのだろうか。
そんな懸念を抱えた俯いてしまった瞬間、控えめなノックとともに扉が開き、リジーがひょっこり顔を出した。言わなくてもいいかもしれないけれど、両手を扉に添えて顔を除かせる侍女の仕草は、悩殺級に可愛かった。
「…………奥方様、あの………」
「なあに?リジー」
不思議そうに首をかしげる母さまだったけれど、侍女が次に放つ言葉はすでに予測しているようだった。そして、それは的中する。
「ご主人様が、お呼びです」
「そう、ありがとう。すぐに行くわ」
大丈夫、後はわたくしに任せなさい。
母さまは私だけにそう囁いて静かに立ち上がった。次いで、にこっと笑みを浮かべ、部屋を出て行った。
ちなみにその後どうなったかといえば、見事、私はレオナードの元に通えるようになったのだ。
ただ、どうやって父上を説得したのかは、母さまは絶対に教えてくれなかった。それだけが、ちょっと残念だった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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