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20日目②
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声高々に気合いを入れて、元気を取り戻した私とは反対に、とてつもなく変な顔をしたままのレオナード。………このお坊ちゃんは、あと何をどう言えば納得してくれるのだろうか。
でも、残念ながら今日の私は、悠長に彼の憂いを取り払う余裕はない。精神的にではなく時間的に。それにこれは一時の通り雨のようなもの。ジタバタせずに大人しくやり過ごせば、2、3日で『ふぅーやれやれ』的な感じで笑い話になるはずだ。
だから、レオナードには悪いけれど、このまま私はお暇させてもらおう。それに、彼が浮かない表情のままでいてくれたほうが、仮病という名の演技に信憑性が増すので、こちらとしても都合が良い。
「じゃあ、私、父上が戻ってくる前に、諸々やることがあるから、ここで失礼するわ」
今度こそ立ち上がって、そうレオナードに伝える。
実は私は自宅に戻ったらやることが山積みなのだ。渡航の準備の為に出しっぱなしの旅行鞄を片付けたり、夜会のドレスをクローゼットの奥の奥に押し込んだり、母様との綿密な打ち合わせをしたり、兄二人に『余計なことを喋るなよ』と念を押したり………等々。
いつ父上がが帰宅するかわからないので、これはもまた時間との勝負だったりする。
というわけで、肩をぐるりと回して東屋を去ろうとした私だった。けれどレオナードが無言で腕を掴んでそれを阻止した。
「なら、送っていく」
「は?え?い、良いわよ」
慌てて首を横に振ったけれど、レオナードまで首を横に振る。今は、私とシンクロしないで欲しい。それに私の為を思うなら、大人しく部屋で引き籠っていて欲しい。
けれどレオナードは取り付く島もなく、私の腕を掴んでぐいぐい歩き出してしまった。そして、前を向いたまま不機嫌な声でこう言った。
「こんな早朝に女性を一人帰路に着かせるなんて危なすぎる」
「平気よ」
「いや、私が平気ではない。それに........」
「なに?」
「馬車の中で話ができる」
さようでございますか。……………どうやらレオナードは、素直に言うことを聞いてくれる気はないらしい。
それから問答無用で馬車に押し込まれた私は、レオナードと向き合っている。
ぶっちゃけ馬車での移動の方が時間短縮になるのでありがたい。けれど、仏頂面の彼と個室に閉じ込められるこの状況はどうにもこうにも居心地が悪い。
そんな気持ちからもぞもぞと身じろぎをした瞬間、レオナードが静かに口を開いた。
「君のお父上は、本当に2、3日でまた領地に戻るのか?」
「ええ、それは間違いないわ」
即答した私にレオナードはうろんげな視線を投げてきた。その態度は些かイラッとしたけれど、彼が納得できるよう私は、詳細を説明することにした。
「実は、どうも領地が害獣被害に合っているみたいなの。作物とか小屋とか破壊されちゃって。で、父上が単身乗り込んだらしいんだけれど、愛用の武器が全部おじゃんになったらしいのね。だから、武器を取りに戻っただけなのよ」
「………………そうか。お父上も大変だな。私の父も今、熊の被害が領地で多発して、対応に追われている」
「えっ?」
思わず声を上げた私に、レオナードはどういうことだと目で問うてきた。まぁ、隠すことでもないし、話しても問題はないだろう。
「うちも熊………よ。あと、イノシシも」
「なんだと!?」
目を見開いて叫んだレオナードに、これはもしかして機密情報だったのかと焦る。でも、彼の表情を伺い見るに、どうも害獣ネタで驚いているようではない。
そこでふと思いだしてしまった。ホーレンス家の領地は、国王から拝受したのと、どこぞのお偉い貴族さんから、分けてもらったものがあるということを。
そのどこぞのお偉い貴族さんの名前は知らない。知らないけれど、私が口を開く前に、レオナードがそっと目を逸らした。そのわずかな仕草が全てを物語っていた。
でも、審議を確かめるつもりはない。この世には知らないほうが良いことが多々あるものだ。
そんな触れてはいけない話題を逸らすべく、私は昨日、持ち帰りをした案件を伝えることにした。
「あのねレオナード、持ち越しになった、昨日のあなたからの質問なんだけどね…………」
そこまで言って、俯いてしまう。自分から言い出したけれども、ちょっと言いにくい。
「顔を上げてくれ、ミリア嬢。どんな回答でも、怒りはしない」
頭上からレオナードの声が降ってきた。その声音はとても穏やかなものだった。
引き寄せられるように顔を上げれば、当然のように視線が絡み合う。私を見つめるレオナードは穏やかな面持ちではあるが、緊張感が見え隠れしている。どうしよう、そんな顔をされると困る。だって絶対にがっかりさせてしまうから。でも、ここで言葉を濁すのは、道徳的にナシだろう。
「ごめんなさい。次に会う時まで待っててもらって良いかしら?」
「………ああ、もちろんだ。ゆっくりと考えてくれたまえ」
一瞬、肩透かしを喰らった表情を見せたレオナードだったがすぐに深く頷いてくれる。けれど、すっと表情を引き締めてこう言った。
「君と会えない数日間は、私にとって、これまでのこと、これからのことを見つめ直すいい機会だと思うことにする。............それに、私の方も諸々策を練る必要がある」
後半の言葉は小さすぎて聞き取れなかった。けれど、私が聞き直す前に、急に瞳の力を強めたレオナードは、そのままの流れで私に問いかけた。
「ミリア嬢、一つ質問がある」
「なぁに?」
「君は恋愛において、正攻法で口説くことのみが正しいと思うか?」
………………随分と回りくどい質問だった。
でも、残念ながら今日の私は、悠長に彼の憂いを取り払う余裕はない。精神的にではなく時間的に。それにこれは一時の通り雨のようなもの。ジタバタせずに大人しくやり過ごせば、2、3日で『ふぅーやれやれ』的な感じで笑い話になるはずだ。
だから、レオナードには悪いけれど、このまま私はお暇させてもらおう。それに、彼が浮かない表情のままでいてくれたほうが、仮病という名の演技に信憑性が増すので、こちらとしても都合が良い。
「じゃあ、私、父上が戻ってくる前に、諸々やることがあるから、ここで失礼するわ」
今度こそ立ち上がって、そうレオナードに伝える。
実は私は自宅に戻ったらやることが山積みなのだ。渡航の準備の為に出しっぱなしの旅行鞄を片付けたり、夜会のドレスをクローゼットの奥の奥に押し込んだり、母様との綿密な打ち合わせをしたり、兄二人に『余計なことを喋るなよ』と念を押したり………等々。
いつ父上がが帰宅するかわからないので、これはもまた時間との勝負だったりする。
というわけで、肩をぐるりと回して東屋を去ろうとした私だった。けれどレオナードが無言で腕を掴んでそれを阻止した。
「なら、送っていく」
「は?え?い、良いわよ」
慌てて首を横に振ったけれど、レオナードまで首を横に振る。今は、私とシンクロしないで欲しい。それに私の為を思うなら、大人しく部屋で引き籠っていて欲しい。
けれどレオナードは取り付く島もなく、私の腕を掴んでぐいぐい歩き出してしまった。そして、前を向いたまま不機嫌な声でこう言った。
「こんな早朝に女性を一人帰路に着かせるなんて危なすぎる」
「平気よ」
「いや、私が平気ではない。それに........」
「なに?」
「馬車の中で話ができる」
さようでございますか。……………どうやらレオナードは、素直に言うことを聞いてくれる気はないらしい。
それから問答無用で馬車に押し込まれた私は、レオナードと向き合っている。
ぶっちゃけ馬車での移動の方が時間短縮になるのでありがたい。けれど、仏頂面の彼と個室に閉じ込められるこの状況はどうにもこうにも居心地が悪い。
そんな気持ちからもぞもぞと身じろぎをした瞬間、レオナードが静かに口を開いた。
「君のお父上は、本当に2、3日でまた領地に戻るのか?」
「ええ、それは間違いないわ」
即答した私にレオナードはうろんげな視線を投げてきた。その態度は些かイラッとしたけれど、彼が納得できるよう私は、詳細を説明することにした。
「実は、どうも領地が害獣被害に合っているみたいなの。作物とか小屋とか破壊されちゃって。で、父上が単身乗り込んだらしいんだけれど、愛用の武器が全部おじゃんになったらしいのね。だから、武器を取りに戻っただけなのよ」
「………………そうか。お父上も大変だな。私の父も今、熊の被害が領地で多発して、対応に追われている」
「えっ?」
思わず声を上げた私に、レオナードはどういうことだと目で問うてきた。まぁ、隠すことでもないし、話しても問題はないだろう。
「うちも熊………よ。あと、イノシシも」
「なんだと!?」
目を見開いて叫んだレオナードに、これはもしかして機密情報だったのかと焦る。でも、彼の表情を伺い見るに、どうも害獣ネタで驚いているようではない。
そこでふと思いだしてしまった。ホーレンス家の領地は、国王から拝受したのと、どこぞのお偉い貴族さんから、分けてもらったものがあるということを。
そのどこぞのお偉い貴族さんの名前は知らない。知らないけれど、私が口を開く前に、レオナードがそっと目を逸らした。そのわずかな仕草が全てを物語っていた。
でも、審議を確かめるつもりはない。この世には知らないほうが良いことが多々あるものだ。
そんな触れてはいけない話題を逸らすべく、私は昨日、持ち帰りをした案件を伝えることにした。
「あのねレオナード、持ち越しになった、昨日のあなたからの質問なんだけどね…………」
そこまで言って、俯いてしまう。自分から言い出したけれども、ちょっと言いにくい。
「顔を上げてくれ、ミリア嬢。どんな回答でも、怒りはしない」
頭上からレオナードの声が降ってきた。その声音はとても穏やかなものだった。
引き寄せられるように顔を上げれば、当然のように視線が絡み合う。私を見つめるレオナードは穏やかな面持ちではあるが、緊張感が見え隠れしている。どうしよう、そんな顔をされると困る。だって絶対にがっかりさせてしまうから。でも、ここで言葉を濁すのは、道徳的にナシだろう。
「ごめんなさい。次に会う時まで待っててもらって良いかしら?」
「………ああ、もちろんだ。ゆっくりと考えてくれたまえ」
一瞬、肩透かしを喰らった表情を見せたレオナードだったがすぐに深く頷いてくれる。けれど、すっと表情を引き締めてこう言った。
「君と会えない数日間は、私にとって、これまでのこと、これからのことを見つめ直すいい機会だと思うことにする。............それに、私の方も諸々策を練る必要がある」
後半の言葉は小さすぎて聞き取れなかった。けれど、私が聞き直す前に、急に瞳の力を強めたレオナードは、そのままの流れで私に問いかけた。
「ミリア嬢、一つ質問がある」
「なぁに?」
「君は恋愛において、正攻法で口説くことのみが正しいと思うか?」
………………随分と回りくどい質問だった。
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初めまして、茂栖もすです。このお話は10:10に更新しています。時々20:20にも更新するので、良かったら覗いてみてください٩( ''ω'' )و
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